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we know you can go through this again

Leo Kottke を三晩続けて聞いてます。

1970年代の初め、地方にも輸入盤が出回るようになったのですが、安売りの棚にごそっと彼のLPがあったのを目にしました。
ギタリストとして名前だけ知っていましたが、聞いたことがなく、どれにしようかと思ったわけです。ジャケットの彼の若々しい顔が気に入って買ったのが'Mudlark’でした。
このアルバムでは、本来、ギター・ソロ・インストゥルメンタルに専念していたコットキは、ピアノ、ベース、ドラムのバックをつけている曲が少なくありません。また、歌っている曲もあります。また、ギターのオーヴァー・ダブもやっています。
このアルバムを彼の経歴の中でどう位置づけるかということに関しては、20年前と今日では異なっているようです。

Ry Cooder の延長線上のギタリストじゃないかと思って私は聞き始めたのですが、少なくともこのアルバムでは、どうやって弾いているのか想像がつかない演奏をしているものの、Eight Miles High とかBoulee などもやっていて、 ジミながら聞きやすいアルバムだなと思ったのを記憶しています。

1969年の’6 and 12 String Guitar’ が初期のもっとも有名なアルバムです。
このアルバムに、後年の彼のすべてがすでに存在しています。聞きなおすと昔、荒削りで若干、走り気味だと聞こえる部分があるのは事実です。チューニングが若干甘いと感じるところも少しあります。

今振り返って考えると、これらはすべてレコーディングになれていなかったこと、時間その他のプレッシャーがあって余裕がなかったせいかと思われます。逆に、ベースもドラムもいなくて基本的に12弦ギターをボトル・ネックを交えながら、必ずしもブルース・チューンでない曲をやっているにもかかわらず、強力なバック・ビート、ドライブ感を感じさせる演奏です。

後年彼は、右手を痛め、奏法をオーソドックスなスタイルに変えたわけですが、One Guitar, No Vocals (1999)では、リラックスしたギター名人風の演奏になっています。
彼の歌と語りの楽しさは、ライブ・アルバムを聞けばよく感じ取れます。

レコードを聞いてどうやって弾いているのかわからないギタリストが何人かいます。
まず、Robert Johnson, Django Reinhardt そしてLeo Kottkeというあたりがわかりませんでした。
ロバート・ジョンソンのスライドとフィンガー・ピッキングを織り交ぜて弾いているのは聞いていてわかるわけですが、どうやってできるのかというのが不思議でなりませんでした。
ライ・クーダー・スタイルならあんなにスムーズには弾けませんし、練習したら何とかなるとはいいませんが、スライド奏法にしろ、フィンガー・ピッキングにしろ、あるいは、オープン・チューニングにしろ理解できます。
ボトル・ネックをやるときは、他の弦をどうミュートするかが腕の見せ所ですが、彼ほど鋭い音を出せ、ミュートが上手い人はいないと思います。それと、彼の生活のための仕事で求められたのは、彼のトーンやフレージングですし、ソロ・アルバムでは正統派アメリカ古典音楽を探るというスタイルです。

大西洋を隔てて同じようなポジションにいるのは、フィンガー・ピッキングでBert Jansch、スライドでElmore James しかやらないけど、Jeremy Spencer だということにしておきます。

ジャンゴ・ラインハルトがどうやって弾いてるかわからないと感じるのは、彼の左手に指の欠損があることをなまじ知っているからで、理解できないと感じるのです。

ロバート・ジョンソンは、基本的にオープン・チューニングですが、最近になって映像でWarren Haynes(薬指にスライダー)、Derek Trucks(Duane Allman 同様小指にスライダー)、それから、ちょっと古い画ですが、Rory Gallagher(小指スライダー)といった皆さんが、ナチュラルな意思オープン・チューニングでいとも簡単に、スライダーをはめたまま、左手のスライダーをはめていない指でフィンがリングするのを目にし、ジョンソンのマジックが可能だということがわかりました。

ロバート・ジョンソンの場合は当時の伝統とかけ離れたことをやったこと、さらに、直接の影響を受けたミュージシャンは60年代の白人ブルース・ギタリストたちまで現れなかったことという点に注意が要りますけれど、やってやれないことはわかりました。

ただ、薬指スライダーでフィンガリングを決めるウォーレン・へインズは、腕力を感じます。

同様のことをコットキもやっていたわけですが、馬鹿でかい12弦ギターで単なる速弾きではなく、音に表情をつけ、どう考えても出せない音階を使うのがやっぱり不思議でした。
単なるオープン・チューニングではなく、様々な変則チューニングを併用していたのだと思いますが。いずれにしろ、馬鹿でかい手と繊細な神経、さらに強力な腕力・・・彼の場合は右手にも負担をかけていますが・・・がないと誰も真似ができない音楽です。
指から血を流しながら演奏を続けるギタリストなんていませんから。

コットキは、Embryonic Journeyもやっていますが、これはJefferson Airplane のアルバムに入ってますけど、Jorma Kaukonen の曲というべきです。コーコネンの方がはるかにオーソドックスなスタイルを学んだ人なのだとわかります。

John Fahey は、自らフェイクを演じているのはいいですけれど、演奏自体は、技術はともかく、聞いて楽しいものには感じられません。
Peter Lang の方がまだ楽しい。世代的に若いからといっても、へインズより年上ですが。

あと、Sandy Bull ですかね。

演奏技術が音楽に制約を持たせるのか、新たな音楽を求めて新たな演奏法が生まれるのか。
by nk24mdwst | 2008-08-01 14:16 | その他


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