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roll over beet of hen

不動産バブルが弾けたせいで、この2年間、不動産業者は、ほとんど利益のない状態、もしくは、赤字で手持ち不動産を売却していたわけですが、不動産の買換えをした人は、損はしていないというポストの記事です。
Tax exclusions offer big benefit to home sellers

Saturday, January 30, 2010

Many home sellers made little profit or sold at a loss last year. But homeowners who bought years ago and benefited from the huge gains during the first part of this century might be pleasantly surprised. If you are married and meet the legal requirements described below, you can exclude up to $500,000 of the profit you have made.
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/01/28/AR2010012804757.html
日本にもかつてありましたが、居住用不動産の買換え優遇税制があるのですね、アメリカにも。
単独申告250,000ドル(合算申告500,000万ドル)までの不動産売却益(キャピタル・ゲイン)に関しては、売却不動産の価格以上の不動産を購入することを条件にして、課税所得から除外されるというわけです。

この手の課税の特例は、日本の場合は租税特別措置法の中に五万とあって、ここに色んな業界の利害が集約されているといわれているのですが。
事業用資産の買換えなどは、形を変えて、日本でも存在し続けています。

ちなみに、このポストの記事の冒頭にOgden Nash の詩One From One Leaves Twoの一節が引用されています。このブログのこのに全文があります。そういえば、むかし、税金の詩なんてのを拾い出していたこともありました。

繁忙期の手慰みだったのですが、いつの間にやら、ブログを書くのが習慣になり、ネタは、詩よりも新聞記事に変わってしまっています。習慣的に、ポスト、タイムズ、ロイターを毎日、眺めるようになってしまったのですね。ぱっと見て、貼り付けているので、勘違いも少なからずあるのは知ってます。

失業率が10%を超えているというのは、やはり見過ごせないというわけで、雇用促進のための税額控除を導入するという話です。
Obama Outlines Plan to Increase Employment

By SEWELL CHAN
Published: January 29, 2010

WASHINGTON — In proposing a one-year, $33 billion tax credit for small businesses, the Obama administration is simultaneously seeking to stimulate hiring by reducing payroll taxes and to turn its attention to a constituency that has historically been associated with Republicans.
http://www.nytimes.com/2010/01/30/business/smallbusiness/30small.html
新規雇用者一人当たり5,000ドル、年間の限度額500,000ドルの税額控除を雇用者に与えるというものです。さらに、既に雇用している人の給与をあげた場合には、それによって増加するペイロール・タックスに充当するというものです。
この税額控除の雇用創出効果については、1977-78年のカーター政権時代のNew Job Tax Credit の効果が明らかではなかったことから懐疑的な見方が多いようですね。

あと、不正適用の可能性も指摘されています。つまり、税額控除を適用できるよう、わざと解雇し、そのあと再雇用するというパタンです。

The National Federation of Independent Business (中小企業同友会みたいな感じでしょうか)は、中小企業に対するペイロール・タックス免除の方が望ましいとしているのですが、大統領は、これで十分だというわけです。なお、年収106,000ドル(ペイロール・タックスの上限)を超える給与の増加に対しては適用がないとされています。

何もやらないよりは、ましかという感じでしょうかね。しかし、年間330億ドルの減税は大きいです。

そこで財政赤字の話なのですが。
March of the Peacocks

By PAUL KRUGMAN
Published: January 28, 2010

Last week, the Center for American Progress, a think tank with close ties to the Obama administration, published an acerbic essay about the difference between true deficit hawks and showy “deficit peacocks.” You can identify deficit peacocks, readers were told, by the way they pretend that our budget problems can be solved with gimmicks like a temporary freeze in nondefense discretionary spending.
http://www.nytimes.com/2010/01/29/opinion/29krugman.html
財政赤字には二種類あって、本物(defict hawks)と見せ掛けだけのもの(deficit peacock)であり、後者は、国防以外の裁量的な支出を止めれば、消えるものだとと、政権に近いシンク・タンクが先週、一文を書いたというわけです。
ところが、大統領は、先の一般教書演説で、「国防以外の裁量的な支出を止める」と言ったので、クルーグマンがちょっと待てと噛み付いています。

クルーグマンの論は、常に医療保険制度改革が中長期的なメディケアの歳出増を抑える唯一の方策で、これが、改革の一丁目一番地だ、ですけど。ただ、大統領は全能じゃないし、一人しかいないからやれるだけやってもらうしかないって。

しかし、問題は、こっちの方かなあ。GROSS DOMESTIC PRODUCT: FOURTH QUARTER 2009 (ADVANCE ESTIMATE)http://www.bea.gov/newsreleases/national/gdp/2010/pdf/gdp4q09_adv.pdfが、大幅なGDPの回復基調を報告しているのですが、単なる在庫調整が終わったことによる一過性のものだとクルーグマンはいうわけです。inventory blip だと。
Q4 GDP: Beware the Blip by CalculatedRisk on 1/16/2010 02:24:00 PMを見ると、1980年の第4四半期から1981年の前半(レーガン政権発足時の不況)にかけてのGDPの数字の推移と2009年の後半の二つの四半期の推移の相似性が明らかで、先行き、ちょっと暗い気持ちになってきますね。

不況によって、企業は生産を減らし、在庫が無くなれば、また生産を始めますからそれはGDPをプラスにさせる。ただし、本格的な景気回復で無い限り、在庫は、また積みあがるだけだというわけです。
昨年のアメリカ政府の景気刺激策によって、後半アメリカの景気は持ち直したように見えるけれど、このまま何もせずにいると、二番底が来ると言う話ですね。

Sandy Denny を聞きながら、何でこんなことを書いているんだろうと思ってますが。

Amazon. UKは、やたらと西洋古典音楽のバーゲンをやっていて、オイストラフの17枚ボックスが25.98ポンド。これ、税込みですから、日本から注文すればVAT分安くなるし、UKは、配送料も安くて早いし。
一昨年は、1ポンド、200円以上が当たり前でしたが、いまは、150円あたりをうろちょろしてるし。
by nk24mdwst | 2010-01-30 17:39 | 租税法(アメリカ)

live till you die

きょうも、良い天気です。一昨日までの冬型と一変、山がきれいです。

Ogden Nash です。年齢を受け入れるということは簡単ではありません。特に、私のような人間にとって。どういう意味か。書いてから考えています。

     Peekabo, I Almost See You

Middle-aged life is merry, and I love to
lead it,
But there comes a day when your eyes
are all right but your arm isn't long
enough
to hold the telephone book where you can read it,
And your friends get jocular, so you go
to the oculist,
And of all your friends he is the joculist,
So over his facetiousness let us skim,
Only noting that he has been waiting for you ever since
you said Good evening to his grandfather clock under
the impression that it was him,
And you look at his chart and it says SHRDLU QWERTYOP,
and you say Well, why SHRDNTLU QWERTYOP? and he
says one set of glasses won't do.
You need two.
One for reading Erle Stanley Gardner's Perry Mason and
Keats's "Endymion" with,
And the other for walking around without saying Hello
to strange wymion with.
So you spend your time taking off your seeing glasses to put
on your reading glasses, and then remembering that your
reading glasses are upstairs or in the car,
And then you can't find your seeing glasses again because
without them on you can't see where they are.
Enough of such mishaps, they would try the patience of an
ox,
I prefer to forget both pairs of glasses and pass my declining
years saluting strange women and grandfather clocks.

