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2008年 08月 06日 ( 1 )

a vicious triangle

Richard Thompson を今日も聞いています。Grizzley Man のサウンド・トラックに差し掛かっています。
映画が映画ですから、内省的なギターのソロ・インストが続くわけで万人向けじゃないですね。内省的を通り越して陰鬱な曲もありますが、カントリー・タッチの曲は、少し明るめかな。
最近は、割合簡単に実演の映像をネットで見たりすることができますが、昔は、レコードで音だけ聞いてどうやって弾いているんだろうと想像して、コピーしようとしても指が届かないなどと思ったものです。

Leo Kottke なんかは、手の大きさと指の力自体の強さが武器でしょうか。
スライダーを小指にはめて、残りの人差し指、中指、薬指でフィンガリングするのは、力技です。重いスライダーをどこへもぶつけずにフィンガリングするのは大変です。
もっとも、ブルース・ギタリストやロック・ギタリストでコードを弾くとき以外、左手の小指を使わない(使えない)人って、昔は少なからずいたように思いますが、わたしは、別にギターが上手かったとは思いませんが、小指にスライダーをはめているのが小指の訓練になって、小指でもベンドができました。
コットキのように、左手の親指まで動員するのは、やはり手が大きくないと。

どこかの幹事長が、ある政党に関してナチスをたとえに用いたなんていうのは、ちょっと常識を疑います。
「普通の国」だったら、議会第一党の幹事長という立場が軽々にナチスに言及することは、直ぐに自らの椅子を失うことになるのだと思いますが。失うのはおそらく椅子だけではなく、政治生命そのものだと。

東京裁判史観がどうこうなんていう人もいるのでしょうが、そんなことは別に、ニュルンベルク裁判とか東京裁判というのは、結果的に誰が誰のためにやったものという歴史的評価が下されるべきなのかということ自体は疑問が解けません。

まあ、戦争は人の命も奪いますが、先ず、金がかかります。特に近代戦争は、機械による戦争ですからなおさらです。
金は、租税国家ですから税金で集めることになります。戦時債を発行したとしてもその返済は税金によってなされます。
国民国家の成立が、一般大衆の直接的な利権とは本来結びついていないはずの徴兵による大量動員体制にもとづく戦争を可能にしたというのは皮肉な逆説だと思いますが、戦争と税金の話に戻しましょう。

日本における給与所得者は、源泉徴収制度(これ自体は、アメリカその他世界各国にあります。)と日本特有の年末調整制度によって国税に関する課税関係が原則として完結し、賦課課税方式をとっている地方住民税に関しても特別徴収制度によって、なんら納税者としての地位を与えられていないのが現在の日本の状況です。
この、年末調整制度の廃止は、敗戦直後、アメリカから、日本へやってきて詳細な租税に関する調査を行ったシャウプ調査団によるシャウプ勧告においても早急に廃止することが勧められています。

当時コロンビア大学の新進気鋭の財政学者だったシャウプ博士を筆頭に当時日本へやってきたのは、おそらく現在のアメリカどころか日本の民主党の一番左側の人たちよりもリベラルなニュー・ディーラーだったわけです。
それから、経済学者としてどの程度評価すべき人物なのかはわかりませんが、ジョン・ケネス・ガルブレスも敗戦直後の日本へ来て調査をしています。いわゆる戦略的爆撃調査班としてです。
つまり、非戦闘員である一般大衆、市民が住む東京の下町への空襲がどのような戦略的効果を上げたかを調査するためにやってきていたということです。
リベラルなガルブレスも出自は、そこにあるわけで、北爆とベトナム戦争を指導したマクナマラも同じ流れにいるわけですね。

東京大空襲、非武装都市であったドレスデン空爆、それからヒロシマ、ナガサキへの原爆投下が当時の基準で考えても人道上許されるものではないことを彼らは充分承知していたわけです。
だから、ロンドン空爆に使われたドイツのV1,V2ロケットを開発した連中も戦争犯罪に問われていませんし、人類史上最初の非戦闘員に対する無差別空爆であった日本による重慶爆撃の命令者も戦争犯罪に問われていないのですね。

勝者による敗者に対する裁判に正当性がありません。まして、それも事後法による遡及効の問題を持つものに正当性なんてあるはずは無いのですね。

年末調整制度自体は1940年度の戦時体制の日本において導入されたという歴史的事実には留意しておく必要があります。この源泉徴収制度と精緻な年末調整制度が一体となって日本の被用者の大多数を占める給与所得者を税金租界においているのは事実です。
この制度が現時点においてどのように機能しているか、現行の制度を維持することの是非については、簡単に結論を出すことは難しいのですけれど。

