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are you glad to be in japan?

アマゾンで、James Blood Ulmer の「アー・ユー・グラッド・トゥ・ビー・インアメリカ」をみつけました。きっと、また、Amazon.Comで中古品に高値がつくだろうなと思いましたが、クリックするのは躊躇しています。

このジミヘンと同世代のギタリストは、Ornette Coleman 門下で、かの「ハーモロディクス」理論の実践者、後継者として登場しました。このアルバムは、Pop Group などを出していたラフ・トレード・レーベルから出ました。

ポップ・グループもSlits もなぜか買いました。後者は、ジャケットのせいです。スリッツは、あれだけ下手くそにやるのは、よほど練習しないと無理だろうなってくらいでしたが。

’Are You Glad To Be In America?'出た当時の評価は、ファンクとジャズの新時代を切り開き、軟弱なフュージョンと一線を画す大傑作というものと、ギターのチューニングもできない下手くそとの両極がありました。この違いは、音楽ジャーナリズムの常なのでしょうが、自分の解らないものをどう評価するかというスタンスの違いでしょうね。
レコード会社のお先棒を担ぐかどうかは別にして、解らないもの=傑作、解らない、あるいは、聞いていて楽しくないもの=駄作という二項対立的評価軸が基準なのでしょう。
対象がアメリカやイギリスの音楽である場合、さらにブラック・ミュージックやジャズにおいては特に、評者のイデオロギー的な立場、言葉を変えていうと、文字通りのコンプレックスが背後にあったのだと思います。

このアルバムに関しては、レーガン登場の年に出たということ、その後、アメリカもジャズも本当にどうしようもなくなってしまったということに意義があるのでしょう。アメリカにおけるジャズの黒人社会における非正当性という文脈が成り立つのではないかということです。

この30年来、日本の音楽雑誌とは無縁なのですが、状況は変わっていないでしょう。アメリカの音楽関係本も結局、評者それぞれのコンプレックス(複合感情)に左右されているように思います。

自分が物差しだと言っているRSみたいな存在や、耳が不自由なことを強みにしているAMG もありますが。

私が書いている駄文も、私的コンプレックスの延長線上にしかありません。

さて、かのアルバムですが、私は自分のコンプレックスに基づく判断により試聴することなく、迷わず発売当時、このLPを買いました。そして、へヴィー・ローテーション、大音量で連日かけていました。

私は、30年近く前のコンプレックスを違うものに変えようとしているのですが、プラスとマイナスを入れ替えたところで結局同じです。自分が掘った穴からは出られるわけもなく、結果としては、さらに穴を深くしているだけのようです。

穴を掘り続けることを気付かずにいるうちに、知らずに多くの人を傷つけてしまうことも最近、わかってきました。穴を掘るときには、土を外にばら撒いてしまいますから。

冒頭で紹介したアルバムは、私が、CDを聞き始めた8年前からずっと探していました。CDというメディアで音楽を聞き始めてからは新参者なのです。同時代の音楽を聞かなくなってから20数年ほどの時間があり、その間にレコードからCDへの転換が起こったというわけです。

予断ですが、CDへ全面的に移行するというアナウンスがされる前に大量のLPが復刻ないし、発表当時本邦発売が無かったものの発売があったように記憶しています。そのころ、地方でも大量にカット・アウトの輸入盤が出回ってました。海外でも同様の状況だったのではないでしょうか。

JBU氏にもどります。彼の冒頭のアルバムを繰り返し聞いたのは、傑作だとか音楽理論とかファンクとジャズの融合とかいう問題ではなく、単に、当時、あのような音楽を心地よいと感じるような精神状態に私があっただけです。そのような精神状態にある人、人たちにはある種のカタルシスをもたらす音楽でした。
もちろん、これは、日本での話で、本家のアメリカでは、エリート評論家に受けたのでしょうね。

アメリカで日常生活の鬱憤晴らしを音楽に求める人たちは違う音楽を聞いたのでしょうし、その手の音楽は、背景が違うので、私の嗜好とは一致しなかったし、一致もしていません。

クリックしない理由は、JBU氏のその後のCDをいくつも買い求めて、出来損ないブルースぶりに心底、がっかりしているからです。
ブルースは、その意味でやはり伝統芸能で頭でやるものではないようです。

三つ子のたましい、百までとはよく言ったものです。

知らない人の一言に傷つくことがありますが、知らずに人を傷つけていることの方が多いのでしょうね。

私は複合感情の塊で、出してはいけないところでそれを出してしまうことがあります。心底気が弱いので、心の奥底に隠しているのですが、知らずに誰かが私の心の中の一線を踏み越えると、強烈に反発してしまいます。

このような性向というのは、私だけのものではないのだということも年の功で少しわかってきたような気がします。理解をして理性的な行動がいつもできるということではありませんが。

実際には、年のせいで瞬間湯沸し性が増し、突然、爆発、爆発後はエネルギー切れになって沈没という感じですけれど。

ちょっとしたことで沸騰し、すぐに沈没、浮上できないというあたりが10年前と違うところですね。
by nk24mdwst | 2008-08-24 07:17 | その他


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