中年とか老年という概念は、30年前と違うような気がします。
相変わらず1968年ごろを中心とした音楽を聞いているのです。しかし、1968年から40年遡ると1928年、かの1920年代です。
デルタ・ブルースが誕生してそのスタイルを確立しつつある頃。Robert Johnson もちろんまだ主役ではありません。
ロバート・ジョンソンが主役になるのは・・・1960年代になってからですけどね。
November 26, 2008, 1:56 pm
About that advisory board
But the Obama administration’s new economics advisory board would seem like a very good place to give progressive economists a voice. There are a number of excellent people whom Obama might not want to put in line positions but would be very much worth bringing in to offer well-informed alternative views. At the risk of insulting those I forgot to mention, I would think immediately of James Galbraith, Larry Mishel, Dean Baker, Jared Bernstein.
http://krugman.blogs.nytimes.com/2008/11/26/about-that-advisory-board/
クルーグマン自身は、ワシントンD.C.なんかで仕事はしたくないのだそうです。
性格的にあわないと。
そりゃ、外から野次馬の方が楽です。火中の栗を拾うまでもなく、名誉は得たし、悪態ついていれば言い訳ですから。
by nk24mdwst | 2008-11-27 08:41 | Poetry

at the bus station

世間が、ディケンズが描いた19世紀末のイギリス的様相を呈しているように思われてなりません。
今考えると、あのディケンズの世界の裏には、イギリスの世界進出による資本主義の発達というのがあったわけですね。その先端は、一つは、インド(アフガンで戦争したりしていますが)、もう一つが、南北戦争後の北米への資本進出だったわけでしょう。

さて、私の好きなDorothy Parkerが Charles Dickens というタイトルの詩を書いています。

      Charles Dickens

Who call him spurious and shoddy
Shall do it o’er my lifeless body.
I heartily invite such birds
To come outside and say those words!

例によってきつい一発。Ogden Nash もディケンズに触れています。

     Just Keep Quiet and Nobody Will Notice

There is one thing that ought to be taught in all the colleges,
Which is that people ought to be taught not to go around always making apologies.
I don't mean the kind of apologies people make when they run over you or borrow five dollars or step on your feet,
Because I think that is sort of sweet;
No, I object to one kind of apology alone,
Which is when people spend their time and yours apologizing for everything they own.
You go to their house for a meal,
And they apologize because the anchovies aren't caviar or the partridge is veal;
They apologize privately for the crudeness of the other guests,
And they apologize publicly for their wife's housekeeping or their husband's jests;
If they give you a book by Dickens they apologize because it isn't by Scott,
And if they take you to the theater, they apologize for the acting and the dialogue and the plot;
They contain more milk of human kindness than the most capacious diary can,
But if you are from out of town they apologize for everything local and if you are a foreigner they apologize for everything American.
I dread these apologizers even as I am depicting them,
I shudder as I think of the hours that must be spend in contradicting them,
Because you are very rude if you let them emerge from an argument victorious,
And when they say something of theirs is awful, it is your duty to convince them politely that it is magnificent and glorious,
And what particularly bores me with them,
Is that half the time you have to politely contradict them when you rudely agree with them,
So I think there is one rule every host and hostess ought to keep with the comb and nail file and bicarbonate and aromatic spirits on a handy shelf,
Which is don't spoil the denouement by telling the guests everything is terrible, but let them have the thrill of finding it out for themselves.

さて、回覧板を仕上げないと。

Fairport Convention 三日目に突入。半分終わったかどうか。
このバンドはとにかくめまぐるしくメンバー・チェンジしていて、初期はともかく後半は評価の分かれるところかもしれませんが、ぶっ続けで聞いていると、悪くないじゃないかと。
いたずらに馬齢を重ねている自分に比べれば、いつまでも若々しい演奏をしているかと。ドラムとベースがちゃんとしていればやっぱりいい演奏になるわけでしょう。

フェアポート・コンヴェンションは、キャリアが長いので当然たくさんアルバムを出しているわけですが、ファアポート自体のボックス・セットが通常のヒット曲、名演奏集というスタイルではなくて、アルバム収録されていないものが主体というアンコンヴェンショナルなスタイルなので同じ曲のヴァージョンが増えます。

これに、Sandy Denny, Richard Thompson, Dave Pegg, Dave Swarbrick, Ashley HutchingsさらにCropredy Boxとかが加わると膨大な音源になるわけです。

こういうボックスの編集の仕方をするというのは、ターゲットになる馬鹿がいるということなんでしょうね。
録音の良し悪しは仕方がないとして、レアなライブ音源を聞いているとこのバンドもメンバーがどう変わろうと水準の高い演奏力と歌唱力を持っている歴史があると感じます。

いま、昔、つまり、1960年代後半のファアポート・コンヴェンションの位置づけを考えてみると、同時期の日本の「はっぴいえんど」とか「はちみつぱい」のイギリス版だったのだと思います。

いわゆるブリティッシュ・ビート・グループ、ブルース・ブーム、マージー・ビートなんかとは無縁というと変ですが、The Byrds やJefferson Airplane の影響下にあるグループとして誕生し、おそらくThe Band のMusic From Big Pink にかなり大きな衝撃を受けたのだと思われます。

ただ、ロスでヘロヘロになりながらザ・バンドみたいな音楽やりたいって愚痴ったECとは全然違う反応というか結果を生み出すことになるわけですけれど。

良し悪し評価は別にして、ザ・バンドは、ロカビリー、ロックンロールをやるバー・バンドだったのがカントリーをやりだした。原点回帰・・・連中みんなカナダ人なのにカントリーに原点回帰というところが笑いますが・・・をした。
フェアポートも原点回帰ということで、ブリティッシュ・ブルース・ブームの別働隊としてのブリティッシュ・トラッド回帰へ舵を切るわけですね。
この舵を切らせたのが、サンディ・デニーなのですが、当の本人はそれには飽き足らず、バンドを抜け、八チングスも抜け(こちらは、トラッド原理主義者になります。)、さらに融通無碍なリチャード・トンプソンも抜けるということになります。

バーズやバンドの他、Joni Mitchel, Leonard Cohenなんかのカヴァーも少なからずやっています。ロカビリーまでやりますからね。

通して聞いていて思ったのは、昔は、フラット・マンドリン、フィドル、それと音階のせいでトラッド色が強いと思っていたのですが、一貫して強力なロック・ビートを維持していることです。
まあ、リチャード・トンプソンがいるのでジャンゴ・ラインハルトみたいな曲やケイジャン風の曲もやりますけど。

Steeleye Span とは根本的に違いますし、フォーク・ブルース・ジャズのPentangle とも全く違います。Pretty Things とかBarkley James Harvest などというバンドは、音楽の志向性が違うので比べるのは変なのですが、これらのバンドに感じる独特のにおいがしないバンドです。

Steve Marriott やRonnie Lane からときどき香る匂いです。Rod Stewart はこの匂いを微妙にすり抜けることに成功したように感じます。
化粧回しみたいにこの匂いをさせているのがRolling Stones とかってバンドかな。もともと匂いとは無縁なのに香水のように振り掛けているという意味です、化粧回しが意味するところは。

日本酒の大吟醸と称するものも化粧回しが多くて困ります。米だけで作るから純米酒と名乗っていいものでもないし。

悪貨は良貨を駆逐しますからね。

ウォークマンの電池が切れたので、さっきからFZを聞いてます。Terry Bozzio は凄いな、やっぱり。
by nk24mdwst | 2008-07-30 10:17 | Poetry

oh no, no more

Ogden Nash を二つです。

     I Do, I Will, I Have

How wise I am to have instructed the butler
to instruct the first footman to instruct the second
footman to instruct the doorman to order my carriage;
I am about to volunteer a definition of marriage.
Just as I know that there are two Hagens, Walter and Copen,
I know that marriage is a legal and religious alliance entered
into by a man who can't sleep with the window shut and a
woman who can't sleep with the window open.
Moreover, just as I am unsure of the difference between
flora and fauna and flotsam and jetsam,
I am quite sure that marriage is the alliance of two people
one of whom never remembers birthdays and the other
never forgetsam,
And he refuses to believe there is a leak in the water pipe or
the gas pipe and she is convinced she is about to asphyxiate
or drown,
And she says Quick get up and get my hairbrushes off the
windowsill, it's raining in, and he replies Oh they're all right,

it's only raining straight down.
That is why marriage is so much more interesting than divorce,
Because it's the only known example of the happy meeting of
the immovable object and the irresistible force.
So I hope husbands and wives will continue to debate and
combat over everything debatable and combatable,
Because I believe a little incompatibility is the spice of life,
particularly if he has income and she is pattable.

