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Just another Monday

大晦日というよりは、単なる月曜という感じで朝からPCに向かって、RRA1998とTBOR3と格闘中。

DVDで法制定当時の模様を説明する弁護士の言葉をPCで再生、話の区切りごとに現地で聞いたときのメモに加筆。結構、ためになる、ですが、疲れる。

Duane Allman がミリタリー・スクールの寄宿舎へ、ポータブル・プレーヤーとB.B.キングのシングルを持ち込んで、練習していた様子を思い出します。もちろん、読んで知ったのですが。
ベビー・ブーマーである彼らが、例えば、学校へ行かずに髪を伸ばしてギターを手に取り、歌いだすなんて事に当時の親たちは、1950年代のクレンジングされたアメリカを生きてきたわけで、どうしていいか解らず、息子たちをミリタリー・スクールへ送り込んだりしたのですね。

Allman 兄弟の場合は、朝鮮戦争ベテランの職業軍人だった父親が、酒場のけんかで殺され、未亡人となった母親は、働きながら大学へ通って会計士の資格を取るわけです。余談ですが、アメリカでは会計士は大学で会計学を修めて試験合格する資格、弁護士は、大学卒業後、院に相当するロー・スクールを卒業後、試験合格する資格、です。
オールマン兄弟の話に戻ると、南部の田舎町ではぐれ物だった彼らは、GIビルで行ける学校ということで、有無を言わされずに寄宿制のミリタリー・スクールに入れられたのですね。そこをでたり入ったり。Greg の方は、卒業してますが、デュエインはドロップ・アウト。

どうようにミリタリー・スクールへ通わされたというと、Steve Stills が思い浮かびます。彼の場合は、中南米に両親がいたりするので、案外、父親は、その手の仕事だったりして。スパイ大作戦の世界。Frank Zappa が砂漠で高校生活を送る羽目になったのは父親がアトラス・ロケット開発→当然、空軍の仕事というわけで、アンドルーズ空軍基地の近くに住む羽目になった。

Gram Parsons もミリタリー・スクールへ行かされたのですね。

彼は、キングのフレーズをワン・フレーズずつ、ギターでコピーし、マスターすると次のフレーズに進んだと。A面が終わったらひっくり返し。

当然、マスターするまでに弾いては聞く繰り返すわけですが、ベッドに投げ出した足元にプレーヤーを置いて、プレーヤーのアームを足指で下へ戻したのだそうです。

17歳になる前に、デュエインの方は学校を辞めちゃいますが、1963年ごろのアラバマの話。

そのころslow hand of god の方は ・・・

1965年ごろ、南部のサーキットでデュエインのバンドの好敵手だったバンドのギタリスト、シンガーだったのがEddie Hinton ですね。

Eddie Hinton については、バイオグラフィのの骨子は、作りました。
いつどこで、生まれ、どういう育ちでどのような形で音楽と関わるようになり、マスル・ショールズのセッション・マンを経て、1980年頃に再発見され、没するまでです。
Son of Laura D and Horton C Hinton, Edward Craig Hinton was born in Jacksonville Florida on the 15th of June1944.
http://www.zanerecords.com/artists/hinton/biog.html
こちらに簡単な経歴とディスコグラフィがあります。


5 Menits 時代の録音も幸いにして入手できました。Tuscalusa Allstars 時代のやつも一緒には行っています。

ソロ・アルバムについては、ディスコグラフィを作って、演奏メンバー、日時等を特定したいと考えています。

セッション・ワークについては、非常にたくさんあるので、ちょっと困るのですが、網羅的なものを作ることは手に負えかねますので、重要なものをピック・アップするつもりです。

それから、彼の作品がDusty Springfield 等に採り上げられているのでそのあたりで重要なものをリスト・アップしたいと思います。

デュエイン・オールマンがなぜ、レイラ・セッションに参加したかというかレイラ・セッションにいたるまでの、Jim Gordon, Carl Radle, Bobby Whitlock の軌跡を追いかけてみたいとも考えています。
というか、要するに、ゴールド・スター・スタジオのエースたちがなぜ、イギリスへ渡ったか。キー・パーソンはLeon Russell だと考えているわけです。

要するにDelaney & Bonnie が、ECとWinwood のBlind Faith の英国ツアーの前座をつとめたのがきっかけだということはわかっているので、それ以前の話を確かめたいのです。

Shindig がポイントで、これはリオン・ラッセルが音楽やっていたわけですけど、Ike & Tina Turner がPhill Specter のプロデュースでRiver Deep, Mountain Highを作っています。リオンは当然、スペクターと仕事をしているわけです。
スワンプ・ロックなんてものがどれほど価値があったかどうかは別にして、その期限というのはこのあたりにあるのではないかな、という感じでしょうか。

あと、ブリティッシュ・ブルース・ブームでもPeter Green, Mick Abrahams という二人のAnglo Jewish ギタリスト、特に、ミック・エイブラハムズが気になる人なのです。

それから、イギリスからアメリカへ渡って成功したセッション・メンというのも何人もいるのでその人たちのこととか。

いずれにしろ本当に、気に入っている人、気になっている人のことって簡単にかけなかったりするような気がします。
by nk24mdwst | 2007-12-31 15:40 | 音楽


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