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it ain't no cool no mo'

天気、晴れ。
期待はそれほどしていなかったけれど、あそこまでやられた日には、もう何もいうべき言葉が見つかりませんね。DPJ のことです。

知ったかぶりするなって、今朝の運勢欄に書いてあったのですが、そんなこと言われたら、何も書けません、お師匠さん。運勢欄なんて、毎日見ないのに、たまに見るとろくなことが書いてない。
いや、人生訓としてためになることが、常に書いてあるのですが、それが守れれば苦労はないわけであります。

Sierra Ricords を久しぶりに覗いたら、かの4枚組みボックスがまた、予約できるようになっていました。
最初の受注がはけたので、資金の手当がついて、次のを発注したのかな?
最近のアパレル業界なんて、不況だから、在庫がはけないと発注できない・・なんて話から連想したのですが。

Hittin' The Web を見てみると、10月16日から2009年のABBコンサートCDセットがようやく出荷できるようになったと。アメリカの消費回復の遅れを見るようです。

しかし、付加価値税がらみで今月、国民福祉税の話なんか触れなきゃ良かった。

ディックの「逆まわりの世界」じゃあるまいし、と書いてしまうと、現実もディックの小説もどっちもわかっていないという話になるのですね。知ったかぶりするな。
ディックのCounter Clock World 、それからFZのTrouble Everyday はどちらもワッツの暴動を意識したものだと思うのですね。

軍歴のない非白人の大統領がノーベル賞をもらったばかりという現在のアメリカは、どう考えればいいんでしょうね。
by nk24mdwst | 2009-10-22 10:21 | 音楽

nobody knows where's any net

もう日付が変わってしまいましたが、昨日の午後の研究会での話は、久しぶりに刺激を受けました。

日本の社会保障と医療制度について、普通の人よりは少しは知っているつもりでしたが、目から鱗でした。
部分的には知っていて全体がわかった気持ちになっていたのですが、日本の社会保障制度全般についてその歴史と国際比較をわかり易く説き起こしてもらえて糸口がわかったとはいいませんが、何となく基本的にどう考えるべきなのかという出発点がわかったような気がしました。

社会保障関係論を専門とされるある大学教授のお話を聞いたのです。その先生の書かれたものを少し読んで仕入れナイトと思いました。

アメリカの話は一切出なかったのは当然ですが、欠落していたアメリカの社会保障制度論のうち医療保障に関しては、クルーグマンの本を読んでいたので、辻褄が合いました。

その先生は、スティグマという言葉を用いて説明をされたのですが、私は、フィリップ・K・ディックの「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」のことをなぜか思い出しました。
ディックのこの小説は、筋立てだけ見ると下手な三流SFにも劣るようにも見えるのですが、ディックの多数の長編の中でもターニング・ポイントとなるものの一つだと思っています。

ディックの小説の主演を現在のカリフォルニア州知事が演じるなんていうのは、笑止千万と捉えるか、ぴったりなのだと捉えるか。ハリソン・フォードのおなじみのいつも何か不安そうな困ったような表情が相応しいのかどうかも良くわかりませんけれど。


クルーグマンが今回のバブルの戦犯を名指ししています。
October 11, 2008, 9:08 am
Greenspan’s bubbles

A chart from a project I’m working on. PE ratio for S&P 500, from Shiller (10-year moving average of earnings, on right scale.) Real house prices from Case-Shiller, left scale.
http://krugman.blogs.nytimes.com/2008/10/11/greenspans-bubbles/
戦犯の名前自体は、別に驚くものではありません。

この記事に対する最初のレスですが、アメリカがなぜハイパー・インフレにならなかったか不思議だという疑問が呈されています。
この一般物価の上昇を伴わない資産価格の上昇、つまりバブルとその崩壊については、日本、日本人、大蔵省、日銀はいやというほど知っているはずです。
グリーンスパンだって知っているはずで、根拠なき熱狂などと口先だけ警告しながら実際の金融政策は反対のことをやって板のわけですね。
このグラフと私の数日前の書き込みに引用したクルーグマンのグラフを重ねてみるということですね。

おそらく、グリーンスパンは、資産インフレをコントロールできると考えていたのだと思います。日本の大蔵官僚も日本のバブルを生み出したこと自体は自覚していて、それは一般物価のインフレを招かず、かつ、コントロールが可能だと考えていたのです。
この点に関しては、当時の大蔵省首脳だった人が失敗をしてしまったことを認めたという発言したと聞いています。
信頼できる人から聞きましたし、その人がその大蔵省交換からそういう発言を聞きうる立場にある人だったことも事実です。
しかし、伝聞でしかありませんから、真偽のほどはわかりませんが、私は、本当だと思っています。

