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everthing changing, what about me?

晴天ですが、天が落ちてきたかと思われる日があることを知りました。

天が落ちるというのは日本的ではないですね。地の底が抜けた。変わらないか。

当初の予定が全て狂い、明日の予定も狂い、明後日も来週の予定も全部狂い、一体なんでこうなるのか。
このブログでわかるように綿密に予定を立てて行動するタイプではないので、予定が狂いという前提の予定自体が存在しないのです。

論理が全く通らない文章ですね。書いて気づいたのですが、思いつきで書いているから残しておくことに。読まされるほうはたまったものじゃないですね。

自分のまいた種が出てきた。それも悪い種が全部一度に。
種が悪いのじゃなくて、水をやらなかった私が悪い。
水をやらないのになぜ、種が出てきたのか。種なんか出てきませんね。種から出てくるのは芽です。木の芽時は要注意。

足指を骨折したから頭が疲れたということなのでしょう。頑張ってきたつもりでも、頑張りが足りないのでしょう。

どのようなことが起きると精神的なダメージを受けるかということは、一般的常識で言うところのことの重大さとは必ずしも比例しないようですね。

お昼なのに、目が開かなくなってきました。
食欲ないけど昼食食べないと。

昨日の晩、眠れない音楽を聞いたのが悪かったです。Lowell George & The Factory のLightning-Rod Man(ハーマン・メルヴィルからいただいたタイトル。高校で読まされたんでしょうか。)を聞いていました。
15曲入りですが、最初の10曲と後の5曲は、録音時期が違います。タイトル曲は、FZがプロデュースしたデモ・トラックです。これは、Diddy Waddy と同じコード進行で、ロウェルがCaptain と同様のだみ声で歌っています。
Little Feat のファースト・アルバムで聞ける声です。

あとの9曲は、ガレージ・フォーク・パンクという表現でしょうか。1960年代半ばのフォーク・ロックとサイケデリックの中間の時期のハリウッドの音です。
一応、メンバーとしては、Martin Kibee(A.K.A. Fred Martin)がベース、ドラムがRichie Hayward となっていますが、ブラスやフルートの聞こえる曲もあります。
ロウェルは高校で管楽器をやっていたので彼がダビングしたと主張してもいいのですが、わかりません。プロがやったにしてはそれほど上手くもないし。

ここで聞ける音楽は、冒頭の一曲以外は、Buffallo Springfield かTutles その他と同様の音です。
気を悪くする人がいるかもしれませんが、Beach Boys、Byrds などと同じ傾向の音楽です。Sons Of Champlin, Spirit, Love と同類です。個人的にはサンズだなと思いました。

ただ、仕上がり具合なのですが、曲は、まあ当時のこの手のバンドの曲としては普通だとしても、演奏レベルが低いのでガレージ・バンドが本当にやっているのかと思います。走り出すドラムが気持ち悪くて眠れませんでした。後の5曲がおまけなのでしょうが、こちらはステレオ、ドラムはしゃんとしています。

Dallas Taylor が前任でリッチー・ヘイワードだというのですがどうでしょう。リトル・フィートのデヴュー・アルバムのドラムをやっているのが全部リッチー・ヘイワードだということがいえるのなら、後半の5曲はリッチー・ヘイワードでしょう。その前はへただったけど上達したとは考えられない演奏です。
技術の問題ではないからです。私はドラム・ストゥールに座った事はありませんが、別人だと思います。ドラムが二人いるのもあるし。

ロウェルの名前を出して売ろうとしたのは後年のレコード会社なので、これはファクトリーというバンドであってヴォーカリストがロウェルだったというだけですね。ただし、後半の5曲は、フィートとの連続性があります。
Crack in Your Door、Teenage Nervous Breakdown、Framed、Juliette というのが最後の四曲。これらは、フィートのレパートリーになりましたがここでのヴァージョンの方が新鮮です。
特に、どれもテンポが違います。
ここでゆっくりやっている曲、例えば10代精神不安定ですが、フィーとのヴァージョンは4倍速です。それと、ジュリエットは、変な感情移入がなくて非常に斬新に聞こえます。
ロウェルがやる気をなくしたリトル・フィートは出来損ないフュージョン・バンドに成り下がりますが、もし肯定的にフュージョンを捉えることができる曲を一曲上げろといわれれば、これですね。

これも変な言い方です。基本的に、フュージョンを肯定的には私は捉えない。ファクトリーのヴァージョンのジュリエットはフュージョンなどというカテゴリーには全く関係がない。いずれにしろ、私の好みの曲である。リトル・フィートのヴァージョンは甘すぎて駄目。
しかして、何をもってフュージョンというか。確か髭剃りにフュージョンとかいうのがありましたっけ。

日本ではシックの方がシェアが大きいのかもしれませんが、ジレットの方が会社としては大きかったような記憶があります。最近は、ずっとジレットですね。

フュージョンは、fusion と同じなのかどうかわかりません。音楽についていえば、純粋なブルース、あるいは、他のジャンルの音楽との折衷型としてのブルースとかという細分化に意味があるかどうか。

