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don't bother me

さすがに、湿度が上がり、蒸し暑くなってきました。

湿度で体感温度が変わるのは、もちろんですが、体感温度というのは温度計の示す温度とは余り比例しないようですね。人間の身体は、うまくしたもので、ちゃんと季節に応じて調整が効くようにできているのでしょう。
冬型の感覚だと20℃だと暑い、でも、いまだと、寒く感じます。体表の毛根ガ開き、汗腺の設定が変わるのでしょうね。だから、平均気温が上がって40℃になろうが、氷河期になろうが、すべての人が生き残るかどうかはしりませんが、現生人類の一定数は、生き残るのでしょう。
機械的に生活環境を良くできないとしてもです。

全然予断なのですが、氷河期にベーリング海峡に陸橋ができて、それを渡ってアジア大陸からアメリカ大陸へ人類は進出したということになっています。私は、人類学者でも考古学者もなければ専門家でもないのですが、それって本当かなって思うことがあります。
だって、あの寒い氷河期で海水面が下がって陸橋ができた(これ自体に疑いを持つ人もいるようです。)として、寒い中を、仮に夏だとしてもさらに北上して新大陸へ渡るという動機がわかりません。
いや、そうやって渡った人たちが現在のイヌイットの先祖だというのなら納得しても良いのですが、狩猟採集の民が南下して農耕を始める、あるいは、アマゾンのジャングルでは裸で狩猟採集生活を送るといった多様な生活形態をもつ人たちに分かれえたのかどうか。

このような、環境順応性というのは、生来、みなに一定の範囲で与えられているものだと思いますが、使わないでいると退化するのでしょう。30歳半ばまでは、冷房のある環境にいなかったものですから、図書館などで冷房が効いているところに1時間もいると頭が痛くなりました。
今は、冷房で頭が痛くなることはなくなりましたが、昔ほど、汗をかいて頑張れるかどうかは解りません。

汗は、体の老廃物を出すという意味では、尿よりも有効なのですけどね。運動不足になって、ジムへ通って汗をかくなどというのは、見事な本末転倒でしょう。まあ、ぐうたらな私は、ジムへ通って汗をかくくらいなら、寝転がって本を読んでいたいと思うのであります。そのまま、昼寝へ突入できますから。

きのう、コマーシャルで知らない女性の声で、Sha, la, la.la. lee が聞こえてきました。Steve Marriott でなくて良かったと思いますが、夕べは、久しぶりにSmall Faces を聞いてしまいました。BBCセッションなどというやつです。

このBBCセッションは、10代の私の愛聴盤でした。もちろん、嘘です。私が10代だった60年代半ばから70年代半ばにかけて、この演奏を日本で聴くことはできるはずがないですからね。

1970年の愛聴盤を10枚あげろといわれたら、直ぐに出ます。少なくとも10枚はLP、ありましたから。墓場へもっていく10枚は、この10枚か?!
棺に、遺品を入れるのを斎場は嫌がります。墓の中なら、納骨のときに入れてもらえますね。
CDとLPだと、ヴィニールの方がカビの問題を除くと、長持ちしそうな気もします。

スモール・フェイシズのBBCセッションは、R&Bの影響を強く受けたロックンロール・バンドだったということが良くわかるものです。同時期のストーンズの試行錯誤状況に比べるとストレートですね。
このころ、Steve Marriott たちは、10代後半だったのだと思いますが。

ヴォーカルは知りませんが、演奏にダビングはほとんどないように思えます。Ian McLagan のオルガンが活躍していて、ハモンドB3 の音を聞かせています。

Jimmy Winston というオリジナル・メンバーが首になったあと、バンドに加入した、マクレイガンは、他のメンバーと背丈は同じですが、年齢的には少し上です。プロになったのでカレッジを中退していてりして、家庭的な背景も少し違うようです。

マクレイガンが、自分のハモンドを入手した話は、本人の自伝で面白おかしく書かれています。Booker T. を聞いて、これをやりたいと思ったのですね。
楽器屋さんで、ハモンドを見かけ、試用化と書いてあったので、親に黙って、楽器屋さんと交渉、両親が帰宅する前に、家に運び込んでもらい、親が驚いたというところから始まります。

Muddy Waters が、イギリスの若者のブルーズ好きを、They love blues so badly, and play so badly.と語っていますが、さもありなんです。
マクレイガンもセミ・プロ時代にHowlin' Wolf のイギリス巡業のバックをしたことがあるのだそうですが、レパートリーは、Green Onion プラスアルファだったそうですから。

