who knows when the sky's stop falling?

きょうは、秋の彼岸の中日。
午前中、墓参りをしてきました。思い起こすと、いつもは、家族そろってお彼岸は墓参り、その後食事、アルコールも少し飲むのだと。
だから、祭日も基本的に仕事なのですが、お彼岸だけはそうじゃなかったなと思ったわけです。
きょうは、昼のビールなしです。

風の音にもなんとやら、ですが、さすがに9月になって、皆さんも雲行きが怪しいと感じ出したようで人手が少ないですね。
私は狼少年になった方がいいのですが、どうもそうではなさそうです。

今日も、Dan Penn です。

ジョージアとかテネシーあたりは、やはりカントリー・ステーションだけではなく、ブルースやR&B、言うところのBama Sound のAMラジオ番組が聴けたというのが大きいのでしょうね。
大気の状態がよければ、オンタリオまで届いたという話ですし。

ウェスト・コーストまでは、さすがにロッキーがあるので届かなかった。

The Dillards は、ウェスト・コーストのブルー・グラス・バンドとしてラジオで人気を博したわけです。彼らがカントリー・ロック揺籃期に果たした役割を過大評価するつもりは無いですが、結節点に位置していたバンド群のひとつだったのでしょう。

メンバーは、Douglas "Doug" Dillard、 Rodney "Rod" Dillard 、 Dean Webb、 Mitch Jayne で、それぞれバンジョー、ギター、マンドリン、ベースを弾きながら歌っておしゃべりするわけです。
ラジオ・ライブを聞くと、強烈なサザン・ダイアレクトで話しているのですが、この連中、中西部の出身なんですよね。アーカンソーでは何とかって話してるんですが。
要するに、ハリウッド製の南部白人ブルー・カラーを演じているというわけです。

ウサギとカメの話でもしようと思ったのですが。

ウサギはなぜ、カメを中傷したのか。馬鹿にする必然なんて無い。まして、競争する必然も。
逆に、カメはなぜ挑戦したか。
まともに競争して勝てると思ったのか。だったら本当に馬鹿です。
あるいは、策略でウサギが必ず眠るような仕掛けがあったのか。
ウサギはなぜ山の麓で眠ったのか。

星新一にウサギとカメの話をネタにした「眠りウサギ」という短編がありますが、笑えません。

蛇足ですが、ウサギだって捕食動物に追われる身ですよ。カメなんかと競争している暇があるはずが無い。

なぜ、山の麓で眠くなるのか。

これは、我が身を振り返ると他人事ではなく、今の社会を見ても他人事ではないように思えます。
ただし、この山の麓で眠ることを否定的に捉える必要は全くないのだと思います。

今朝の日経の経済教室で現下の金融危機について行天豊雄氏がバブル崩壊について書いていました。
現状をいくつかの要素に分けて分析していました。既に出ている見方に関しては、特にここでメモしておく必要は感じないのですが一点だけ、興味深い見解が示されていたので、それだけ。

冷戦崩壊後、中国、東南アジア、さらにインドが経済的に離陸し、それらの国の無尽蔵と思える労働力は、労働価格の上昇を産むことなく、結果的に労働集約的産業というかいわゆるコモディティの価格に関しては、半永久的にデフレ、つまり供給可能な状態が続くというとの今世紀になってからの共通理解だったと思います。
それに対して、それが必ずしも正しくないのではないか。つまり、中国やインドに中間層が出現し彼らが購買力を持つことにより、逆に強力なインフレ要因となるのではないかというような見解が示されていました。
まあ、日経にはデフレ基調が続くとは限らずインフレ基調になるのではないかという程度の説明であり、さらにこの非常に重要なポイントに関してどちらが正しいと思うかという結論には全く触れていませんでした。上述の中の、修飾語は全て私が勝手につけたものです。

冷戦の崩壊、要するに1989年以来、世界的にデフレないしディス・インフレの時代になったのだと私は考えてきましたし、それは当分続くのであろうという認識でいたのですが、今朝の行天氏の一文は、個人的には目から鱗でした。

どうも人間は、洗面器をあふれさせ続けるのが宿命のようです。

ただ、地球的時間から見れば、人間なんて、あるいは哺乳類なんて取るに足らないものなのでしょう。

夕べと一昨日の晩、何を聞いたか思い出せませんが、消去法でいくと、Jimi Hendrix のボックス・セットの一枚目の最初の数曲あたりで寝てしまっているように思います。

最近、音楽に関しては、座標軸をどこにおいたらよいのか判らなくなってきていて。

明日は、一日、拘束されるので、とほほ。

自分でも最近、気が短くなってきていると思うのですが、要するにあと100年生きられるわけもなく、それこそ10年生きられる保障もないので、自分の意に沿わないことに自分の時間を費やさなければいけないことが非常に苦痛です。

影で徳を積むといいなんていいますが、自分のしていることが誰かのためになっていると感じられるなら、その相手が気づいていなくても構わないのですが、時間をコストと考えない人たちに時間を取られるということには我慢できません。
時間泥棒といってやりたい気がするのですが。

この、時間泥棒という言葉は、ある若い女性が病院の受付で文句を言ったときに使った言葉です。どこの誰かは知りませんが。
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by nk24mdwst | 2008-09-23 14:33 | その他


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