続きです。ここでは、グリーンブックについて。
2.オバマ政権の2010年以後の税制改革案(グリーンブック) 2009年5月12日、米国財務省は、2010年会計年度予算概要案(the Green Book)を公表した。2009年法において導入された税額控除の恒久化、税率構造の見直し、国際課税強化等が盛り込まれている。 財務省案によれば、この改革により、個人の貯蓄を7,365億ドル(特に、中所得層)、事業部門においては、710億ドルの長期的貯蓄をそれぞれ促進するとしている。また、9,000億ドルの税収増が見込まれるとしている。 また、10年間で5,350億ドルの税収減に対して。新たな立法による温暖化対策強化が財源とされる。温暖化対策に関する税額控除等に上限を設ける、あるいは、温暖化対策に反する取引に対する課税強化が提案されている。ガソリン税の引上げ等。 財源試算等については、グリーンブックを参照、検討する必要がある。 (1)個人課税について ①Making Work Pay Credit 2009年法により、2009年、2010年において適用が認められた新しい税額控除制度であるが、これを恒久化する。 議会は、この制度の拡大を望んでいる。源泉徴収段階において調整する場合、源泉徴収税額が少なくなり、結果的に、複数の職に就いている個人及び年金受給者は、源泉徴収税額がなくなるものが出る可能性がある。 *従来、アメリカでは多目に源泉徴収されているので、給与所得者は通常、申告により税額が還付されるのが普通であった。10月のTIGTAのリポートによると、この制度の適用誤りのせいで、申告の結果、納付税額が発生する納税者が数100万人出る可能性が指摘されている。具体的には、一定の所得金額以上の夫婦合算申告者、二ヶ所以上から給与の支払を受けるもの等である。 *個人的には、この制度の導入を深読みして、I.R.S.の個人申告業務を減らし、将来的な連邦レベルの付加価値税導入に備えるものと考えたりしたが、ことはそう簡単ではなさそうである。 ②税率構造改革 現行、及び提案されている税率区分の表を表にすると、次のようなものである。なお、表の下の三行は、ネット・キャピタル・ゲイン課税の税率を表し、分位は、適用年における、通常所得課税における所得分位を表している。 2011年における適用税率に関しては、ブッシュ政権時代の立法により、既に確定しているので、案で示されているような新たな立法手当てが行われないとそうなるという意味である。 * ブッシュ政権時代の税制改革の負の遺産に関しては、2010年における相続税をめぐる迷走にも現れている。 通常所得適用税率 所得階層 2009及び2010年 2011年 2011年改正案 最下位 10% 15% 10% 第二位 15% 15% 15% 第三位 25% 28% 25% 第四位 28% 31% 28% 第五位 33% 36% 36% 最高位 35% 39.6% 39.6% キャピタルゲイン課税適用税率 所得階層 10%、15%分位 0% 10% 0% 中間分位 15% 20% 15% 上位二分位 15% 20% 20% ③税率構造改正について 2001年法(The Economic Growth and Tax Relief Act of 2001, EGTRRA)によって制定された現行税率は、2010年で期限が切れる。 改正案では、15、25、28%の税率を今後10年間残し、2001年法制定前の最高税率36%、39.6%を復活させる。これらの税率は、所得200,000ドル(合算申告250,000ドル)以上に対して適用される。 これにより、10年間で3,195億ドルの税収増となる。 現行の35%の税率は、課税所得371,000ドル以上、33%の税率は課税所得172,000ドル以上に適用される。改正案では、200,000ドル、250,000ドル以上の所得に対して36%、36.9%の税率が適用されることになっている。ただし、調整所得金額を基準とするか、課税所得を基準とするかは、明言されていない。 