いいか悪いかはともかく、イギリスでは素人同然の若者たちがトップ・ブルーズ・マンのバックを務めるという形で勉強する機会があったというのは、アメリカの同世代の平均的な音楽青少年と根本的に違うところでしょう。

カナダ人にもこのあたりの事情はわからなかったはずです。The Band やNeil Young は大きな勘違いをしていたように思いますね。

もちろん、アメリカ大陸へアフリカから人間を商品として連れて行ったのはイギリス人なんですが。

1966年ごろのストーンズは、ビートルズがライブを止めたというチャンスだったにもかかわらず、自らの進路を図りかねていたように思えます。ビートルズの新作アルバムの影響もあったでしょうし。
ビートルズのその新作アルバムは、案外、ハリウッドで、ビートルズに対抗するためのプロジェクトとして誕生したバンドがありますが、そのアルバムの影響を相当受けているのではないかと思わないでもありませんが。

アメリカの今の大統領はアフリカ系とされていますが、18世紀以後からアメリカ大陸にいて混血を重ねている人たちとはまったく出自が違うという点は、注意すべきことなのでしょう。

一般論ですが、ロースクールでローレヴューの編集長になるということは、一番の優等生のしるしです。それから、これも一般論ですが、ハーバード・ロースクールは全米で一番ランクが高いとされているわけです。

予断ですけど、極東の某国のキャリア官僚は、その出世の階段を上る途中でハーバード等へ留学する機会が与えられますが、そこで、ちゃんと学位等を取得する人は、きわめて稀であるようです。税金を使って留学しているし、給料だってもらっているはずなのですが。
本来の目的は、ハーバードへ留学して学位取得にないことは明らかですね。

いや、しかし、定年まで終身雇用制という神話の元、同じ勤務先で働き続けることのできる人を尊敬します。最初から私などは、横道へそれているので問題外ですけれど。

GMの破綻などの話で、わかる方にはわかったと思いますが、アメリカも経営トップも含めて、大企業は基本的に終身雇用スタイルだったのですね。それが崩壊したのは、レーガン時代以後でしょう。
アメリカ経済の競争力が低下したからなのか、崩壊したから低下したのか、という議論は堂々巡りのようですが、ぐるりと回って、日本の現状へとつながるのです。

しかし、かの国も中々うまくいかないようですね。誰が保守で誰がリベラルかはともかく、対立の壁は大きいようです。
人工妊娠中絶をした産婦人科医が殺される事件があったわけですが、かなり大きな価値観の断裂があるのでしょうか。The Big Hateの視点に同意するかどうかはともかく、このような偏ったものの見方をする人たちの国だということは認識をしておくべきでしょうし、この国があちこちのバナナ共和国、極東にも一つあるような気がしますが、関与するということのおかしさには気づくべきでしょう。

極東のバナナ共和国では、バナナ・ダイエットがはやりましたっけ。厳密にはバナナ立憲君主国というべきでしょうか。

債券自警団ですって。Realism From the Bond Vigilantesで述べられている見解は、かなり説得力があります。ただ、The Big Hate の筆者の立場とは正反対であるようですが。

マーサ&ヴァンデラスのCDが棚の奥から出現し、聞きだしたのはいいですが。手が止まってしまいました。
聞き入ってしまうわけで。
どこでバック・トラックを録音したかは、明らかですね。ただ、このミキシングはハリウッドでやったかどうかは別にして、ハリウッド・スタイルとは違いますね。

モータウンはレヴューで全米を回っていたはずなので、ちょっと考えれば、一線級のミュージシャンをそろえていたとしてもとても、新しい曲を練習してレコーディングするだけの時間的余裕はなかったと考えるのが当たらずとも遠からずかなと。

ただ、ロスで録音していたとあの時代に公言することは、あるいは、現時点で公言することはあの国ではかなり危険なことなのでしょう。歌は、後から入れればいいわけですし。

昨日の晩はThe Electric Flag を聞いていて、これもまた混乱しました。Bloomfield, Goldberg, Gravenites がやっている分には気にならないのですが、Buddy Miles が歌っているやつですね気になるのは。
まあ、声が若いので、それと、かなりファンクを先取りしているのだなとは思いましたが、The Band of Gypsys のドラムとは別人ですね。2人ドラマーがいる曲、ないし、ドラムのオーヴァー・ダブもあるのかな戸か考えていたら眠れなくなりました。
スモール・コンボでブルーズをやっている分には、納得なんですが。

Jimi Hendrix がバディ・マイルズとBilly Cox をバックにするに当たっては、相当な圧力があったという話です。そのあと、ドラマーだけが、Mitch Mitchell に戻るので、Noel Redding とバディ・マイルズは拗ねるのですね。

