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bad bad feelin'

昨日の晩は、ほとんど眠れませんでした。

本当なら別にするべきなんでしょうが、昨日の書き込みの後半に書いたようなことがあったことが一つ。あの部分は真夜中過ぎに書き足したのですが。

眠れないのでというか、睡眠導入剤にしようと思って、ザッパを聞きながらロバート・パーマーのBlues and Chaos の中で飛ばし読みをしたところを読み出したら、眠れなくなったのですね。

パーマーのスタンスがどうこうという資格は私には無いんでしょう。ただ、非常に、20世紀のアメリカや世界の音楽について該博な知識を持ち、広い交友関係を有し、誠実に、かつ論理的一貫性を持って書いているのだということは、認めます。

そうすると、彼が書いたもののうち、半分というか、ある範囲に関しては非常に個人的に共感するのです。残りの半分は、全く反対の感想を持っていることを確認しました。
パーマーの論理的一貫性はあるわけですから、私が馬鹿なのか、パーマーがわかってないのか、どっちも馬鹿で解っていないのかのいずれかですね。

飛ばした部分というのは、オーネット・コールマン、ザ・バンド、クラプトンのインタヴュー、ストーンズ、ゼップ、それにジョン・レノンについて書いた部分です。
ここに上げた人やグループについては、今でも好きなものもあれば、昔、かなり聞いたけど、価値の転換が起きて聞かなくなったもの、そして、最初から好きじゃないものというわけなんですね。

ブルーズ・イディオムと12音、ポリリズム、無調、クラシック・ロック伝説、ロックとロックンロールの境界というようなことを念頭に論じている(クラプトンはインタヴュー)のですね。基本的に、これらを同等に評価しているというわけです。

アーサー・ブライズとかデヴィッド・マレイなんて昔懐かしい名前も出てくる、オーネット・コールマンの章では、唾棄すべきものとしてフュージョンを定義しているのですね。
槍玉に上がるのは、ジョー・ザヴィヌルとか、キース・ジャレット。
この感覚は、1970年代半ばの私の感覚と同じなのですが、今は、オーネット・コールマンとかセシル・テイラーを昔のように聞くことはできないのです。ピー・ウィー・クレイトン・ブルーズ・バンドにオーネットはいたのですね。それがゆえに、マイルスに正統派ではないと批判されるのもいかがとは思いますけど。

いずれにしろ、直感的に思ったのは、背伸びしたガキだった17歳の自分を思い出してしまって、何か苦いものがこみ上げて来ました。

私は、ゼップⅡとスライのStand を15歳のときに交換した人間ですし。ゼップは、今は一応、CDでは人といりあるような気がしますが、真面目な聞き手だったことは無いです。ゼップⅢのあの紙の円盤がくるくる回るやるも持っていたのですが、どこへ行ったのか。友人にあげたのかな。

いずれにしろ、12音、クウォーター・トーン、ポリリズムまで含めてブルーズ伝統の中で捉えてしまうというのは、ちょっと理解を超えます。そして、ブルーズの伝統を超える存在としてのゼップの偉大さといわれても。
ゼップを真面目に聞く必要があるのでしょうかね。

基本的には、1960年代後半の無垢な革新性を信じていたんでしょうね。

ティンパン・アレイとハリウッド製の音楽を完全に無視しているのも、今の私の完成には合いません。気がついたら、ロバート・パーマーより私のほうが長生きしているようですし。
インテリで文章家だけど、精神はフォレスト・ガンプ。

アーカンソー出身だというのに、南部出身者が持っているとされるコンプレックスが感じられないのが逆に異様に感じます。ただ、デュアン・オールマンと同様15歳でジューク・ジョイントに出入りするようなことをしていたようなのですが、社会的な背景のようなことに一切触れないのは、少し違和感覚えるのは、それこそ大きなお世話でしょう。

ザ・バンドでは、ロビー・ロバートソンのお友達なんですね。同郷のリーヴォン・ヘルム派ではない。このあたり、南部出身者独特の階級意識の反映かな。リーヴォン・ヘルム派でありながら、彼のドラム・スタイルに我慢ができなくなっている私は辛いのです。

ジョン・レノンが射殺される一ヶ月前、Double Fantasy のミキシングをしているところへ来いとレノンから声がかかったというところから始まる、ジョンの話は、いい話だと思いますが。

クラプトンのインタヴューでは、クラプトンに対して否定的ではないパーマーの質問に対するピンボケ返答が面白いというか、実に、悲しい。

昨日の晩、酔って、私に税制理念で絡んだ人と世代的に同じ人なので、同様の違和感がぶり返して眠れなくなったというお粗末。

バーズのミスター・タンブリンマンのアルバムを聞きながら、といっても最後まで聞いちゃいましたが、それで、眠りました。

まあ、しかし、睡眠導入剤にならない本を書くんだから偉いものです。

視座を定めてきちんと自分の論理を展開するので、それに賛成するか反対するかどうかは別にして、ある種の刺激を受けるのですね。私が、このブログで、クルーグマンを引用しているのもl、彼の主張にすべて賛成しているからではなく、彼の視点、視座が定まっているからです。そうすることによって、クルーグマンの主張と正反対の人の言い分、中途半端な政治家の立場等を客観的に眺めることができると考えているからです。

昨日の晩、私に絡んだ人は、12年前に消費税を認めない人間は戦後の日本の高度成長を否定する人間だといった人物と同一人物だったことを思い出しました。

彼の言い分を認めることにしましょう。そしたら、彼より若い世代の私は、じゃ、あんたらの世代は何を作ったんだって言い返しますけどね。昨日は、私のことを主義者呼ばわりしたことまで思い出しました。

私は、ハイエクが一番だと考えていますし、政府の管理なんか大嫌いのアメリカ的な草の根保守のつもりなんですけどね。ただ、本音はそこですが、建前というか理性は、それでは回らない、社会は変わっているという認識なんです。

こういう風にぐるぐる回りだすから、私の書く文章はとりとめがなくなるのですね。
いつも書きますけど、書いているうちに思いつくんだからしょうがない。下書きをして書くということをしないから。

書き直し、見直しをしていたら切がないということもあるのですが、それ以前に、とにかく思いついたときにそれを書いておかないと忘れてしまうのです。

昔は、新しいことを何か一つ知るたびに、それで私の中の世界観、歴史観、社会観を全部ヴァージョン・アップするって感じだったんですが、とにかく物忘れが激しく、回転が鈍くなった頭では、出たとこ勝負しかない。
by nk24mdwst | 2009-12-12 16:49 | 音楽


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