200,000ドル超の課税所得-(概算控除+人的控除一人分)に対して、35%を適用し、250,000ドル超の課税所得-(概算控除+人的控除二人分)に対して、39.6%を適用するという説明がある。 キャピタル・ゲイン課税に対しても同様の説明があり、適用税率28%以下の納税者は、増税にならないとしている。 ④キャピタル・ゲイン課税 2003年及び2006年に議会は、キャピタル・ゲイン及び配当所得課税に関して適用税率を15%(10、15%税率適用者に対しては0%)に引き下げている。 改正案では、上位二分位税率適用者に対しては、20%の税率適用を提案している。これにより、10年間で1,179億ドルの税収増を見込む。 2003年改正前は、配当所得は総合課税されていたが、新たな立法が行われない場合は、2011年から総合課税に含まれることになる。 *ブッシュ政権時代におけるアメリカの税制改正を追っていなかった不明を恥じている。一般に言われているのとは異なり、アメリカでは既に二元的所得税というか金融所得に対する優遇税制をブッシュ政権時代に導入していたということである。さらに、これが、幾度かのバブルの形成と崩壊の果てとしての、今回の金融津波の延引となったというべきであろう。 ⑤ AMT修正 AMTの修正を継続し、さらに、AMT計算に用いる控除額の拡大とAMT税額控除(還付なし)を導入する。中間所得層の税負担軽減。 財政赤字が拡大しているので制度自体の撤廃は難しい。 ⑥ 実額控除に上限設定 2001年法により、それまでの実額控除の上限が撤廃された。これは、2010年1月1日以後については、この規定は、無くなることになっている。 改正案では、実額控除の上限を復活させる。対象は、200,000ドル(合算申告250,000ドル)超の所得のあるもの。 医療費、投資に関る利息、盗難災害損失、ギャンブル損失+調整所得金額×3%の合計額と、実額控除全体の80%のどちらか大きい金額を限度とする。 * バーナード・メイドフその他、同様のポンジー・スキーム(ねずみ講)による投資損失は、本来、詐欺によるものであり、控除対象とはならないが、今回の一連の事案については、損失を控除できるようになった。控除の繰戻還付も認めた。要するに、I.R.S.も結構いい加減な日和見主義だってことか。 ③ 高額所得者に対する人的控除の適用除外 200,000ドル(合算申告250,000ドル)超の個人に対して、人的控除を廃止する。 *日本の場合でいえば、子供手当てには所得制限を設けるべきであろうし、人的控除は課税最低限の問題とも密接に結びついており、手当てを新設するから、手当支給対象となるものに対する扶養控除を廃止すべきではないと考える。 この扶養控除に関しても、公平性を目指すのであれば所得制限を設けるべきであろう。かつての、老年者控除には所得制限があったのであり、そのような制度構築は必ずしも難しいことではないと考えられる。 さらに、所得把握のための前提としての納税者番号制度不可欠論には、賛成しない。 ④ 実額控除の制限 2001年法成立前のように、特定の控除については、上限を設ける。住宅ローンの利子、慈善事業に対する寄付等が対象となる。 *日本の税制にける議論においては、給与所得控除の本質等とあわせて論じられる必要があろう。 ⑤アメリカ機会税額控除 2009年法により導入された40%まで還付可能な税額控除の恒久化。 10年間で、485億ドルの税収減。 ⑥州及び地方税の控除 州等の売上税の控除を2010年まで延長する。 ⑦子女税額控除 2009年法による改正を恒久化。三人目以後の子供に対しての適用も検討。 10年間で7,009億ドルの税収減。 ⑧退職対策 従業員に対して退職プランを持たない納税者は、IRA(individual retirement account)への自動的加入を強制されることになる。ただし、従業員10人以下は、任意とされる。 401k以外のプラン、年金制度も検討中とされる。 ⑨預金者税額控除 低中所得層に対する、IRA税額控除は、最高1,000ドルで還付不可である。 Saver’s Credit は、全額還付可とされる。