Aysley Dunbar は、ジミのバックをやらなくて良かったと思います。例によって、ギャラの折り合いがつかなかった。やっていたら、一生食うに困らなかったでしょうが、ミッチ・ミッチェルのようにジミヘンの遺産整理作業で人生が終わっていたはずですから。
by nk24mdwst | 2009-06-13 08:23 | 音楽

so far so blue

今日は、晴天。

当地は、夏祭りです。昔は、5月25日と決まっていたのですが、平日だと御輿を担いでいても見ている人がいない、担ぐ人がいないということで数年前に変わりました。
あの御輿が重いのです。

昨日、デスクトップPCが二度、落ちました。
Lunascape のGecko 云々よりも、結論はウィルス・バスターがバック・グラウンドで検索始めたら、余計なことをするなだということがわかりました。

メモリーを食いすぎるのでですね。犯人は、TMなのかMSなのか、共犯なのか。
共同謀議で有罪宣告してやります。

まあ、少なくともハードの破損じゃなくて、荷物が重すぎるからだということがわかっただけでもよしとせねば。MSはしょうがないから、セキュリティ・ソフトを軽いものに変えるということでしょう。

シマンテックからはメールが来て、止めるといわなければ、カードから自動更新料落とすぞって。
なんて商売だって思いますが。今さらノートンでもあるまいし。ノートンを使ってい他時期があって、それを忘れていました。
雑誌なんかでも、止めるといわないと自動更新で送りつけしていますからね。

夕べは、帰りの車の中でHumble Pie をまた聞いていて気になったので、Joe Cocker なんてのを久方ぶりに聞いてしまい眠れなくなりました。
ドラムは、普通の人がやっているのはいいのですが、メジャーのトップが突然、現れたりして。
そういえば、コッカーもA&Mでしたっけ。最初の二作、聞き通してしまい、これはいかんと。

わかりもしないのに、誰がやっているかなんて考えない方がいいのです。ただ、平凡レベルの人がやっている中で、抜群の人が出てくると目が覚めてしまうのですね。

Humble Pie は、やたらと、はしり気味のドラムの人がやっていることがある。タイムはちゃんとしている人のときがある。とても上手い人の演奏、誰かは、ちょっと思い当たらないのですが、そういうのもある。全部、同一人物だとは思えない。
Jerry Shirley は、晩年のMarriott とのライブDVDをみたり、メモリアル・コンサートを見ているとちゃんとした人だと思いますが。ただ、17歳当時の演奏は?!
上達するということとタイムの問題は次元が違うと思うので。

キーボードの方はマリオットということになっているのですが、そこでリズム・ギターを刻んでいるのは間違いなくマリオットだと感じます。Peter Frampton の存在というか、彼の音とは違う。玄人っぽいキーボード。
ただ、マリオットがキーボードやっているセッションもあるようではあります。デモですが。

ホーンはイギリス組か、わかりません。

夕方、Duane とDickey Betss の最後のライブの熱演聞いたのがまずかった。ギター・インプロブは、クリシェからの脱出があるかどうか、長時間やればいいものじゃないということはよくわかっているのです。
クリシェ、手の内、全部わかっていても楽しめる30分の演奏なんてないです。2分半にどれだけエネルギーをつぎ込むかの方が難しいのだと思います。

まあ、私はまだ生きているし、それだけで喜ばないと。
好きなことをやって生きて生きたいけど、国民年金受給までは時間がまだまだあるし、退職金のない商売だし、蓄え、なくてローンだけあるわけで。

年間60万に満たない国民年金でどうやって食っていく買って問題もあるし。

今月初めに、T先生が亡くなられました。衣鉢を継ぐ人がいないのですね。
終戦直後にカール・シャウプの税制調査団が来たとき、シャウプにあったって、ある勉強会でおっしゃっていました。時効だから良いだろうと。
14年前に亡くなった、私の父より一つ年上ですから、充分に長生きはされたということではあります。黙祷。
by nk24mdwst | 2009-05-09 11:24 | 音楽

day 25, it's only yesterday

小学校の頃の思い出は、インスタント・コーヒーのにおいを嗅いでも簡単によみがえりはしません。
小学校2年生のときに、学校へ行きたくないとすねてズック袋を家の前の溝に投げ込んだ記憶があります。ズック袋を持っていたということは、下足箱がなかったということですね、今考えると。児童数が多すぎたのでしょう。
ここまで書いて、小学校2年生のときに小学校の統合が行われたことを思い出しました。私の通っていた小学校は、いわゆる町中にあったのですが、近くの農村地域の小学校と統合が行われたのです。
このときの文部省の方針は、小学校を統合して大きな学校にしようということだったのでしょう。このとき、私の住む町の小学校は、半分くらいになったのだと思います。
ベビー・ブームの頃に比べると児童の数が減ったからでしょうね。私の通っていた小学校は各学年4~5学級、各学級45人前後で私の在学中、ずっと1,000人以上の児童数でした。
文部省の方針はころころ変わるので、今は、またこれらの統合された小学校はまた分割されています。

