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who cares number 2

'Coltrane, Cotrane' とモンクが叫ぶやつ。Well You Needn't



ブレイキーは、駄目ですな。コールマン・ホーキンズ、コルトレーンにモンクだから凄い面子です。

スプーナーとダン。I'm your puppett



同じ二人の Nobody Fool


ボックス・トップスのCry Like A Baby 。ペン&モーマン作。



このエレキ・シタール、誰でしょうね。可能性としてはエディ・ヒントンかな。

リオ・コトキ、Pamela Brown



もっと右手を写せ!!!
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by nk24mdwst | 2011-03-24 13:44 | 音楽

the sound of the bottle

3月になってから、完全に曜日の感覚が欠如してしまい、今日が日曜だと考えてやっとわかるのです。

一昨日は、電話もならず、来客も少なくて、机に向かっていられたので土曜のような気分でした。昨日は、疲れて眠い、これは、金曜の気分。
季節労働者は辛いです。
アメリカのご同業は、もっと死にそうなんでしょうね。

イントゥイットは、電子申告がらみで訴訟になっているのですね。
連邦巡回裁判所ですから、二審の判決が出たようですが、こんなものを検討している心の余裕がありません。

アメリカの新聞は、ギリシャの財政危機をEUが助けないと、ユーロの信任が薄れ、他のEU諸国に不安が広がる。それは、間接的にアメリカの財政危機にも反映してくるから、責任取れみたいなことを言ってます。

ギリシャの財政危機とEUの話だからほうっておけというわけには行かないのは、解らないでもないのです。

ところで、EUは、まあ、ギリシャは違いますけど、共通の通貨を導入したおかげでひどい目にあっている部分もあるのですね。
そういう意味でいうと、アメリカという連邦国家はドルという共通通貨を有している自治権のある州の連合体であるわけです。何が言いたいかというと、ギリシャの話をする前にカリフォルニア州の財政を何とかしろという話ですね。

ギリシャをドイツの税金で助けるのはドイツの国民は納得しない。
これは、カリフォルニアの財政危機を連邦が助けることは、他の州の納税者が納得しないというのと同じですね。

EU域内における、それぞれ異なる付加価値税制の調整に関する議論は、アメリカにおける各州間における州税である売上税の調整の問題と同様に論じることができるのですね。

アメリカの議会制民主主義の隘路についてエズラ・クラインが批判しています。
Bending the rules of reconciliation and filibusters, the Senate got twisted

By Ezra Klein
Sunday, March 7, 2010

Ask a kid who just took civics how a bill becomes a law and she'll explain that Congress takes a vote and, if a majority supports the bill, the bill goes to the president. That's what we teach in textbooks, but it's not what we practice in Washington. In reality, the Senate has become a battleground to determine who's better at manipulating the rules. The party that wins gets to decide if a bill becomes a law.
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/03/05/AR2010030502233.html
結論は、簡単で上院の少数派、この場合は共和党ですが、過大な権力を握っているというわけです。

アメリカの小学生に法律は、どうやってできるのか尋ねるとどう答えるか。
下院議会が審議可決した法案に大統領が署名して法律になります、と答えるはずだと。
しかし、実際は違うというわけですね。
上院で、多数派が安定多数である60議席を有していれば別ですが、それを一つでも割り込んでいると、フィリバスターと呼ばれる議事妨害によって少数派が議事の引延ばしが可能なので、多数派、つまり過半数を握っているにもかかわらず、少数派の意見を取り入れた形での妥協案を多数派は出さざるを得ないわけです。
これは、アメリカの上院での議事が多数決という単純な論理によって運営されないということですね。

もう一つ、アメリカの上院は各州ごとに同数の議員を振り分けていますから、国勢調査に下づいて一票の格差が出ないように議員が配分されている下院の方が、国民の意見を反映するシステムになっているということができるのですけれど。

古い映画ですが、ジェームズ・スチュアート主演、フランク・キャプラ監督の「スミス都へ行く」で、上院議員になったスチュアートが地元の少年キャンプを守るために演説を続けて、ダム汚職の証拠がもたらされるのを待つというのに出てくるやつですね、フィリバスターというのは。

多数派に専横を許さないという一定の効力は認めるものの、このフィリバスターというのは、移動手段、通信手段が鉄道、電報、電話だった時代のものであって、今や時代遅れだとクラインは言います。
その通りでしょう。

それより何より、レーガン、ブッシュといった共和党政権の下で何度もおこなわれた税制改革等において、共和党はこのフィリバスターをさせずに強行採決をしているのですね。
それを思い出せと。

妥協案を作り、最後は鵺のような法律ができてもしょうがないじゃないかというわけです。

しかし、一応、アメリカの議会は、議論していて、それが一応マスコミ等を通じて見えます。影の権力者が誰かなんて話は、置いておきましょうね。
後半かつ細部にわたる議論が立法に際しておこなわれるので、議事録で質疑自身にも法厳正があるというと極端かもしれませんが、少なくとも訴訟等になったときの置ける立法趣旨の解釈には有用だとされるのですね。

それに比べると、極東の某国はどうなのか。
予算案は年度内成立します。ところが税法などで細部詳細がわからないものはそのまま通っていて、それに反対か賛成課ということ以前に、どう現実に対応すればいいかが、解らないものがあるのですね。

思い出した。

クルーグマン・ブルーズに触発されて、大恐慌時代の歌を集めたRy Cooder の最初の二枚を聞きなおしていました。16歳のとき以来聞いているんですけど。
ライ・クーダーは、21歳くらいだと思いますが、プロフェッショナルな演奏ですね。オーヴァー・ダブもなれたものです。ジム・ケルトナーのドラムは渋い決め方をしているし、ジム・ディキンソンのピアノが昔感じたよりはるかに、暴れ気味なのだと解りました。

ライのボトル・ネック・ギターは確かに、ビル・ハークルロードが言うとおり、ミュートが抜群に上手い。それから、エレキでのスライドは彼独特の太くて鋭い音色を聞かせます。
速いパッセージにこだわらないところがよろしいかと思います。

アクースティック・ギターのフィンガー・ピッキングは、上手いですけ度、グルーブ感にちょっと欠けるというか端正すぎるかなとも。それから、アクースティックでのボトル・ネックを使う奏法のときに、ボトルがギターのネックに当たる音がするのですね。
余りこんな音がする人を知りません。私は、この音が消せなくて困りました。
一人で引いているときは気にならないのですが、他人に指摘されて、あ、そうかと。