この税額控除の50%は500ドルを上限として積み立てることもできる。 控除対象となる貯蓄金額は、調整所得金額32,500ドル(合算所得65,000ドル)を超えるものについては、5%ずつ漸減、消失する。 (2)事業者に対するもの ① 事業損失の繰戻還付 2009年法では、適用対象者に制限を設けたが、これを全事業に拡大するというのが議会の要望である。改正案では、2009年の状況を見てとしている。 2009年において357億ドル、2010年において47億ドルの還付が見込まれている。 ② 小規模事業株式譲渡益課税の軽減 小規模事業が、2009年法で規定した期間内において新たに発行した株式を取得したものに対する非課税枠を100%とする。 10年間で58億ドルの税収減。2010年以後、20%のキャピタル・ゲイン課税が行われる高額所得者にとって有利な措置。 *中小企業に対するベンチャー資金導入インセンティヴだと考えられる。 ③ 研究開発費税額控除の拡大 14%の税額控除を恒久化。 10年間で、744億ドルの税収減。アメリカ企業の国際競争力強化、研究開発の本質(成功か失敗か)による。 (3)国際課税の強化 ・ 米国課税所得に含まれていない国外所得に係る控除の延期(研究開発費を除く) ・外国税額控除枠の縮小 ・国外源泉所得を課税対象から外し、外国税額控除を利用することの禁止 ・チェック・ザ・ボックス・システムを用いて、国外企業の実在性を判定 これに対して、アメリカに基盤をおく多国籍企業の国際競争力の低下の可能性が指摘されている。 国外源泉所得は、米国内に送金されるまで課税延期をすることができるが、所得に係る控除を延期することにより制限する。 2010年12月31日までは、これらの規定は適用されない。遡及効は無い。 上記以外に国際課税に関して、無形資産の移転により所得移転制限、外国税額控除、国外子会社等に係る利子等の控除等に関する制限強化が提案されている。10年間の税収規模116億ドル。 *移転価格税制に関する抜け道が残っているという指摘あり。 *既に、多国籍企業で拠点を米国外に移す動きあり。 (4)後入れ先出法の廃止 石油関連企業、大手小売業を中心として後入れ先出法(LIFO)を用いている企業が少なからず存在する。10年間の税収規模650億ドル。課税ベースの拡大につながるので議会は承認の可能性高し。 棚卸資産の評価において、低価法、陳腐化、不良品等による評価損の計上を禁ずる。ただし、会計報告において用いている評価法である場合は、除く。 (5)その他 ① 経済的実質主義の原則の法制化(Codification of Economic Substance Doctrine) 判例が統一されていないので、法制化が必要だとされた。 *この経済的実質主義の合理性については、日本の学説では否定的であるが。 脱漏所得に係る利息の控除を禁ずる。 ② ヘッジファンド・マネージャーやパートナーシップのパートナーが得る利子 キャピタル・ゲイン課税されていたが、通常所得とされる。 *この点に関しては、法改正がなされた。 ② オフ・ショア租税回避の取締り強化 オフ・ショアの金融機関、仲介業者(ファンド等)からの情報申告を義務化する。 ④ 情報申告強化 タックス・ギャップを埋めるため、情報申告義務を強化。年間600ドル以上の建設事業者に対する支払い報告義務、及び、TINs(Taxpayer Identification Number)の無いものに対する支払いに対する源泉徴収義務を制定する。 年間600ドル以上の建設事業からの収入があるものにTINs取得を義務付ける。生命保険会社からの情報申告義務強化。情報申告を不作為に怠ったものに対する罰則強化。 *アメリカにおけるタックス・ギャップ論の本質は現金取引に対する大規模な課税漏れが存在であったということを認めたものと考えられる。 ⑤ コンプライアンスと執行 1,000万ドル以上の資産を有する企業に対し、電子申告(e-file)を義務付け、従わない場合は、25,000ドルの罰金を課す。 