小学校の担任の先生の名前を思い出しました。1年生のときがK先生、2,5年生のときがT先生、4,5年がG先生、6年生が別のK先生。ずっと思い出しもしなかった名前と顔です。

小学校2年の冬は記録的な大雪でした。昔は、今よりはるかに雪が降ったものですが、その年はひどかったです。雪のため学校が休校になった経験は、後にも先にもそのときだけです。
昔は、ちょっと雨が降ると、近所の用水がすぐにあふれ、床下浸水などということも頻繁におきていました。水が引いた後、畳と畳の下の板をめくり、消石灰を撒いて消毒をしていました。
近くの小さな用水には小魚やタニシなどはいつもいましたが、床下からうなぎが逃げていくのを見た記憶があります。

いわゆる社会的なできごとで記憶に残っていることですね。
ケネディ暗殺のテレビ中継、東京オリンピック、三島事件、ビートルズの来日公演のテレビ中継くらいですかね。思い出そうとすると出てこないものです。

週刊文春とか週刊新潮、オール読物、小説新潮など祖母が読んでいた雑誌の類を隠れ読むようになったのは、中学に入ってからですね。

小学校2年生の三学期、二月に社会見学と称して当時の町役場へ見学にいった後風邪を引き、学校を一日休みました。自分では身体が弱い子供だと思っていたのですが、それ以後、高校3年生の一学期が終わるまで、学校を休んだことがありませんでした。高校3年の二学期、みなが大学受験体制に入ってからは学校へ全く行きませんでした。

高校時代は、午後の授業をサボって映画を見に行くということは少なからずありましたが。

今思い返すと、学校が終わったら校庭か体育館で遊ぶか、自宅の近くで遊んでいました。近くというのも、自宅前の道路にチョークで線を引いて石蹴りするとか、誰かの家の庭でビー玉をするとか、川水が止まるときに川へ入って魚をてづかみするとか、のどかなものだったですね。
任天堂の野球盤なんてゲームを持っている友達は羨望の的でした。

なぜか小学校3年生のときのことだと記憶しているのですが、雨降りに日に、外で遊べないのでつまらないと祖母にいうと「人生、楽しいときばかりじゃない。」といわれました。
98歳まで生きたその祖母に米寿を過ぎた頃に人生、何が辛かったと聞いたことがありますが、何にも辛いことがなかったという答えでした。
小学校3年の私には知る由もなかったですが、祖母の人生も決して平坦なものではなかったことがわかってきていたときに、そういう返答が帰ってきたというわけです。長生きの秘訣が隠されているのかもしれませんね。つまり、いやなことはさっさと忘れて、物事に拘泥しないことです。

1966年のドイツの音楽テレビ番組「ビート・ビート・ビート」の映像でスモール・フェイシズを昨日、見ました。リップ・シンクじゃなくてちゃんとした実演でありました。熱演のあまり、でかいギブソンからコードが外れ、スティーヴ・マリオット自ら、つなぎなおしていました。ロニー・レインは、ネクタイを締め、マリオットはサテンのシャツに白い靴。
ドラマーのケニー・ジョーンズを後ろから撮っている映像は、小柄な彼が、ドラム・ストゥールに腰かけるのじゃなくて、ストゥールを斜めにしてお尻を引っ掛けるようにして演奏しているのがわかりご愛嬌でした。

小学校6年のクリスマスに伯母がヤマハのガット・ギターを買ってくれました。
私の小学生時代の我が家には、祖父母、伯父、伯母、両親と子供が3人の9人家族だったのです。

今日は、曇りで雨がぱらついています。ショッピング・センターで高校の同級生夫婦に会いました。
足は、まあまあですが、心配していたことが起きました。
明日、知り合いの葬儀に行くつもりなのですが、黒にサンダル履きというわけにも行かず。
by nk24mdwst | 2008-11-02 13:22 | 記憶

how could i be such a stool

今朝は、一月振りくらいで雨が降り、涼しくなりました。おかげで二時間余りの墓参りもそれほどきつくは、ありませんでした。
もっとも、帰宅するころには、気温が34度くらいになっていましたけれど。午前10時半でした。

