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nanuke snon ukes

サンズは、40年前からファンです。



 ビル・チャンプリンは、サン・フランシスコのヒッピーだと思っていたのですが。高校時代のことですけどね。
 サンズのファーストは、バーズ、ビーチ・ボーイズ、バッキンガムズを少しR&Bよりにしたって感じのポップなものでした。シカゴに加わっていたなんて知ったの、21世紀になってから。

 P.P.アーノルドもたしか、アイケッツ出身だったかな。この録音は、イギリスかなと。Small Facesがバックをやってたアルバムがあったはずで。

 

 知らない人たちですが。Tommy and Phil Emmanuel



リオン・ラッセル


by nk24mdwst | 2011-04-02 18:08 | 音楽

clue for crew

 今日もまた、朝から雪でしたが、今は上がりました。寒い。

 レッキング・クルーのHPを見つけました。
http://www.wreckingcrewfilm.com/index2.html
トミー・テデスコの息子さんがやっているようです。

 ディレイニー・ブラムレットについても、娘のミシェル・ブラムレットが色々と資料を収集したりしているようです。

 Shindigって日本じゃ、放映されませんでしたが。

冒頭にちらと映るのは、Russell BridgesことLeon Russell。James Burton 以下、皆さんいらっしゃるようです。

 一応、ディレイニーの歌、ライチャウス・ブラザーズというあたり。

 リオン・ラッセル。短髪です。


by nk24mdwst | 2011-03-04 17:26 | 音楽

the power of U 2 Z

完全に梅雨という感じで、先週半ばから気温も下がり、エアコン要らず。動くと暑いし。

こういう雨の日は、苦手です。気が滅入ります。勝手に滅入っているのに人は、来るは、電話はかかるは。

北海道からのアルコール飲料のせいで夕べも何を聞いたか忘れてしまいました。
今朝は、早く目が覚めたので、久しぶりにJazz From Hell を聞き出したら、ヘッドフォンを変えたせいか違うニュアンスに聞こえ、これは、眠れんと思って止めました。

別に高いものに変えたわけじゃないけど、性能が上がったのでしょうね。ビット・レート以前にデスク・トップPCのDVDドライブの不調のせいで音が悪いことにまで気がつくようになってしまい。
同じ録音を64kbpsと256kbpsで変換したのを比べたら後者がいいのに決まっているはずなのに、そうじゃないのですね。
古い機械でやったビット・レートの高いやつが、駄目。

しかし、デジタルの音って何なのかと思います。

アナログ録音は空想で音場の広がりを感じるのと、デジタルのおかげで細部がはっきりくっきりとは違う世界ですね。

Leo Kottke のあとは、Leon Russell のオンパレードであります。リオン・ラッセル名義のもののということです。彼がセッションに参加したものを時系列に並べるなんてことをやってみれば面白いかもしれない。
彼に興味がなければ意味ないですが。ここで、きのうハーパース・ビザールを聞いたのを思い出しました。

私のウォークマンというかPCに落としてある音楽は非常に偏りがあって、いくつかのバンド、ミュージシャンのもので、手持ちのものを優先的にぶち込んだあと、棚にあるものを上から順に取り込む途中で止まっているのです。最後に落としたのは一昨年末だったりして。

だから、意味なくFZやCBが全部あって、それとかかわりのある人たちも、入っていたりするのですね。John French なんかが何枚もあるのに、好きなバンドや歌手がなかったりするのですね。

というか、ブルーズ、ジャズ、西洋古典音楽、ブルーグラス(ディラーズとカーネルズ以外)全部落ちているのですね。有名バンドなんていうのもほとんど落ちていて。B4とかRSなんていうのは、まあ、聞きたいという気が起こらないからいいのですが、1年ほど聞いていませんね。

棚の順番だから、意味なくCold Blood なんてどうでもいいバンドが入っていたりするのです。

ジョン・フレンチのWaiting On The Flame なんていうのは、結構、気持ちよく聞けます。知らない人が聞いたら、Little Feat だと思うのじゃないかな。といっても、最近のフィートなのでやっぱり普通の人は知らないかもしれません。Shaun Murphy のいない、Craig Fuller, Fred Tackettヴァージョンのフィートですね。
私は、はっきりいってPaul Barrere のギターも歌も好きじゃないので、ジョン・フレンチの方がずっと良いかなと。
もちろん、Mallard の匂いもするし、落ち着くところに落ち着いたのだと思ったりもしますが。

