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"go. go. go."

昨日の晩も、Leon Russell と Mark Benno のAsylum Choir の二つのアルバム、Look Inside the Asylum Choir、Asylum Choir IIです。リオンの自宅スタジオで演奏クレジットは、二人だけです。Carl Radle が撮影者でクレジットされていますが。

契約の関係があったのかもしれませんが、カール・レイドルがベースだけ写真だけ撮って帰ったなんて考えられないわけでドラム・ストゥールに座っている人の想像はつきます。
リオンがほとんどの楽器をやったワン・マン・バンドであるとは到底思えません。彼自身がダビングしている部分はあるでしょうが、複数のギタリスト、キーボード奏者、ドラム、パーカッション等々がいるのは明らかでしょう。

これらのアルバムの製作意図について、昨日は全く見当違いな考え方をしていたのに気づきました。前者をAMGがガレージ・ロックとしているのは、大した見識で、これに引っ掛かりを覚えていたのです。

David Axelrod の仕事を思い出したわけです。ホーンやストリングス、タイム・チェンジ、複数のギター、プロのドラム、さらに編曲、編集も凝っているアルバムなのですが、いわゆるガレージ・ロックと称されているもので同様のものが他にもあるなと。

個人的には、リオン・ラッセルの経歴のターニング・ポイントだったのでしょう。Ⅱの方は、デモ・プラスの位置づけかもしれませんが、前者は色々考えさせられました。リオンのこのあとの、Beatles や Stones との仕事を参照しないとと思いました。
あと、ところどころ振りかけられているカントリー・フレイバーですね。ハリウッド・カントリー・フレイバーです。

CDは、シングル用のモノ・ミックスがおまけですが、内容はともかく、シングルで売ろうという意図があったということだけは事実でしょう。

ポップ・サイケ・バンド路線で売り出すためには、コンサートで演奏してみせる「表紙」が必要だったけれど、調達できなかった?当時のハリウッドにおいて不可能なことではなかったはずで、アルバムの内容自体のせいかどうかはともかく、会社がプロモートする気がなかったのだけは事実でしょう。
要するに失敗したプロジェクトだったということでしょうね。でも、リオンの後年の元ネタは、全部、この二枚にあるような気もします。

ポップ(ロック)をアメリカ物とイギリス物に分けるというのは、難しいです。基準を何にするかということですね。表紙になっているアーティストの国籍なのか。
国籍論で言うとThe Band は全員カナダ人です。これは本当の話ですが、本論ではありません。バックのミュージシャンやアレンジャー化、はたまた、レコーディング・スタジオの所在地か。
Rolling Stones は早くからアメリカで録音していますしね。

イギリス人でアメリカに渡ってセッション・メンになったというのも沢山います。Aynsley Dunbar, Nickey Hopkins, Ian Wallace, Pete Sears, Albert Lee 切りがないです。
Victor Feldman などという人もいます。

アメリカ人でイギリスへ渡ってという連中もいてJuicy Lucy の中心メンバーがそうですし、Gary Wright などもSpooky Tooth に参加しますがアメリカの大学卒業後渡英しています。

Paul Simon も渡英していてそのギター奏法はBert Jansch を真似た、ということは、もとはDavey Graham となるわけです。ここで問題は、ジャンチやグレアムが手本にしたのはBig Bill Broonzy ですからね。
それから、ブルーンジーは、1950年代から1960年代のフォーク・リヴァイヴァルの中で、カントリー・フォークの代表選手的な扱われ方をしてというか、そう振舞うことを強制されたかどうかは別にして、そう振舞うことを望まれていることを充分認識して、1940年代のシカゴで彼がやっていたアーバン・ブルースないしはR&Bの原型的なものを、白人聴衆の前でやらなくなったのは事実です。
彼はニュー・ポートでの成功をもとに渡英するのですが、後に続いたSonny Terry and Brownie McGhee も商売ですから、聴衆の聞きたいスタイルでやったわけです。

R&B ないしR&Rの誕生により、音楽から完全に足を洗ってしまったのがRobert Johnson の義理の息子で、シングル・トーンによるブルース・ギターの創始者というべきRobert Jr. Lockwood だったというのは非常に皮肉な話です。

しかし、60年代のアメリカではみんなLSDやったり葉っぱを吸ったりしていたのに、その30年前までは、禁酒法(Prohibition)があったわけです。あの国の触れ方というのはわかりません。