昨日は、All Or Nothing が8連発で出てきて驚きました。18歳~39歳までのSteve Marriott の歌声を聞いたことになります。
晩年、バーやパブ、クラブくらいでしか演奏していなかったのですが、ずっと若いときのままの熱気を持ち続けていて。
金には結局、あまり縁が無く、火事で不慮の死を遂げたのが残念です。

パンク、ニュー・ウェーブと時代が変わっても結局、1966,67年ごろの基本スタンスが変わっていない。ああいう生き方をすれば、長生きできないはずです。

Kenny McLagan は、ミドル・クラス出身でカレッジへ通ったという出自ですが、彼にいわせると、マリオットとKeith Moon の二人が、一番、ぶっ飛んだ連中だったと。
どちらも小柄ですが、自らの人間的能力以上のことをいつもやろうとしていたと。背伸びをしていたといってもいいし、一日に二日分の人生を生きようとするタイプの人間だったと。Duane Allmanについても、フロリダ時代の友人が同様のことをいわれていますね。30歳までは生きられないだろうと。

マリオットとRonnie Lane は、二人でMagic Migits のレコーディングをしますが、レコード会社に干されていたにもかかわらず、プロデューサーのところへ行ってこの録音渡さないぞと。

マリオット最晩年のクラブでのライブは、フォー・レター・ワーズを連発して昔のヒット曲矢ブルース・ナンバーをやっています。ハンサムなもとYardbirds のモッズ・スターとは全く違う環境で、です。

いわゆるモッズ・バンド出身で案外、一番成功したのは、名前が売れ出すのは、Jeff Beck Group 加入後くらいかもしれませんが、Faces , Rolling Stones とだんだん出世したというか、実力を発揮したというべきでしょうか、Ron Wood なのではないかと。
アメリカで成功するかどうかということがキーなんでしょうね。

スティーヴ・マリオットが1960年に中心メンバーだった、The Small Faces, Humble Pie は、当時在籍していたレコード会社のImmediate が、破綻したので、ディスコグラフィーも混乱しています。US盤とUK盤が違うのは、まあ、当時としては別に珍しくない話ですが、ロイヤリティなんていうのはどうなったんでしょうね。

マリオットもレーンも自作していますし、歌って演奏もしているわけですが、この時代の仕事の金が結局、入らなかったのでしょうね。契約自体がどうだったかという問題がありますけれど。

未だにAllman Brothers Band が亡霊バンドとして演奏を続けているのはファンがいるからということだけではなく、1970年代の薬がらみのトラブル、その後のCapricorne の破綻と無縁では無いように思います。カプリコーン社長のPhill Waldenは、ABBのマネージャーを兼ねていて、その意味で利益相反が生ずる立場にあったことをよいことに、破綻する前からきちんとロイヤリティを払っていませんでした。
版権を持つ会社が破綻した場合には、版権自体は、債権法の論理で行けば債権者に移るはずですが、ロイヤリティを受け取るという契約自体は有効なのかどうか。
連邦破産法と知的所有権関連法、契約法と当該契約の中身がわからないと答えは出ませんが。

マリオットはさすがに晩年は、高い声が出なくなり野太い声になりますが、声と歌い方の魅力は変わらないと感じます。ギターもなかせます。マリオット・フリークの私の評価なので話半分ということですけれど。

20代前半のマリオットは無理にアフロ・アメリカンのイントネーションをまねようとしていたように感じますが、パブ周り時代には、コックニー丸出しで、いんちきパンク・バンドやいんちきコックニーを操る転がる石バンドよりはるかに、個人的には気に入っています。

だいたい、London School Of Economics へ奨学金へ入るやつがコックニー使うはずが無いだろって。しかし、John Mayall なんかも60年代後半以後、Laurel Canyon を拠点としているわけで、イギリスのバンド連中にはロスは天国であったようではあります。

どうしてこう話があちこちへ飛ぶのでしょうね。マリオットの話をずっと続ければいいのに。

マリオット・メモリアル・コンサートのDVDを持ってますが、それこそ知らない人ばっかり出てきて盛り上がっているので、感無量です。知っている人で出てくるのは、マクレイガンのほか、Jerry Shirley, Dave Clempson, Greg Ridley、Peter Frampton というもとのバンド仲間以外では、Paul Weller くらいで。

ポール・ウェラーがこれまた、控えめな出方で、渋く決めているのです。彼がもう少し生年が早ければ、ファンになってもいいのですが同世代なので嫌いです。嫉妬してどうするという話ですが。