日本の失敗を充分学んでいて、日本の財務省も警告をしたはずなのに、なぜこんなことになったかというのが疑問として残るわけです。

この点に関しては、少なくとも日本の財務省の意見をグリーンスパンが聞き入れるということは、その意見の当否を問わずありえないはずだと思います。
私は、そもそも、アメリカの投資バブルの源泉は日本のゼロ金利政策だったと確信していますから、その意味で、日本の財務省には意見を言うどころか主導権は全く無かったと思います。
それがどのような結果に陥るかということは、橋本行革以来の構造改革路線、金融立国路線をとろうとしていたわけで、意識をしていた、あるいは、共謀剤が成立するかどうかは別にして、日本の金融当局にも責任があるのだと思います。

グリーンスパンは、非常に頭の切れる人だとは思いますが、アメリカで一番偉い人ではないわけですから、一番偉い人の言うことをやっぱり聞かざるを得なかったのだろうと思います。

アメリカで一番えらいのは、もちろん主権者である一般のアメリカ国民すべてであります。ということなら、話は簡単ですね。
大統領だということに一応しておきます。

クルーグマンのグラフは、株と不動産の二つのバブルが存在したことを示していますが、コメントの中に、時系列をもう少しさかのぼるべきだというものがあります。
1982年までさかのぼれというわけです。
レーガン政権下における、ドル高政策とその後のS&L危機が抜けているというわけです。そのとおりだと思います。
しかし、やはり、アメリカ人はドルがすべてだと思っているのでプラザ合意の意義も見落としがちのようです。

冷戦末期、米ソはどちらもガス切れ寸前だったわけです。底から荷物を背負って全力疾走を両方でやってみたら先に旧ソ連がこけたのは事実ですが、アメリカ経済事態も過酷な消耗をしてしまったというのも事実ですね。
それを解消するためにプラザ合意をやって、一度借金をチャラにしようとしたというか、借金をよその国に付け替えた。
そのあともアメリカは、時刻の経済が下降しそうになるとよそへ付回しをしてきたわけですね。

具体的には、アジア通貨危機だの日本の失われた10年というわけです。

もう一つ、グリーンスパンがFRB議長だった時代の大統領は、どちらも国内的に非常に脆弱な基盤の上に立っていて、それに対する攻撃をかわす必要があったのだと思います。

クリントン政権のスキャンダル、ブッシュ政権における大統領選挙そのものの正当性の問題ですね。そこへ、景気が下降局面に入りそうになったとしたら、何とか目を外にそらす必然が生まれるのだと思います。

今回の危機において、目を外にそらさせるということが可能かどうか。
最大のケインズ政策としての戦争の有効性という意味です。その意味で虚構としての冷戦は、違う評価をすることが可能であるのだと思います。

まあ、誰も同調しないでしょうが、今日に至るいわゆる新自由主義ないし市場主義経済論理が世界を制覇したという論理が、その後の好況をもたらしたという考え方は誤りなのでしょう。
誰も同調しないでしょうが、冷戦崩壊後の新たな体制を生み出したわけではなく、単に、冷戦終結後の新たな体制が生まれるまでの緩慢な現代文明、現代経済のパラダイムの転換を咲き伸ばしていただけではないかと思います。
ですから、結局、バブルが崩壊し、世界的な金融恐慌の瀬戸際にあるということです。
October 11, 2008, 3:12 pm
Memories of the late 90s
The current global crisis and the Asian/Russian/Latin American crisis of the late 90s have a lot in common, although there are also some big differences. Some of my more wonkish readers might be interested in an Asian-crisis-model paper I wrote in 1999, which stressed balance sheets and leverage. Because I had Indonesia on my mind, the foreign exchange market, rather than the mortgage-backed-securities market, was at the heart of the story. But there’s a clear family resemblance. The paper (pdf) is here.
http://krugman.blogs.nytimes.com/2008/10/11/memories-of-the-late-90s/
90年代のアジア・ロシア金融危機と今回の危機の類似性について触れています。
October 11, 2008, 7:37 pm
Falling short
Wouldn’t it be nice if, just once, policy makers exceeded expectations instead of falling short? Actually, it would be more than nice: until that starts happening, policy will keep losing credibility.
But it’s apparently not to be. The IMF ministers have endorsed the G7.
http://krugman.blogs.nytimes.com/?scp=2&sq=paul%20krugman&st=cse
各国の財政首脳協議も明確な方針を出さないとクルーグマンは怒っています。
by nk24mdwst | 2008-10-12 01:37 | 租税論

It's cold.

It's so cold and so easy to slip,

'cause it's snowing.

であります。

Amazonでルック&クリックと同様、blog も中毒するということがわかってきました。

What will you do, when the label comes off,

And the plastic's all melted,

And the chrome is too soft?

Who are the brain police?