結婚してしまったものはしょうがない。別れるエネルギーと一緒にいるエネルギー、どちらを選択するかという話ですが。

最後の一節から話を飛躍させて、日本における税制上の配偶者控除論、あるいは、国民年金保険制度における三号保険者論をしても・・・いいはずないですね。

もうひとつ、Bylone Berline を聞きながら。

     So Does Everybody Else, Only Not So Much

O all ye exorcizers come and exorcize now, and ye clergymen draw nigh and clerge, For I wish to be purged of an urge. It is an irksome urge, compounded of nettles and glue, And it is turning all my friends back into acquaintances, and all my acquaintances into people who look the other way when I heave into view. It is an indication that my mental buttery is butterless and my mental larder lardless, And it consists not of "Stop me if you've heard this one," but of "I know you've heard this one because I told it to you myself, but I'm going to tell it to you again regardless," Yes I fear I am living beyond my mental means. When I realize that it is not only anecdotes that I reiterate but what is far worse, summaries of radio programs and descriptions of caroons in newspapers and magazines. I want to resist but I cannot resist recounting the bright sayins of celebrities that everybody already is familiar with every word of; I want to refrain but cannot refrain from telling the same audience on two successive evenings the same little snatches of domestic gossip about people I used to know that they have never heard of. When I remember some titlating episode of my childhood I figure that if it's worth narrating once it's worth narrating twice, in spite of lackluster eyes and dropping jaws, And indeed I have now worked my way backward from titllating episodes in my own childhood to titillating episodes in the childhood of my parents or even my parents-in-laws, And what really turns my corpuscles to ice, I carry around clippings and read them to people twice. And I know what I am doing while I am doing it and I don't want to do it but I can't help doing it and I am just another Ancient Mariner, And the prospects for my future social life couldn't possibly be barrener. Did I tell you that the prospects for my future social life couldn't be barrener?

いつも、詩は、コピペで貼り付けています。著作権のことが常に頭をよぎり、おまけにアメリカの政府機関へリンクを貼ってあったりして、連邦最高裁まであるのですが、気になるのですが、一応ネットに転がっていたということで。ただ、権利関係を明示してあるものもあるので、気にはしているのです。

Gov't Mule を三晩続けて聞いて、結論は大体出ました。Matt Abts の本質は、ジャズ・ドラマーだと。現在の私にとって、このカテゴリーに入るということはランクが下がるということですね。

The City のJim Gordon を聞き納得しました。Carol King たちは、このアルバム、基本的に歌っているだけでしょう。余り上手くないピアノやベースが聞ける曲もあるので演奏しているものもあるという位ですね。Danny Cootch も一応参加しているくらいでしょうか。
ドラム・レスのグループだから、コーラス・グループというかThe Byrds のデヴューと同じ位置づけかな。

Laura Nyro は、ニュー・ポートの上がりっぷりはひどいものでしたが、スタジオ物は悪くないですね。彼女の声がふらつかなければもっといいのですが。
つまり、歌手が本職なら言うことなしということですけど。
David Geffen は、1970年ごろはローラ・ニーロの付き合っていたはずですが、Cher がGreg Allman と結婚する直前に付き合っていたのは彼なのだそうで。

寝る前に聞いてる音楽なんだから気楽に聞き流せばいいのに、なぜ、分析的になるのか。どうせ分析するならコピペした詩の分析をしろ・・・と言われても、力不足でありまして。

アメリカ詩は、大学時代に勉強したというか、アメリカ詩のクラスを採ったというわけです。マンモス大学の法学部でもアメリカ詩のクラスに誰が来るか。
最初は、4人でしたね。うち、一人は、文学部から来ていた女性、もう一人は東京の有名国立大学出身の社会人の方が聴講に見えていました。もう一人は、いたはずですが、直ぐに消えたので。
Ms. Phillips というマヤコフスキーと言うロシアのアヴァンギャルド詩人を専門に研究する女性が先生でした。
毎回、彼女が詩のコピーを持ってきてそれについて自由に話し合うという感じでした。この一行の意味がどうのこうのってことにはなるはずもなく、授業は全て英語で進行するし。

このクラスに続けて出られたのは女史の魅力に惹かれたからですね、今、思うと。雰囲気は、アメリカ映画なんかだと生徒に嫌われる中年独身女性教師という風情ではありましたが、話をすると実に楽しかったですね。
英語が特に上手に話せたなんてことはないですが、とにかく主張することだけは主張しないという態度でした。アグレッシブで典型的な日本人だって言われて、言われた本人がびっくりしたわけです。

女史はちゃんとした大学を出て大学院へ進み、奨学金をもらってロシア留学していたような人でしたが、アメリカ社会の機微とか本質的な階層性、階級性の問題等について率直に話してくれたのが記憶に残っています。

そうでした、寝る前に分析的に音楽を聞くなでした。気持ちがよければそれでいいのです。詩は、目で見て声に出して読んでみてどう感じるかでしょう。
ロックとかブルースの歌詞も、大体、昔の歌詞カードの間違いの多さからわかるようにそもそも英語を母国語とする人でも聞き間違いをしているわけですし、まあ、それを狙っているものもあったりしますが、イギリス英語とアメリカ英語の違いなんていうのもあって、詮索してもしょうがないと大抵割り切ります。

つまり、耳から入って理解できるだけで充分だとするわけです。だったら、このドラムは誰だなんて気にしなければいいのに、と言うことになりますが。

イアフォンというかヘッドフォンで聞くと昔のようなステレオ・システムで聴いているのと違う聞こえ方がしますね。ステレオ、まあ、モノラルでもいいのですが、あの頃は音場感が一番でしたが、ヘッドフォンになると細部にこだわりたくなります。
もちろん、ドラムやベースなんていう基礎部分はヘッドフォンだろうがスピーカー・システムだろうが関係ないですけど。

歌詞もヘッドフォンだと言葉がわからないのに頭に直接響いてくることがあってぞっとすることがあります。Warren Zevon を聞いていてそれを感じた事があります。

別に自慢をしているわけではないのですが、70年代半ばくらいまでの歌だと英語の歌でも、歌詞が聞こえます。意味がわかりはしないとしても歌詞が言葉として聞こえます。
ラップが嫌いなのはさっぱり意味がとれないからです。意味がとれなくても構わない、音韻だけを楽しめばよいのだということは理解してもいいのですが、趣味じゃない・・・少なくとも私の生活環境とは無縁ですから。