もう、脱線していきますが、例えば、ジャズ・ロックという言葉がありました。過去形が正しいのでしょう。
jazz rock と書いてみることにします。このジャズ・ロックというのは何を指すのでしょう。
ジャズ風のロックなのか、ロック風のジャズなのか。あるいは、ジャズ・ミュージシャンがやるロックか、ロック・ミュージシャンがやるジャズなのか。
さらに、これの順列組み合わせでジャズ・ミュージシャンがやるジャズ風ロック、ないし、ロック風ジャズなのか、あるいは、ロック・ミュージシャンがやるジャズ風ロック、ロック風ジャズなのか。

少なくともミュージシャンの出自というと変ですが、バック・グラウンドないし表に名前を出ているところを起点に話を始めると話は、意味無く混乱します。
つまり、1960年代の前半から後半にかけてのハリウッド・スタジオ・ミュージシャンの名前が後年、有名になるわけです。リアル・タイムでは基本的に表には彼らの名前は出ていなかったわけですが、充分に優れた演奏をしてそれに見合う報酬を得ていたのでそれでよかったということでしょう。
このスタジオの手練れのみなさん方はグレン・キャンベルのようにカントリーを根っこに持つ人もいますが、譜面を初見で演奏できることが当然とされていたことと関連を持たせようが持たせまいが、いわゆるウェスト・コースト・ジャズ・シーンで活躍した人や、もともとビー・バップやっていた人が主流だったわけです。
というわけで、ジャズの素養を持った人や、ジャズでも稼いでいる人が演奏しているからといってサーフ・ミュージックをジャズ・ミュージシャンがやっているロックだからジャズ・ロックだと定義したら、それこそ四方八方から石礫が飛んでくる?!こんな、分裂ブログだれも相手にしていないので気にしないことにしましょう。
自分で書いてきていやになりました。止めます。

この命題が個人的に区切りをつける必要性があると感じているのは事実で、それは、二人のベーシストの位置づけを考えているからです。Jack Bruce とDanny Thompson がその二人なので、ロスの音楽シーンとはあまり関係がありません。

前の10曲は2Aクラス、あとの5曲は、誰かはわかりませんがリーグが違う。ドラマーの話です。

止せばいいのにこのあと、The Rising Sons などを聞き始めたもので。
Kevin Kellyだとされているドラマーは悪くないです。10代後半のRy Cooder が神童ぶりを発揮しています。というか、かわいげの無いプロフェッショナルな演奏をしています。
このバンドを率いるTaj Mahal はアフロ・アメリカンですがいわゆるブルースを生活の背景に持つ人ではなくて音楽理論を学んだ人というべきです。ですから、彼の音楽スタイルは、Pete Seger ほどの似非ピュアリストとは違いますが、ブルースをはじめとする音楽を研究するという立場でいえば、FZやCaptain, Peter Green などよりも論理的なアプローチをしている人ですね。だから、そこで当たられた素材を速攻で料理して見せたライは偉いと思います。

ライの後釜がJesse Ed Davis ということになります。彼は、オクラホマの出身でLeon Russell がバーで演奏しているのを覗き見しに来ていたとLevon Helmが語っているひとです。アメリカン・ネイティブですが、この人も大学で音楽を勉強した口なのですね。

まともの高校へ行かずにバイクを壊してばかりいた、12歳から接着剤を吸っていたDuane Allman とは違います。ただ、このRising Sons がやっているStatesboro Blues がABBのオープニン・テーマにそのままなるのだから不思議です。

思い出したので書いておきますが、オールマン兄弟がロスに呼ばれてHourglassとしてレコーディングした音楽は、ファクトリーの音楽と同じような路線ですね。ファクトリーはガレージっぽいというべきですが、曲にGreg Allman のものよりひねりがかなり利いています。
演奏自体は、アワーグラスの方が、ちゃんとしたプロが演奏していると感じますけれど。

デモをFZに頼み、その中身がCBの二番煎じプラスアルファだったらだれも契約しなかったのもしょうがないでしょう。
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by nk24mdwst | 2008-12-04 13:06 | その他

can you see the sky's falling?

1930年代の不況が以下に大変だったかという詩です。

      The Depression of the 1930's

The depression of the 1930's was the time of my childhood days,
There were a lot of worries and hardships in many ways.
Whatever time people could spare, they would help each other out,
Bad times also came when there was a draught.

The depression of the 1930's our parents would help make quilts of all kinds,
They would work long hours, day and night, it was alot on their minds.
Fathers would work on the W.P.A. just to make ends meet,
Breaking stones was very hard work, some of them fell to their feet.

The depression of the 1930's there were problems about work, severe
winters and war,
People never know from day to day what may be in store,
There were children of all ages, sick with an illness,
Some of them passed away with the long nights of stillness.
The depression of the 1930's made it bad for all ages,
Work was scare, there was pay of low wages.
During the depression, we all learned how to survive,
A lot of people shared the hardships by showing love and being alive.