リオ・コトキは、メジャー・リーガーのライに比べうrとシングルAでプレイしていたというべきでしょうが、力技ですからそんな音させません。

Little Mertha などで聞けますけど、リオのアコギの演奏で、ハーモニクスでプレイした後、ビブラートをかけるのですね。ハーモニクスを出すときは、弦を押さえず触るだけです。どうやるのかというと、あの馬鹿でかい12弦ギターのボディのところ押して、ビブラートをかけるのですね。
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by nk24mdwst | 2010-03-07 07:24 | 音楽

an eye for

盗まれた銀行情報を金で買って課税に利用とするドイツ政府に対するスイス政府の抵抗は、エスカレートしていきそうです。
Battle Over Tax Data Heats Up Between Switzerland and Germany

By JUDY DEMPSEY
Published: February 15, 2010

BERLIN — If the German government wants to buy account data stolen from Swiss banks, then the Swiss accounts of German officials and other public figures should also be exposed, according to the head of an influential lobby that represents the interests of Swiss taxpayers.
http://www.nytimes.com/2010/02/15/business/global/15iht-tax.html
ドイツのメルケル首相は、違法に入手したデータであっても課税の公平を保つために利用することを認めようとしているわけです。
これに対抗して、スイス政府筋は、そっちがそう来るなら、こちらは法律を改正して、ドイツの公的機関や公人のスイス預金口座情報を全部開示するぞと。

ナチ時代のものから開示するって意味だとしたら、凄い脅迫かもしれません。

医療保険制度改革をめぐる大統領の超党派戦略に効果ありや無きや。
Let’s Make a Deal

By ROSS DOUTHAT
Published: February 14, 2010

High-profile summit meetings flop more often than they succeed. But Barack Obama’s promised health care conference with Republican leaders, if it actually comes off, promises to be a particularly depressing exercise in grandstanding and gamesmanship.
http://www.nytimes.com/2010/02/15/opinion/15douthat.html
最後は妥協だろうということですが、なにやら、技術的に非常に小難しいことになる可能性もありそうですね。
要は、財源論です。ただ、将来支出の見通しをどう捉えるかということでしょうか。
租税と社会保障財源、給付の問題の議論なのですね、結局。
どこかの国でも同じような問題があるのですが、アメリカの方が開かれた議論が行われているように外見上は見えます。
最後は、ロビーストや「専門家」と称する人たちがわけのわからんものを作るのかもしれませんが。

ただ、やっぱり、みんなそれぞれに得手不得手、専門分野があって、それはそれでいいというか仕方のないことなのですが、このような全体像の制度設計は、大変そうです。
議論がかみ合わないところがある。

福祉国家、社会保障と税制というのは、思った以上に解くのが難しい方程式のようです。
第一に、正しい式が何なのかがわからない。
第二に、正しい数値が何かもわからない。正しい数値は当然変数なのであって、条件式をどう設定するかということがある。
最終的には、政治的な問題なのですが、それだからこそ、その国の文化、社会、経済的な背景や特性の影響を排除することはできない。

日本の消費税値上げの議論の必要性を唱える財務大臣の発言を報道するロイター。
Japan finmin tests waters for sales tax debate
Mon Feb 15, 2010 4:10am EST

By Stanley White

TOKYO, Feb 15 (Reuters) - Japanese Finance Minister Naoto Kan said he was open to debating sales tax reform, suggesting the government may consider raising the tax to help fund its spending programmes focused on supporting households.
http://www.reuters.com/article/idUSTOE60609M20100215
議論すること事態はいいことだけど、ちゃんと筋道立てていって欲しいと思うのですが、私が個人的に思う筋道は、どうも普通の人の筋道とは違うような感じだということぐらいは解っているのです。

ただ、逆に、普通の人の方が消費税の本質がわかっていないと私は思っていますけどね。
小さくても商売をやっている人には、わかるはずなのです。公務員や大企業の経営者には絶対にわからない。
経済取引における強者、弱者か、立場によって見方が変わりますから。

金融緩和政策の出口論についてクルーグマン。
February 13, 2010, 6:41 pm
Premature Exit

While looking at the Economic Report of the President, I was inspired to make this chart, which actually doesn’t come from the ERP (more ERP blogging in a day or two). It shows the contribution of the ARRA, aka the Obama stimulus, to the deficit — a rough measure of the amount of stimulus — with the CBO’s projection of the unemployment rate, by fiscal year:
http://krugman.blogs.nytimes.com/2010/02/13/premature-exit/
例によって、1937年のFDRの失敗を引き合いに出しているのですが、それよりもひどい状況だと念押ししています。
財政赤字を作りながら景気刺激策を撃ったけれど、その効果は、2010年10月ごろには消えるだろうというコンセンサスがある一方、失業率はしばらく高止まりしたあと、ゆっくりと下降する。
つまり、景気がまともに回復してもいないのに出口の話をするのはもっての他ということかな。

ユーロ圏の財政赤字について、IMFのリポート。
IMF Explores Contours of Future Macroeconomic Policy
By Jeremy Clift
IMF Survey online
February 12, 2010
http://www.imf.org/external/pubs/ft/survey/so/2010/INT021210A.htm
本体は、こちら。
http://www.imf.org/external/pubs/ft/spn/2010/spn1003.pdf
なんでも資料で取っておけば、いつか役に立つ?

この考え方がウェブ神話ですね。

ちゃんとペーパーを読んで頭の中に入れて再構築しないと意味が無い。どんなにPCにデータを落としても、ね。

Leo Kottke は、どれも同じに聞こえる人もいるかもしれませんが、私は、聞いていて飽きません。
好みの問題でしょうね。
彼の歌も悪くないと思います。本人は、自分の歌が気に入らないようですけど。
彼の全ては、1969年の6-and 12-String Guitar (全てインスト)にあるので、これを聞いて気に入るかどうか。
聞きやすいというか、歌ものもあるのが、Mudlark (1971)ですかね。Eight Miles High が渋いです。
ライブ・アルバムはどれも楽しいです。
何とかチューブを見ると、実演が見られるので、いい時代になったものです。
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by nk24mdwst | 2010-02-15 19:21 | 租税法(アメリカ)

so many numbers

きょうも、曇り空。暑いです。

北海道の友人からアルコール飲料のお中元が届きました。お中元というよりは、お互いに物々交換をしているというべきでしょうね。礼状もお互い書かないし。
こちらが地元のアルコール飲料を送る代わりに先方も送ってくる。

これは中元、歳暮以外にも勝手に向こうから送りつけて来ることがあるので、いわゆる贈答の世界とは違いますね。

日ごろお世話になったあの方に的な儀礼的な中元、歳暮のやり取りは一切なしにして久しいです。見返りがあるところしか送らない。
見返りといっても遠方ですから、美味しいものを送ってねというか、私の好きなものをお願いねというわけです。

結局、アルコール飲料を含む食べ物の物々交換です。
儀礼じゃないので、高いものを贈るのじゃなくて、レギュラークラスで美味しいものの量を増やして交換。

お互い、現地では入手しがたいものだったりするわけです。
この国は変な国で、ブランドがついていて高いものは日本中で手に入ったりするのですが、低価格の誰でも入手できるものは逆に、生産地でしか入手できない。
まあ、流通コストを考えたら当然ですか。

