the prisoner

Thomas M. Dischは、一般にSF作家として知られていますが、詩人でもあります。

      Ballade of the New God

I have decided I'm divine.
Caligula and Nero knew
A godliness akin to mine,
But they are strictly hitherto.
They're dead, and what can dead gods do?
I'm here and now. I'm dynamite.
I'd worship me if I were you.
A new religion starts tonight!

No booze, no pot, no sex, no swine:
I have decreed them all taboo.
My words will be your only wine,
The thought of me your honeydew.
All other thoughts you will eschew.
You'll call yourself a Thomasite
And hymn my praise with loud yahoo.
A new religion starts tonight.

But (you might think) that's asinine!
I'm just as much a god as you.
You may have built yourself a shrine,
But I won't bend my knee. Who
Asked you to be my god? I do,
Who am, as god, divinely right.
Now you must join my retinue:
A new religion starts tonight.


内容から解るように、今世紀に入ってからの詩です。
もう一つ、おまけ。

      Dreams: A Darwinian View

Before December had been named,
Or wolves or fire been well tamed,
When Man was but a shivering ape
Caught by the glaciers with no escape,
The snowbound nights, and days, as well,
Were a veritable hell,
And of the trials he had to bear
The worst were time and dread and care.
He could not simply hibernate:
Each dawn he had to wake, and wait
Through all the hours of a day
That wishing could not wish away --
And so he dreamt, and in his dreams,
Abolished is, invented seems.
He passed the time, and time passed by,
And so may you, and so shall I.


Emily Dickinsonに、はまりだしたようです。

    Safe in their Alabaster Chambers

         216

Safe in their Alabaster Chambers—
Untouched my Morning
And untouched by Noon—
Sleep the meek members of the Resurrection—
Rafter of satin,
And Roof of stone.

Light laughs the breeze
In her Castle above them—
Babbles the Bee in a stolid Ear,
Pipe the Sweet Birds in ignorant cadence—
Ah, what sagacity perished here!

version of 1859


Safe in their Alabaster Chambers—
Untouched by Morning—
And untouched by Noon—
Lie the meek members of the Resurrection—
Rafter of Satin—and Roof of Stone!

Grand go the Years—in the Crescent—above them—
Worlds scoop their Arcs—
And Firmaments—row—
Diadems—drop—and Doges—surrender—
Soundless as dots—on a Disc of Snow— 

version of 1861


Burnt Weeny Sandwichを聞きながら仕事してます。The Little House I Used To Live In は、Don Shugarcane Harris のヴァイオリンとやっぱり凄い Ian Underwood のピアノ。Don Preston の Moog か。

Leon Russell の連れのギタリストの方の Don Preston も嫌いじゃないです。

今日は、朝から、Freak Out!, Absolutely Free, Lumpy Gravy, We're Only In It For Money, Burnt Weeny Sandwich, Weasles Ripped My Flesh, Uncle Meat, Hot Rats と聞き続けて仕事をしています。
FZのおかげで仕事がはかどったということ自体、変ですね。

Uncle Meat に収録されている、未完の映画のシーンのせりふが30分あまり続くのを聞きながら、にやついて仕事しているのは変なやつです。
しかし、Porn に対する境界線というのは、40年前といまとでは大違いです。

FZは、音楽家、つまり、作曲家、作詞家、編曲者、指揮者、ギタリスト、歌手として進歩しているのかどうか。解らない。

バックのメンバーから吸収しているという部分は、かなりあるように思いますね。

1966年のFreak Out! を出す時点まででは、Ray Collins, Roy Estrada, Jimmy Carl Black たちは確かにバー・バンドの連中だけど、腕っこきなのは間違いなく、彼らと一緒にFZがステージで客とのやり取りの中で生まれたものが集大成された。

このバンドにIan Underwood, Bunk Gardner, Art Tripp, Don Preston といった正規の音楽教育を受けて譜面を読め、かつ、アドリブもきく連中から得たものを活かして1969年待つごろのさいしょのMothers の解散にまで続くわけですね。

この時代の大きな成果は、Lowell George のようなFZファンをグループに入れたことではなく、Aynsley Dunbar を見出したことでしょう。

続いてFlo & Eddie と200 Motels の時代。
ステージでのスキットとWaka/ Jawaka 要するにLumpy Gravy ~ Hot Rats へと続く大編成のスタジオ録音とを並行してやる。
このころに、Mini-Wazoo と称してJim Gordon を含めたメンバーで短いツアーをして「失敗」する。営業的にもメンバーのミュージシャンシップの面でも。

このあとに、Napoleon Murphy Brock, George Duke, Ruth Underwood, Chester Thompson, Tom Fowler にFZのバンドが1973年後半のツアー・バンドです。このバンドは、実力者ぞろいで、この時期のMothers のファンも多いと思います。

デューク、ブロック、トンプソンというメンバーでジャズ・フュージョン・マザーズそのものということもできます。ブロックがソロをやっているときFZは、脇でタバコを吸いながらにやついていたりするのですね。

世間一般の評価と必ずしも一致しないけれど、それまでの複雑なアレンジを毎日変えるFZの完璧主義は、強力なリハーサルと読譜能力を要求したわけですが、このときの連中は暗譜してやったのですね。

ルース・アンダーウッドについて少し書きます。マザーズのガリック・シアター時代に当時、コンセルヴァトワールの学生だったルース・コマノフは、FZにバンドに興味があると申し出、参加することになります。
インタヴューで、昼間音楽学校でクラシックの打楽器奏者の勉強をしていて夜、演奏を見に行き、あんなにひどい格好(ugly looking people)のバンドが素晴らしい音楽をやっていたので驚いたと言っています。
ルースは、マザーズガロスに戻ったときに声がかからなかったので相当失望したと語っています。

70年代になってMothersに復帰するわけですが、他のプレーヤーとルースが決定的に違うところがあります。ルースが在籍していた頃のツアー・バンドには、イアン・アンダーウッド、デューク、じゃん・リュック・ポンティといったコンセルヴァトワール出身者がぞろぞろいたわけですが、彼女は、全くソロをとらないのですね。
これについて、ルースは、全身全霊をFZの音楽にささげていたと語っています。

他のメンバーの例に漏れず、バンド・メンバーを道具扱いするFZに対してよくない感情をもっていた時期があったのはルースも同様ですが、最晩年の病室にFZを見舞っているのも事実なのです。


FZのバンド、あるいは、マザーズのメンバーは、ほとんどがFZに対してよい感情を持っていません。完ぺき主義者で、かつ、コンセルヴァトワール出身者のアイディアを搾り出させるようなことをやっていますからね。
でも、結局、この毒は、本人に一番強烈に回ったように感じます。

次いで、Terry Bozzio の時代というわけかな。

浅草や大阪でボジオ・ザッパ・バンドを見られた人は幸せなのか不幸なのか。
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by nk24mdwst | 2008-03-06 09:41 | Poetry


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