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it can happen nowhere, but

Blues をテーマにした詩です。Mark Riesenberger の作です。

      Whiny Woman Blues

(to the music of Lightnin’ Hopkins’ classic 12-bar ‘Morning Blues’)


Woke up this mornin’ with them whiny woman blues
Yes, woke up this mornin’ with them whiny woman blues
Lord, knowin’ this woman’s got me payin’ my dues

You know she troubles my nights with all those sad songs
You know she troubles my nights with all those sad songs
How to love a woman who’s been done too many wrongs

Woke up this mornin’ with them whiny woman blues
Yes, woke up this morning; with those whiny woman blues
Lord, she just needs some respect and I can’t refuse

She’s been through the hurt and understands my own
She’s been through the hurt and understands my own
Our lives ain’t been perfect but they’re all we’ve ever known

Woke up this mornin’ with them whiny woman blues
Yes, woke up this mornin’ with them whiny woman blues
Lord, I finally found somethin’ I don’t want to lose

Lightnin’ Hopkins のブルース・クラシック ‘Morning Blues’ に習っているというか、その節で歌えるというわけです。

whiny woman とうのは、文句ばっかりいってる女性って意味ですが、語り手の連れ合いは、そういう女性で、それを愚痴っているわけです。
でも、人間は、そう簡単に別れられるものじゃないってことですね。本当に大事なものは何か。

Woke up this mornin' 、つまり、朝起きると、というフレーズで始まるブルースは、星の数ほどあるわけですが、これはブルース・クリシェというよりは、Delta Blues その他ブルース誕生時以来、それを歌っていた人、聞いていた人たちの地域社会で広く共有されていた音楽的財産ともいうべきものでしょうね。

多くのブルース・ギター・リックも同様だと思います。

12-Bar Blues、つまり12小節ブルースというのは、最初の4小節でテーマを提示、次の4小節で通常、これを繰り返し、三連目の4小節で締めるというブルースのもっとも基本的スタイルです。

このスタイルは、聴衆を前にして初期のブルース・マンが、客に合わせていくらでも話を広げられるというスタイルでもあったわけですね。

Mark Riesenberger は、このブルース形式自体をタイトルにした詩を書いてます。

      12-Bar Blues

There are some nights, like tonight,
when only the Blues will get me through,
especially when Elmore’s ‘Sky Is Crying.’

Sonny Boy’s Blues harp is moaning
‘Sad To Be Alone’ and Jimi bares his ‘Bleeding Heart’
while Muddy’s whiskey voice is telling me
‘You Can’t Lose What You Never Had.’
Little Milton’s ‘Walking The Back Streets And Crying’
and Howlin’ Wolf is ‘Moaning At Midnight.’
Freddy asks me ‘Have You Ever Loved A Woman’
while John Lee is begging ‘Baby Please Don’t Go.’

And listening from down below, and smiling,
Is RJ, who met his Devil at the ‘Crossroads’
and sold his soul for a bottle-neck guitar
and thirty songs, holy scripture of the Blues.

誰もが知っているブルース・マンと代表曲が出てきます。

Elmore James, Sonny Boy Williamson Ⅱ(Sad To Be Alone が採り上げられているので、Rice Miller の方ですね。)、Jimi Hendrix,Muddy Waters , Little Miton, Howlin' Wolf, Freddie King, John Lee Hooker、そして、RJ こと Robert Johnson 。

ジミ・ヘンドリクスをいわゆるブルース・グレートの列の中に入れていることについては、異論もあるでしょうが。
ロバート・ジョンソンは、悪魔に魂を売ったかどうかは別にして、30曲余りの録音しか残っていないのは、紛れもない事実です。

クロス・ロードで悪魔に会うとか、悪魔と取引して人間技を超える歌声やギターの腕前を身につけるという話も、ディープ・サウスに広く伝わるフォークロアというか伝承説話です。

ロバート・ジョンソンは確かに、何度聞いても凄いと思います。どうやって弾いているのかわからん。かつ、同世代、マディやウルフ、Son House なんかとは交流があったわけですが、彼らと同じ伝統の上に立っているのは間違いないのですが、完全に独立したスタイルを確立しているのです。

ロバート・ジョンソンは、アラン・ロマックスが探しに来たときには既に殺されていて、彼の残したレコーディング自体は同時代のブルース・マンに直接的影響を与えていません。

マディたちが、1940年代半ばにシカゴに移り、シカゴにアーバン・ブルースが誕生するのですが、アーバン・ブルースに直接的な影響を与えているとは必ずしもいえないと思います。