しかし、1960年半ばにロンドンを訪れたときからFZは、イギリスの音楽シーンが単なるファッションだと喝破していましたが、インチキをプロが作る本場のハリウッドの三流以下出身者の観察眼は鋭かったと思います。
by nk24mdwst | 2008-08-14 15:45 | 音楽

cheap frills

気温が34度と35度では、やはり違うのです。6月いっぱい、雨もなく、涼しい日が続いてて、7月になるといきなり気温30度を超える日の連続に。

雨が降ったのは数日で、県がちゃんと管理していないから河が氾濫して大騒ぎ。そのあとは、また、連日34度前後の日が続いていて、暑い日に飽きました。

昨日とか一昨日、書き込んだのを見直して、変換ミスやら、日本語になっていない文章やらの連発で。まあ、いつものことですけど。

今日は、Shirley & Dolly Collins のThe Harvest Years というコンピを聞いています。バックにTerry Cox, Simon Nichol, Ashley Hutchingsという具合で、Pentangle, Fairport 一派の人もいるにはいますが、完全に民謡としてのブリット・トラッド・フォークです。実に変な和風英語を使ったへんな日本語表現ですが。

Steve Marriott のコックニー丸出しのブルー・アイド・ブギーも変といえば変ですが。

Dan Penn が自分のレーベルから新譜を出したようですね。メジャー・レーベルが相手にしてくれないから自分でデモ出した。
未発表曲がほとんどのようで、気になります。
NASHVILLE--Acclaimed singer/songwriter/producer Dan Penn will release Junkyard Junky on his own Dandy Records label July 29. Junkyard Junky continues an intimate "behind-the-scenes" portrait of this master songwriter that began in 2001 with Blue Nite Lounge, the first offering in Penn's "demo series". The album features 14 songs written or co-written by Penn, many of which have never been recorded, and will be exclusively available on his Web site at DanPenn.com.


ポール・クルーグマンのコラムと税金による社会福祉政策に対して批判的な詩を引用してちょっと書こうと思ったのですが。

今朝の日経に東条英機陸軍大将の昭和20年8月10~14日までの手記が見つかったという記事がありました。ネットでは、これが今一番新しそうです。
asahi.com 1945(昭和20)年8月10日から14日にかけ、東条英機元首相が書いた直筆メモが、国立公文書館(東京都千代田区)から公開された。無条件降伏すれば国民が「軍部をのろう」とし、天皇制を中心とした「国体護持」が受け入れられないなら「敢然戦うべき」と戦争継続を昭和天皇に訴えた様子がうかがえる。 http://www.asahi.com/national/update/0812/TKY200808120213.html
各紙の見出しでは、あまり東条に好意的ではない(当然か)表現がされているように思いましたが、メモの要約を読むとそれほどひどいというか現状認識を誤っていたというわけでもないと個人的には思いました。
現状認識の誤りは、そもそも開戦したこと自体にあるわけですから。

例の映画「日本の一番長い日」で重要な役割を果たす阿南陸相とのやり取りは、そのまま、あの映画につながるのだと良くわかります。

開戦時もそうだったと思うのですが、結局、敗戦=ポツダム宣言受諾による無条件降伏(ただし、国体護持、すなわち天皇制の堅持の一点においてだけ譲らないことを除き)、いわゆる重臣というか官僚トップの間で意見の一致を見ることは遂に無かったのだという事の再確認ができるように感じます。

連合軍司令官と天皇との関係についても、外務省訳文が敢えて誤訳をしていますが、東条メモでは正しく訳されています。曰く「連合軍司令官に天皇は従属する」と。
こう理解しないと、戦後の天皇の行幸等に対する認識も全く異なることになるわけです。

日本の官僚システムは実に上手に国連憲章等を誤訳して見せてくれていますからね。二枚舌は、地獄で閻魔様に舌を抜かれます。私は、覚悟していますが。

結局、重臣会議は、開戦においても無条件降伏の受諾においても実際には機能しなかったと私は個人的に理解していますが、これは、誰にでも受け入れられる考え方ではないことも承知しています。
会議が決められないものを決めたのは誰かという話になるわけですからね。

できるだけ当たり障りのない言い方をしてみると、動いている機械のスイッチを切れるのは、その機械のスタート・ボタンを押した人間しかいないということでしょうか。

ナチス・ドイツに用いた共同謀議論が日本では成り立たないのだと思うのですが、連合軍司令官とすれば、それでは戦後の当地システムの運営上困るという見通しがあったのでしょうね。
東条英機大将もそこは理解していたように思えます。ただ、裁判で不用意な発言をしますけれど。

いまは、例によってFZが流れています。
by nk24mdwst | 2008-08-12 16:25 | 音楽

eddie, where have you been?

