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つゆ入り宣言があったおかげでしょう、今日は、朝から晴天、山がきれいです。

昨日の晩飯は、美味しくなかったですね。料理は、ちゃんと温かくて、良かったのですが、一緒に食事をした人たちが悪かった。
まあ、付き合いだから仕方がないというものの、人間、一生のうちにものを食べられる機会は限られているので、どうせなら美味しい食事をしたい。
美味しい食事というのは、美味しい料理と必ずしも同義ではなく、少なくとも気を張らず、あるいは、気の合わない人と一緒ではない、そういう食事という意味です。
わたしは、人見知りする方なので、相手を選ばないといけません。

初対面の人であっても臆せず話せることもあるのですが、100回会っても、本音で話せない人もいるのですね。お愛想ができないのです。

昨日、市役所の住民課でマニュアル通りの対応をしてくれた職員さんにカチンと来てしまったことは、反省しています。お役人に何か指図されると、機械的に反抗的になるというのは大人になっていない証拠です。

Rory Gallagher を再発見中。ライブよりスタジオがはるかに良いというのがわかりました。
ライブで一生を終わった人のように思われがちですが。
スタジオだといっても、基本的にはライブと同じ編成、ダビングがあっても、彼のハープないし、サックスを重ねているくらいなのですが。能力があることは認めますし、ライブで特別の爆発力を発揮するように見えます。でも、ライブは、サービス精神満点というか全力投球しすぎになる嫌いがあるようです。
10代の頃は、そう感じませんでしたが。

ライブでのMCを聞いていると、ロリー・ギャラガーとは、誰も発音しませんね。ガラガーないしガラハー。アイルランドでは後者なので、そうなんでしょう。

没後に、Bert Jansch やRonnie Donnegan なんかと一緒にやったアコースティック・ヴァージョンばかり集めたものが出ていますが、彼の原点なのでしょう。

アイルランド出身というと、Van Morrison, Thin Lizzy なんていうのが思い浮かびます。
もちろん、他にも少なからず好きな人はいます。

昨日の晩、風呂につかっていてロリー・ギャラハーのことを考えていたら、ポンと飛躍してRobert Johnson の歌とギター・スタイルのことが頭に浮かびました。
ロバート・ジョンスンも10代から聞いていますが、どうやって弾いているのか長らく解りませんでした。

デルタ・ブルーズの伝統のボトル・ネック・ギター・スタイル自体のテクニックがすごいということではなく、シングル・トーンによるプレイが解らなかったのです。
ジョンスンの故郷では、当時、あのようなシングル・トーンでプレイするスタイルは、ほとんど行われていなかったのですね。だから、いつもふらりと故郷に舞い戻る彼の歌とギターに、ブルーズを聞きなれた地元の人たちが驚いたのも当然だと思います。
クロス・ロード神話の始まりですね。

個人的な憶測に過ぎませんが、もしクロス・ロードで悪魔に教わったのだとしたら、そのクロス・ロードというのは、メイソン・ディクスン・ラインの北側なんでしょうね。
悪魔の話は信じませんが、あの時代にロバート・ジョンスンのように放浪を重ね、各地でその地の音楽スタイルを自分のものとして付け加えるようなことをした人は、他にいないように思われます。

まあ、彼も夭逝してしまうのですが、彼のギターや歌のスタイルが、その後のシカゴ・アーバン・ブルーズに直接的な影響を与えていないというのは、記憶しておくべきことだと思います。
1960年代初めに、フォーク・ブルーズ・ブームというフェイクの中で彼は、再発見されるわけです。白人のブルーズ・トラディショナリストによって。

そこから、Duane Allman の登場までには、大西洋を越えた行ったり来たりがあるのですね。
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by nk24mdwst | 2009-06-12 11:38 | 租税法(アメリカ)


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