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back in 1967

今日も、曇り、隣の田んぼでは発掘作業。宿無しになる前に、移転先を決めないとは思うのですが。

昨日の晩は、Don Nix を聞いていました。アルバムを聞きとおせなかったので、寝つきが良かったということですね。
Dan Penn とデュエットしている曲がある'Goin' Down' というアルバムです。
Jack Bruce よりずっと普通ですよね。

ジャック・ブルースは、商業的には不発でしたが、'Harmony Row'が一番、まとまりのあるアルバムなのかなと思います。

'A Songs For A Taylor' は、The Cream のBBCセッションなどを聞くと、その頃既に書かれていた曲が半分位あるようです。このアルバムは、ホーン・セクションが参加した曲が、何曲かあるのですが、それらは、アンサンブルもちゃんとしていていいかなと。まあ、エレクトリック・ベースがリード・ギター代わりに出しゃばることの良し悪しという決定的な問題がありますが。

ドラマーは、John Hiseman とJohn Marshall の二人が起用されています。セッションが断続的だったんでしょうね。ジョン・マーシャルは、オーソドックスなブリティッシュ・ジャズ・ロックの主流派ですね。Soft Machine に参加したりします。

長い付き合いだから溜まっただけですが、結局、1967年以後そんなに変わっていない人だと思います。

ジミヘンとクリームが1967年に台頭してくるのは、この年Sgt. Peppers がでるわけで、これとフラワー・ムーヴメントというつながりよりは、もっと単純な理由じゃないかと。つまり、Beatles が、1966年でライブを止めた、誰かが穴埋めしないといけない。
好き嫌いは別にして、Bob Dylan も、この時期、隠遁していますからね。そうすると、残っているビッグ・ネームはRolling Stones だけという事ですから。

興行関係者とすればピンチでもあり、チャンスでもあったのでしょう。

1967年6月に、The Monterey Pop Festival が三日間行われるわけです。

モンタレー・ポップの映像では、ラヴィ・シャンカルの演奏を見入る、マイク・ブルームフィールドの表情だけが記憶に残っています。

1967年、ベトナム戦争は本格化、アメリカは各地で人種問題による暴動が起こる。

私は、12歳でしたが。あの頃は、夏は、長雨で寒く、冬は雪が多かったという記憶ですね。
7月の体育の授業は水泳ということですが、プールの水は冷たく、雨が降ってました。

プールで溺れました。足の立たないところへ体育教師に連れて行かれ、置き去りにされました。泳げない私は、水中を歩いてプールから這い上がりました。自力で上がったから、溺れたことにはならないんでしょうか。
でも、泳いでいったのではないことは確かです。

このとき、あとにも先にも保健室というところで寝るという経験をしました。腹いっぱいプールの水を飲んで、嘔吐したのを記憶しています。

旧日本海軍流の水泳鍛錬ですね。おかげさまで、水が怖くて、水辺には近づきません。

昭和20年に海軍に入った亡父は水泳が得意で、国体に出たことが自慢でした。亡くなる前に、なぜ、水泳を教えてくれなかったのか尋ねたところ、占い師に、水難の相があるといわれ、水に近づかないようにしていたのだそうです。

父方の祖母の父親、つまり私の曾祖父は、農家の三男坊だったので海軍を志願し、日露戦争に従軍したとか。乗船していた船が撃沈され、海を半日漂っていたのだそうです。

先祖が十分、泳いだから、私は泳がなくてもいいのでしょう。
by nk24mdwst | 2009-06-03 15:54 | 記憶


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