気分が晴れてきたので、積み木崩しでもしますか。ゲームじゃなくて作業のことです。
by nk24mdwst | 2009-07-27 11:12 | 音楽

the voice of these

曲のタイトルがEで始まるところに差し掛かったようで、King Crimson のEpitaph が連発でかかりだしています。Greg Lake のライヴ・ヴァージョンが二つほど終わったところです。

私なぞ、墓碑銘には縁がないですが、お盆の墓参りは、欠かしません。お盆は、縁のあるところを全部回ります。

正月と、春と秋のお彼岸の他、毎月、親の墓参りもします。ご先祖経というのも結構大変ですが、幸いなことに、近場を車で一周すればすみます。
地元に住んでいればこそです。
毎月、墓参りをするといっても、天気のよさそうな日曜の午前中を見計らっていきます。風がないと、ロウソクと線香に直ぐ火が点いて手短に終わりますが、風があると時間がかかります。

こんなことを書くつもりは、全然なかったのですが、Confusion will be my epitaph またグレグ・レイクが歌っているので。Robert Fripp のばら売り商法のおかげで山ほどEpitaph のライブ音源があります。

昨日の晩は、どこかの首相が辞めると発言している記者会見の途中で寝床に入り、寝てしまいました。彼の墓碑銘には何と書かれるのでしょう。
法名でしょうね、きっと。

昨日、Joe Cocker のアルバム'With A Little Help From My Friends'とeponymous タイトル のセカンドを続けて聞いていました。
セカンドを聞いていて、Asylum Choir とLeon Russell のeponymous デヴューの間を埋めるものなのかなと感じました。
Sgt. Peppers とBeatles とハリウッドとのつながりが個人的にはなんとなく見えてきたような気がするのです。ただ、ビートルズを腰を据えて聞きなおしてみないといけないし、Rolling Stones もきちんと復習しないと駄目だなとまた、思いました。
あまり復習が好きではないので。予習をするタイプだったもので。
予習していけば、授業中は、遊んでいられる、というか、また予習ができますから。

ジョー・コッカーのセカンドには、発表当時、ビートルズがまだレコードで出していなかった曲が3曲あります。She's So Good To Me, Something, 録音時にレンディションが気に入らないと本人が言ったせいでお蔵入りになったLet It Be です。

With A Little Help でいっているfriend というのは、言わずもがなですよね。Bridge Over Troubled Water なんかに出てくる友達というのも同じ感じかなと。
Sail on silver girl というところがsilver spoon だったりしたら放送コードに引っかかるでしょうから。
という書き方は、半分本気、半分本当かなというところです。いわゆるポップ・ヒットの中にドラッグに対するメタファーがあるのは事実だと思います。ただし、この手のメタファーを強調する論調、それが青少年の薬物依存の根源だという論調は1970年代半ばから出てきていて、いわゆるキリスト教原理主義と根っこが同じだったのだと最近、感じます。

