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who needs the jda?

赤とんぼが出てきたと思ったら、また30度を超える暑い日に昨日は、逆戻りで、年寄りにはきついです。

一応、半世紀以上生きてきているのに、こんな年は記憶にないです。

エコスフィアというのがあります。ガラスの中の地球です。
密閉したガラスの球の中に、土、水、酸素と窒素を現実の地球の比率で入れ、その中に、水草と小エビを数匹入れておくのです。
ecosphere は、ここで売っているみたいです。

水草が光合成をし、小エビが水草を食べ、排泄物は微生物が分解するのですね。閉ざされた地球のモデルということでNASAが開発したのだそうで、上手く管理すれば、20年ほど持続可能なのだそうです。

地球の資源は限られている、人間が欲張りすぎてはいけいない、という環境保護のためPR用の模型ですね。

確かに、正しいメッセージを発している部分があると思います。
現在の地上の人類の数が、エコスフィアのエビの数を上回っているのは事実ですから。比率の問題としてです。

しかし、この地球モデルは、非常に静的です。

生物が原因で地球環境に激変が起こり、それにより、生物の進化が始まったこともあります。裏表ですが、何度も大絶滅が起こったのも地質学上の知見が示しています。
いずれにしろ、進化論を認める前提に立てば、静的な地球像というのが正しいのかどうか。

地球というのは地球的時間の中において基本的には静的な長い期間と短期間の環境の激変を繰り返しているように考えられているわけです。

エコスフィアでは、環境の変化とそれに適応する生物の進化が無視されていることになります。
極論してしまえば、生物は、地表の微細の部分でしかありません。人類全員の体重と地球の質量を比較するとどうなりますかね。

人間が地球環境に影響を与えているのは事実だとは思いますが、部分である人間が全体である地球の運命を変えることは地球的な時間の中ではできないのだと私は、感じることがあります。

その意味で、環境保護は、あまりに人間中心主義的な運動と化しているような気がしないでもありません。経済の仕組みでさえ解明できないのに、明日の天気予報も当たらないのに、地球の環境変化などという天気予報が人間に可能なのか、ということです。
世界観が異なるのでしょうね。自然と人間は対立し、知恵によりそれを克服という世界観、これは、ジューイッシュ・クリスチャン的と定義できるのかどうかはわかりませんが、共存とか棲み分けといった東洋の伝統的な考え方とは相容れない部分があるのだと思います。
ただ、一番手に負えないのが、西洋的な絶対伸を信じることもなく、かつ、東洋的多神教的世界観も捨て去り、忘れ去り、資本の論理に邁進する勘違いした人たち・・・数の上ではこのグループが最も多くなりつつあるように思えますが・・・この人たちが一番の問題かもしれません。
われわれのことです。大陸にはもっと多くの同類がいそうですし。

二酸化炭素と温暖化の問題についていえば、生命誕生当時の地表には現在よりはるかに多くの二酸化炭素が存在し、そこに光合成により酸素を放出する原始的な藻類が誕生したのですね。
鉄が錆びることからもわかりますが、酸素というのは基本的に当時存在したあらゆる生物にとっては有害物質だったわけです。そこに酸素をエネルギーに変えることのできる生命が登場しました。この生命体を体内に取り込むことにより、ミトコンドリアですが、いわゆる真核生物が誕生し、今日にいたるのですね。
ミトコンドリアの起源については、地球外説も有力です。

ただし、地球上における現在の飢餓問題等は、原因の多くは、人間活動、それも国際的な大資本の動きのせいだという側面が強いのだと思います。

石油価格の高騰、バイオ燃料のための食糧価格の高騰、アフリカ等の食糧自給率の低下、アフガンのアヘン栽培などということは、温暖化のせいではなくすべて資本の論理がもたらしたものであるように思えます。
グローバリゼーションによる国際農産物企業(ごく少数の巨大同族会社)が安い穀物をアフリカ等に持ち込むことがアフリカの農業を疲弊させたという側面があります。また、先進諸国は、自国の食糧自給率をたかめる、あるいは、自国農産物の国際的価格競争力を高めるために大きな農業補助金を支出しているという事実もあります。

だれがよくて、だれがわるい、二項対立的図式では理解できません。
最近の報道は、常に、局所的な現象や部分にばかり集中し、全体像を俯瞰する姿勢に欠けるように感じられます。
これは、報道の編集方針なのか、報道する側の基本的な資質の欠落なのかはわかりませんが。

経済システムの全体像の俯瞰が足りないと私ごとき田舎者でも感じるのに、地球規模の地質学的時間を問題にして予測をするというのは、それこそ、神をも恐れぬ仕業かと。

無駄な消費、浪費をいくらしてもかまわないということをいいたいわけではありませんが、本当に無駄なものというのはなんでしょう。

私の抱えている、本とCDが無駄なものの最たるものでしょう。
by nk24mdwst | 2008-09-01 05:31 | その他


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