Clarence A. Graham, Jr.が密造酒(Moonshine)と題した詩を書いています。飲用アルコールの製造、運送が全て連邦法によって禁じられていたわけですから酒を造れば、全部密造ということですが。

     Moonshine


During the days of Prohibition, there were Government Men
Who searched the woods for moonshine stills

When they found them, they would destroy them
The G-men destroyed the filled moonshine bottles

Then, the men were rounded up and taken to prison
To serve time for what they did

Sometimes, moonshine was needed as a medicine
So, only by doctor's perscription could you obtain some

医者の処方箋があればアルコール入手可能だったということですね。60年代の違法ドラッグの供給源も薬局だったりしたことを思い出します。

ここで the G-men と言われているのは、連邦政府の差し回しですね。地元の地域警察や保安官事務所とは話がついても、Fed には逆らえない。

ここから地方分権論に話を持っていくのは非常に強引ですが、現在でも地域によっては禁酒法が施行されているところもないことはないわけです。

ところでRy Cooder のInto The Purple Valley の最後の曲です。スライド・ギターの弾き語りでWoody Guthrie の曲をライがやっています。Vigilante Manです。Nazareth もやってるし、最近Mick Abrahams がやっているのも見ましたが、他にもたくさんの人がやっていますね。
基本的には、ライの歌詞でやっているようですが、ガスリーの詞を紹介します。ガスリーもヴァージョンにより若干違いがあります。

     Vigilante Man

Have you seen that vigilante man?
Have you seen that vigilante man?
Have you seen that vigilante man?
I been hearin' his name all over the land.

Well, what is a vigilante man?
Tell me, what is a vigilante man?
Has he got a gun and a club in his hand?
Is that is a vigilante man?

Rainy night down in the engine house,
Sleepin' just as still as a mouse,
Man come along an' he chased us out in the rain.
Was that a vigilante man?

Stormy days we passed the time away,
Sleepin' in some good warm place.
Man come along an' we give him a little race.
Was that a vigilante man?

Preacher Casey was just a workin' man,
And he said, "Unite all you working men."
Killed him in the river some strange man.
Was that a vigilante man?

Oh, why does a vigilante man,
Why does a vigilante man
Carry that sawed-off shot-gun in his hand?
Would he shoot his brother and sister down?

I rambled 'round from town to town,
I rambled 'round from town to town,
And they herded us around like a wild herd of cattle.
Was that the vigilante men?

Have you seen that vigilante man?
Have you seen that vigilante man?
I've heard his name all over this land.

Preacher Casey のくだりがライや他のアーティストのヴァージョンではないようです。Grape Of Wrath に登場する人物で、ガスリーのTom Joed にも登場します。

vigilante の意義について、LDOCEは、someone who illegally punishes criminals and tries to prevent crime, usually because they think the police are not doing this effectively としています。これからすると、確かに自警という考え方が出てきますが、歌に出てくるのはちがいます。
ケイシー牧師のくだりを読めば自明ですが、スト破りの連中ですね。

ハリウッドでのスト破りの様子なんかもハード・ボイルド小説に登場します。
ダシール・ハメットの小説の主人公、コンティネンタル・オプは、ハメット自身のピンカートン探偵社勤務時代の体験をモデルにしたとされていますが、ピンカートン社の大きな仕事としてスト破りもありました。

sawed-off shot-gun というとサム・ペキンパー監督の映画「ゲッタウェイ」でのスティーヴ・マックィーンの荒物屋でのシーンを思い出します。銃砲店ではなくてhard ware store だと記憶しているのですが、違っているかもしれません。
by nk24mdwst | 2008-08-22 12:20 | 音楽

eddie who?

かつては、よく聞いていたのに今は聞かなくなったもの、音楽、アーティストというのが少なからずあって、棚をはみ出すLP、CD、ハード・ディスクを占領するファイルは何だろうなどと考えてしまうわけです。

例えば、Ry Cooder がそうです。
以下、私とライ・クーダーについて書こうと思ったのですが、気分が重くなってきました。彼のキャリアをセッション・ワークとソロ・ワークに分けて分析し、彼のギター・テクニックを検討し・・・なんてことはしません。

Into The Purple Valley は、全曲、高校生時代にコピーしました、下手なりに。されど、というわけです。
ギブソンのフラマンなんて田舎じゃ手に入らないから、なぜか納屋にあったボディの丸いマンドリンをかき鳴らして、下手くそながらBilly The Kid の歌なぞ歌ってました。