With A Little From My Friends のセッション・メンバーです。
1.Feelin' Allright (Dave Mason)
Drums: Paul Humphreys, Bass: Carol Kaye、Guitars: David Cohen, Piano: Artie Butler, Tumba & Maracas: Laudiar(who?), Backing Vocals: Brenda Holloway, Merry Clayton and Patrice Holloway
2.Bye Bye Blackbird (Henderson-Dixon)
Drums: Clem Cattini, Bass,Piano & Organ: Chris Stainton, Guitars: Tonny Visconti and Jimmy Page
3. Change In Louise (Cocker-Stainton)
Drums: Mike Kelly, Bass & Piano Organ: Chris Stainton, Guitar: Henry McCullough, Backing Vocals: Su and Sunny Wheetman
4. Marjorine (Cocker-Stainton-Rattigan-Myles)
Drums: Clem Cattini, Bass & Piano Organ: Chris Stainton, Guitars: Albert Lee and Jimmy Page
5. Just Like A Woman (Dylan)
Drums: B. J. Wilson, Bass: Chris Stainton, Piano: Tommy Eyre, Organ: Matthew Fisher, Guitar: Jimmy Page
6.Do I Still Figure In Your Life? (Dello)
Drums: Mike Kelly, Bass: Chris Stainton, Organ: Steve Winwood, Guitar: Henry McCullough, Backing Vocals: Su and Sunny Wheetman
7. Sandpaaper Cadillac (Cocker-Stainton)
Drums: Clem Cattini, Bass: Chris Stainton, Guitar: Jimmy Page
8. Don't Let Me Be Me Misunderstood (Benjamin-Caldwell-Marcus) Drums: Kenny Slade, Bass: Chris Stainton, Piano: Tommy Eyre, Guitar: Henry McCullough
9.With A Little Help From My Friends (Lennon-McCartney)
Drums: B. J. Wilson, Bass: Chris Stainton, Organ: Tommy Eyre, Guitar: Jimmy Page, Backing Vocals: Madeleine Bell, Sunny Wheetman and Rossetta Hightower
10. I Shall Be Released (Dylan)
Drums: Mike Kelly, Bass: Chris Stainton, Organ: Steve Winwood, Guitar: Henry McCullough, Backing Vocals: Su and Sunny Wheetman
11. The New Age Ol Lily (Cocker-Stainton)
Drums: Clem Cattini, Bass,Piano & Organ: Chris Stainton, Guitars: Albert Lee and Jimmy Page
12. Something's Going On (Cocker-Stainton)
Drums: Clem Cattini, Bass & Piano: Chris Stainton, Guitars: Albert Lee and Jimmy Page

I Shall Be Released は、Aynsley Dunbar とAl Kooper でいくつもテイクを重ね、結局、最後にケリーとウィンウッドになったとか。

'Playground Psychotics’ というFZのアルバムをその後聞きました。特に意味があって聞いたわけではないのですが、フィルモア・ライヴにJohn & Yoko が登場しジャムをやります。Sometime In New York City にはいっているのと同じ演奏ですがミックスが全く違います。ジョン・レノンが、昔、Cavern Club でやっていた曲をやると言って'Baby Please Don't Go'をやり始めます。
FZがストレート・ブルーズ・ギターをあんなに強烈に決めたこともないのじゃないかと思います。

1960年代の最後の3年間って、何がなんだかわからん時代だったように思えてきます。

FZがレノンのバックでブルーズ・ギターを弾くのを聞いて、ハリウッド音楽シーンにビートルズ、特にSgt. Peppers が与えた影響に思い至るというのは、途中を省略しています。ピースはまだ全部埋まっていないですし、違うジグソー・パズルを混ぜている可能性も高いですが。

全部ひっくり返す仮説が頭に思い浮かんだのですが。

そんな仮説より、つまり、オリジナリティはどっちにあるかという話よりニワトリとたまごと一緒で、どっちが先という話ではないというのが正しいのでしょう。
変わるべき時が来たら、一斉に変わる。

人類の誕生もアフリカのイブ説が正しいとして、母親一人だけでは子供はできないわけですし、アダムがいれば解決するわけでもないでしょう。
集団として一斉に均質性のある違う種に変わらないと種の保存は不可能です。

前足が普通の獣の脚で、尻尾が魚のような鯨が生き残れるかということです。
後足が普通の獣の脚で、前足が退化して魚風なひれになったものより、前者の方が生存確率は高いかもしれませんが。
by nk24mdwst | 2008-09-02 14:16 | 音楽

who knows where the wind blows

エキサイトもYoutubeを記事に貼れるようになったと投稿画面の横に赤字で大書してあります。
以前でも、リンクは可能だったわけですが、他のブログのように画面が貼れなかったので、苦情が多かったのでしょう。それが理由でエキサイト・ブログから抜ける人もいたんでしょうね。

7,8年前に都内の某大学で行われた電子取引と国際課税に関するセミナーに参加したときのことを考えると世の中は常に先を行きますね。

電子取引を想定しない場合における国際課税に関しては、各国の税法、あるいは租税条約によって基本的に規定がなされています。まあ、いろんな国、抜け道、抜け道を売ることを商売にしている租税専門家や投資会社等が数多いるので、これで問題が解決しているわけでは全く無いのですけれど。