問題は、最近、と言ってもこの10年ほどですが、日本語の歌の歌詞がわからない。言葉が聞こえないのです。非常に大きな苦痛です。
同世代だからいいますが、南部全員集合バンドは、きらいです。特にしゃがれ声のリード・ヴォーカリスト。分不相応にもLowell George Tribute なんかに一曲入っていて、同世代だから影響を受けたことはわが身を省みてよくわかりますが、できは最悪ですね。

馬鹿なDave Marsh は、Dead がまともなリード・シンガーもいないのに長く活動を続けたのはヒッピー・バンドだからだろうなんて書いていました。同じことがFairport にもいえそうです。
でも、歳月って不思議なもので、若造の私は、そうだそうだって思ったのですが、最近は、Jerry Garcia の歌も悪くないなんて思うわけです。Simon Nichol も捨てたもんじゃないとかって。

勝手に自分で解った気分でいるというのと、半数以上の人が納得する解釈を示すと言うのは全く異なることだと思います。

辞書を引かないことにしてからペーパー・バックが読めるようになりましたが、業としての翻訳、業とはしていなくても翻訳ということになると全く違う営みなのだと思います。

それと、基礎的な語学やその分野の知識があるかどうかということもありますが、翻訳するという行為の中には、翻訳者の価値判断が入ります。この翻訳者の価値判断が入っている国際制度比較をするのが上手なのが財務省主税局ですね。
それをネタにいくら議論したところで答えは自ずと決まってくるわけです。
社会的識見の高い人として政府税調委員になっている人に言っているのです。税調特別委員と称している学者の人にもそういいたいのです。

Oliver Wendell Holmes, Jr. の判決文にない言葉を勝手に英語にしている金子租税法の現在の版を書いている人にもいいたいわけです。

このブログをやって本当に良かったと思うのは、コモン・ローの父とされるホームズ二世判事の父親が有名な詩人で人種差別主義者だとわかったことですね。

The Civilization の中には、日本の文化、文明、少なくともペリーが来る前までのものはカウントされていないのです。

さて、Paul Krugman がファニー・メイとフレディ・マック救済、要するに日本が昔やったように税金で破綻した住宅ローン会社をなんとかする法案を議会が通したことを評価しつつ、これで終わりじゃなくて、これが始まりだといっています。
Op-Ed Columnist
Another Temporary Fix
By PAUL KRUGMAN
Published: July 28, 2008

So the big housing bill has passed Congress. That’s good news: Fannie and Freddie had to be rescued, and the bill’s other main provision — a special loan program to head off foreclosures — will help some hard-pressed families. It’s much better to have this bill than not.

But I hope nobody thinks that Congress has done all, or even a large fraction, of what needs to be done.
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The back story to the current crisis is the way traditional banks — banks with federally insured deposits, which are limited in the risks they’re allowed to take and the amount of leverage they can take on — have been pushed aside by unregulated financial players. We were assured by the likes of Alan Greenspan that this was no problem: the market would enforce disciplined risk-taking, and anyway, taxpayer funds weren’t on the line.

And then reality struck.
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The moral of this story seems clear — and it’s what Barney Frank, the chairman of the House Financial Services Committee, has been saying for some time: financial regulation needs to be extended to cover a much wider range of institutions. Basically, the financial framework created in the 1930s, which brought generations of relative stability, needs to be updated to 21st-century conditions.
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But let’s hope that the sheer scale of this financial crisis has concentrated enough minds to make reform possible. Otherwise, the next crisis will be even bigger.
http://www.nytimes.com/2008/07/28/opinion/28krugman.html?_r=1&oref=slogin
納税者に尻拭いさせるようなことになるまで自体をホ負ったら貸しにしていた真犯人は、誰かって名指しで批判していますね。グリーンスパンみたいな輩、単独犯じゃなくて十把ひとからげの一人扱いですが。

今回のアメリカにおける税金投入策は、住宅ローンの返済が滞って差押えを食らっているような人にはこうかがあるかも知れないわけですが、本体はそんなところではなく、証券化され世界中にばら撒かれているわけですからね。

1930年代の規制の時代を思い起こせという結論、時代がやっぱり一巡りしtな尾ですね。
1960年代までの経済政策を担った人たちは30年代の不況の怖さを骨身に沁みて知っている。その世代が退場し、80年代以後に経済政策を担ったのは、豊かさが当然だという世代です。それも、その第二世代になっている。
アメリカにおける階層間の移動、社会の流動性、自由の国アメリカなんていうのは幻想だと民主党のクルーグマンも共和党シンパのケヴィン・フィリップスも異口同音に行っているところに病根の深さがあるのでしょう。
あるいは、本当にターニング・ポイントに来た、潮目は変わりつつある。

ボケているのは、極東の某国でしょう。
法人税率が低い、消費税を福祉財源に・・・・確かに一理あります。
無駄を省こう・・・そりゃ、タクシー代は無駄かもしれません
本当の無駄ってどこにあるのでしょう。
寒いから当直が艦橋に入っちゃう船とかって無駄じゃないですか?

バターがないなんていってましたが、昔、大砲かバターかなんて議論があったのですよ。
by nk24mdwst | 2008-07-29 09:41 | Poetry

the quiet custard sun

昨日の晩は、Jesse Ed Davis の1970年のソロ・デヴュー'Jesse Davis' を聞きました。
Eric Clapton, Joel Scott Hill,Larry Knechtel, Leon Russell, Ben Sidran, Chuck Blackwell,Alan White 他が参加とクレジットされていますが、アルバムとしてまとまったセッションを行った様子はなく、いくつかのセッションを一緒くたにしたという感じですね。ECが全編に登場するわけでは当然、ありません。
ジョエル・スコット・ヒルは、何度も生まれ変わるFlying Burrito Brothers にいたこともありますし、Canned Heat のリード・ギタリストだったこともあります。
全体の統一性なんてものは求める方が無理というものです。

その前に聞いていたのは、Cold Blood のファースト(1969)とセカンド(1970)です。Lydia Pence は、三流のJanis Joplin と二流のクラブ・シンガーを足して二で割ったというあたりでしょうか。演奏はちゃんとしていて安心して聞けました。フリスコのヒッピー・バンドの演奏ではありません。

Ogden Nash は、Democrat ならぬGenocratなのだそうです。

      You Can Be A Republican, I'm A Genocrat

Oh, "rorty" was a mid-Victorian word
Which meant "fine, splendid, jolly,"
And often to me it has reoccurred
In moments melancholy.
For instance, children, I think it rorty
To be with people over forty.

I can't say which, come eventide,
More tedious I find;
Competing with the juvenile stride,
Or meeting the juvenile mind.
So I think it rorty, yes, and nifty,
To be with people over fifty.

The pidgin talk the youthful use
Bypasses conversation.
I can't believe the code they choose
Is a means of communication.
Oh to be with people over sixty
Despite their tendency to prolixty!

The hours a working parent keeps
Mean less than Latin to them,
Wherefore they disappear in jeeps
Till three and four A.M.
Oh, to be with people you pour a cup for
Instead of people you have to wait up for!

I've tried to read young mumbling lips
Till I've developed a slant-eye,
And my hearing fails at the constant wails
Of, If I can't, why can't I?
Oh, to be beside a septuagenarian,
Silent upon a peak in Darien!

They don't know Hagen from Bobby Jones,
They never heard of Al Smith,
Even Red Grange is beyond their range,
And Dempsey is a myth.
Oh golly, to gabble upon the shoulder
Of someone my own age, or even older!