申告代理業者で年間250件(個人所得、相続税、信託を含む)以上行うものは、100件以上を電子申告する義務を課す。 *2009年6月4日 ロイターによると、IRSは、申告代理業者に対する資格取得等の規制強化を進める方針を表明した。 Ⅲ.タックス・ヘイブン対策、州その他の地方政府財政の悪化 タックス・シェルター規制については、スイスのUBSに対する顧客情報提供訴訟がある。 フロリダ連邦地裁は、スイスのUBSに対するI.R.S.のジョン・ドウ・サモンズの有効性を認めたものの、スイス政府は、UBSが顧客情報を開示することはスイス国内法に違反するとして対立。外交的決着が行われている模様。 *スイスの大手プライベート・バンクであるUBSから顧客情報を入手できるかどうかのジョン・ドウ・サモンズ(相手を特定しない召喚状)の有効性を巡る訴訟継続中にスイス政府との間で外交的決着が図られ、UBSは、4400口座について開示を行った。これに対して、I.R.S.は、10月24日までの特例として、自主的に海外逃避資産があることを申し出たものに対する刑事訴追の免除、利子税、加算税等の軽減をするという告知を行い、結果的に15,000人余りが、出頭したとされている。過去10年の年間平均は100人に満たない。 なお、これらの事件の発端となったUBSのアメリカ支店の責任者、複数の納税者については、若干の軽減はされたものの罰金と2~3年の実刑判決が出されている。また、上記の自己出頭した納税者に関しては、免除、軽減規定が適用されるが、それらに対してスキームを作成、提供した弁護士、会計士、投資銀行等でオフ・ショア取引においてペーパー・カンパニーを設立したものに対しては厳罰をもって処するとシュールマン長官(43歳)は、言明している。 アメリカの地方政府は、州憲法等により均衡財政を義務付けられているところが多いので、景気後退、現在の不況は、税収減を招く。州の基本財源である、州個人所得税、州法人所得税、売上税のいずれもが景気後退、消費減退の影響を受けている。市以下のレベルにおいては、固定資産税が主要財源であるが、不動産価格の下落の影響を受けている。 ブッシュ政権下におけるバブルで好況であったところほど、反動として税収減幅が大きい。カリフォルニア州、フロリダ州、ニューヨーク州、ワシントンD.C、ニューヨーク市等が典型である。歳入減に直面した州政府等が採れる対応策は、増税又は歳出削減、あるいはこの両者の組合せである。増税は、既存の税目における税率の引上げ、課税ベース等の拡大、さらに、新たな税の導入法案が各州で立法、審議、議論されている。 財政状態がもっとも悪いのはカリフォルニア州で、雇用削減、増税、さらに決定していないが連邦政府からの融資を受けられたとしても財政は、破綻状態である。1970年代末の、いわゆる納税者の反乱により、州税の引上げが困難になったのが主因である。不動産バブルで、不動産価格が高騰していたにもかかわらず、固定資産税の増税は行われなかった。 財源としては、高額所得の個人所得税の増税(ニューヨーク州他)、あるいは売上税の税率引上げが一般的である。 売上税は、一般に消費地課税原則であるが、消費地に販売店等が存在することが想定されている。アマゾン・ドット・コムは、ニューヨーク州に恒久施設を有していないので、同州に対する通信販売に対して売上税を課されていなかったが、これに課税する法案が成立、現在、ニューヨーク州最高裁で訴訟となっている。 砂糖含有量の多い炭酸飲料に高率の売上税を課すという議論が全米レベルで行われている。年初に、ニューヨーク州において否決されたが再燃している。その他、賭博、売春、麻薬を合法化し、それに課税するという議論もある。 オン・ショア・タックス・ヘブンとしてデラウェア州における法人所得税非課税が全米各州から問題視され、本来、得られるべき税収をデラウェア州に負担させようという議論もある。
by nk24mdwst
| 2009-12-24 11:34
| 租税法(アメリカ)
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