1. 行政手続法と税務行政手続
1.行政手続法の目的 行政手続法の目的については、同法1条1項において、 「処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続に関し、共通する事項を定めることによって、行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資すること」とされています。 行政手続法制定の必要性は、行政不服審査法、行政事件訴訟法によって、違法又は不当な行政作用が行われた場合における私人に対する事後的救済規定だけでは解決されない問題点があるからとだされています。 具体的な問題点としては、 原処分庁に対する異議申立て、上級処分庁に対する審査請求には、中立性の問題があること、行政処分即時発効性原則があること、不服申立てや。取消訴訟が提起された場合でも執行不停止原則がとられていること等だ(宇賀克也『行政法概説Ⅰ-行政法総論-』(有斐閣、20004年)344頁以下参照)とされています。 2.手続法と法的正義の関係 英米法におけるjustice概念を考えるとき、適正手続原則は非常に重要な位置を占めています。 Justice について、BlackのLaw Dictionary によるとfairness , equity と説明しています。つまり、公平、公正という意味になります。 具体的には、justice とは、適正手続によって証拠として採用されたものにより証明されたものが、法的正義であるということです。ですから、絶対的正義論を少なくとも英米法の世界で用いることは無いといえます。 Tax justice を仮に租税正義と訳したとしても、英米法における本来的意義は、絶対的な真実、真理の究明ではなくあくまでも法的適性手続に基づき立証されたものが正義であるという考え方です。わが国で「租税正義」論をいうときの前提とは全く異なっている事に留意が必要だと考えています。 適正手続における宣誓に基づく証言の持つ意味は非常に大きく、英米法における証拠法とそれを裏付ける偽証罪、法定侮辱罪は重罰を課せられる必然があるわけです。 3.行政手続法における用語の定義 行政手続法2条各号に用語の定義規定があります。重要なものを掲げます。 一 法令 略 * 不利益処分を行う際の通知と意見陳述の機会の保障が憲法上要請されるかについては、議論があるが、肯定説が有力である(宇賀・前掲書362頁)とされています。 なお、行政手続法3条一~16号において、行政手続法は、適用除外とされるものについて定めています。 4.行政手続法と国税通則法の関係 (1)国税通則法における行政手続法の適用除外規定 国税通則法74条の2①は、 「行政手続法第3条第1項(適用除外)に定めるもののほか、国税に関する法律に基づき行われる処分その他公権力の行使に当たる行為(酒税法第2章(酒類の製造免許及び酒類の販売業免許等)の規定に基づくものを除く。)については、行政手続法第2章(申請に対する処分)及び第3章(不利益処分)の規定は、適用しない。」としています。 次に、同条2項において、 「国税に関する法律に基づく納税義務の適正な実現を図るために行われる行政指導については、行政手続法第35条第2項及び第36条の規定は、適用しない。」として、国税に係る行政指導に関し、原則として適用除外であると規定しています。 行政手続法35条2項 行政指導が口頭でされた場合において、その相手方から前項に規定する事項を記載した書面の交付を求められたときは、当該行政指導に携わる者は、行政上特別の支障がない限り、これを交付しなければならない。 として、届出に関しても適用除外としているのです。 (2)税務行政における行政手続法適用除外に関して 先に見たように、更正・決定・賦課決定等の確定処分、国税の徴収処分、青色申告の承認の取消処分、青色申告の承認申請等に対する処分に関し、行政手続法は、適用除外とされることとなります。 適用除外の理由については、学説は、例えば、 「①国税に関する処分の多くは金銭に関する処分であるから、事後的な処理で処理することが適当であり、この点については国税不服審判所への審査請求が整備されていること、②国税に関する処分が大量・反復的であること、③限られた人員で適正・公平・迅速に手続の処理を図らなければならないこと、④申請の審査基準としては通達が公表されていること、⑤申請に対し遅滞無く処理期間が定められている例が少なくないこと、⑥処分理由の提示が要求されている場合があること、⑦弁明の機会・聴聞の実施についても規定がおかれている例があること、等の理由によるものである」(金子宏『租税法第12版』398頁)としています。 