自称 hard travelin', ramblin' cowboy/beatnik/hippy poet だという Paul the Lion は、 Allen Ginsberg, Gary Snyder, Bob Marley, Grateful Dead, Kris Kristofferson, Townes Van Zandt, Hank Williams, Johnny Cash, John Denver, Woody Guthrie, Bob Dylan, Phil Ochs, Pete Seeger の影響を受けているのだと言っています。

ブルースも好きなようです。

      Eulogy of a Blues Master

No music,
not reggae, not punk and certainly not rap,
is more hip, more with it,
than the blues
And no blues musician
was more profound
than John Lee Hooker
Born long, long ago
way down in the state
of Mississippi
He grew up poor
on the Big Muddy
on the delta
amongst other poor negros
amongst poor white folks
amongst segregation, amongst racism
amongst hatred
But he and his guitar
would rise above
to play the rhythm
of an oppressed people
And brother, could he jam!

He dug
Big Legs, Tight Skirts
He drank
One Bourbon, One Scotch, One Beer
He'd
Boom Boom, Greg Corso music
all night long
And as for his
guitar pickin', huh
He was the Hendrix of the blues
Ain't nobody better'n Johnny Lee!
The King of the Blues!

And even though maybe
you can't hear it,
Somewhere,
Somewhere,
John Lee is still playin' that boogie

John Lee Hooker のブギは、Greg Corso music だというのが面白い。
ジョン・リー・フッカーも一人ワン・ジャンルという感じの人です。
お前は、好きかといわれると、独創的な人ですね、位にしか答えられませんが、ブリティッシュ・ビート・グループに多大な影響を与えているのは、事実ですね。

ブリティッシュ・ビート・ブームが過去りし頃、18際のときに"The Face of 1968"に選ばれたのがPeter Frampton です。当時、ティーン・アイドル・グループのThe Herd のリード・ギタリスト、シンガーだったわけです。

ポール・ザ・ライオンの次の詩は、Frampton Comes Alive!のインパクトを表しているようです。

     Peter Frampton Butterflies On A Warm Frisco Morning

Sitting outside a cafe drinking my coffee
Smoking my cigarette
In San Francisco
In North Beach
Near City Lights Bookstore
In my cowboy boots
Peace symbol 'round my neck
Good hair day
Dressed all in black
Looking like a wannabe goth
Or a Johnny Cash ripoff
Morning sunlight shimmering
On my blonde hair
Morning sunlight baking
Me in my dark clothes
I take off my hip old school sunglasses
Close my eyelids
Take a drag and
Bask in the morning sun
A passerby,
A middle aged woman smiles and
Remarks, admiringly,
'You look just like Frampton, blondie'
Her girlfriend gasps, giggles
And agrees
A middle aged man sitting a few tables away from me
(he's probably gay, judging by his speech,
but in Frisco you can never be sure)
blurts out flamboyantly
'Ohhh my god, he does in-deeed. Kid, you look like a rock star.'
A small crowd of my eight or nine gathers 'round
All of 'em aging hipsters
(Lenny Bruce comes to mind)
I try to play it cool, like it's nothing

Though I find it odd
They think a young cowboy dressed all in black
Looks like a sex symbol-rock star of thirty years past
Honestly, inside,
Way deep inside me,
The butterflies are everywhere
And I blush,
Blush a boyish grin
In front of everybody
On that San Francisco Saturday morning

Frampton Comes Alive!は、1976年のプラチナ・アルバムですからね。当時、一家に一枚なんて言われたものです。

フランプトンは、1968年の終わりにSteve Marriott とHumble Pie を作ります。
マリオット、フランプトンにベースのGreg Ridley の三人がそろっていた頃のハンブル・パイは、好いバンドだったと思います。

マリオットは、80年代半ば、アメリカ南部のどさまわりをしていたこともあります。
マリオットの晩年のライブ映像をDVDで見ましたが、元気いっぱいです。フランプトンとバンドを組む話なぞもあったようですが、自宅の火事で亡くなってしまったのが惜しまれます。

フランプトンは、基本のしっかりした気の効いたギタリストですし、マリオットは、ギタリストとしても捨てたものではないのです。

Amazon. UKのThe Herd のベスト盤のファン・レヴューで、フランプトンのギターが聞こえないから不満だっていうのがありましたが、アイドル・グループだったわけで、ギターを弾くことなんか、要求されていなかったわけですからね。

「フランプトン・カムズ・アライヴ」は、Fleetwood Mac を押えて76年のベスト・セラー・アルバムの位置を勝ち取ったのです。

Amazon.com でのPeter Green 時代のアルバムに☆一つをつけているレヴューがあって、これは、Rumor をやったグループじゃないから、気をつけろって。
Black Magic Woman は、ピーター・グリーンのヴァージョンが悪くないと思っているのですが。Jeremy Spencer のElmore James のコピーキャットぶりは、大したものだと思いますし。
まあ、いろんな人がいるのです。