The depression of the 1930's will be in my heart for the rest of my life,
I, Margaret L. Hockenberry, now Margaret l. Rodkey lived in those hardships
of struggle and strife
My parents were loving and caring in every way,
They taught me to respect people and show them we care.

Margaret Rodkey という人が書いています。

この詩の登場人物は、普通の人たちです。日々の生活、食料、仕事、病気に苦しむ普通の人たちです。
教科書的教訓をたれたいわけではありませんが、以下の一節

During the depression, we all learned how to survive,
A lot of people shared the hardships by showing love and being alive.

キーワードは、share だと思います。

余計な一言ですが、資本の集中というか富の集中が本当に起きるのは好況時ではなくて、不況時です。要するに本当の金持ちは、借金をして摩ることがないので不況で資産価格が暴落したときがチャンスというわけです。
日本でも江戸時代以来の米価の高低と景気の動向は一致し、地方の〇〇家といったいわゆる豪農、豪商へ見学に行くと、その家がどの時代に資産を集積したかが一目でわかります。
天保、天明の飢饉などというとき、あるいは、大正時代の米騒動、あるいは、昭和初期の不況時に巨額の富を蓄えるようになるのですね。

1929年にウォール街で株の暴落が起こるわけですが、実際に不況が深刻化するのは1930年代にはいってからです。
1930年代になって、世界中が保護貿易主義を取り出しいっぺんに世界経済の縮小が起こるわけですが、良い悪いは別にして、国が主導権を握って経済をコントロールしだして最初に復活したのは、ヒトラーのドイツと日本、それと、経済体制の違う旧ソ連ということになります。
テディ・ローズベルトが出てきてニュー・ディールをやりだし、アメリカ経済も上向き始めたところで、ローズベルトは金融引締めをやってしまい、1934年に二番底を打つということになり、アメリカ経済は世界大戦に参戦することによってやっと体力を回復するというわけです。

1934年のワールド・シリーズ優勝チームがセント・ルイス・カージナルスだったというのはどういう意味があるのかなどと考えるのは私だけでしょう。
ちょうどこの時代に、モダン・ブルース、モダン・ジャズ、ブルー・グラスの芽吹くというのも事実ですが。

ニュー・ディーラーは、突然出てきたわけではなくて、裸の資本主義の結末である1930年代を経験し、アメリカは戦争と虚構としての冷戦によってそれを脱却したのだと私は思いますが、いずれにしろ、若い頃に社会の惨状を目の当たりにしたから、1945年の戦争終結後もアメリカにおける所得格差の是正、市場原理主義に対する規制体制が維持されたのだと思っています。
基本的に、建国以来、政府による経済介入を嫌うアメリカにおいて、政府が経済に関与することができたのは戦時体制があったからです。
どうようのことは、戦後日本にもいえるということを、榊原・野口論文が1980年代初頭に指摘していますね。

ジェネレーションというのは30年だと思いますから、世代交代が起きて70年代中頃から振り子が反対に触れだすわけですね。

アメリカを中心とする世界全体に対する市場経済万能主義的原理主義が破綻しようとしているわけです。この金融資本主義は、何度か危機的な状況があったと思うのですが上手くすり抜けてきたようです。
一つの転機というのは1985年のプラザ合意なのだと思います。それと1989年の冷戦終結。
プラザ合意はアメリカの敗北であり、冷戦終結は旧ソ連邦の敗北だったと位置づけられないのかな。

現在の信用不安というのは1980年代のアメリカ国内のレーガン政権下で不動産バブルが弾け、S&L危機になったこと、それと、ジャンク・ボンドでミルケンがドレクセル・バーナム・ランベールを潰したことという教訓を糧にして、世界中に伝染させてみたらどうなるかということをやっただけなのじゃないかというと、誰かを誹謗中傷していることになるか。

余談、偏見、憶測に基づき、実証的な、つまり統計等の数値を用いて論理構成していないので戯言にしか過ぎませんが。

今朝の日経の経済教室は、大したことを書いてなかったと思いますが、あそこにアメリカにおける不動産担保ないし派生証券商品残高とアメリカの預金残高が書いてあったと思います。
アメリカの家計は債務超過ですから預金残高の方が少ないわけですが、この差額を1兆ドルと書いてあったと思います。
この手の統計数値は、ちょっとどこかで調べなければいけませんが、貸借対照表原理からいえば、アメリカのこのバランスシートの債務超過分を世界の国が債権として持っていて、それは価値がないということになっちゃったという理解になるのかな。

世界中が100兆円余りをアメリカに貸してそれが貸し倒れたという理解は、非常に短絡的ではありますが、当たらずとも遠からず・・・だったら嫌だな。

エーット、夕べは、FZのアポストロフィを聞きました。30分プラスの演奏時間ですが、終わったなと思ったところで眠りました。

このアルバムのタイトル曲は、FZ、Jim Gordon, Jack Bruce がやってますが、これは失敗ですね。ベースがでしゃばりすぎ。FZがクリームの真似をしたらやっぱりだめだったというあたりでしょうか。
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by nk24mdwst | 2008-09-24 15:50 | Poetry