きょうも、Leo Kottke 二周目。
三大ギタリストをthe biggest guitarists と定義するとWarren Haynes とLeslie West が入って、あと一人は探しているところ。
まあ、身長体重が書いてあるギタリスト名鑑なんてあれば簡単かな。

三大ドラマーには、当然、Mick Fleetwood が入るのかなと思いますが、後が続かない。

コトキは、間違いなくthe strongest guitarists 三人のうちに入るのだと考えていますが、後の2人は見当がつきません。あの馬鹿でかい12弦をあんな変てこスタイルで、弾きまくるだけの腕力というのは凄いと。
奏法のせいで手首を傷めるなんて、テニス・プレイヤーじゃあるまいし。

画像で12弦ギターでスライドを弾くのを見たのは、ウッドストックのときのJohnny Winter が初めてでした。
コトキは、若い頃の6&12 String Guitar に既に歌以外のすべてがあります。ただ、スライド奏法でのミュートの仕方が変わりますね。
Ice Water あたりになると、ミュートを完全に効かせる様になるのですが、これは技術の問題と片付けるべきなのか、考え方が変わったのか。

ミュートが一番上手いのは、Ry Cooder だってBill Harkleroadが言っていましたっけ。
ウォーレン・ヘインズとDerek Trucks を比べるとヘインズの方がきちんとミュートするスタイルですね。グリッサンドを聞かせるかどうかというのはスタイルなんでしょう。

しかし、12弦ギター1本で強力なドライブ感のある演奏をするのはコトキをおいて他にいないかと。

Clarence White のように端正な演奏とは違うのですね。
ピッキングスタイルはもちろん違いますが。

昨日の晩は、Rod Stewart を聞いていました。彼のソロの最初の三作は昔、よく聞いたものでした。
それ以後は、彼の歌声が耳障りになってくるのですね。

Street Fighting Man はロッドのヴァージョンが好ましいかなと。
Ron Wood は存外、ギターが上手いのです。スタイルは好きかといわれると。まあ、ECよりワイルドな分ましかな。
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by nk24mdwst | 2009-07-24 13:21 | 租税法(アメリカ)

cuckoo, mudlark, or, mudshark

今朝、カッコーが啼くのを聞きました。日曜日に、お墓で聞いたのですが、恐らく同じ個体ではないかと。

今年は、残念ながら、鶯の声は聞けませんでした。

1970年ごろ、当地でも輸入盤専門のレコード店がオープンしました。繁華街の裏通りのジャズ喫茶の二階でした。
ジャズ喫茶と称していましたが、ジャズ、フォーク、ロックのライブを定期的にやる店でもありました。

リオ・コトキのアルバムに初めて出合ったのは、その輸入盤専門店です。何種類かアルバムがあったのですが、予算に限りがあったので、リオの笑顔に惹かれて買ったのが’Mudlark'でした。
このアルバムは、バックに、ベース、ギター、ピアノが加わっている曲もあり、コトキの歌っている曲もありました。ブルーグラスの古典から西洋古典音楽まで、’Eight Miles High' を含めてやっているというお徳用盤でした。
キャピトルから出て、コトキの名前が初めて一般に知られることになったアルバムだったということは、ずっと後で知りました。
これが、コトキのベストかどうかは微妙ですが、何も知らない初心者入門編としては良かったなと思います。名前は、なぜか知っていたのですね。

ギターのオーヴァー・ダブもあり、無茶苦茶うまい人なんだろうなとは思いましたが、彼の本来の超絶技巧駆使ヴァージョンではありませんでした。これなら、何とかなるかなと思ってやってみたら、左手の指を二本ほど増やし、長さも伸ばして腕力をつけないとできないということは直ぐにわかってしまいましたが。

変名で歌っているのが、キム・ファウリーだと知ったのは、それほど昔ではありません。
ハウリン・ウルフみたいな、だみ声で歌っています。
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by nk24mdwst | 2009-06-16 10:07 | 音楽

no time to waste

今日も、晴天、されど、空気は若干冷たし。

Leo Kottke を続けて聞くことにします。
昨日の晩は、何を聞いたのか、思い出せません。

右腕を痛めた後、奏法を変えた80年代以後のリオ・コトキの演奏は、メロウになったというか、アグレッシヴなところが影を潜めましたね。
聞きやすいといえばそのとおりでしょう。

バック・グラウンドに流しておくには最適かな。

しかし、やっぱり、1970年代のころのほうが、人間離れしていて好きですね。

大体、あの馬鹿でかい12弦ギターをあのスピード、あの変てこチューニングにスライドを入れながら弾くのは普通ではありません。よほど左手が大きくて力があるのだろうと昔から思っていましたが、後年、右手のピッキングを見て呆れました。
彼は、サム・ピックだけではなく他の指もフィンガー・ピックをつけているのです。それも馬鹿でかいやつ。考えればわかりますが、右手の指に全部ピックをつけると、右手首の位置を上げざるを得ません。

柔なコンパウンドじゃなくて12弦を強くピッキングするのに右の掌を高い位置に保ち続けるのは非常に腕に負担をかけます。

彼の歌声は、低音でぶっきらぼうな感じですが、Gordon Lightfoot とかIan Tyson に、通じるものがあって私は好きです。ぶっきらぼうでセンチメンタルではないのですが、情感あふれると感じる・・・ははは、まったくもって客観的な表現ではありませんが、知った事ですか。

話は、大西洋を渡り、イギリスの話です。Mick Abrahams, Eric Clapton, Chris Spedding 共通点は、実の父親に育てられていない事だと知りました。
ミック・エイブラムズの場合は、誰だかわからない、クラプトンはカナダ人兵士で戦争が終わったら帰国した、クリス・スペディングは、お腹にいるうちに父親が戦死。

クラプトンというのは、イギリスのあの世代のギタリストとして最初に有名になった人物ではありますが、逆に、同世代の他のギタリストとの共通点があまりに少ないように最近、感じます。
引き出しが少ない。

50年代半ばに始まるイギリスのフォーク、ブルース、ロックンロール、ジャズ・ギターの歴史の延長線上にいない人物だと感じます。何を言いたいかというと、あの世代のイギリスのギタリストは、自分がどの方向が好きだということは別にして、一通り通過儀礼としてこれらをやっているのですが、ECにそれが感じられない。不思議です。

下手なやつもいっぱいいたけど、下手は下手なりにあれこれ手を出していたように思えるのですね。

ピアノの中に頭を突っ込んでもごもご言っているのがやっぱり一番でしょうか。

誹謗中傷はしていません。

ただ、ECともう一人、リヴァプール出身のギタリストがいますが、この二人、私は良い聞き手ではないので。George Harrison という人でしたっけ。

日本の金融政策と失われて10年の経験は今次の不況の教訓にならないと。
April 27, 2009, 9:49 am
Japan’s recovery, again

Keiichiro Kobayashi accuses me of wanting to disregard the problems of the banks and focus only on fiscal expansion. Actually, I’ve never said that; he seems to have me confused with Robert Reich, who has.

