April 4, 1968

Martin Luther King, Jr.がメンフィスのモーテルのバルコニーで撃たれた日が、1968年4月4日です。JFKの暗殺の日の記憶は、それより4年半ほど前であるにもかかわらず鮮明にあります。しかし、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが撃たれた日の記憶は、ないです。

この日がBlack Music における、白人セッション・メンの地位を決定的に変えたのだと、Jimmy Johnsonは語っています。

モータウン・サウンドが基本的にハリウッドで録音されたのだと私も考えていますが、1969年頃には、Booker T. & MG's の連中もハリウッドに現れます。

南部のセッション・メンのハリウッド進出ともともと南部出身でハリウッドで仕事をしていたLeon Russell やDelaney Bramlett なんかが絡み合って当時のあのブームが起きたのか。宿題です。

1970年ごろ、Muscle ShoalsにやってきたRod Stewartは、ジミー・ジョンソン、Barry Becket, David Hood, Roger Hawkinsからなるマスル・ショールズ・リズム・セクションの四人組を見て、驚いたそうです。全員白人だったので。

アメリカに渡ってからのロッドは、どうでもよいのです。はっきりいって嫌いです。
Maggie May で一発あてるまでのロッド・ステュアートのソロ・アルバムは嫌いじゃないのです。声は、好き好きでしょうけど、1960年代終わりごろのロッドは、イギリスのブルース・フォーク・ロックの雄だったと思います。
まあ、FZが嫌う他愛のないteenage love songとは少し違う、イギリスのワーキング・クラスの生活が嗅げるような気がしたのです。

ただ、FZは、イギリスの音楽シーンについてファッション先行で中身がないとけなしていますね。そりゃ流行の先端であるはずのハリウッドからやってくると二流のやつらが偉そうにしていると感じたのでしょう。

Jeff Beck と一緒にやってたロッドは逆にあまり感心しないんですね。二人で全開すればよいというわけじゃないですからね。
Aynsley Dunbar(ex-Bluesbreakers, pre-Mothers, Journey andi ,Jefferson Starship)がTruth では、3曲ほど叩いてましたっけ。

Duane Allman が最初にボトル・ネックに興味を持ったのはジェフ・ベックの演奏だそうです。ブリティッシュ・インヴェイジョン・バンドが、アメリカ南部の青少年に与えた影響は大きいようです。

Booker T. & MGsは、半分が白人だったわけですけどね。

同姓同名で失敗を何度もしているのです。

マスル・ショールズのジミー・ジョンソンと、Syl Johnsonの兄貴のブルース・シンガーを同一人物と勘違い、彼のアルバムを集めてしまったりしていまして。

Mothersのキーボード・プレーヤーとLeon Russellと一緒にやっていたギタリストがともにDon Prestonという名前ですが別人です。
ギタリストのドンの方は、George Harrisonのバングラデシュ・コンサートでソロをやってましたっけ。ECよりも冴えてましたね。リオンのライブでもやってます。実はベテランだったのです。

Jim Gordonも少なくとも二人いて、Wrecking Crewの一員のエース・ドラマーで、キーボードもたまにやり、まあ、Laylaの作曲者の一人としてクレジットされているジム・ゴードンの他にWoodwind Player のジム・ゴードンがいます。管楽器奏者のジム・ゴードンもハリウッドで少なからざるセッションに参加しています。
ジム・ゴードンは二人いることに長らく気づかず、ドラムにキーボード、管楽器と凄いやつだと思っていました。

ちなみにホーン・プレイヤーのジム・ゴードンの経歴は、こんな
Jim Gordon graduated from high school in 1955, moved to L.A., got a scholarship to the L.A. Conservatory of Music, and recorded a jazz piano album for Delcro Records, "Garden Party". Studied clarinet, saxophone and flute with William Green. Studied composition and arranging with Marty Paich and Paul Weirick.In 1970 was on a concert tour/train trip/party with Delaney & Bonnie, Janis Joplin, The Band, The Grateful Deal, Buddy Guy and others. Check out the Festival Express movie.
http://www.jimsjazz.com/

感じです。

Festival Express は、上記の他、Flying Burrito Brothers, Ian & Sylvia なんて皆さんが出てます。列車の中でへろへろでJerry Garcia, ジャニス・ジョプリンたちがジャムっているシーンもあり面白いです。

ここで問題は、ブリートス、それからディレイニー&ボニーのバック・バンドのドラマーが誰かということです。ドラマーの方のジム・ゴードンはブリートスのレコーディングで叩いてますし、D&Bのレギュラーだったわけでこの時期は、ドラマーのはずなのですが、写らないのですね。
ホーン・プレイヤーのジム・ゴードンのみ参加だったのかな。

ドラマー・ジム・ゴードンは不世出のドラマーです。Laylaの話はいつかするかもしれません。

リオン・ラッセル一家のJesse Ed Davisのアルバム Keep Me Comin' では、キーボードでジム・ゴードンがクレジットされていますが。ジェシ・エドは、バングラデシュ・コンサートでもやってますね。
このときは、ECが薬のせいで体調が悪く出られそうもないというので声がかかり、ECは、みなさんご承知のようにちゃんとコンサートに出ているわけですけど、ジェシ・エドもちゃんと出してもらってます。

グレン・キャンベルも、12弦ギターの名手でウィチタ・ラインマンでスターになったGlen Travis Campbellと、イギリスで活動したJuicy Lucy, Misunderstoodで鋭いスティール・ギターを聞かせるGlen Ross Campbellがいます。

グレン・ロス・キャンベルもアメリカ生まれなんですけどね。そもそもジューシー・ルーシーは、イギリスでJohn Peelに見出されてレコーディング・キャリアが始まるのですが、もともとアメリカ西海岸のガレージ・ロック・バンドです。ベトナム戦争時代、徴兵を逃れてイギリスに渡っていたのです。

レッキング・クルーとモータウンの話には、あまりまだ触れたくありません。しかし、Carol Kayeが主張するように、Berry Gordyはまともにギャラも払わないろくでなしだったと思います。

ハリウッドで録音したにもかかわらず、ファンク・ブラザーズ伝説なんかでっち上げたのは、なおさら、ひどいです。もちろん音を聞けば、わかる人には解ってしまうわけではありますけれど、時代がハリウッド録音だということを言えなくしてしまった・・・ゴーディは最初から言う気はなかったでしょうけど・・・なんて側面があるのかもと考えています。

1960年代後半から70年代初頭にかけてのサザン・ロック・ブームが起きたcrew ならぬclueに近づいたような気がしています。

Shindog とShindigs、River Deep Mountain High, IkkettesにPhill Specterという線と、Macon, Memphis, Muscle Shoals, New Orleans を結びつける線を探しているのです。

要するにサザン・ロック・ブ-ムの前に一連のスワンプ・ロックなどと呼ばれたものの出自ですね。そうすると,D&B とその一党がリンクなのだと感じます。

D&Bとその一党は、基本的には、Ike & Tina Turner のパクリそのもだという認識とアイク&ティナにとっても、実演は別にして、River Deep Mountain High のレコーディンがうターニング・ポイントであったのではないかと考えています。
というのは、このレコーディングのプロデューサーがPhill Spector だったからです。
アイク&ティナのパクリとしてのD&Bのバックにシンドッグの音楽監督であり、スペクタ-・スク-ル卒業生のLeon Russell とその一党が中心となったのは、必然というべきなのでしょう。です。

時代のおかげで、Duane Allman や Clarence White がバックで演奏しているものがあったりするわけですが。
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by nk24mdwst | 2008-01-21 17:06 | 音楽


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