I'm tired of defining hadn't oughts.
To opposition mulish,
The thoughts of youth are long long thoughts,
And Jingo! Aren't they foolish!
All which is why, in case you've wondered
I'd like a companion aged one hundred.

ポール・クルーグマンは、民主党リベラル派を支持することを明確にしていて、ミルトン・フリードマンなどの経済学者を最近は罵倒しています。
所得税における累進課税の有効性について積極的意見を述べだしました。

租税の果たす役割として、景気調整機能、あるいは所得の再配分機能というものをあげる事がありますが、累進課税が行われないとそれらは損なわれます。
最高税率をどうするかという問題も密接に関連します。

さらに、贈与税は相続税の補完税として位置づけられるわけですが、相続税(アメリカでは遺産税)は、所得税の補完税という性格を持つわけで、クルーグマンはブッシュ政権等が掲げる遺産税の廃止論を論難しています。

日本において、相続税の課税方式を遺産税から遺産取得税に変えようとする動き自体は、相続税の果たす財産の再分配機能に着目しているというよりは財源論が先になっているようなので非常に危険だと思っていますけれど。

いわゆる付加価値税が財政学者がいうように経済的に中立的な税であるという前提に立った場合においては、やはり、相続税の重要性は増します。
つまり、付加価値税は、理論的には「消費」に対して課税されているということになるので、「消費」されずに「貯蓄」された財産(預貯金、不動産等の形で残るはずです。)に対する課税の機会が失われるため相続税(あるいはその補完税としての贈与税)の課税強化が必要だということになります。

Taxpayer Bill of Rights について少し加筆しました。
http://pltxblues.exblog.jp/7960940/
by nk24mdwst | 2008-07-14 10:09 | Poetry

innovation and spiritual dance of the young bumpkin

暑くて目が覚めてしまいました。自宅のWIN98ⅡプラスISDNのPCで長文書き込みは辛いのです。
ノートPCでエッジで接続する方が速いです。コンパックのプレサリオなんて代物が現役でいるわけです。HDの容量が5GBです。

忘れないうちに、昨日のFZのオーケストラ音楽についての勝手な感想文は、Zappatistaというトリビュート・バンドの演奏を途中に聞いたことがきっかけです。このザパティスタのLive In Leeds というアルバムは入手後一度聞いただけでほったらかしにしていたのを聞きなおしたのです。
ZFTのやり口をすべて認めるわけではないのですが、FZの音楽を他人がやることの難しさが解かりました。演奏がラフで聞いていられる代物ではないと。確かにザッパ・ファンが集まり、それなりに達者な連中が集まってやってればライブはごまかせるでしょうが、二度三度聞くに堪える代物ではありません。だって、FZなりの完成品としての見本がが存在する以上、同じ曲をやるなら、新たな解釈を交え、かつ、同程度の完成度で聞かせることが必要だと思ったわけです。

もちろん、そんなことは余人ができることではないわけです。

FZのオーケストラ作品などよほどの物好きにしかお勧めいたしません。私も、何度も聞きたいと考えているわけではないですし。いつでもと言い換えるべきかな。

クラシック現代音楽ファンというのはどんな人達なのか想像つきかねますし、FZのファンならバンドの演奏カタログが山ほどあるので、ここまで手を伸ばしてくる必然はありません。

クラシックの現代音楽なんて代物は好んで誰が聞くものですか。地元オーケストラの定期公演で、演目のうちの一曲がそうだからとか、遠来の外国オーケストラのドサ周りの演目の一つで仕方なく付き合わされるというの関の山です。

*地元の県庁所在地のオーケストラは、前任常任指揮者がよかったという人がいますが、個人に鞭打ちたくはないですが、故常任指揮者が振らないときの方がはるかによい演奏をしました。
前の主席ヴァイオリン奏者(ドイツ人)が来てから、音が完全に変わりました。
西洋音楽の音がするように鳴ったということです。
音色、抑揚、テンポすべてにおいてです。西洋古典音楽の一小節というものは、長さが変わるし、一拍ごとの長さも変化するという表現をできるようになったわけです。

FZの最後のツアー・バンドのライブを聞いていても感じることで、昨日も書いたのですが、ハリウッド映画音楽のアレンジとストラヴィンスキー、ヴァレーズ、ドゥーワップ、R&Bとブルース、それにジャズ風味を、その時代流行のスタイルのロックをベースに曲作りがなされているという感じでしょうか。
ハリウッドの映画音楽とストラヴィンスキーなどとの距離というのはそれほどないように思えるのですが、結局、一番耳につくのは、ベースのその時はやりのロックと卑猥で趣味の悪い冷笑的な歌詞です。この歌詞も、きわめて同時代批評性が強いので、評価が難しい。
同時代において聞くと、そのとおりだと思うか、強烈に反発するか、80年代ににわかに増えた聴衆のように、「これは、自ら考えることを放棄している諸君達に向けているのだ。」というメッセージを理解しないでただの面白バンドとして捉えられるかということでしょう。

昨日も書いたのですが、FZは、時代を超えることができる音楽を書けたのか、演奏したのか、録音記録として残せたのか・・・いずれにしろ、これこそが、彼の夢だったということだけは確かですが。こんなたいそうなことに結論を出せるほどの人間では、私は到底ありません。

しかし、仕事のほうでちゃんと論理的にものを考えてやれという声が、最近とみに強くなっているのですが、老人性健忘症ないしは身勝手症候群(やりたくない仕事はしない・・・やりたい仕事なんてあるはず無い)にかかっておりまして。

夕べは、The Byrds の5Dを聞き出したとたんに記憶が無くなりました。
今日は、ボックスのThere Is A Season を頭からかけながら真面目に仕事しようと。

Ogden Nash は、ニュースに難癖をつけています。

      Everybody Tells Me Everything

I find it very difficult to enthuse
Over the current news.
Just when you think that at least the outlook is so black that it can grow no blacker, it worsens,
And that is why I do not like the news, because there has never been an era when so many things were going so right for so many of the wrong persons.

ナッシュが目にしていたニュースと今のニュースは違うわけですけれど、結論は同じですね。
天気予報が当たらないのは、許しましょう。今日は終日、雨、明日もそうだということですが、朝から梅雨を忘れた暑い日です。

明日の天気も当たらないのに地震の予報ができるのかなどということも止めましょう。

しかし、某国営放送が、誤った情報を与え、したり顔で某国の普通の人たちを誤った方向へ偉そうに導こうとしているのには、腹が立つといいたいところですが、最近は、ニュースを読むアナウンサーもかなり日本語が不自由なようで、原稿書いてる人間も読んでる人間も、自分たちが伝えているつもりになっていること自体を理解していないように思えるわけです。

5D以後の時代のバーズ、悪くないですけど、David Crosby が張り切りすぎ。

"The Notorious Byrd Brothers”のボーナス・トラック'Universal Mind Decoder' では、クロスビーがMichael Clarke のドラムを罵倒し、クラークが応酬、ブースの外からGary Asher が、’Roggi, Chris・・・’と他の二人に仲裁に入れと促すのですが、二人は我関せずという態度で自分の楽器を爪弾くというやり取りが聞けます。

そりゃ、クビになってもしょうがないだろう、です。
by nk24mdwst | 2008-06-21 06:37 | その他

call me a vegetable

天気予報は外れて、雨は降らず、いきなり30度近い蒸し暑さ。梅雨無しで、いきなり夏か?!という感じです。

寝苦しい夜には心地よい音楽ということでFZの 'The London Symphony Orchestra vol.1’ を聞いて寝ようとしたのが大失敗でした。Kent Nagano が指揮、プラス、David Ocker (clarinet), Chad Wackerman (drums) と Ed Mann (percussion) という編成です。