ピーター・フランプトンが突然スターになり、突然、忘れ去られたというのは、どちらも不思議でたまりません。

スティーヴ・マリオット・メモリアル・コンサートでは、フランプトン、Jerry Shirley, Dave Clempson(フランプトンの後釜でした。)、それに、なくなる直前のリドリーがそろってやってました。
まあ、年寄りの冷や水といえばそれまでですが、非常に控えめなPaul Weller と元気いっぱいのIan McLagan が印象に残ったのですね。

もう一つおまけです。

      Girl in the Castro

You
Grateful Dead hat
Me
feeling lonely
You
crazy red dreadlocks, give a smile with braces
Me
like a ten year old, blushing

You seem cool for a hippy chick in a Burger King
Let's be friends today

You
sitting by yourself
Me
walk over shyly
You
giggle as I say hi
Me
ketchup on face, unnoticing

There's an Authority Zero concert in the Mission District
Want to see it tonight?

You
covering your ears
Me
feeling like a dummy
You
wanna leave, man?
Me
let's get going

We stroll down to your Castro apartment
You invite me in, far out!

You
taking your hat off
Me
kissing you, finally
You
calm as the breeze
Me
nervousness is soaring

You know, it's after one o'clock
Maybe I should skedaddle

You
take it easy, cowboy
Me
trying not to act silly
You
is it my braces?
Me
no, it ain't nothing

We make love all night long
Have beer for breakfast

You
a few dreadlocks undone
Me
eat some peyote
You
cuddle up beside
Me
what a beautiful morning


Woody Guthrie いわく、'Take it easy, but take it! '。

ウディ・ガスリーってどう位置づければ好いのかなぞと、Donovan を聞きながら思っているのです。Barabajagar は、Aynsley Dunbar とNickey Hopkins だななんて思っていたら、Jeff Beck も出てきました。
by nk24mdwst | 2008-05-13 15:28 | poem & music

Poll Tax Blues

Poll Tax Blues を私が初めて聞いたのは、Steve Marriott最晩年のライヴ盤です。ライナーにアンチ・サッチャーの歌は、やっぱり、いつ聞いてもいいとあったのが記憶に残っています。

Poll Tax つまり、人頭税を導入しようとして、長年イギリスの首相を務めたマギー・サッチャーは、職を辞さざるを得なくなったわけです。

現在、日本でも住民税率が10%とフラット化されるとともに、その課税最低限が引き下げられることによって、限りなく人頭税に近いものに平成19年度からなっています。

地方への税源移譲の声のもとに行われたことの実態は、住民税の人頭税化といって過言で無いのです。

*2008.2.21
日本の個人住民税は、道府県民税3%+市町村民税7%=10%に改悪され、いわゆる応能負担原則を完全に放棄しました。
住民サービスを受けるのは平等だという論理で応益負担の定率になったわけです。従来は、緩やかな累進税率を用いていました。
住民税に関し、一般の給与所得者は、給与等の支払者から所得税の源泉徴収と同様に住民税を毎月「特別徴収」されることが原則となっています。
現在、公的年金等の受給者で扶養控除申告書を提出している人は、受給する年金等から、所得税及び介護保険料をそれぞれ源泉徴収及び特別徴収されています。
国民健康保険税(料)も、非常に逆進性の強い性格を有しているわけですが、その滞納の問題が地方自治体にとって大きな問題として顕在化してきたため、今年の10月からは国民健康保険税も公的年金等から特別徴収という形で天引きされることになります。
老年者控除の廃止と公的年金等控除額の引き下げにより、合計70万円の増税が低所得の年金所得者に対して行われたわけですが、さらに、財政当局は取りやすいところから源泉徴収、特別徴収という形で徴収する側の論理を優先させているわけです。
他方、社会福祉関連予算、医療保険制度に関しては、とても国民皆保険とはいえなくなるような状況が生まれてきているというべきであり、普通の市民もこの現実をきちんと議論しなければなりません。

ちなみに、Poll Tax Blues の作者はジャガー&リチャードということなので、オリジナルはStones なのでしょうが、聞いたことがありません。聞く気もないのですが。
マルチ・ミリオネアの彼らが恩恵を受けるのがPoll Tax だったはずですけれど。もちろん、彼らは、上手にタックス・ヘイブンに納税地を移しているでしょうし、人気商売、機を見るに敏なるが故、だったのでしょう。

先週の租税理論学会の話から、一週間でまた、租税の話に戻ってきました。
by nk24mdwst | 2007-12-09 15:03 | 租税論