But it’s true that I’m a bit puzzled by the attribution of Japan’s recovery to bank reform. If the bank-reform story were central, you’d expect to see some “signature” in the data — in particular, I’d expect to see an investment-led boom as firms found themselves able to borrow again. That’s not at all what one actually sees. Here’s Japanese investment and current account balance (trade balance broadly defined), both as a share of GDP, over the period 1992-2007:
http://krugman.blogs.nytimes.com/2009/04/27/japans-recovery-again/
クルーグマンの指摘のとおりで、日本の金融システム自体が破壊され(破壊したのが誰かはともかく)、その尻拭いに必要以上の時間がかかり(これも必ずしも自明ならず)、いずれにしろ金融システムが回復したので景気が良くなった論は、違うって。
そりゃそうです、単に、輸出大企業がアメリカの過剰消費、その恩恵を受けた世界中(なぜか日本の地方、都市の低所得層を除く)に対して利益を上げただけだって。

だから、世界中が不況の今、世界中の製造業はどこの惑星に輸出すればいいのか、ですって。ははは。

EC とDuane Allman、Layla Sessions の前後の話をいつかまとめてみたいのですが。

'Layla' のあのリックは、誰が考えたのか。Coda の部分は?そもそもあのセッションはなんだったのか。Tom Dowd は何をしたのか。

ミック・エイブラムズはECを認めています。まあ、彼の基準は、自分よりはるか上で影響を受けた人と同世代でこいつには勝つというのがリストのあがっているような気がしますが。
クリス・スペディングは、Jeff Beck の方を評価していて、まあ、これは当然で、Jimmy Page はECの亜流(これも当然)だというのはわかるのですが、Albert King を評価するのはいいとしてECはアルバート・キングの流れを汲むのかどうか、私には今のところ判然としないのですね。

Jim Gordon のドラムとBobby Whitlock の声が聞きたいからDerek & the Dominos のライブを聞き始めるのですが、聞き通せません。修行が足りないのですね。下手なギターを無視するというだけの力がない。

今週、実は、長らく抱えていた疑問の一つが解けたのですが。
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by nk24mdwst | 2009-04-29 13:01 | 音楽

so what's gonna happen tomorrow?

ホワイト・ハウスは、デトロイトをどうすればよいか右往左往しているように見えます。前代未聞の危機に直面する史上最低の政権の断末魔、ですか。
GMとクライスラーに政府資金を融資することに決めはしたものの、市場の反応は鈍いですね。

しかして、こちらを見るに、ときだけがいたずらに過ぎていく。

年末資金を中小企業に融通するためにといいます。そのための法律を作る必要があると。しかし、その法律が、12月の15日以後にできて効果があるのかということです。
一般に、信用保証協会付きの融資を受けるためには地元の商工会議所ないし商工会と融資金融機関似話をして財務関係書類等を提出し審査を経て信用保証協会の審査が必要となります。
要するに個々の部分の査定を甘くしろという法律を作ったとしても物理的にこれらを、数日で終わらせるというのはめくら判を押すにせよ、二週間は通常かかります。

11月に空白の1ヶ月を作ったのは致命的です。資金は循環しているわけですから、どこかにボトル・ネックができたらそれきりです。今頃になって、道路に不要なセンター・ラインを引くような工事をしても無駄です。
要するに、今年の年越し資金の手当をするためには11月中に手を打っておく必要があったということです。

時間との戦いなのに、それを浪費してしまいました。浪費した1ヶ月はおそらく1年かけて埋められれば、御の字でしょう。

Burritos のWild Horsesを聞きながら書いていますが、今週は、ゆっくり音楽を聞いていた記憶がありません。寝床に入ると三曲目には寝ますし。

脈絡ない、個人的なメモです。

Chris Hillman を振り返っています。というか、ヒルマンの軌跡をたどるという形で復習しようとしているということです。
The Byrds の最初の5人、つまりRoger McGuinn, Gene Clark, David Crosby, Chris, Michael Clrarke の契約なのですが、確かに最初の三枚では歌っているのは、マギン、クラーク、クロスビーです。
しかし、ヒルマンお話によると契約に関しては、この5人は、全員対等のロイヤリティ・メンバーだったのだそうで、マネージャーのJim Dixon がそうしたのだそうです。
いわく、レコーディングにかかる費用は、スタジオ使用料、当然、スタジオ・ミュージシャン・フィーを含めて全てCBSが負担し、5人については自作の曲に関するロイヤリティの違い以外は同じだったのだそうです。
だから、ミスター・タンブリンマン、つまり最初にヒット・シングルのフリップ・サイドに自作が採用されたジーン・クラークが最初にフェラーリを買えたわけです。

それと、デヴュー作以外は基本的に自分たちがすべてやったというバーズの神話に関しては、ヒルマンはそうじゃないと言ってしまっているわけです。スタジオとセッション・ミュージシャンはセットだと述べているので。

彼がなぜこんなことを語ったかというと、ステージで演奏力がどうだったにしろ、ブリートスを作るまでは、金銭的には全く問題なかったという話につながるからです。結局、バーズでロイヤリティ・メンバーだったのはオリジナル5だけだったということです。

Notorious Byrd Brothers の録音途中でクロスビーがくびになり、その後、Clarence White がオファーを受けたということです。このときは、ロイヤリティ・メンバーとしてです。しかし、当時、売れっ子セッション・マンになっていた彼はこれを断ったのですね。
そしてGPの登場となります。
結論をいうとクラレンス・ホワイトもバーズのメンバーになるのですが、ヒルマン、マイケル・クラークが抜けた後のバーズでは残りのメンバーはみんな雇われ(employee)だったということです。ヒルマンはホワイトがチャンスを逃したと嘆いています。ロイヤリティ・メンバーになれたのにということです。
GPは、もちろん雇われですが、金には困ってませんでしたからね。

脇へそれます。
アルファベット・オーダーで聞いているとホワイトのフラット・ピッキングの後にLeo Kottke のギター・ソロが出てきたりします。若いホワイトが実に達者なのはよくわかりますし、すばらしい技術で端正な演奏を聞かせますが、リオ・コトキは、とんでもない演奏をしているというのがよくわかります。
トラディショナリストと異端児、それも誰にも似ていないコトキというわけです。コトキの技術や音楽自体は、彼が古いブルース、ブルー・グラス、ラグ・タイム等々を聴き水から編み出したものだと感じます。
John Fahy との関係ですが、結果的に似たようなところがあるというべきなのでしょう。