予断ですが、昨年、IRS勤務経験のあるアメリカの租税法を専門とする弁護士の話を聞く機会があり、サモンズについて質問が出ました。その弁護士の言葉によると、基本的には極めて例外的に用いられるという返答でしたが、自身のIRS勤務時代においては、いつも懐に忍ばせていたと。ボストンの勤務で、バハマやケイマンのタックス・ヘイブンを使うごろつきを相手にしていたからねということでした。
racketeers という言葉はハードボイルド小説や、アクション映画ではおなじみですが、実際に聞いたのは初めてでした。

わき道から戻ると、国際課税におけるルールの基本は、居住者に該当するか否か、あるいは、恒久的施設を国内に有するか否かによって課税権をどの国が持つかということになります。永遠の旅人の話は、脇に起きます。
さらに付加価値税の課税の場合においては仕向地主義原産地主義のいずれを採るかという論点が加わります。この論点は、すべての国が付加価値税を有しているわけではないという意味において有意なのですが、これも、脇におきます。

電子的取引についてですが、代金決済が電磁的方法により行われる(行政手続オンライン化三法的表現を使ってみました。)ということと、取引対象物自体が電磁的取引がされるということの二つを含んでいるとします。

前者に関しては、個人的な見解ですが、電磁的記録に対する質問検査権の問題が一番重要なのであろうと思うわけですが、一般的にそのようなことに関する指摘は、この国では無いように思われます。

問題は、後者ですね。セミナー当時は、ソフトウェアのような知的財産権をネットを通じて取引した場合における所得課税、付加価値課税の課税権はどこにあるのかということが問題視されていました。

所得課税においては、恒久的施設をどう捉えるかという論点があるわけです。ネットワークのサーバーを恒久的施設と捉えうるかというようなことです。アメリカの業者・個人からフランスの個人・業者等に対してオンラインでソフトウェアの提供がされた場合、ウェブでは現実にはどこを通っているのか解らないわけですね。アメリカの業者が売っているとしても、そのサーバーがアメリカにあるかどうかという問題もありますし。
いずれにしろ、ウェブ上の取引において、サーバーを恒久的施設として理解しうるかどうかということが論点となります。

アメリカの業者→インドのサーバー→フランスの個人と流れたと仮定した場合において、インド政府に課税権ありやなしやということです。付加価値税については、これに、原産国と消費国のどちらで課税するかという問題が加わります。
アメリカには連邦レベルの付加価値税が無いですからね。

脇道ですが、アメリカには基本的に州レベルの売上税(Sales Tax, Use Tax)がありますが、アマゾン・ドット・コムから日本で買い物をしても州税は課税されません。
もっともアマゾンの一番不思議なところは、日本は別ですが、Amazon.ComでもAmazon.UKでも、商品を購入するとフランクフルトにあるらしい商品センターから送ってくるということですが。
ネットで注文するというのも電子取引の範疇に入れるべきなんでしょうね。

電磁的方法により、無体財産を取引しその決済も同様の方法により行われた場合、課税権、調査権等は、どこの国が持つことになるのであろうかということですね。

ソフトウェアに関しては海外のサイトから有償ダウンロードできますが、今のところ、音楽ソフト等に関しては少なくともアメリカからはダウンロードできないように思います。

数年前に思ったことは、知財を電子取引により引渡し、その決済も電子取引よった場合においては、知的所有権を所轄する役所と課税当局がネットを電子的にパトロールというか監視するというのが将来像かなと。
まあ、監視は、最初から行われているとは思いますけれど、監視者が誰かは別にして。

しかし、こんな議論、もう無意味ですね。著作権、課税権云々は、ネットでシェアという考え方の前では旧石器時代の遺物。
正しくは、ネットでシェアという考え方が旧石器時代の考え方に近いというべきなのかもしれませんが。