Perfect Stranger は、ブーレーズが小編成のアンサンブルを振っているのですが、こちらは、FZのシンクラヴィアが加わるだけで絶好の睡眠導入剤なのに。

主犯は、アンドロイド・ドラマーのチャド・ワッカーマン。超絶技巧を持っているメトロノーム・ドラマーのドラムが気になって眠れない。オーケストラとの微妙なタイムのずれが。
やはり、クラシックとロックは違うのですね。
結局、最後まで聞いてしまい、後悔しきり。

同時期のFZバンドをバックに、つまり、ドラマーはチャドですが、FZのギター・ソロだけを抜き出してくっつけた’Guitar' (今も、聞こえているのですが)に切り替えたら、FZのギターと息がぴったり、と感じた瞬間に記憶が無くなりました。

LSOが演奏している曲、LSOの演奏自体は悪くないなと思ったのです。だから、チャドが邪魔。

昨日、ピューリタニズムのことに触れたので、Ogden Nash のピューリタニズムならぬ、ピュアリストを皮肉る詩を。

       The Purist

I give you now Professor Twist,
A conscientious scientist,
Trustees exclaimed, "He never bungles!"
And sent him off to distant jungles.
Camped on a tropic riverside,
One day he missed his loving bride.
She had, the guide informed him later,
Been eaten by an alligator.
Professor Twist could not but smile.
"You mean," he said, "a crocodile."

ピューリタニズムとピュアリストとの間に、どのような連関を見出すか。
ものの本によると北米と中国にいるのがアリゲーターなのだそうで、かの教授が行ったジャングルはそれ以外だったわけですね。

人間だって狩猟をするのだ、とナッシュは言っていますが。

      The Hunter

The hunter crouches in his blind
'Neath camouflage of every kind
And conjures up a quacking noise
To lend allure to his decoys
This grown-up man, with pluck and luck
is hoping to outwit a duck

かもとり権兵衛?!

ワニの専門領域を侵すな?!

FZのクラシック音楽について、評価するほどの識見は持ち合わせていませんが、面白いか面白くないかくらいは・・・個人の主観ですから。
ただ、これも比較の問題で、何を比較の対象とするかということもあるかという問題があって。

FZのクラシック音楽作品なんか、物好き以外は聞く必要がないと思いますが、どうも物好きの一人であるようで、夕べ眠れなかった・・・おかげで1時間ほど昼寝してしまいましたが・・・敵をとろうとまたLSOを聞いています。

チャド・ワッカーマンに対して先に書いたことは、撤回いたします。
FZの頭の中で鳴っている音楽が譜面を通してオーケストラのメンバーやバンドのメンバーに伝えられ、それをコンダクターが自らの譜面の理解に基づいて、全体の音楽として成り立つように演奏する。
その過程において、入念なリハーサルによる音合わせが必要というか当然の前提になります。まして、FZの音楽の場合は、Black Page というジョークが出るほど譜面が真っ黒になるほどメロディー、和声、リズム、調性のいずれにおいても複雑な音楽であるわけです。複雑だから優れているとかそういうことをいいたいわけでは全くありません。

チャドに対する批判を撤回しようと考えた理由は、どうも一番正確無比にやっているのがチャドであるのは間違いないような感じがしてきたからです。ロック・ビートかどうかというようなレベルの話ではありません。
チャド・ワッカーマンとエド・マンは、間違いなくすべて暗譜していて一番入念にリハーサルを積んでいると感じます。

LSO もそれなりにリハーサルしているとは思いますが、全員が暗譜しているなんて状態には絶対にありません。FZは、自伝で何度も何度も嘆いています。リハーサルにも金を出せというユニオンが気に入らないというわけです。

結論は簡単で、難しい曲であるにもかかわらず完全な音合わせにはいたっていなくて、FZを知っている人間とそうで無い者の差が微妙なタイムのずれというような結果になって出てしまっているのだと。

オーケストラだけだったら誤魔化せたのでしょうが、FZのレギュラー、それもとびっきりの腕利きがというか、アンドロイドがいるので目だった、というのが現在の結論です。

いわゆるアヴァン・ギャルド・クラシックのワールド・プレミアなんて銘打った演奏は、オーケストラが高名な現代音楽の作曲家に委嘱して作曲された曲をやるのですが、そういう曲は結局、一度限り演奏されるだけなのですね。

このLSOが演奏している曲も、結果的には同じ、一度限りのものになったわけですが、金を全部出しているのはFZだし、指揮者の上でコントロールしているのもFZであるのも間違いなく、腕の確かな面子も入れているので同様の音楽でかしこまって訳のわからんものを聞かされ、わかった振りをするような代物に比べるとはるかにましかなと。

ロック・ビートはほとんどといっていいほど用いられていません。リズムのヴァリエーションの一つとして提示されているだけです。それから、FZないしMothers のこれまでの膨大なカタログで何度か登場するファンが大好きなモチーフを多用せず、ごく部分的に細分化ないし断片化して使われています。

録音音楽なので、何度も聞きなおして楽しめるようにしてあると理解すればいいのでしょうかね。

しかし、金でもめちゃってあと一日、あるいは半日時間があったらとFZは嘆いているわけです。暗譜する時間まで金を出せというと。

出そうにも100人近いメンバーに1時間のオーヴァー・タイムの出費を強いられるだけで赤字が膨らみ、それを背負い込むのは自分だというのがFZの考え方です。

このあたりの感覚、中小企業の親父の感覚で個人的には非常に身近に感じ取れるなのですけどね。

逆にいうと、中小企業は、なぜ飛躍できないか、いつまでたっても中小企業化ということの答えでもあるわけですけど。これはFZの話とは関係ありません。
サラリーマンにはわからないでしょうし、役所勤めの役人、キャリア官僚、政府税調、政治家なんかには絶対わからないと訳のわからん方向へ私の個人的な怒りが爆発しそうになって来ましたが。

自前でLSOを使って自作を自由に、制限はあるとしても演奏させレコードとして発売させるだけの力を、80年代のアメリカのお馬鹿なFZファンと金もうけの上手なかみさんのGail Zappa のおかげでFZは持つことができたのです。
しかし、悲しいことに、この一連のオーケストラとの経験に懲りてしまい、不毛のシンクラヴィアなぞという機械の音楽のほうへ最晩年のFZは、のめりこんでしまったのですね。

LSOのファースト・ヴァイオリンがDon Sugarcane Harris 張りのブルース・ヴァイオリンのフレーズを弾いたりするのですよ、はい。

FZは、チープなB級モンスター映画の映画音楽を20台半ばに何作品分も書いて、全部、お蔵入りになったのですが、映画を撮ることにこだわったこと、映画音楽に対する強い思い入れというのが、この作品でも出ています。

彼の頭の中の音楽の引き出しの中のかなりの部分に、50年代から60年代初めにかけてのハリウッド全盛時代の映画音楽のすべてがつまっているように思われます。

60年代のMothers こそがオリジナルで、80年代の一見、時代の流れに迎合している、あるいは、テクニックに偏重しているような音楽は単純に自己複製のサイクルに陥っているだけだという批判がありえます。
私自身がそう思っていましたから。

最近、この考え方を180度転換させるようになったのは、明らかに編曲能力とアンサンブルの指揮能力において晩年にいたるほど優れた力を発揮するようになったように感じているからです。
メロディー・メイカーであり、ウィットの利いた毒のある風刺詞・・・これについては、評価の分かれるところですけど・・・これらを生み出す能力は衰えをみせませんでした。
by nk24mdwst | 2008-06-20 12:24 | Poetry

the puke regains his shops

昨日の夜、King Crimson のアルバムLadies of the Road を聞いたのは、失敗でした。
眠れないパターンになりました。
疲れていたのに、です。

Ladies Of the Road のAmazon.Com ユーザー・レヴューで、こんなの見つけましたが、同感です。

disc two is worth it in itself, March 12, 2005
By John Q Public (Denver, CO United States)
OK, I halready hade the collector's club editions, so I had all the material on disc one. THat said, this is terrific stuff, providing a glimpse of the live capabilities of this all-too-underrated incarnation of the mighty Crim (since Earthbound just does not do justice). If you don't have the various collector's club releases, then this provides a superb overview of this period of live Crim.