Bert Janschはコトキに比べるとトラディショナリストに聞こえます。
ジャンチのスタイルの基本は、Big Bill Broonzy のギター・スタイルですから。ビッグ・ビル・ブルーンジは、本当は最初のシカゴ・アーバン・ブルース・マンの一人という位置づけがなされるべきだったと思うのですが、時代は彼の味方ではなかったわけです。
シカゴでアーバン・ブルース・スタイルで飯が食っていけるようになるのは第二次大戦を契機とするアフロ・アメリカン人の人口移動後です。Muddy Waters は、ミシシッピで充分に食えていたのでシカゴへ行くことに非常に慎重でした。
ブルーンジの方は、逆に、早過ぎたため、1940年代後半から1950年にかけてフォーク・ブルースに回帰することによって白人聴衆を得ることができたということで歴史は皮肉です。

この1950年代半ばから1960年代前半にかけてのアメリカのフォーク・ブルース・ブームというのはPete Seger のようなプロ・レフトな人間が仕切っていたせいで逆の意味の差別があったと思います。イギリスでエレクトリック・ブルースをやってイギリスの若者たちを一夜にしてブルース・マニアにしてしまったマディ・ウォーターズは、ニュー・ポートでアコギで歌うことを強いられています。まあ、マディ本人は大人なので、客が望むとおりにやるだけのことだったのでしょうが。

このころに、異端児としてJohn Fahy が登場します。20年代のブルース・ギターのフィンガー・ピッキング・スタイル、スライド・ギターをもとにしているのですが、いわゆる現代音楽的なリズム・チェンジ、不協和音、12音的な音の使い方をするのですね。彼のアルバムで世評が高いとされているものは、聞いていて楽しいものではありません。
FZの方がはるかにオーソドックスなブルース・ギタリストに感じられますからね。
ただ、Jorma Kaukonen は、おそらく、学歴、履歴を考えるとFahy 直系のスタイルのギタリストだったように思われます。

もう一度、元へ戻って、ジャンチとコトキを比べると、この二人の違いは、使っている弦の太さ、腕力というカ、手の大きさというか、指の力の違いだと感じますね。どちらが上手いかどうか、好きか嫌いかとは違う話です。ブルースからはみ出している点はどちらも同じですが。

わき道へきたのでこのままコトキの話にしてしまいます。忘れるので。
コトキはデヴュー作の6 & 12 String Guitar で既に完全にスタイルを完成させています。このアルバムは全曲、ソロ・インストですが、後年、手の腱を故障してからは、やらなくなったというか、やれなくなったスタイルで演奏しています。

キャピトルでのコトキの一作目Mudlark はRoy Estrada、Larry Taylor のベース、Paul Lagos、Kenny Buttrey のドラムが加わり、コトキが低音で歌う8 Miles High が聞けます。
Kim Fowley が歌うMonkey Lust を初めて聴いたとき、私が思い出したのはLowell George のTeenage Nervous Breakdown でした。バッハのブーレなんてのもやってますし、一番、聴きやすいアルバムの一つかもしれません。

先日のポンジー・スキームの被害者は国境を越えて広がっているようです。
Madoff Scheme Kept Rippling Outward, Across Borders
By DIANA B. HENRIQUES
Published: December 19, 2008

By the end, the world itself was too small to support the vast Ponzi scheme constructed by Bernard L. Madoff.

While many of the known victims of Bernard L. Madoff Investment Securities are prominent Jewish executives and organizations — Jeffrey Katzenberg, the Spitzers, Yeshiva University, the Elie Wiesel Foundation and charities set up by the publisher Mortimer B. Zuckerman and the Hollywood director Steven Spielberg — it now appears that anyone with money was a potential target. Indeed, at one point, the Abu Dhabi Investment Authority, a large sovereign wealth fund in the Middle East, had entrusted some $400 million to Mr. Madoff’s firm.
http://www.nytimes.com/2008/12/20/business/20madoff.html?partner=permalink&exprod=permalink
被害者の中に、スピールバーグなんて名前もあります。

さて、年末で、税金の心配をする季節になってきたわけですが、新政権の租税政策が明確にされているわけではないので、どうやって対策するか、専門家は頭を悩ませているようです。
Searching the Tax Code for Upsides to a Downturn
By TARA SIEGEL BERNARD
Published: December 19, 2008

It’s the time of year when personal finance writers offer suggestions on end-of-the-year tax planning. The problem this year is that there are so many unknowns. Are tax increases in the works? Will you keep your job next year? Will your income drop? And what about all those terrible investment losses?
http://www.nytimes.com/2008/12/20/your-money/taxes/20money.html?partner=permalink&exprod=permalink
基本的には、収入や費用を今年に帰属させるか来年に帰属させるかどちらが得かがわからないというわけです。
もちろん、この所得ないしキャピタル・ゲインの帰属年をいずれとするかというのは合法に行うという前提です。しかし、遡及効の問題もあるので非常に難しい選択を迫られるというわけですね。
まあ、税金を払うほど儲かったというのが前提です。あるいは、損失をいずれの年で出すかという問題でもあります。
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by nk24mdwst | 2008-12-20 07:52 | 音楽

a vicious triangle

Richard Thompson を今日も聞いています。Grizzley Man のサウンド・トラックに差し掛かっています。
映画が映画ですから、内省的なギターのソロ・インストが続くわけで万人向けじゃないですね。内省的を通り越して陰鬱な曲もありますが、カントリー・タッチの曲は、少し明るめかな。
最近は、割合簡単に実演の映像をネットで見たりすることができますが、昔は、レコードで音だけ聞いてどうやって弾いているんだろうと想像して、コピーしようとしても指が届かないなどと思ったものです。

Leo Kottke なんかは、手の大きさと指の力自体の強さが武器でしょうか。
スライダーを小指にはめて、残りの人差し指、中指、薬指でフィンガリングするのは、力技です。重いスライダーをどこへもぶつけずにフィンガリングするのは大変です。
もっとも、ブルース・ギタリストやロック・ギタリストでコードを弾くとき以外、左手の小指を使わない(使えない)人って、昔は少なからずいたように思いますが、わたしは、別にギターが上手かったとは思いませんが、小指にスライダーをはめているのが小指の訓練になって、小指でもベンドができました。
コットキのように、左手の親指まで動員するのは、やはり手が大きくないと。

どこかの幹事長が、ある政党に関してナチスをたとえに用いたなんていうのは、ちょっと常識を疑います。
「普通の国」だったら、議会第一党の幹事長という立場が軽々にナチスに言及することは、直ぐに自らの椅子を失うことになるのだと思いますが。失うのはおそらく椅子だけではなく、政治生命そのものだと。

東京裁判史観がどうこうなんていう人もいるのでしょうが、そんなことは別に、ニュルンベルク裁判とか東京裁判というのは、結果的に誰が誰のためにやったものという歴史的評価が下されるべきなのかということ自体は疑問が解けません。

