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What did I do on Dec. 24?

12月は、毎日、書いていたのに、24日は休んだ理由を忘れないように。

クリスマス・イヴにもかかわらず、朝一で東京へ行き、午後の研究会までの時間を羽田のレストランで飯を食いながら原稿書きをして過ごす。厳密にいうと他人の原稿に手を入れていたわけで。

しかし、同じときに同じところにいても、人それぞれ見方、感じ方が違うということを再認識。専門知識、予備知識があるなしという問題もありますが、感性の違いはやはりある。生半可な知識が無い方が、直感的に真実を見つけることにつながることもあるかなと。

午後は、研究会、その後、忘年会、二次会でホテルに帰ったら日付が変わっていました。

研究会で面白かったのは、財政学の先生の放った一言、「今年の税調答申は悪文だ。」というものです。税調答申内容の是非、賛否は、個人の価値観、立場で異なるので触れないことにしますが、悪文なのは間違いないです。

なぜ、悪文か。要するに日本語の体をなしていない、意味不明であるということですね。意図してか否かは別にして、公式文書が意味不明、理解不能というのが日本の現状ですか。

与太話でしか応じられない私は、「そもそも日本語の力自体が落ちたのではないか。NHKのニュースもひどい言葉づかいをしている。大体、群馬県と茨城県を地図で間違えるほどだし」と。

アメリカでは、ロー・スクールでリーガル・ライティングを教えているので、法律家の文書は、読みやすいと感じます、日本の裁判官のそれに比べて。

別にアメリカの司法システムが日本のシステムより勝れているなぞと大それたことは言うつもりはありません。アメリカにおいて法律家は、弁護士、検察官、判事、あるいは、行政府ないし議員、議会における立法助言者としての役割を果たしているわけです。

日本の法律家とアメリカの法律家の違いは、思考過程が全く違うということです。かの国においては、法律家は、それぞれそのときの立場において、自分が代理人を勤める依頼者にとって最もよい結果=それが自分の報酬、キャリア・アップにつながる=になるよう、先行判例、証拠等を積重ねて結論を導き出そうとするように訓練されています。

社会は、こうあるべき、真実はこうあるべきなどということは、それが例えば訴訟等で有益だと判断すれば言うでしょうが、「べき」論では議論しないのですね。結論へ直線的に最短でいける論理を探す。お互いにその論理を振りかざしけんかをするのですね。

日本の裁判官の判決文によくあるのですが、結論は決まってしまっているわけです。それが事実か、あるいは、裁判官の良心そのものであるかどうかとは別に、です。日本の場合は、アメリカのように終身身分保障された判事はいないわけですから。ただ、良心の呵責というといいすぎかもしれませんが、前段、前振り、その他でもってさも善人、物分りのよさそうな振りをして延々長講釈した後、論理が急展開して、判決に行ってしまうのですね。

租税訴訟がそうですが、行政訴訟においては、特にその傾向が強いと感じます。それから、日本における刑事訴訟の本質は、究極の行政訴訟ではないかと勝手に考えていますが。
by nk24mdwst | 2007-12-28 17:29 | 租税訴訟