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shot loop

ボリス・ヴィアンの「北京の秋」に習って、内容と全く関係のないタイトルをこの数ヶ月続けていますが、馬鹿なことをしたものです。
タイトルで中身がわからない。一番、困るのは自分。

三晩連続でSeatrain を聞きながら寝ました。
牽強付会を承知でブルーグラスをやるSteely Dan だという感覚の出所が判ったような気がします。
Richard Green のフィドル(ワウワウは、やめて欲しい)以外は、ほとんどセッション・プレーヤーでスティーリー・ダンと共通しているからだけではないかという考えが思い浮かびました。

Andy Kulberg は、フルートをやめ、ベースはあんなに上手く弾けるはずがないのでヴォーカルに専念、Blues Project を引きずるブルースっぽい歌い方。
Peter Rowan の方は、Jerry Garcia たちと本格的にブルーグラスをやりだすわけで、完全にブルーグラススタイルの歌い方。この二人のデュエットだからへんてこりんです。

スティーリー・ダンとの共通点という話なのですが、ブルース・プロジェクトが分裂してもう一方の片割れがAl Kooper、Steve Katz のBlood Seat &Tears となるわけです。このBSTのファースト・アルバムは、初期のスティーリー・ダンと非常に共通性があるように感じています。

Walter Becker, Donald Fagen とアル・クーパーやアンディ・カルバーグは、その音楽嗜好に共通点があるのだろうと思ったのです。ただ、世代的な違いが少しあるのかなと。

Duhks などという現代のブルーグラス・バンドを聞いてます。ちゃんと音楽教育を受けたみなさんで歴史を学び、世界の色んな音楽を聞き、卓越した技能できちんと整合性のある演奏をしています。
下手な西洋古典音楽よりもしゃんとしています。

ブルーグラス・ブームが続いていてアメリカのブルーグラスの演奏水準は非常に上がっています。

それに比べると、Seatrain は、時代が生んだブルーグラス・フュージョン・バンドでへんてこりんなものです。
ニュー・オーリンズのケイジャン風の曲もやっているのですが、ヨーデルが出てきたりしまして。ケイジャンにヨーデルがあったかちょっと探してみないと。
ピアノを弾いている人物についてはおおよそ推測はついているのですが。

どちらの時代がよかったか。

久しぶりにポール・クルーグマンを読んだら、相変わらず一貫した主張をしていて見直しました。自身の十代を振り返りあのアメリカはなんだったのかと。
今のアメリカは何なのかということです。
'The Conscience of a Liberal'は、クルーグマンのリベラル宣言です。日本に対して評価が甘いと思いますが。邦訳も出ていますが、読みやすい文章を書く人ですし、肝心のアメリカの制度等の問題点に関する記述が邦訳では切られているので、読みやすい訳だと思いますが、原著の方が良いと思いました。

クルーグマンの最近のエッセイはNew York Times で読めます。
古いものは、こちらです。

どちらの時代がよかったかのあとに、唐突にクルーグマンが出てくるのが私の悪いくせです。

よくできた映画だったと思いますが、ジョージ・クルーニーが主演した「オー・ブラザー」という1930年代の大不況時代の南部を舞台にした作品がありました。
あの中で、南部の白人のワーキング・クラスの中でのブルーグラスとかカントリーの位置づけというのがわかるようにできています。
少なくともあの映画に代表されるようにアメリカでは相変わらずのブルーグラス・ブームです。このブルーグラスの流行は、一面、ホワイト・ゴスペルなんていうのとも結びついていて、南部(とは限りませんが)のキリスト教宗教右派(といってもこれが大勢を占めつつあるのです。)の影響力の拡大と結びついているように思えます。

Poco のRitcie Furay なんか自分で教会作って、宗教色の強い歌をやっていたりします。いい加減にしてくれって感じです。

1930年代にルーズベルト連合ができたわけで1970年代の初めに共和党のニクソンでさえ、われわれはみなケインジアンだと発言するわけです。
ミュルダールとハイエクがノーベル経済学賞を受賞した年にです。

このあと、カーター政権時代の水面下で始まり、レーガン政権においてアメリカのあからさまな右旋回が起こります。

クルーグマンはこの右旋回に対して異を唱えているわけですが、少なくとも私が好む音楽というのはこの右旋回が始まった後のものではないということです。
しかし、アメリカの歴史において現在のような政治姿勢そのものは、例外なのではなく、第二次大戦後から1970年代半ばくらいまでの間の政治姿勢の方が例外的だったとクルーグマンは指摘しています。

アメリカのアメリカらしい大衆文化に私は、個人的に、小学生のときから惹かれて今日に至っています。私を惹き付けたアメリカ文化というのは、1920年代までの金ぴか時代のものでもなければ、1980年代以後の右旋回以後のものでもありません。

クルーグマンはアメリカにおける所得の階層分化の激化について論じていて、日本はアメリカほどではないと述べています。
日本の場合においても、先の大戦による戦時体制が結果的に高度成長という形でそれまでも平等度の高い日本を作り上げたのだと1980年代の野口・榊原論文が述べているとおりだと思います。

クルーグマンの本を読んでいて一種、デジャヴュ感を覚えたのですが、ケリー・フィッシャー・ローのFZの評伝を思い出したからです。

Walt Whitman が考える理想のアメリカをもたらすのはリンカーンだと考えていたのでしょうかね。
ホイットマンの理想のアメリカ像って何か、リンカーンは何者か、何ゆえあのような最期を遂げたかについて、それぞれ個々に検証が必要ですけれど。

      Abraham Lincoln, Born Feb. 12, 1809

To-day, from each and all, a breath of prayer—a pulse of thought,
To memory of Him—to birth of Him.

Vachel Lindsay がこの詩で述べているように世間が簡単ならブルースなんて誕生しなかったし、ブルーグラスもなかったはずです。

      Lincoln

Would I might rouse the Lincoln in you all,
That which is gendered in the wilderness
From lonely prairies and God's tenderness.
Imperial soul, star of a weedy stream,
Born where the ghosts of buffaloes still dream,
Whose spirit hoof-beats storm above his grave,
Above that breast of earth and prairie-fire —
Fire that freed the slave.
by nk24mdwst | 2008-07-11 10:49 | その他


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