FZの1966年Freak Out!の中の歌ですが、Phillip K. Dick の一番脂の乗り切っていた時期である、1960年代半ばから1970年代初めあたりまでの小説のモチーフを想起させます。

1970年代半ばの日本では、ディックの翻訳本は、「宇宙の眼」、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」くらいしか出ていなくて、「高い城」なんかも絶版状態だったと記憶しています。

池袋のビブロスで、バランタインのペーパー・バックを買い漁った覚えがあります。
学生時代に読んでいたのは、あと、Sporting News を毎週。といっても、6週間遅れくらいでしたが。

What shall we do, when the label's come off,

And the plastic's all been melted,

And the chrome's been too soft?

Who are the brain police?

They are the brain police as we are.

We are the brain police, so as they.


映画、Taxi Driver の中で、ロバート・デニーロが、鏡に向かってJohn Wayne を真似ながら一人でしゃべってるシーンのせりふです。

"Are you talkin' to me?"

地下鉄東西線に乗って、一人語ちていた学生が当時いたとしたら、私なら近づきません。

振り返りながら、"There' s no one but me, huh?"

あのタクシー・ドライバーの映画は、ベトナム帰りの不眠症のデニーロ演じるタクシー・ドライバーが主人公です。主人公は、シヴィル・シェパード演ずる大統領選挙運動員に片思いを寄せ、ジョディ・フォスター演ずる少女売春婦を助けるために、ハーヴィー・カイテル扮するピンプ、ポン引きをぶち殺す映画です。

クライマックスの銃撃シーンがあるわけですが、この主人公が行った人殺しが、現実のものだったのか、幻想だったのか、映画を見た30数年前から判断がつきません。個人的には、あれは幻想だったのではないかと考えています。製作者の意図とは違うのかもしれませんけれど。
by nk24mdwst | 2008-02-08 12:50 | 音楽

Does Humor Belong in Music ?

タイトルは、Frank Zappaの晩年の作品の名前です。このブログのタイトルは、それをもじっているのです。
音楽とユーモアは共存できるか?ってザッパは言うわけです。FZのユーモアというのは、独特のものがありますけどね。シニシズムというべきでしょうか。
Taxation つまり、税制ですが、ユーモアと税制の共存なんてあったら笑います。ただ、人間性と税制という問題は永遠の課題です。

以下、*は、2008.1.22補足

*シュンペーターが定義するように、現代資本主義国家は全て租税国家であるわけで、税制を語ることは国家を語ることです。だから、税制にユーモアがあるかという問いかけは、国家がユーモアを持ちうるかという意味になります。
いいかえると、国家と人間性の問題というのは永遠の課題であり、民主主義=人間性という図式が成り立つのかという問いかけにもつながります。

Now Wait For Last Year という Phillip K. Dickの小説のタイトルをもじって Now Wait for Songs of Last Year です。昔の音楽を待ち続けている私がいるのです。

*ディックの小説のテーマとしてずっと語られているのは、機械と人間性の問題です。ディックの言う人間性というのは、他人を思いやる心です。ですから、皮膚を切れば赤い血が流れ落ちるものであっても平気で人殺しのできるものは、人間ではなく、ディックの言うアンドロイド=機械ということになるのです。
逆に、ディックの小説には優しい思いやりを持った機械も登場します。自宅に帰ると『おつかれさまでした』というナヴィのある世界にわれわれは今住んでいるのです。

昔というのは、個人的な経験、感覚、知識以外のことは解りませんから、要するに、記憶をたどることかと思います。

記憶に残る日の一・・・・1963年11月23日の朝。その日、勤労感謝の日で学校は休みだったわけですが、朝、寝床から這い出してきた私がテレビで見たニュースは、ジョン・F・ケネディ暗殺の話でした。現地時間では11月22日ですが、その日は、日米間で最初のテレビ衛星同時中継の行われる日でした。

記憶の日の二・・・・1969年6月20日、アポロ11号が月面に人類史上初めて着陸し、ニール・アームストロングが、かの偉大な一歩を踏み出した日です。この日は、一学期の終業式の日で、終礼を前に校庭を掃除していた私は、職員室のテレビの声でこの実況を聞きました。

その三・・・・1994年6月20日、アーリントン墓地。前日、生まれて初めてアメリカ、というか海外自体が初めてだったわけですが、ワシントンに着いた私は、アーリントン墓地の門の前で、ケネディの墓を一目見ようとするアメリカのおのぼりさんの列の中にいました。気温40度近く、湿度は90%を超えていました。

大風呂敷を止めて、時間と話題を限定するつもりで書いてみたのですが。

*風呂敷は広がるところを知らず・・・・

this site is not a frank zappa's fan site ever and never.
it's just a fun for a fool like me, nothing more than that or less.

so, please do not categorize this site, which means nothing, man.
by nk24mdwst | 2007-11-24 18:23 | 記憶