まあ、戦争は人の命も奪いますが、先ず、金がかかります。特に近代戦争は、機械による戦争ですからなおさらです。
金は、租税国家ですから税金で集めることになります。戦時債を発行したとしてもその返済は税金によってなされます。
国民国家の成立が、一般大衆の直接的な利権とは本来結びついていないはずの徴兵による大量動員体制にもとづく戦争を可能にしたというのは皮肉な逆説だと思いますが、戦争と税金の話に戻しましょう。

日本における給与所得者は、源泉徴収制度(これ自体は、アメリカその他世界各国にあります。)と日本特有の年末調整制度によって国税に関する課税関係が原則として完結し、賦課課税方式をとっている地方住民税に関しても特別徴収制度によって、なんら納税者としての地位を与えられていないのが現在の日本の状況です。
この、年末調整制度の廃止は、敗戦直後、アメリカから、日本へやってきて詳細な租税に関する調査を行ったシャウプ調査団によるシャウプ勧告においても早急に廃止することが勧められています。

当時コロンビア大学の新進気鋭の財政学者だったシャウプ博士を筆頭に当時日本へやってきたのは、おそらく現在のアメリカどころか日本の民主党の一番左側の人たちよりもリベラルなニュー・ディーラーだったわけです。
それから、経済学者としてどの程度評価すべき人物なのかはわかりませんが、ジョン・ケネス・ガルブレスも敗戦直後の日本へ来て調査をしています。いわゆる戦略的爆撃調査班としてです。
つまり、非戦闘員である一般大衆、市民が住む東京の下町への空襲がどのような戦略的効果を上げたかを調査するためにやってきていたということです。
リベラルなガルブレスも出自は、そこにあるわけで、北爆とベトナム戦争を指導したマクナマラも同じ流れにいるわけですね。

東京大空襲、非武装都市であったドレスデン空爆、それからヒロシマ、ナガサキへの原爆投下が当時の基準で考えても人道上許されるものではないことを彼らは充分承知していたわけです。
だから、ロンドン空爆に使われたドイツのV1,V2ロケットを開発した連中も戦争犯罪に問われていませんし、人類史上最初の非戦闘員に対する無差別空爆であった日本による重慶爆撃の命令者も戦争犯罪に問われていないのですね。

勝者による敗者に対する裁判に正当性がありません。まして、それも事後法による遡及効の問題を持つものに正当性なんてあるはずは無いのですね。

年末調整制度自体は1940年度の戦時体制の日本において導入されたという歴史的事実には留意しておく必要があります。この源泉徴収制度と精緻な年末調整制度が一体となって日本の被用者の大多数を占める給与所得者を税金租界においているのは事実です。
この制度が現時点においてどのように機能しているか、現行の制度を維持することの是非については、簡単に結論を出すことは難しいのですけれど。

1941年末に日米が開戦し、翌1942年2月に税理士制度の元となる税務代理士制度が創設されたというのも、戦争と税金の密接な関係を抜きに考えずにはいられません。

戦費による国家財政の増大は、徴税強化を必要とするわけですが、徴税コストを少なくして徴税強化をいかにして可能とするかということですね。

税理士制度の系譜が胡散臭いものだということだとしても、そのままの制度であっていいはずはないわけで、その歴史的系譜を認識した上であるべき税理士制度論を行うことが必要かと考えるわけです。
などという議論は、アメリカの租税実務家は絶対にしないのですけどね。

国税通則法とドイツ税法との歴史的関連性についても検討する必要があります。

ところで、規制改革の流れの中で国家及び地方公務員に関し、その昇進や昇給の元となる基準を業績によるものとするべしという方向性が打ち出され、それは現実に施行されることが確実となっています。
生産性の評価による業績主義の公務員の勤務評定への導入に関しては、一見、効率的な政府、地方政府と中央政府の双方を成立させるために必要不可欠のように見えます。
問題は、元来、このような成果主義的業績評価になじまない仕事を行っているのが通常の公務員であるという点をどう考えるかということです。

国家公務員に対する成果主義による行跡評価に関しては、具体的にスケジュールが決まって動き出しているようです。公務員が行っている仕事であっても民間企業のような業績評価になじむものもあるでしょうが、そうでないものも多いはずだと考えます。
そして、絶対に業績評価をするに当たり成果主義を用いるべきではないと考えられる部門があります。言うまでも無く、税務に関連する部門です。
課税部門における調査件数、あるいは、増差所得額、増差税額、重加算税賦課件数等、そして徴収部門における滞納処分件数、収納税額等を指標として用いることになりかねず、これらは、絶対に行ってはいけないことだと考えます。

アメリカにおいても、表向きは調査件数等を昇進基準とすることは法によって禁じられてきていたわけですが、現実には、ノルマ主義が横行していました。現在の日本の税務行政においてどのように勤務評定が行われているのかは定かではありませんが、少なくとも成果主義による勤務評定の導入だけは絶対に行ってはいけないものだと考えます。

それから、租税債権の徴収、税金の徴収に関し、これを民間に委託するという案が出てきています。コンビニ納付などというものも利便性が謳われていますが、大きく見るとこの租税債権徴収の民間委託の流れの中にあるものです。

この点に関しても、先行しているアメリカにおいて、徴収税額と徴収コストを比べると徴収コストの方が大きいということが問題化しています。

クルーグマンは、オバマ上院議員が大統領になるだろうと考えているようですが、その経済政策はブッシュと変わらないと失望しているようです。
A Slow-Mo Meltdown
By PAUL KRUGMAN
Published: August 4, 2008

A year ago, as the outlines of the current financial crisis were just becoming clear, I suggested that this crisis, unlike a superficially similar crisis in 1998, wouldn’t end quickly.
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Ben Bernanke and his colleagues at the Federal Reserve have cut the interest rates they control repeatedly since last September. But they haven’t managed to reduce borrowing costs for the private sector. Mortgage rates are about the same as they were last summer, and the interest rates many corporations have to pay have actually gone up. So Fed policy hasn’t done anything to encourage private investment.
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An illustration: if you go to the official Obama Web site and click on the economic issues page, what you see first isn’t a call for change — what you see is a long quote from the candidate extolling the wonders of the free market, which could just as easily have come from a speech by President Bush.

