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it's over and the next's coming

しかし、翻訳というのは難しいものですね。読んで理解するということと(理解したつもりになるということというべきか)と、他人が外国語で書いたものを別の人に対して日本語で原著者の意図のとおりに伝えるという仕事は、とても私ごときがやれることではないと、つくづく感じました。

法律概念、税法の専門用語、日本にない組織等々、定訳がないものは、困ります。私の力不足なのだけど、共同作業において他の人と日本語に対する感覚が違うのですね。読みにくい原文を読みやすくすることはご法度であるようです。

日本では、新しい国税通則法が制定されました。一昨年の暮れに民主党政権が提案したときは国税通則法という名前を変え、納税者の権利保護を第1条の趣旨規定に入れ、さらに、納税者権利憲章そのものを条文化したという画期的なものでした。

確かに、現状追認という言い方で従来よりも納税者に対する義務強化になる規定もありました。その一点を取って、従来、納税者権利憲章制定の運動をしていた人たち、学者などから不十分だという声が上がりました。逆に、課税庁側からは、こんなのが入ったら調査ができないという巻き返しもあり。とどのつまりは、義務強化規定だけが残ったような感じに見えます。
実際、そのとおりなのですが、従来全く規定のなかった質問検査権、つまり調査事前手続きについて原則事前通知とすること等、手続規定としての体裁を整えたものになったこと自体は一定の評価をすべきでしょう。
ここでいう、評価というのは、褒めているという意味じゃなく、また、けなしている意味でもなく、客観的に評価をして実務においてどう対応すべきか考えるべきという意味です。

ところが、権利憲章がポシャッタためか、現実に法定化された新しい通則法の元における税務調査関連手続に対する対応についての議論が、納税者、税理士、税理士会、日税連の側からほとんどありません。課税庁は、静かに準備を進めているにもかかわらずです。というか、今年の9月から内部事務に関しては全税務署において試行するとしているのですけどね。

と書いてきてみて、すこし、個々の条文を検討しながらというか条文をきちんと読むということが必要なんだと。内内の勉強会でちょっと話したことはあるのですが。

やっぱり、字数に制限を受けないというのは気楽ですね。短い言い切りの中で議論をしようとするツイッターなんてろくなもんじゃない。フェイスブックは、お行儀良くしていないと楽しくないし。フォーレター・ワーズが出ないところがフェイスブックのいいところなのですけどね。逆に、主義主張が違うようなことは言い出しにくい。
おっと、脱線。

ここまで書いてきて思ったことは、ベントレーの本は事後救済手続、システム論が中心だったなと。

世界的な納税者の権利憲章の広がりっていうのは、左側からの圧力じゃなくて、適正手続、事前予測可能性、税務当局ともめたときにおける処理の仕方(最終的には滞納処分)においてどうすれば、納税者、課税当局双方が(特に後者が)最小コストで税務行政を運営できるかっていう視点からでてるのです。だから、OECDが、モデル条約なんか作る。

結果としてどうなっているかというと、国家財政が破綻したアフリカ諸国に対して、IMFと世界銀行がタッグして乗り込むときに徴税システムを効率的に動かす必要があるから、納税者権利憲章も入れるなんて話なのです。
まあ、日本が財政破綻してIMF管理になったら納税者権利憲章もできるでしょう。もちろんそのときは、今よりもはるかに高い消費税その他の租税負担と強力な徴税攻勢とセット。だって、国家の借金を返すためには売上増大、つまり課税強化しかないわけで。

財務省主税局レベルでは、納税者権利憲章を入れなきゃいかんなんてことはわかっているわけです。TPPじゃないけど国際標準にならない。

例によって書いているうちに興奮してはないsがどんどん飛躍しているのを感じます。これをきちんと、論理立て、裏づけを付しながら書かなきゃいかんのだけど、編集者のいないブログゆえ、今日は、これにて、御免。

話が全然変わりますが、りマスターされた大映の座頭市シリーズの1960年代のやつはいいですね。

次は、明日かも知れず、来月かも知れず、税金の話か、音楽の話か・・・
by nk24mdwst | 2012-05-11 20:44 | 租税法(アメリカ)


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