聞かなくなったギタリストには、もう一人、Rory Gallagher なんて人もいます。彼もマンドリンを弾きます。歌が一本調子で。
今さら、ギター小僧でもないし。
ただ、若い頃のライブDVDを見ていると誠実な人柄、アルコールのせいで命を短くしたかもしれないけど、一生懸命なステージは好感が持てます。

ナショナル・スティールをステージでチューニング変えながら歌うのですね。チューニング・メーターなんか使わずに。

ブートだと言われる、ドイツのRockpalast のDVDでLittle Feat を見たことがありますが、途中でアナウンスが、次はロリー・ギャラハーだって言っていましたが、この続きのやつも見たわけです。

リトル・フィートは、もうLowell George がやる気をなくしているころで、Paul Barrere が仕切っていて、まあ、客受けするライブをやってましたっけ。前半、やる気なく歌っていたロウェルが、後半突然やる気を出して、鬼気迫るスライドを披露してはいましたが。
フィートも未だにやってますが、亡霊のように感じます。

話をライに戻しますが、彼のソロ・ワークは、Jim Keltner, Milt Holland という強力なリズム隊がいるので聞いていてがっかりすることはないのですけれど、セッション・ワークの方がまだ良いですね。
それもあまり前面に出ないほうがスキです、最近は。ということになると、Randy Newman の12 Songs で充分なのです。

12 Songs がランディ・ニューマンのソロの中では個人的に一番好きですね。擦り切れるほどレコード聞きました。これには、Clarence White、Ry Cooder、Lyle Ritz、Gene Parsons、Jim Gordon、Milt Holland 他の皆さんが参加していて、エンジニアは、Lee Herschberg ですから。タイトルがタイトルだからボーナス・トラック入りで再発されないのでしょう。
Sail Away は、ボーナス入れで出ましたからね。こっちは、Earl Palmer 、ケルトナーですが。

あと、リトル・フィート のeponymous デヴュー・アルバムですかね。。私は、これとSailing Shoes がリトル・フィートなのだという偏見の持ち主なのですが。
THE WORDS AND MUSIC OF FRANK ZAPPA は、良く書けた本ですが、筆者の Kelly Fisher Lowe は、ロウェルとRoy Estrada が作ったリトル・フィートのことをDixie Rock Band だなんて書いているのでがっかりです。

Easy To Slip が当たらず、エストラーダが抜け、Sam Clayton, Ken Gradney というDelaney & Bonnie のバックにいた二人が参加してからは、別にして、当初のリトル・フィートは、Mothers ないし Magic Band の別働隊というか分家的位置づけかなと感じているわけなのです。
FZ とか Captain がやっていたことの元をわかりやすく解説しているバンドと言ってもいいし、ドゥーアップに拘りがない分、時代に合っていた筈なのですね。

いずれにしろ、ロウェル の手の怪我のせいでこのアルバムでは、ライのスライドが聞ける曲があります。Willin' とA Apolitical Blues ですが、だみ声、つまり、Howlin’ Wolf の後継者であることをロウェルは、宣言しています。後者では二人のスライド合戦になってはいますけど。

ライは、非常にミュートが上手く、クリアで鋭い独特のトーンのスライド・ギターを聞かせるのは間違いありません。クリアなウルトラ・ハイ・トーンはロウェルですけど。

オープンDチューニングは、ライ、オープンGの方は、ロリーが手本でした。

Rising Sons Featuring Taj Mahal & Ry Cooder なんて物にまで手を出しているので、中毒者であるのは事実なのですけどね。このバンドは、大学で音楽を勉強したタジ・マハールのバンドです。後年、The Byrds に加入するというか雇われる、Kevin Kelley がドラムです。ライの後釜がJesse Ed Davis になります。

スライド・ギターの魅力を最初に私に教えてくれたのは、間違いなくライ・クーダーだったのですが、アンサンブルというか音楽全体の良さを求めるようになったのは年のせいなのかもしれませんが、ライのソロ・アルバムは全体を通して聞くと物足りないという気がするようになったのですね。
ルーツ・ミュージック指向自体は否定しませんが、それなら元ネタを聞くという話になってしまうわけで。

ライには、Jazz というタイトルのアルバムがあります。Steely Dan の Donald Fagen は、1970年代にフュージョン色の濃いアルバムを続けて出しますが、ジャズという言葉に惹かれてセッションにライを呼んだのだそうです。
プレイを見て、直ぐにお引取り願ったそうです。そりゃそうだろ、としかいいようがありません。本当の話なら、フェイゲンのボケっぷりは、笑えます。そんな玉には思えませんけれど。