Anyway, back to the economy. I titled that column about the early stages of the financial crisis “Very Scary Things.” A year later, with the crisis still rolling, it’s clear that I was right to be afraid.
http://topics.nytimes.com/top/opinion/editorialsandoped/oped/columnists/paulkrugman/index.html
オバマ候補のHPで表明されている経済政策はブッシュ現大統領と変わらない市場重視の経済政策でどこも違わないと嘆いているのがクルーグマンです。

スローモーションなれど先行きは全く改善の兆しなしという結論です。
FRBが何度金利を下げようと、現実の住宅ローン金利はプライベート・セクターがリスクを撮るのを恐れているので全く下がっていないし、失業率はこの5年間で最悪のところにまでなっていると現状分析しています。
おまけに戦争やってますしね。
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by nk24mdwst | 2008-08-06 12:06 | 音楽

just one more rhyme

夕べも、Leo Kottke を聞きながら寝ました。Mudlark、 Chewing Pineなど、昔、よく聞いたものです。いま、聞いていると、Roy Estrada, Larry Taylor などのベース、Paul Lagos, Kenneth Buttreyがドラムの前者はともかく、Bill Petersonのベース、Bill Berg のドラム、それに Bill Barber がピアノ・キーボードの後者は、彼らが明らかに邪魔です。

30年前には、ドラムとベースなどが加わると、Ry Cooder、Lowell George と同様の流れの中にいる人のように思えました。カントリー・ブルース色は、一見強めだけど、そのような路線で売ろうとされたのかもしれません。
いまは、彼が、全く違うバック・グラウンドから現れた12弦ギターのギタリストで歌もときに歌う人というべきでしょうね。
他人の曲をやらないことはないのですが、彼のインストゥルメンタル曲のほとんどが若干のトラッドをアレンジしたものを除くと基本的に彼の自作だということが案外、重要に思えます。
独特のコードの使い方、彼独自のテクニック、リズム感と曲が一体化しています。
彼の技術を活かすための曲といういい方もできますし、彼の頭の中で鳴っていた音楽をやるために独特の弾き方を編み出したというのも事実でしょう。

John Fahey のナンバーもやっていますから影響下にあるように見えますし、ちょっと聞くとカントリーないしカントリー・ブルース、あるいはブルー・グラスの強い影響下にあるギタリストに聞こえるのですが、少なくとも1970年代の彼の自作曲は、いわゆるホワイト・ブルース・ギタリストなどとは明確な一線を画す独自性があるように聞こえます。

1980年代になってフィンガー・ピッキングの負担を和らげるためにソフト&メロウというか、オーソドックスなギター・テクニシャン風の曲が増えたような気がしないでもないです。

おなじみ投稿サイトに映像がたくさんあるのですね。テレビ出演等をかなりしていたようですから。

Duane Allman のLittle Martha などをやっていますが、軽々とやってみせるのは当然だとして、彼独特の和声を交えています。

話は変わりますが、期間税と遡及効についての議論も大事な論点だと思いますが、8月の季節柄というと不謹慎ですけれど、いわゆる戦争犯罪という事後法の遡及効の問題についてニュルンベルク及び東京裁判の意味、意義を考えてみる価値はあるのだと思います。

どちらの裁判もドキュメンタリー映画が製作されています。ドキュメンタリーという手法の映画にも当然シナリオがあるわけで、実際に起きた事件、事象を写し取ってはいますが、それを映画として提示するときには、製作者の意図が当然反映されます。
ただ、製作者の意図がどこにあろうと、でっち上げ映像を差し込んでない限り、どうしても隠しきれない事物の本性は現れるのだと思います。
もっとも、これらの裁判自体にシナリオが設定されていたということ自体まで見えてきたりするのですが。

「東京裁判」、「ニュルンベルク裁判」の映画自体は、30数年前に見ましたし、最近、何度か見直しもしています。
昨年、ルドルフ・ヘスを題材にしたドキュメンタリーを初めて見る機会がありました。映画「東京裁判」の冒頭で、大川周明が東条英機の頭をポカリとやるシーンがあって、その部分だけでもあの映画は見る価値があると思ったりしていました。
大川周明は戦争犯罪の被告として登場するのですが、かのポカリ事件により、精神に異常を来たしているとして、裁判から完全に外されてしまいます。
彼が本当に精神に異常を来たしていたのかどうかはわかりませんが、ヘスの記録映画を見て、ヘスがニュルンベルク裁判の公判中に取った態度とその背景について少し知ることができ、脚本を壊す可能性のあるものは最初から排除しておかないと拙いという判断が働いたのだと理解できました。

東京裁判というとインドのパール判事が云々ということに良くなっているようですが、パール判事は脇役以下ですね。

どちらの裁判も共通するのは本来主犯として登場すべきであったであろう人物が登場しない(できない)ということが大前提にあったと言う事でしょう。

事後法による遡及による処罰を適正手続論からどのようにして正当化できるのかという点については、否定的にならざるを得ません。

逆に考えなければならないのは、正当化できないものを正当化することによって守られたものは何か。守られたものは、戦勝国にとって必要であっただけではなく、敗戦国にとっても必要だったのではないかというようなことがずっと私の疑問として残っています。というくらいにしておかないとと。なにせ、問題がセンシティヴですから。

平和に対する犯罪、戦争犯罪という概念を戦争終結後、戦争に勝った国が作り出し、それによって負けた国の「戦争指導者であったとして特定された人」を裁くことの法手続的適正性の問題が先ず、あります。

仮に、上記の法的適正性を認めたとして(私が個人的に上記の裁判の合法性を単純に認めているということではありません。)、戦争犯罪人として法廷に引きずり出された人たちは、本来そのような罪で裁かれるべき人だったかどうかという点についても検討されるべきでしょう。

元へ戻るかもしれませんが、まず、ニュルンベルク裁判、東京裁判の法的正当性について検討される必要が当然あります。
次に、実際に裁判自体は行われているわけですから、その裁判における訴訟手続自体が適正手続原則に適合しているかどうかという問題があります。
次いで、被告として裁判を受けた人たちは、本当に被告とされるべきだったかという問題があります。さらに、最大の問題は、被告とされるべきだったのは彼らだけだったのか(当然、被告とされるべきではなかった人もいるのではないかという議論と表裏一体です。)という問題があります。

私は、当時の日本の戦争指導者とされた人たちをなんら擁護する考えは持ちませんが、東京裁判自体は本来、被告としてその責任の有無を追及されるべき人物を最初から除外していたという点において、大きな問題があると考えています。

平和に対する罪などというものは、ニュルンベルク裁判以前には存在しない概念だったわけですが、それ以前においても少なくとも非戦闘員に対する無差別攻撃は戦争犯罪であるという概念は確立していたはずです。

ここで問題となるのは何かというと、ナチス・ドイツによるロンドン空爆、日本軍による重慶爆撃が先行するわけですが、はるかに大規模かつ計画的に行われた連合軍における例えばドレスデン空爆、東京大空襲その他日本の大都市空爆、そしてヒロシマ、ナガサキへの原爆投下についてです。