昨日のAsylum Choir に関する書き込みは、どちらについてどう述べているか判別しがたい書き方になっているのは承知しています。

昨日の晩も、もう一度聞いていて、また、最初の疑念が頭をもたげてきました。特にⅡについて、です。

Look Inside の方は、おそらくJim GordonでⅡの方は、Jim Keltner +ドラム・ボックスかなとは思いますが。
アサイラム・クワイアⅡの方は、Leon Russell のeponymous アルバムあたりのデモ・テープ的要素が強いように思いました。

誰がやっているかということより、歌詞が面白いと思って昨晩は、聞いてました。
この三日間、頭の中では’Welcome To Hollywood'がなり続けているのです。

それから、Indian hippie という言葉が出てくるのですが、FZのflower punk を思い出してしまいました。リオンとFZの二人は同い年です。

しかし、Gary Lewis & The Playboys の方がAsylum Choir なぞに比べるとはるかに完成度が高くて良いですけどね。
by nk24mdwst | 2008-08-23 07:44 | 租税論

"go. go. go."

昨日の晩も、Leon Russell と Mark Benno のAsylum Choir の二つのアルバム、Look Inside the Asylum Choir、Asylum Choir IIです。リオンの自宅スタジオで演奏クレジットは、二人だけです。Carl Radle が撮影者でクレジットされていますが。

契約の関係があったのかもしれませんが、カール・レイドルがベースだけ写真だけ撮って帰ったなんて考えられないわけでドラム・ストゥールに座っている人の想像はつきます。
リオンがほとんどの楽器をやったワン・マン・バンドであるとは到底思えません。彼自身がダビングしている部分はあるでしょうが、複数のギタリスト、キーボード奏者、ドラム、パーカッション等々がいるのは明らかでしょう。

これらのアルバムの製作意図について、昨日は全く見当違いな考え方をしていたのに気づきました。前者をAMGがガレージ・ロックとしているのは、大した見識で、これに引っ掛かりを覚えていたのです。

David Axelrod の仕事を思い出したわけです。ホーンやストリングス、タイム・チェンジ、複数のギター、プロのドラム、さらに編曲、編集も凝っているアルバムなのですが、いわゆるガレージ・ロックと称されているもので同様のものが他にもあるなと。

個人的には、リオン・ラッセルの経歴のターニング・ポイントだったのでしょう。Ⅱの方は、デモ・プラスの位置づけかもしれませんが、前者は色々考えさせられました。リオンのこのあとの、Beatles や Stones との仕事を参照しないとと思いました。
あと、ところどころ振りかけられているカントリー・フレイバーですね。ハリウッド・カントリー・フレイバーです。

CDは、シングル用のモノ・ミックスがおまけですが、内容はともかく、シングルで売ろうという意図があったということだけは事実でしょう。

ポップ・サイケ・バンド路線で売り出すためには、コンサートで演奏してみせる「表紙」が必要だったけれど、調達できなかった?当時のハリウッドにおいて不可能なことではなかったはずで、アルバムの内容自体のせいかどうかはともかく、会社がプロモートする気がなかったのだけは事実でしょう。
要するに失敗したプロジェクトだったということでしょうね。でも、リオンの後年の元ネタは、全部、この二枚にあるような気もします。

ポップ(ロック)をアメリカ物とイギリス物に分けるというのは、難しいです。基準を何にするかということですね。表紙になっているアーティストの国籍なのか。
国籍論で言うとThe Band は全員カナダ人です。これは本当の話ですが、本論ではありません。バックのミュージシャンやアレンジャー化、はたまた、レコーディング・スタジオの所在地か。
Rolling Stones は早くからアメリカで録音していますしね。

イギリス人でアメリカに渡ってセッション・メンになったというのも沢山います。Aynsley Dunbar, Nickey Hopkins, Ian Wallace, Pete Sears, Albert Lee 切りがないです。
Victor Feldman などという人もいます。

アメリカ人でイギリスへ渡ってという連中もいてJuicy Lucy の中心メンバーがそうですし、Gary Wright などもSpooky Tooth に参加しますがアメリカの大学卒業後渡英しています。

