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jellyfish gum drop

今年のお盆は、13日までは気温35度の日が続いていたのが、14日の朝方から一ヶ月ぶりの雨が降ったりし、昨日は明け方から終日、雨模様。今日も曇っていて、この調子だと、今週は一気に朝晩、涼しくなるという十数年前までのパターンになるかどうか。

7月に、入ってからというもの、夜は一晩中エアコンを切れると目が覚め、結局、一晩中つけっぱなしという夜が続いたのが、夕べは、エアコンを全く入れずに一晩を過ごしたという激変ぶりで、若くない身にはこたえます。

冬の降雪がなくなり、夏は猛暑が続くというのは、二酸化炭素と温暖化を原因として求める以前に、当地においては、おそらく、中国の農地の荒廃と長江ダム完成による影響ではないかと私は考えています。
報道は伝えませんが、年中、黄沙で空がぼんやりしているというのは、子供のころには考えられないことでした。
オリンピックもやってるようですね。

二酸化炭素と地球温暖化は密接な関連が仮にあるとしても、どちらが卵でどちらがニワトリなのか。人類の産業活動が地球環境に影響を与えるようになったとしても高々一万年程度であって、地球的時間軸から見たら一瞬です。
生命の誕生以後、何度、地球規模の生命の大絶滅があったか、その原因は何かということですね。人間が地球を滅ぼすなどというのは思い上がりもはなはなだしいなどと私なぞは、考えます。

なんでも開発、無駄遣いしてよいという意味でいっているわけではありません。しかし、二酸化炭素は人類誕生以前から地球にあったわけで、不活性ガスのフロンを天然に存在する以上に人類が作り出したとか、ストロンチウムのような放射性元素を人間が作り出したというのとは問題の根本が違います。

学習指導要領が変わって、日本地理、世界地理、日本史、世界史のすべてが必修でなくなった時期があったせいで、人間の歴史を俯瞰的に見ることができなくなった人が増えているかもしれません。ただ、最近の世情を見ていると、古代から数多の文明が色んな事情があるにせよ、それぞれに耐用年数があって、耐用年数が過ぎた時点においては、どんなに努力しても滅びてしまうということは、仕方の無いことなのだと感じます。
まあ、19世紀のヨーロッパの産業革命に端を発する今の文明と称するものも、どうやらそろそろ賞味期限切れかなと。

賞味期限が切れたものでも食べると体を壊すとは限らないのと同様、賞味期限切れの文明も、緩慢な死へ向かって歩んで行くだけなのでしょう。

ただ、この緩慢な死は、人類の滅亡、ましてや地球の滅亡、生態系の滅亡とは全く無縁だと思います。

地球の歴史において何度も何度もおきた生命の大絶滅、あるいは、文明の興亡のあとには、新たな生態系、新たな文明が起こるという繰り返しです。オリンピックの開会式のセレモニーのような無邪気なメッセージのとおりにはならないのだとも思いますし。

例によって、ここで話はいきなり変わり、昨日、テレビで見たチャールトン・へストン追悼特集の映画エル・シドの話になります。家人との一番の話題は、彼の頭がかつらかどうかだったというのはさておき、1961年作ですが、このころまでのハリウッドの歴史超大作というのは、そのメッセージが何であれ、映像と音楽が圧倒的にすばらしいですね。
ヤマハ1000Mで聞いていると迫力がある効果音と素晴らしいオーケストレーションです。犬がおびえていました。

イベリア半島をサラセン帝国からキリスト教徒が取り返し統一を図るという話ですが、結局、1000年前から、連中はこれをやっていて未だに続いているわけです。それも、ちょっかいを出しているのはヨーロッパの野蛮人の方ですからね。

国際金融センターの変遷の話を思い出しました。
バルセロナが出てきたからというのが理由です。

紀元後のローマ世界の金融センターは、当然、コンスタンティノープルであったわけですが、第4回十字軍によって当時ビザンチウムと呼ばれていた現在のコンスタンティノープルとなるこの都市は、占領されてしまいます。
このときに、地中海の制海権がヴェネツィアに移るわけですが、同時に国際金融センターの地位もヴェネツィアに移ります。
そのご、地中海におけるオスマン帝国の勢力の伸張によりヴェネツィアの勢力は衰退し、バルセロナが新たな国際金融センターの地位を占めるようになります。
アラゴン連合国の首都として大きな力を持つようになるわけですが、エル・シドに出てくるスペイン統一により、マドリッドに移りバルセロナは国際金融センターの地位を失います。

というような書き方は、年表に出てくるような戦争等による国家の、都市の衰亡と同様に国際金融センターの変遷をなぞっているだけの記述ですね。根本的な視点が欠けています。
ある都市が国際金融センターとして機能するためにはいくつかの条件が必要であり、それは、地理的条件であり制海権等の軍事力であったりするのは事実ですが、金融センターを形成し、金融を行っているのは人間だという事実を完全に見逃しているわけです。
金融業に携わる人間とは誰か、その人間は金融センターの変遷とどうかかわりがあるのかという視点を持つことが肝要だと考えています。

ここまで書いてきたのはよいのですが、ここで私が使っている国際金融センターとは何をもっていうのかという定義がなされていません。
さらに、それぞれの時代において国際金融センターであったと私が記述した都市が実際に国際金融センターの定義を満たしていたということに関する実証可能な裏づけを欠いています。
ということで、いい加減な推測に基づく勝手な議論であるので、いずれ、きちんと整理して述べてみたいと思います。

一応、バルセロナの後は、低地ヨーロッパ、具体的にはベルギーのアントワープ、ついでオランダのアムステルダム、ついで、ロンドン、ニュー・ヨークへと移り変わるのだと考えています。
また、ニュー・ヨークが元はニュー・アムステルダムと呼ばれていたことにも意味があると考えています。

転機となる戦争として、スペインとイギリス・オランダの戦争、ユグノー戦争、イギリス・オランダ戦争の意義を考えています。
それから、ユグノーとは誰なのかという問題、さらには、いわゆるプロテスタントの経済史上の位置づけの問題等が念頭にあります。
プロテスタンティズムと資本主義について論じたマックス・ウェーバーとは何者かというのは手に余りますが、キリスト教原理主義としてのプロテスタンティズムというものをどう考えるべきかということでしょうか。

もうひとつは、ユダヤ教徒をどう考えるかということですね。ユダヤ人という人種や民族は存在せず、ユダヤ教徒がいるだけなのですが。
それから、オランダに住んでいた(る)ユダヤ人と東欧、つまりカスピ海の北、ポーランドからロシア西部にかけて住んでいた(る)ユダヤ人は同じ人たちかという問題もあります。

東欧系のユダヤ教徒は帝政ロシア時代に迫害を受け、着の身着のままで新大陸へやってくる様は、ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」に出てくるとおりです。
このような出自を持つ人がブロードウェイやハリウッドに集結するのですね。
ジェイムズ・キャグニーが歌って踊れる役者として主演したブロードウェイ・ミュージカルの映画化作品「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」は、映画にも出演しているブロードウェイのスター、ジェイムズ・ケーハンの自伝的作品です。

このケーハンというのは、アメリカの連邦租税訴訟上有名なケーハン・ルールのもとになった人物なのですね。
交際費に関する訴訟なのですが、交際費に関して推計による経費控除を認める判決が出たことがあったのです。
日本の租税訴訟において、推計課税というのも大きな論点ではあるかと思いますが、必要経費の推計控除、それも交際費の推計を認めたという裁判です。

現在は、こんなルールは適用されていませんけれど。
by nk24mdwst | 2008-08-17 08:01 | その他


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