Duane Allman もAllman Brothers Band 以外のセッション・ワークは、鋭いものもありますが、全部食い扶持稼ぎのやっつけです。オールマン・ブラザーズなら良いかというと、彼自身のでき不出来の問題以前に、二人いるドラム、特に左側に座っている人が邪魔で、辛いのです。

ところで、ライは、Let It Bleed 前後のRolling Stones のレコーディングに参加していて、Keith Richads とトラぶったことがあります。リックを盗まれたって話です。その点、デュエインは鷹揚そのもの、ECに一生懸命手ほどきしています。でも、マジックは直ぐ消えたようです。

例によって、allan james saywell は、ストーンズが嫌いなようです。

      Singing Wrinkles

A rolling Stone gathers no moss
However it accumulates wrinkles, if it sings
Ages like an Elf
Pouts like a seasoned Prune
Refuses to sing, 'Time Is On My Side'
Yes it is, yes it is, yes it is
Rock and Roll will never die
Old singers just sing the blues
Who said dead men cant walk and talk
However why dont we all, 'Make Love Not War'

Written Tuesday April 2006

wrinkle というのは、加齢のせいでできる皮膚の皺のことです。
後は説明不要かと。

シンガー・ソング・ライターというのは、私も苦手なのですが、Mario Valdes もきつい一発をお見舞いしています。

     Pop

Singer songwriter
Come light my fire
Will your songs inspire
Now that your soul’s for hire
Writing songs about the blues
Notes to back the evening news
Will you ever choose just what you’ll sing about
Cause it’s all about the charts
Your music’s got no art
And you’ve got to pay your bills
So give the big-wigs thrills
Forget about the beat
That pulses through the streets
And mountains and oceans and plains
As long as your next song brings more fame
But just how much fame can mask all the pain
Cause your music’s not art, not sung from the heart
Your just some pop tart
First too hot to handle then too cold to
Eat
Cause they won’t stomach you
Once they get bored with you
And once they’re through with you
There’ll be no one there but you
And then all your precious fame
They’ll give to some other dame
Or some other new-kid band
To fill all your empty stands
But all you wanted to do was sing
To bad for you, you forgot one thing
That singing is nothing but junk art
Unless those songs are sung from the heart
You got to rewind get back to the start
And remember your first heart
Beat

話は、すっかり変わるのですが、あるブログで某誌が選んだ60年代ロック・アルバム・ベスト100 というのをみつけました。こういう企画に意味がないことは百も承知なので、中身を特にどうこういうつもりはありません。Pet Sounds がトップであろうとなかろうと勝手にしていただければ結構です。

しかし、いい加減にしろといいたいものがリスト・アップされていました。64位 Nick Drake / Five Leaves Left というものです。この雑誌を出しているところの本とは60年代から付き合いがあります。幸い、70年代前半で切れてしまいましたけれど。
ニック・ドレイクの位置づけ、リスト・アップされているアルバムについての感想は、私なりにあるのですが、それとランク付けがどうこうという問題ではないのです。私が問題にしているのは、この雑誌の母体となった雑誌において評論家と称する人たち、60年代後半ないし70年代初頭においてニック・ドレイクを採り上げていたのかという話です。
私の記憶では全くそんな記事は見かけたことはありません。ニック・ドレイクの名前が一般に知られるようになったのは、死後数年経った1980年代半ばです。
あと出しじゃんけんは、やめましょうよ。
前述のリストには他にもあと出しじゃんけん、ありますね。

ニック・ドレイクは、一人ワン・カテゴリーというべき特異な人物であることは認めます。ケンブリッジへ奨学金をもらって行ったのですね、ドレイクは。
生まれはというと、お袋さんが007シリーズのイアン・フレミングと好い仲だった、別荘が隣同士だったからだそうですが、ビルマあたりのプランテーションで財を成した家系なのだそうです。
いずれにしろ、Richard Thompsonじゃないけど、Sandy Denny を忘れるな馬鹿!!!です。

ニック・ドレイクの歌、ギター・スタイル、特に独特のコードの使い方等、書きたいのですが、ちょっと彼を採り上げるのは、個人的には非常に辛いものがあるのですね。しかし、抗欝剤の多量摂取で死ぬなんて話はちょっと信じられませんが。