ロバート・ジョンソンは1960年代初頭のフォーク・ブルース・ブームの中で発見されるのです。それを受けて、Joe Boyd を含むハーヴァードの学生を含むチームが南部へ行き、半世紀あまりも歌うのを止めていたサン・ハウスを発見するという次第です。

ロバート・ジョンソンをもっともよく研究したギタリストは、おそらくJohn Fahy を嚆矢とするのだと思います。

イギリスでは、同時期にブルース・ブームが起こります。アメリカで白人聴衆の間で人気を博していたBrownie McGhee(guitar, vocal) とSonny Terry(harp)のコンビの渡英がきっかけです。

注意しておかなければならないのは、1940年代に既にジャンプ・ブルース・スタイルでエレキ・ギターやサックスを入れたバンドで演奏していたサニー・テリーたちは、白人インテリ聴衆の要求に合わせて、アクースティックな「フォーク・ブルース」を50年代終り頃からやることにより、人気を博したということです。

ブルース・マンは、昔から客に合わせるのが常、求められたものは何でもやるのがプロというものだと思います。だから、マディがニュー・ポートでエレキを捨てさせられてもそれはそれでよかったのだということにしておきましょう。

サニー・テリーたちが体調を崩した時期があったせいで、サニー・ボーイやマディがイギリスに渡りました。彼らは、普段のシカゴ・スタイルのエレクトリック・ブルースをやって見せイギリスの青少年に強力なインパクトを与えたわけです。
かくて、イギリスに一夜にしてエレクトリック・ブルース・バンド群の誕生するということになったのです。

マディ・ウォーターズはイギリスの連中のブルース好きについて
'They loved blues so badly and played so badly.'と後年語っています。

イギリスでは、Bluesbreakers でECの前任ギタリストだったTony McPhee は、より「ピュア」なアクースティック・ブルースをやろうとしてバンドを去ったわけです。

ジミ・ヘンドリクスは、シアトル生まれで、レコードやラジオでR&BやR&R,C&Wに親しんでいたかもしれませんが、ディープ・サウスの出ではないので、隣人がブルースをやっているという環境になかったと思われます。
chitlin' circuit を色んなバンドの一員として回っているので、肌で覚えること自体はできたのだと思います。

ディープ・サウスの出ではないジミにとって、イギリスに渡り、ブルースの王様として崇められることには大きな抵抗があったのではと推測します。Bob Dylan を聞いてるブルースの王様ですよ・・・


>Is RJ, who met his Devil at the ‘Crossroads’/and sold his soul for a bottle-neck guitar/and thirty songs, holy scripture of the Blues.

ロバート・ジョンソンのボトル・ネック・スタイルは、Charlie Patton の流れを受け継ぐものであるのは事実なのですが、つまり、Deep Delta Blues の正当な流れを受けついているのですが、左手のフィンガリングを併用しているのですが、その技術とスタイルは同時代、同世代の連中(マディやウルフは、ちょっと若いだけなのですよ。)とは全く異なります。

フィンガリング・スタイルは、それこそ北部へ行って身につけた可能性が高いのですね。
アラン・ロマックスは、ロバート・ジョンソンの代わりにRobert Jr. Lockwood を連れ帰ります。ロックウッドは、RJとは10歳ちょっとしか違いませんが、義理の息子、つまり、ロックウッドの母親とRJが仲良くなったというわけです。

人間関係はともかく、ロックウッドがRJから手ほどきを受けたのは事実ですし、ロックウッドはシングル・トーンで演奏する最初のエレクトリック・ブルース・マンになるのです。

しかし、気ままに思いつきで書いていると本当に好きなアーティストのことをちゃんとかけなかったりするから困ります。
Richard Thompson, Sandy Denny, Bert Jansch(半年前と正反対の見方をするようになっているのですが)、Faiport Convention (Byrds, Beach Boys の影響を受けたグループがThe Band の登場によりどのように変容したか)、Stever Marriott, Eddie Hinton、それにVan Morrison のことを登場させられません。

あと、Gene Clark かなあ。

Ry Cooder のInto The Purple Valley は、高校時代にコピーしていたのですが、彼に対する見方も今は全く変わっています。

当時、ピアノで一緒にやっていた、James Luther Dickinson の方が最近は、ずっと気に入っています。ぶっ飛び親父になってます。
by nk24mdwst | 2008-05-09 11:45 | 音楽


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