Now, the real treat is disc 2 - the reason I bought this. Just for this alone, the disc would be worth more! I have always loved the wild improvisational passages that sprang forth from live versions of "21st Century Schizoid Man". This is the Uber-version - a pulsing, churning, soaring amalgamation of numerous performances of the song's central instrumental explorations - It is sick, sick, sick - gloriously crazed jamming at a sustained fevered pitch. I just got this today and have played disc two about four times in a row - man, I think I am growing tentacles - this stuff is so intense! If you love the intensity of the early Crimson, then you owe it to yourself to ingest this one - it is extreme brain food to be taken in healthy doses through the ears.
http://www.amazon.com/review/product/B00006RHQW/ref=cm_cr_dp_all_helpful?%5Fencoding=UTF8&coliid=&showViewpoints=1&colid=&sortBy=bySubmissionDateDescending


FZ の歌にはroad ladies なんて表現が出てきますが、ドサかどうかは別にして、旅をするのは大変です。

当地のような排他的な地方の小都市では、隣の県の出身者で30数年来、当地でまともに暮らしている人でも『旅の人』などと呼んで、差別までは行かずとも、区別はされます。

同じ市の中でも、地区を変わるとよそ者扱いされますしね。

濃密な地域社会の存在があれば、アンドロイドなんか生まれないなんて言い方ができるのかもしれませんが、地域共同体に暮らすというのも神経を使います。

都会人のOgden Nash でも引っ張ります。

      More About People

When people aren't asking questions
They're making suggestions
And when they're not doing one of those
They're either looking over your shoulder or stepping on your toes
And then as if that weren't enough to annoy you
They employ you.
Anybody at leisure
Incurs everybody's displeasure.
It seems to be very irking
To people at work to see other people not working,
So they tell you that work is wonderful medicine,
Just look at Firestone and Ford and Edison,
And they lecture you till they're out of breath or something
And then if you don't succumb they starve you to death or something.
All of which results in a nasty quirk:
That if you don't want to work you have to work to earn enough money so that you won't have to work.

ナッシュの詩は、にやりとさせてくれますが、にやりとする余裕があるかどうか。

ナッシュのこの詩は、アメリカ・ピューリタニズムと勤労の美徳を説く、資本家に対して強烈な一撃を加えています。

しかし、当時はまだアメリカは製造業の国だったわけで、Firestone and Ford and Edison という例示がそれを示しています。
資本主義というのは、そういうことなのですね。
おいおい、どういうことなんだ・・・

It seems to be very irking
To people at work to see other people not working,
So they tell you that work is wonderful medicine,


曰く、働いている人から見ると働いていない人間は、目障り、故に、勤労の美徳を説く・・・この説教をするのが資本家だというわけです。
どこかの国の経団連とかいうところの偉いさんも同じようなことを言っていたような記憶がします。

if you don't want to work you have to work to earn enough money so that you won't have to work.


働きたくなければ、働く必要がないほどの金を働いて稼げという矛盾に陥るわけですね。

税金の世界でいうと、誰が税金を負担して、誰が負担していないか。
選挙で選ばれた人たちは、選挙の洗礼を受けることのない官僚システムに言われるがまま、応益に見合った負担をしろと。

応益なんてどうやって計ればいいのです?!

計れないことを知っていて言うんだから始末が悪い。

天気予報では、今日あたりから雨で、梅雨らしくなるという話だったのに、曇ってはいるものの、雨粒は落ちてきません。

庭の紫陽花、10年目にして初めて花を咲かせようとしているのですが、色づくのを嫌がっています。

当たらない天気予報を出して、給料もらえるんだったら、いいな、と書いてみたものの、最近、何をやっても碌なことがない私が言える筋合いではありませんでした。

今日は、Emmylou Harris をかけています。
by nk24mdwst | 2008-06-19 10:12 | その他

hungry streaks, puppy

Ogden Nash の短めの詩を三連発で。

     Everybody Tells Me Everything

I find it very difficult to enthuse
Over the current news.
Just when you think that at least the outlook is so black that it can grow no blacker, it worsens,
And that is why I do not like the news, because there has never been an era when so many things were going so right for so many of the wrong persons.

everybody talkin' なんて歌がありましったけ。
ナッシュは、シニカルですね。

      The Wasp

The wasp and all his numerous family
I look upon as a major calamity.
He throws open his nest with prodigality,
But I distrust his waspitality.

wasp の定義なぞいいでしょう。
アメリカ上流社会における家族の意味を問いかけています。
一見、平等に見せかけているアメリカ社会ですが、実際には極めて限られた人たちの間で通婚が繰り返され、富が分散するのを防いでいるわけです。
日本のことをクローニー資本主義と呼ぶ人がいたりしますが、本家はもっと凄い。
あまりに凄くて表面化しない。

1960年代くらいまでは、18世紀に遡るオールド・マニー(金持ちの意味です。)とそうでないニュー・マニー(成金ですね。)との間には超えられない障壁があったようです。
前者に属するのは、デュポン、ヴァンダービルト、モーガン、ロックフェラー等々で、ケネディなんていうのは成金扱いだったわけです。

      The Tale of Custard the Dragon

Belinda lived in a little white house,
With a little black kitten and a little gray mouse,
And a little yellow dog and a little red wagon,
And a realio, trulio, little pet dragon.Now the name of the little black kitten was Ink,
And the little gray mouse, she called hum Blink,
And the little yellow dog was sharp as Mustard,
But the dragon was a coward, and she called him Custard.

カラフルな詩ですね、といって片付けてしまいます。

昨日、早起きして頼まれ原稿を書き出し、午後ほとんど完成させました。
今朝、また早起きして、手直し、メールで送るという例によってのやっつけ仕事です。こつこつ積み上げてできるタイプじゃないのですね。

夜は、チャンネルNECOで裕次郎の「嵐の勇者たち」を見ました。1969年作。
当時のフランスのフィルム・ノアールあたりの影響を受けているというか、しゃれていて気が利いた映画だと思いました。当たらなかったのでしょう、きっと。
車椅子に座った役の二谷英明の視線、つまり一人称の視線カメラのシーンがワンカットありました。

昔、池袋の文芸座で見たフランス映画の題名を思い出そうとしているのですが、題名、監督、主演、主演女優の名前全て失念。

早起きしたので、夜は、ABBのAtlanta Pop Festival のライブの頭で寝てしまいました。

Sundazed のThe Byrds Sanctuary Series Ⅰ~Ⅳ ガ届きました。レア・アンイシュー・ヴァージョン集です。
レコーディング・デイとは1965年3月から1970年6月まで。
バーズのデヴュー当時、5D、GPのヴォーカル、Clarence White という感じで構成されています。
聞いて今まで出ているやつと比べようと思ったのですが、LPでした。自宅に帰ってマイクロのベルト・ドライブ・プレーヤー、マッキントッシュのアンプ、ヤマハのスピーカー、カートリッジはオルトフォンのシステムが一応現役なので、週末にのんびりと楽しみたいです。