サンディ・デニーはトラッドでドレイクは違うなんていうならそれこそ見識を疑います。まあ彼女も家の二階から飛んじゃって頭を打って死ぬあたりは、ドレイクと似ていますが。
飲んだくれサンディのことは、Bert Jansch がPentangle で歌ってますが。

Georgie Fame を出すなら、Zoot Money も出してはいかがですか?全く感心できない人ですが、60年代当時の誌面では、Graham Bond の記事の方が多かったりして。

余程馬鹿なJack Bruce ファンでも、いないと思いますがいないと思いますが賢きGinger Baker ファンでも、それから物好きなDick HeckstallSmithファンでもGraham Bond になんか金を使ってはいけません。
馬鹿は一人で充分です。

ニック・ドレイクは、フォルクスワーゲンのCMに歌が採り上げられてブレークしたのです。

グレアム・ボンド時代に既にジャック・ブルースは、Train Timeをやっています。なぜ、下手なハーモニカにこだわるの理解不明ですが、CMにでも使われるとヒットするのかな?
by nk24mdwst | 2008-05-12 13:06 | 音楽

Legendary A & M Sessions

Captain Beefheart のLegendary A&M Sessions は、Magic Band のメンバーがどれくらい参加しているのか不明ですね。というか、基本的にハリウッドのスタジオ・ミュージシャンがバックのものがほとんどでしょう。

1967年のSafe AS Milk がビーフハートの最初の公式アルバムというわけです。Buddha からのリイシュー・ヴァージョンはボーナス・トラックも追加され、当時のビーフハートとマジック・バンドの姿がよくわかります。
ただし、冒頭の曲他、16歳のRy Cooder が参加しているのをどうとらえるかという問題があります。Ry がやっているVigilante Manは、元は、Woody Guthrie の曲ですが、私が、最初に覚えたスライド・ギターの曲でした。

このアルバムでも、明らかにセッション・メンがバックをつけて売るための曲とマジック・バンドが主体の曲があるわけです。


このアルバムでビーフハートは、de only white boy who's bin able ta sing blues だということを証明したと思います。Howlin' Wolf そっくりのだみ声と独特の低音から裏声までの声を楽器のように扱うのもブルースの本質なのだと思います。Paul Butterfield は、マウス・ハープでは素晴らしいですが、こんな風には歌えないわけで。

Don Van Vliet とマジック・バンドは最高のホワイト・ブルース・バンドであることをこのアルバムで証明しています。逆にいうと、ブルース・バンドをやっているから、売れそうな曲のバックをハリウッドのプロに入れ替えることも可能だったのかなと。

Trout Mask Replica に行く前に、Frank Zappa と Original Mothers をさらっておく必要がありますね。
by nk24mdwst | 2008-01-13 11:25 | 音楽

Saturday, December 4, 1993

1993年12月4日(土曜)の午後、Francis Vincent Zappa, Jr. ことFrank Zappa は亡くなりました。つまり、今日は、ザッパの14回目の命日です。
ザッパは、ボルティモアで1940年12月21日に生まれているので53歳の誕生日を迎える前に亡くなったわけです。

来年は、没後15年ということになります。

今日から一年間、ザッパのLast Phase にいたるまでの道のりを辿れる限り、辿ってみようと考えています。リニアに辿れる力もありませんし、辿るつもりもないのですけれど。

ザッパとエディー・ヒントン(Eddie Hinton)をどうやって結びつけることができるか。どこかに結節点、ミッシング・リンクはないかという事を探れればと。
King Crimson ならともかく・・・・

2008.2.15

Holin' Wolf とかJohnny Guitar Watson といったブルース・マンがCaptain Beefheartやザッパに影響を与えていたことからという線が一つあります。
ビーフハートの周辺にいたのがRy Cooderとうか、Safe As Milk のセッションに参加します。
Taj Mahal のバンドでライ・クーダーの後釜に座るのが、Jesse Ed Davis  です。

彼らのスライド・ギターを当時Hourglass の一員としてロスにいたDuane Allman は見て、彼のスライド奏法練習が始まるのですね。

Eric Clapton は、Cream のレコード・デヴュー前にザッパにロンドンで会ってます。ダンディなブルース・バンドとザッパが紹介したと。

クラプトンは最近、私にとっては謎です。ハンサムだから人気があったのはともかく、なんで、あの程度にしかギターが弾けないのか?!
by nk24mdwst | 2007-12-04 18:30 | 音楽