1941年末に日米が開戦し、翌1942年2月に税理士制度の元となる税務代理士制度が創設されたというのも、戦争と税金の密接な関係を抜きに考えずにはいられません。

戦費による国家財政の増大は、徴税強化を必要とするわけですが、徴税コストを少なくして徴税強化をいかにして可能とするかということですね。

税理士制度の系譜が胡散臭いものだということだとしても、そのままの制度であっていいはずはないわけで、その歴史的系譜を認識した上であるべき税理士制度論を行うことが必要かと考えるわけです。
などという議論は、アメリカの租税実務家は絶対にしないのですけどね。

国税通則法とドイツ税法との歴史的関連性についても検討する必要があります。

ところで、規制改革の流れの中で国家及び地方公務員に関し、その昇進や昇給の元となる基準を業績によるものとするべしという方向性が打ち出され、それは現実に施行されることが確実となっています。
生産性の評価による業績主義の公務員の勤務評定への導入に関しては、一見、効率的な政府、地方政府と中央政府の双方を成立させるために必要不可欠のように見えます。
問題は、元来、このような成果主義的業績評価になじまない仕事を行っているのが通常の公務員であるという点をどう考えるかということです。

国家公務員に対する成果主義による行跡評価に関しては、具体的にスケジュールが決まって動き出しているようです。公務員が行っている仕事であっても民間企業のような業績評価になじむものもあるでしょうが、そうでないものも多いはずだと考えます。
そして、絶対に業績評価をするに当たり成果主義を用いるべきではないと考えられる部門があります。言うまでも無く、税務に関連する部門です。
課税部門における調査件数、あるいは、増差所得額、増差税額、重加算税賦課件数等、そして徴収部門における滞納処分件数、収納税額等を指標として用いることになりかねず、これらは、絶対に行ってはいけないことだと考えます。

アメリカにおいても、表向きは調査件数等を昇進基準とすることは法によって禁じられてきていたわけですが、現実には、ノルマ主義が横行していました。現在の日本の税務行政においてどのように勤務評定が行われているのかは定かではありませんが、少なくとも成果主義による勤務評定の導入だけは絶対に行ってはいけないものだと考えます。

それから、租税債権の徴収、税金の徴収に関し、これを民間に委託するという案が出てきています。コンビニ納付などというものも利便性が謳われていますが、大きく見るとこの租税債権徴収の民間委託の流れの中にあるものです。

この点に関しても、先行しているアメリカにおいて、徴収税額と徴収コストを比べると徴収コストの方が大きいということが問題化しています。

クルーグマンは、オバマ上院議員が大統領になるだろうと考えているようですが、その経済政策はブッシュと変わらないと失望しているようです。
A Slow-Mo Meltdown
By PAUL KRUGMAN
Published: August 4, 2008

A year ago, as the outlines of the current financial crisis were just becoming clear, I suggested that this crisis, unlike a superficially similar crisis in 1998, wouldn’t end quickly.
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Ben Bernanke and his colleagues at the Federal Reserve have cut the interest rates they control repeatedly since last September. But they haven’t managed to reduce borrowing costs for the private sector. Mortgage rates are about the same as they were last summer, and the interest rates many corporations have to pay have actually gone up. So Fed policy hasn’t done anything to encourage private investment.
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An illustration: if you go to the official Obama Web site and click on the economic issues page, what you see first isn’t a call for change — what you see is a long quote from the candidate extolling the wonders of the free market, which could just as easily have come from a speech by President Bush.

Anyway, back to the economy. I titled that column about the early stages of the financial crisis “Very Scary Things.” A year later, with the crisis still rolling, it’s clear that I was right to be afraid.
http://topics.nytimes.com/top/opinion/editorialsandoped/oped/columnists/paulkrugman/index.html
オバマ候補のHPで表明されている経済政策はブッシュ現大統領と変わらない市場重視の経済政策でどこも違わないと嘆いているのがクルーグマンです。

スローモーションなれど先行きは全く改善の兆しなしという結論です。
FRBが何度金利を下げようと、現実の住宅ローン金利はプライベート・セクターがリスクを撮るのを恐れているので全く下がっていないし、失業率はこの5年間で最悪のところにまでなっていると現状分析しています。
おまけに戦争やってますしね。
by nk24mdwst | 2008-08-06 12:06 | 音楽