Allman Brothers Band の1970年2月のフィルモア・イースト・ライブというのがあって、減損するオフィシャル・ライブでは一番古いのですね。
デッドの前座で出演したので、このCDは、Grateful Dead Labelでしてリリースは、 1996年なのです。探しているのですがみつかりません。
Fillmore East, February 1970: The Allman Brothers Band です。
今日、偶然、二曲だけ見つけたのですが。演奏は元気があり、録音も悪くないと思いました。

Allmans というか特にDuane ですが、本当に聞くべきものはごく初期のライブ音源と最晩年あたりにあると感じます。死ぬ二週間前のライブ、それとEat A Peach の最後の二曲ですね。

宿題です。

31日が土曜だったので、月曜の今日が月末という感じで本当に疲れた一ヶ月でした。
by nk24mdwst | 2008-06-02 11:12 | Poetry

eddie, searching for dreams on a blue highway

Here come Ogden Nash's, again.
というわけで、オグデン・ナッシュの詩です。

      A Lady Who Thinks She Is Thirty

Unwillingly Miranda wakes,
Feels the sun with terror,
One unwilling step she takes,
Shuddering to the mirror.

Miranda in Miranda's sight
Is old and gray and dirty;
Twenty-nine she was last night;
This morning she is thirty.

Shining like the morning star,
Like the twilight shining,
Haunted by a calendar,
Miranda is a-pining.

Silly girl, silver girl,
Draw the mirror toward you;
Time who makes the years to whirl
Adorned as he adored you.

Time is timelessness for you;
Calendars for the human;
What's a year, or thirty, to
Loveliness made woman?

Oh, Night will not see thirty again,
Yet soft her wing, Miranda;
Pick up your glass and tell me, then--
How old is Spring, Miranda?

30歳になる前の日は、29歳。一年経ったら31歳。
時を止めることは誰にもできず、生きている限り、生きている間は、生きなければいけない、と武者小路実篤流の意味不明の言葉を発しつつ、されど、地球は、回るというけれど、誰がそれを見たのかなどと世迷言を並べているのは、寝不足のせいか。

コロンブスは格好の標的のようです。

      Columbus

Once upon a time there was an Italian,
And some people thought he was a rapscallion,
But he wasn't offended,
Because other people thought he was splendid,
And he said the world was round,
And everybody made an uncomplimentary sound,
But he went and tried to borrow some money from Ferdinand
But Ferdinand said America was a bird in the bush and he'd rather have a berdinand,
But Columbus' brain was fertile, it wasn't arid,
And he remembered that Ferdinand was married,
And he thought, there is no wife like a misunderstood one,
Because if her husband thinks something is a terrible idea she is bound to think it a good one,
So he perfumed his handkerchief with bay rum and citronella,
And he went to see Isabella,
And he looked wonderful but he had never felt sillier,
And she said, I can't place the face but the aroma is familiar,
And Columbus didn't say a word,
All he said was, I am Columbus, the fifteenth-century Admiral Byrd,
And, just as he thought, her disposition was very malleable,
And she said, Here are my jewels, and she wasn't penurious like Cornelia the mother of the Gracchi, she wasn't referring to her children, no, she was referring to her jewels, which were very very valuable,
So Columbus said, Somebody show me the sunset and somebody did and he set sail for it,
And he discovered America and they put him in jail for it,
And the fetters gave him welts,
And they named America after somebody else,
So the sad fate of Columbus ought to be pointed out to every child and every voter,
Because it has a very important moral, which is, Don't be a discoverer, be a promoter.

>Don't be a discoverer, be a promoter.
渋い一言ですね。見つけるよりは売った方が勝ち。
エジソンの発明と呼ばれているものの全てが彼の手によるものではないのですね。白熱電球等の発明で富豪発明家となっていた彼は、無名の発明家から特許を買った。
エジソン発明として売った方が売れる。そもそも事業化には資金が必要なのです。資金を持っているのは、資本家です。
ただ、エジソンは賢明な投資家であったのは間違いないですね。サブ・プライムなんて馬鹿なものには手を出さなかった。
無から有は生まれない、ピリオド。

Admiral Byrd は、The Byrds の忘れられたメンバーじゃなくてRichard Evelyn Byrd という名前の本物海軍提督です。
初めて飛行機で北極点へ行った人。パイロットの名前は忘れられているのかな。

ここで意味なく、ザ・バーズの画を。
'You Aint Going Nowhere’を Earl Scruggs & The Byrdsがやっています。Roger McGuinn, Clarence White, Skip Battin, Gene Parsonsのメンバーです。
もう一つ、こっちは口パクですが’I'm Going Back'です。David Crosby はクビになっていて?!、Gene Clark が復活しているのです。
でもやっぱり、私は、クラレンス・ホワイトがいるバーズが好きです。 Chestnut Mare (live)です。ドイツのビート・クラブの画ですね。ストリング・ベンダーです。

夕べもDead を聞こうと思ったらウォークマンの電池切れ。仕方なく、もう一つの方でYCDTOSAMを聞き出したら、止まらなくなって眠れませんでした。
FZ, George Duke, Tom Fowler, Chester Thompson, Napoleon Murphy Brock、それにみんなが大好きなRuth Underwood のツアー・バンドは素晴らしい。
このバンドでアンコールのとき、客席からWhippin' Post!!!という声が上がり、FZは、本当に曲を知らなかったのでどんな曲かはさわりを歌ってくれたらやれるかもと。
客がさわりを叫ぶと、「うーん、ジョン・ケージの曲に似ている」と真面目に答えてMontana をやります。Dental Floss のところをWhippin' Floss と言い換えて。

Bob Harris が加わったバンドでは完璧にWhippin' Post やって見せますけどね。

Allmans の Moutain Jam と Whippin' Post の棚卸をしてみてもいいんですが。

YCDTOSAM は、ライブ、オーヴァー・ダブ無しです。なまじ最近、スタジオ・ヴァージョン(ライブにオーヴァー・ダブしたり色々ですけど)・アルバムを全部聞いちゃっていたもので、頭の中がインデックス状態になり・・・・。

このシリーズを綿密に聞き出すと泥沼にはまるので避けていたのです。

あと、しゃべりが、良い、FZの。
というか、メジャー・レーベル時代にカットされていた固有名詞を上げての皮肉が全部出てますからね。
客の反のが、70年代と80年代は違うのですね。80年代は受けているのですが、観客に自分の頭で考えろって言っているのにというか、お前ら半分以上馬鹿じゃないの?!って投げかけているのに、受けているというのが不思議です。

忘れないうちに、ジミヘンはFZがワウワウ・ペダルを使うのを見て、直ぐに自分もと注文したそうです。

ローランド・カークと共演したのがFZ、希望したけど果たせなかったのがDuane 、どうでも好いことですが。

YouTube でFZの1973年のヨーロッパ・ツアー・バンドのストックホルム・コンサートの映像を見つけました。FZ、Tom & Bruce Fowler, Ian & Ruth Underwood, George Duke, Jean Luc Ponti, Ralph Humprey というメンバーです。



70年代は、観客に対してそこまでシニカルじゃない。
by nk24mdwst | 2008-05-28 10:34 | Poetry