Paul Simon も渡英していてそのギター奏法はBert Jansch を真似た、ということは、もとはDavey Graham となるわけです。ここで問題は、ジャンチやグレアムが手本にしたのはBig Bill Broonzy ですからね。
それから、ブルーンジーは、1950年代から1960年代のフォーク・リヴァイヴァルの中で、カントリー・フォークの代表選手的な扱われ方をしてというか、そう振舞うことを強制されたかどうかは別にして、そう振舞うことを望まれていることを充分認識して、1940年代のシカゴで彼がやっていたアーバン・ブルースないしはR&Bの原型的なものを、白人聴衆の前でやらなくなったのは事実です。
彼はニュー・ポートでの成功をもとに渡英するのですが、後に続いたSonny Terry and Brownie McGhee も商売ですから、聴衆の聞きたいスタイルでやったわけです。

R&B ないしR&Rの誕生により、音楽から完全に足を洗ってしまったのがRobert Johnson の義理の息子で、シングル・トーンによるブルース・ギターの創始者というべきRobert Jr. Lockwood だったというのは非常に皮肉な話です。

しかし、60年代のアメリカではみんなLSDやったり葉っぱを吸ったりしていたのに、その30年前までは、禁酒法(Prohibition)があったわけです。あの国の触れ方というのはわかりません。

Clarence A. Graham, Jr.が密造酒(Moonshine)と題した詩を書いています。飲用アルコールの製造、運送が全て連邦法によって禁じられていたわけですから酒を造れば、全部密造ということですが。

     Moonshine


During the days of Prohibition, there were Government Men
Who searched the woods for moonshine stills

When they found them, they would destroy them
The G-men destroyed the filled moonshine bottles

Then, the men were rounded up and taken to prison
To serve time for what they did

Sometimes, moonshine was needed as a medicine
So, only by doctor's perscription could you obtain some

医者の処方箋があればアルコール入手可能だったということですね。60年代の違法ドラッグの供給源も薬局だったりしたことを思い出します。

ここで the G-men と言われているのは、連邦政府の差し回しですね。地元の地域警察や保安官事務所とは話がついても、Fed には逆らえない。

ここから地方分権論に話を持っていくのは非常に強引ですが、現在でも地域によっては禁酒法が施行されているところもないことはないわけです。

ところでRy Cooder のInto The Purple Valley の最後の曲です。スライド・ギターの弾き語りでWoody Guthrie の曲をライがやっています。Vigilante Manです。Nazareth もやってるし、最近Mick Abrahams がやっているのも見ましたが、他にもたくさんの人がやっていますね。
基本的には、ライの歌詞でやっているようですが、ガスリーの詞を紹介します。ガスリーもヴァージョンにより若干違いがあります。

     Vigilante Man

Have you seen that vigilante man?
Have you seen that vigilante man?
Have you seen that vigilante man?
I been hearin' his name all over the land.

Well, what is a vigilante man?
Tell me, what is a vigilante man?
Has he got a gun and a club in his hand?
Is that is a vigilante man?

Rainy night down in the engine house,
Sleepin' just as still as a mouse,
Man come along an' he chased us out in the rain.
Was that a vigilante man?

Stormy days we passed the time away,
Sleepin' in some good warm place.
Man come along an' we give him a little race.
Was that a vigilante man?

Preacher Casey was just a workin' man,
And he said, "Unite all you working men."
Killed him in the river some strange man.
Was that a vigilante man?

Oh, why does a vigilante man,
Why does a vigilante man
Carry that sawed-off shot-gun in his hand?
Would he shoot his brother and sister down?

I rambled 'round from town to town,
I rambled 'round from town to town,
And they herded us around like a wild herd of cattle.
Was that the vigilante men?

Have you seen that vigilante man?
Have you seen that vigilante man?
I've heard his name all over this land.

Preacher Casey のくだりがライや他のアーティストのヴァージョンではないようです。Grape Of Wrath に登場する人物で、ガスリーのTom Joed にも登場します。

vigilante の意義について、LDOCEは、someone who illegally punishes criminals and tries to prevent crime, usually because they think the police are not doing this effectively としています。これからすると、確かに自警という考え方が出てきますが、歌に出てくるのはちがいます。
ケイシー牧師のくだりを読めば自明ですが、スト破りの連中ですね。