この視点においては、所得税法等の質問検査権を巡る論点については、全く考慮されていません。質問検査権をめぐる議論のうえで、いわゆる「必要があるとき」概念に関し、最高裁第三小法廷昭和48年7月10日判決の論理と結論を自明としているからだと考えられます。 なお、適用除外の理由として挙げられている点に関しては、金銭に関する処分であるからこそ事前の手続規定の整備が必要となってくるのであり、国税不服審判所制度が整備されていたとしても現処分庁である国税当局と国税不服審判所との間の独立性、中立性に関し問題があるという点は、従来指摘されているところです。 また、通達が公表されるのは当然の話であり、逆に、通達は、行政手続法の規定の外にあることに留意すべきなのです。 処分理由の提示が要求されているのは、青色申告者の「特典」として規定されているので、一般的規定ではありません。なお、青色申告者の特典として異議申立ての省略もあります。 次に、学説は、 「租税行政機関の行う行政指導、たとえば、修正申告の慫慂、納税相談・税務相談における指導、記帳および記録保存の指導等にも、行政指導の一般原則(行政手続法32条)、申請に関連する行政指導(同33条)、許認可の権限に関する行政指導(同34条)、行政指導の趣旨・内容・責任者名の明示(同35条①)等の規定は適用されるが、書面交付の規定は適用されないことになる。この適用除外は、それを適用することには、『税務行政全体の遂行上申に支障となる特別の事情が存すると認められる』という理由によるものである」(金子・前掲書599頁)としています。 ここでも、租税実務において非常に重要な論点である修正申告の慫慂の問題については、当然のこととされているようです。不利益処分につながる、青色申告承認の取消し、加算税の賦課基準等は事務運営指針が公表されました。 しかし、本来であれば、個々の事案に関しての適用の可否(青取り、重課)、また、推計課税については、その課税の根拠等に関する開示がなされるべきであり、国税通則法における税務行政に関する行政手続法適用除外規定が障害となっています。 いわゆる、明示と書面の交付は同じようであって全く異なるものです。口頭による明示の有無は、後でそれがあったか否かを立証することの困難が予想されるからです。 (3)その他の検討事項 なお、電子申告の根拠法とされるのは、行政手続オンライン化三法(行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律、行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(整備法)、電子署名にかかる地方公共団体の認証業務に関する法律)です。電子申告という租税債務の確定手続において最も重要だと考えられる事項に関し、個別法ではなく、通則法としての行政手続オンライン化三法を根拠法としているにもかかわらず、税務行政手続において原則として行政手続法を適用除外としているのは均衡を失していると考えています。 ところで、税務に関連しているにもかかわらず、行政手続法の適用除外とされていないものがあります。国税犯則事件に関わる事案、酒類販売免許に関わるものに関しては、行政手続法3条の適用除外規定の中に具体的に適用除外規定が定められています。 なお、税理士業務に関する行政手続に関しては、行政手続法が適用されます。行政手続法に適用除外とする規定はありませんし、税理士法は、国税通則法がいう国税に関する法律ではありませんから。 電子申告の根拠法は、いわゆる行政手続オンライン化三法です。これらによって行政手続上必要とされる書面による申請、届出等は全て電磁的方法により行うことが可能とされたわけです。 なお、整備法の規定により、税理士法が改正されています。同様に改正されているのは、司法書士法、行政書士法、社会保険労務士法、海事代理士法です。弁護士法は改正されていません。 行政手続法オンライン化算法においては一般的な民法上の代理概念が適用されることになるので、上記の士法に関する規定の改正は不要であるのではないかと考えるのですが、あえて改正がなされたことに意味があるはずなのですね。 