仕事場で今日は、Richard Thompson が流れていますが、イギリスのトラッドって戦争の歌ばかりです。

租税は文明の対価であるといういい方が正しいかどうか。
文明という言葉を多元的に理解するかどうかで決定的に違ってくるはずです。
文明を多元的に理解するなら戦争は起きず、戦争のための費用をまかなうための租税も不要ということになりますからね。
Oliver Wendell Holmes, Jr. 連邦最高裁判事は、アメリカが大陸国家化しミシシッピ以西でジェノサイドをやった時代を生きている人ですからね。

リチャード・トンプソンのギターの弾き語りを聞きながら、Whiz Kid だった彼は、ちゃんと立派な男性になっているのですね。右手の小指で引いてる音が聞こえます。Bert Jansch は、昔は、ギタリストだと思っていましたが、彼はシンガー・ソング・ライターというべきだと。トンプソンの方がはるかに歌もギターも安定しています。
まあ、ジャンチの独特のふらつきに魅力はあるのですが。

ついでに返す刀で、James Blood Ulmer しゃんとしろ、ジミヘンと同い年だろうがと。昔、Are You Glad To Be In America? にぶっ飛んだことがあったのですが、まあ、あの頃の私が変だったのは事実だし、彼のギターが心地よく聞こえたという方が間違い。
最近の体たらくを見ていると、ギターのチューニングもまともにできないへたっぴといわれてもしょうがない。

だって、まともに年、食ってもやってるやつはやってますから。そうです、中日の山本昌のことです。
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by nk24mdwst | 2008-08-05 12:53 | 音楽

we know you can go through this again

Leo Kottke を三晩続けて聞いてます。

1970年代の初め、地方にも輸入盤が出回るようになったのですが、安売りの棚にごそっと彼のLPがあったのを目にしました。
ギタリストとして名前だけ知っていましたが、聞いたことがなく、どれにしようかと思ったわけです。ジャケットの彼の若々しい顔が気に入って買ったのが'Mudlark’でした。
このアルバムでは、本来、ギター・ソロ・インストゥルメンタルに専念していたコットキは、ピアノ、ベース、ドラムのバックをつけている曲が少なくありません。また、歌っている曲もあります。また、ギターのオーヴァー・ダブもやっています。
このアルバムを彼の経歴の中でどう位置づけるかということに関しては、20年前と今日では異なっているようです。

Ry Cooder の延長線上のギタリストじゃないかと思って私は聞き始めたのですが、少なくともこのアルバムでは、どうやって弾いているのか想像がつかない演奏をしているものの、Eight Miles High とかBoulee などもやっていて、 ジミながら聞きやすいアルバムだなと思ったのを記憶しています。

1969年の’6 and 12 String Guitar’ が初期のもっとも有名なアルバムです。
このアルバムに、後年の彼のすべてがすでに存在しています。聞きなおすと昔、荒削りで若干、走り気味だと聞こえる部分があるのは事実です。チューニングが若干甘いと感じるところも少しあります。

今振り返って考えると、これらはすべてレコーディングになれていなかったこと、時間その他のプレッシャーがあって余裕がなかったせいかと思われます。逆に、ベースもドラムもいなくて基本的に12弦ギターをボトル・ネックを交えながら、必ずしもブルース・チューンでない曲をやっているにもかかわらず、強力なバック・ビート、ドライブ感を感じさせる演奏です。

後年彼は、右手を痛め、奏法をオーソドックスなスタイルに変えたわけですが、One Guitar, No Vocals (1999)では、リラックスしたギター名人風の演奏になっています。
彼の歌と語りの楽しさは、ライブ・アルバムを聞けばよく感じ取れます。

レコードを聞いてどうやって弾いているのかわからないギタリストが何人かいます。
まず、Robert Johnson, Django Reinhardt そしてLeo Kottkeというあたりがわかりませんでした。
ロバート・ジョンソンのスライドとフィンガー・ピッキングを織り交ぜて弾いているのは聞いていてわかるわけですが、どうやってできるのかというのが不思議でなりませんでした。
ライ・クーダー・スタイルならあんなにスムーズには弾けませんし、練習したら何とかなるとはいいませんが、スライド奏法にしろ、フィンガー・ピッキングにしろ、あるいは、オープン・チューニングにしろ理解できます。
ボトル・ネックをやるときは、他の弦をどうミュートするかが腕の見せ所ですが、彼ほど鋭い音を出せ、ミュートが上手い人はいないと思います。それと、彼の生活のための仕事で求められたのは、彼のトーンやフレージングですし、ソロ・アルバムでは正統派アメリカ古典音楽を探るというスタイルです。

大西洋を隔てて同じようなポジションにいるのは、フィンガー・ピッキングでBert Jansch、スライドでElmore James しかやらないけど、Jeremy Spencer だということにしておきます。

ジャンゴ・ラインハルトがどうやって弾いてるかわからないと感じるのは、彼の左手に指の欠損があることをなまじ知っているからで、理解できないと感じるのです。

ロバート・ジョンソンは、基本的にオープン・チューニングですが、最近になって映像でWarren Haynes(薬指にスライダー)、Derek Trucks(Duane Allman 同様小指にスライダー)、それから、ちょっと古い画ですが、Rory Gallagher(小指スライダー)といった皆さんが、ナチュラルな意思オープン・チューニングでいとも簡単に、スライダーをはめたまま、左手のスライダーをはめていない指でフィンがリングするのを目にし、ジョンソンのマジックが可能だということがわかりました。

ロバート・ジョンソンの場合は当時の伝統とかけ離れたことをやったこと、さらに、直接の影響を受けたミュージシャンは60年代の白人ブルース・ギタリストたちまで現れなかったことという点に注意が要りますけれど、やってやれないことはわかりました。

ただ、薬指スライダーでフィンガリングを決めるウォーレン・へインズは、腕力を感じます。

同様のことをコットキもやっていたわけですが、馬鹿でかい12弦ギターで単なる速弾きではなく、音に表情をつけ、どう考えても出せない音階を使うのがやっぱり不思議でした。
単なるオープン・チューニングではなく、様々な変則チューニングを併用していたのだと思いますが。いずれにしろ、馬鹿でかい手と繊細な神経、さらに強力な腕力・・・彼の場合は右手にも負担をかけていますが・・・がないと誰も真似ができない音楽です。
指から血を流しながら演奏を続けるギタリストなんていませんから。

コットキは、Embryonic Journeyもやっていますが、これはJefferson Airplane のアルバムに入ってますけど、Jorma Kaukonen の曲というべきです。コーコネンの方がはるかにオーソドックスなスタイルを学んだ人なのだとわかります。

John Fahey は、自らフェイクを演じているのはいいですけれど、演奏自体は、技術はともかく、聞いて楽しいものには感じられません。
Peter Lang の方がまだ楽しい。世代的に若いからといっても、へインズより年上ですが。

あと、Sandy Bull ですかね。

演奏技術が音楽に制約を持たせるのか、新たな音楽を求めて新たな演奏法が生まれるのか。
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by nk24mdwst | 2008-08-01 14:16 | その他