ハリウッドでのスト破りの様子なんかもハード・ボイルド小説に登場します。
ダシール・ハメットの小説の主人公、コンティネンタル・オプは、ハメット自身のピンカートン探偵社勤務時代の体験をモデルにしたとされていますが、ピンカートン社の大きな仕事としてスト破りもありました。

sawed-off shot-gun というとサム・ペキンパー監督の映画「ゲッタウェイ」でのスティーヴ・マックィーンの荒物屋でのシーンを思い出します。銃砲店ではなくてhard ware store だと記憶しているのですが、違っているかもしれません。
by nk24mdwst | 2008-08-22 12:20 | 音楽

de-seri

夜来の雨は、朝方、雷を伴うひどい大降りになりました。9時ごろから、また墓参りに行ったのですが、日ごろの行いが見事に報われ、散々降り込められてしまいました。
10時過ぎに、帰宅すると雨が上がり、いまは、快晴です。
暑くなかったので良しとします。

この数日来、夜はDelaney & Bonnie をずっと聞いています。このデュオがBlind Faith のイギリス公演の前座をつとめたことから、リズムセクションがDerek & The Dominos になるということです。

このデュオ自体の歌そのものにそれほどの魅力を感じているわけではないのですが、1970年ごろにある種のトレンドを作るきっかけになったのは確かなのだとは考えています。

いわゆるスワンプ・ロックというカテゴライズに関しては、そんなものは存在しない、ピリオド、という考え方です。ただ、このデュオが主導権を持っていたのか、Leon Russell に主導権があったのかは自明だとは思いますが、ハリウッドのトップ・セッションメンが大挙、イギリスのアーティストと共演するきっかけ、ターニング・ポイントに存在していたグループだと認識しています。

スワンプ・ロック、代表はCreedence Clearwater Revival なんて定義が簡単にされるので、そんなジャンルはなかったとしか言えません。CCRは、Tom Foggerty がリード・ヴォーカルのGolliwacks って掃いて捨てるほどあるカリフォルニアの当たらなかったガレージ・バンド上がりですから。
ゴリウォックスの録音を聞くと、歌っているだけだとよくわかります。

無理やりスワンプ・ロックというカテゴリーを作るとすると、中心は、Crazy Cajun ことDoug Kershaw あたりかな・・・。
これも無茶な論理で、スワンプ・ロック=ケイジャン風ロックという定義の仕方ですから。だグ・カーショーあたりの音楽をいま聞くと、いまのメイン・ストリーム・カントリーよりはるかにカントリーっぽいと感じます。

D & Bの演奏自体については、ベッドで寝ながら、ドラムは誰、、ベースは誰、キーボードは、ギタリストは、などと考えていると眠れなくなるだけです。最近、寝つきがいいので先へ進みません。

Ike Turner のRocket'88'が最初期のロックンロールのひとつだったという考え方、例えばRobert Palmer が著書で展開している考え方ですけれど、この考え方の当否を論ずるだけの識見は持ち合わせていないのですが、Ike & Tina Turner がPhill Specter のプロデュースにより製作したRiver Deep Moutain High は、いわゆるブルース・ブーム、サイケデリック・ブーム以後のロックの方向性を決めるような意味があったのではないかと考えています。

結局、ここでも一番大きな成果を挙げたのは転がる石組か?!

FZを聞きながら、仕事です。正確にいうと、遊びではない、されど、金儲けでもない。

ソニーのヘッドフォンと、シュアーでは全く違うと最近感じます。シュアーを購入したときから違うと感じていたのですが、評価が180度逆転してシュアーが格段によい音がします。価格差以上の差があるようですね。ヘッドフォンにもエージングが必要なのかな。

スワンプ・ロックというカテゴリーを信用しないのは、Humble Pie をスワンプ・ロックでカウントしているところがあったりするからです。
1980年代のSteve Marriottは確かにアメリカ南部をドサ周りしていましたけど。Foghat になめられたので、ステージでぶちかましてやったとか語っています。ブリティッシュ・ブルース・バンド崩れ風情にロンドンの顔が負けるわけには行かない。
まして、アメリカのフロリダの名も無い町で。Jacksonvillだったかな。