税理士について言えば、いわゆる税務代理という概念と民法上の代理概念は違うということでしょう。 税務行政に係る手続規定は、原則論としては、行政手続法の適用除外を外すべきでしょうが、その特殊性を考慮すれば、国税通則法の改正という方向性が望ましいのかもしれません。 (4)諸外国における税務行政と行政手続法 税務行政手続における行政手続法の適用除外規定を有する国としては、ドイツがあります。しかし、ドイツにおいては、行政手続法の制定・施行に伴い租税基本法を抜本的に改正し、税務行政手続に関して事前手続規定を大幅に整備しているのです。 また、アメリカにおいては、IRC(内国歳入法典)自体に、税務調査その他に関する詳細な手続規定が存在するだけではなく、一般の税務行政における課税処分及び徴収処分に関しても、当然に行政手続法(Administrative Procedure Act: APA)の適用を受けることになります。 さらに、財務省及びIRS(内国歳入庁)は、非常に難解・複雑なIRC(内国歳入法典)を執行に関する行政規則を制定する権限をIRCにより与えられています(IRC§7805(a))。 それによれば、 「財務省の官吏や職員以外のいかなるものかにより、明確に受権された場合を除き、財務長官は、法の執行上必要とされる全ての政令(rules)及び規則(regulations)はもちろん、内国歳入に関する何らかの法の改正を理由として必要とされる政令と規則を含む諸規則の制定ができる。」として、内国歳入法典自体が、財務長官に対して、内国歳入法典の執行と改正に関して必要な規則制定権を明文により与えていることになります。 しかし、これらの政令及び規則は、 APAによって制定された公式規則制定手続によって制定・公布されることになっているのです。 なお、アメリカにおいても、税務調査の必要性概念、いいかえると、調査対象者選定基準については、曖昧な部分があるのは事実です。 また、一般の税務調査は当然任意調査なのですが、それと召喚状(Summons)によって裏付けられる強制調査との境界は非常に曖昧です。 さらには、いわゆるCriminal Investigation(租税関連犯罪調査)部門が行う調査は、日本の査察とは全く異なり、組織犯罪や国際的資金洗浄、麻薬取引といった一般の刑事法が適用される事案を扱うものだととらえるべきです。ミランダ裁判で有名である通り、アメリカにおける刑事訴訟は、証拠収集手続等に関して非常に厳格に規定しているのですが、IRSのCriminal Investigation に関しては、行政権限に基づく調査であるという点でアメリカの刑事訴訟手続が要求するよりも緩やかな条件で立ち入り調査ができるという側面があるのも事実なのです。 (5)税務行政における行政手続法の適用 原則論としては、税務行政一般については行政手続法の適用を受けるのが相当だと考えます。また、立法者も、仮に、税務行政に関して行政手続法の適用除外を原則として認めるのであれば、国税通則法その他個別税法において税務行政に関わる事前手続規定を明確に定めることを予期していたのだと考えたいのです。 「国税通則法1条1項は、『国民の納税義務の適正かつ円滑な履行に資すること』を究極目的として規定されているが、国税通則法の改正を行うに際しては、納税者の権利保護も、あわせて、究極目的として規定されるべき」(宇賀『行政手続・情報公開』(弘文堂、2001年)146頁という考え方に立つ必要があるでしょう。 電子申告について、各国のサイトだけ紹介しておきます。 先ず日本の国税庁の電子申告(e-Tax)ポータルサイトです。 IRSのe-file のポータルサイトです。 カナダは、Canada Revenue AgencyがEFILEと呼ぶ個人の電子申告のポータルサイトを設けています。法人や代理人等を含む総合的な電子申告に関しては、E-services というポータルサイトがあります。 オーストラリアは、Australian Taxation Office が Online Services という形でポータルサイトを作っています。これは本当に入り口の入り口です。
by nk24mdwst
| 2007-12-18 16:10
| 租税法(日本)
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