38歳のマリオットのクラブでのライブDVDは、40分弱しかないのですが、繰り返し見ているのはこれくらいですね。
20年前はルックスが売りだったはずの彼も、若干、前髪が後退、腹回りもスマートではないのですが、デニムのつなぎを着て、でかいギブソンをもって弾き、歌いまくる姿は、中年の星そのものでありました。

われながらミーハーだと思います。何をやっていても聞いてるだけ、見てるだけで満足という人がいて、一人がマリオット、もう一人はRichard Thompson です。同い年くらいのはずです。
35年前には、Seteve Winwood の方が私の中でのランクは高かったのですけれど。

亡くなったのが惜しまれますが、同郷だからといって、どのメンバーでやり直しても不遇なSpooky Tooth に加わってみたりしているJim Capaldi の方が変に気になったりします。
スプーキー・トゥースは、いわば元祖ヘビメタ・バンド的な存在のはずなのですが、メンバーが変わりすぎてスターになり損ねましたね。
V.I.P.s あたりから聞いてますが、普通はSpooky Two がベスト、ついでLast Puff というところでしょうか。
この「ラスト・パフ」をやっているスプーキー・トゥースの正体というのはGrease Band なんですけどね。
by nk24mdwst | 2008-08-15 12:52 | 音楽

Earl Warren

Earl Warren(March 29, 1891 – July 9, 1974)は、アメリカの法律家です。

アラメダ郡のDAを務めたあと、アール・ウォーレンは、カリフォルニア州司法長官になります。
この司法長官時代に、太平洋戦争が勃発し、カリフォルニアに日系アメリカ人の収容所を作った張本人です。

ウォーレンは、その後連邦最高裁長官となり、そのWarren Courtは一連の人種差別、公民権、州と教会の分離等に関し重要な判決を下しています。
重要なものとして挙げられるのは、Brown v. Board of Education事件 347 U.S. 483 (1954)でしょう。この判決が、公立学校における人種分離策を違憲としたのです。
ちなみに、Elvis Presleyが、"That's All Right (Mama)"をSam PhillipsのSun Recordsで録音し、南部でヒットしだすのもこの1954年のことです。

南部の人種隔離政策を否定する連邦最高裁判決とプレスリーによるR&Rヒットの出現に因果関係を見出すかどうかというのは、50年後の日本の片田舎の在日日本人ごときが、簡単に下せる判断ではない事はよく承知していますが、偶然ではないのだと思います。

いずれにしろ、この1954年にアメリカの1960年代は始まったのだと思います。終点はどこか。1970年代の初めという見方が一般的かもしれません。1977年には、終わっていたというべきでしょう。

アール・ウォーレンはもう一つ、JFK暗殺事件の調査を目的としたWarren Commisionとして知られるThe President's Commission on the Assassination of President Kennedyの委員長でした。この委員会は結局、Lee Harvey Oswaldの単独犯という結論を出すわけです。
メンバーは、連邦最高裁長官のEarl Warren, ジョージア州選出上院議員Richard B. Russell,ケンタッキー州選出上院議員John Sherman Cooper, ルイジアナ州選出下院議員Hale Boggs,ミシガン州選出下院議員(後年大統領になります。)Gerald R. Ford, 前CIA長官Allen W. Dulles, 前世界銀行総裁John J. McCloyです。
この中では、ダレスとマクロイが間違いなく大物です。

オズワルドは、ダラス市警の駐車場で組織犯罪と関わりがあったとされるJack Ruby (a.k.a. Rubinstein)に射殺されてしまい真相は闇の中です。

ジャック・ルビーはニュー・オーリンズでキャバレーなんかを経営していたということです。

The BandのLevon HelmのHawks時代の回想なのですが、オクラホマの片田舎の酒場で演奏下のにギャラがもらえず、ホークス一党は、腹いせに店に火をつけて逃げたそうです。
店のピアノが消失して呆然としていたのがLeon Russell, 酒の出る所へ入れる年になっていなかったけれどいつも覗きに来ていたのがJesse Ed Davisだったそうです。

この店の経営者がジャック・ルビーだった。

1950年代中ごろ、白人と黒人が同じ酒場で演奏したりするのは基本的に南部では駄目だったようですが、ギャングがやっているところは警察も目こぼししていたんだそうです。
by nk24mdwst | 2008-01-22 18:21 | 記憶