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being numbered

昨日の午後から、曇りぞらで、ちょっと蒸す感じです。梅雨のはしりのような気もします。
気温も下がったようです。

当地では、この連休は、田植えの時期です。水を張った田んぼでは、かもがのんびり泳いでいたり。田起こしで出てきた虫や小動物を食べるのですね。

昨日は、首が長めの鳥を一羽みつけました。菱くい、じゃないかなと思いました。

20年前に大型機械を使って耕作できるように、農業振興事業で大規模な区画整理が当地では行われました。その後、それらの水田が、今度は、工業用地として整備されたものも少なくありません。

これらの工業用地化は10年ほど前と、昨年くらいに二度に分かれて行われました。どちらの場合も工業用地が完成したときは、ブームが終わっていて広々として空き地が広がっているということです。厳密に言うと、昨年から今年にかけたものが全部、空き地になっているということですが。

江戸時代から明治の初期にかけて、当地では用水、区画整理が組織的に行われ稲作が生活の中心にありました。水田というのは耕作を続けないと、その土地はすぐにただの草むらになります。何百年もかけて培われた土地が、休耕というばかげた政策のせいで草むらになるのです。

大規模農地にして農業振興、なんていいながら、今度はそれを工業用地にしてします。まさに、たわけの所業ですね。

全国の酒蔵というのは、みな土地の大地主の家系なのですね。米が余ったから酒を造れた。
日本でも地主階級に土地所有が集中したのは、彼らが新田開発をしたからではありません。江戸時代からの米価の推移が豪農、大地主の家が資料館担っているところへ行くと見ることができます。飢饉、あるいは、不況、恐慌等で米価が下がったときに土地所有の集中が起こるのですね。

昭和初年ごろもそうでした。このときの状況があの大戦の起因となったかどうかは分かりません。

税制改革でいうとシャウプ勧告によって日本の税制は近代化されたということになっていますが、それ以前、戦時中にもばば税制改革というのが行われていることを忘れることはできません。

農地解放をGHQは行いました。これをやったおかげで、現在の日本の象徴なんてものも生き残ったのでしょう。やっていなければ、それこそ革命があったかもしれません。その可能性はかなり高い確率だったのではないかと思います。

しかし、長い目で見ると農地解放はどんな効果を日本の社会にもたらしたのでしょうね。

小規模農家は自活できませんから、その次男三男はいわゆる出稼ぎではなく、その後の高度成長の中での工場労働力を提供する役割を担ったのでしょう。長男は地元に残りいわゆる兼業農家になるのですね。

戦後日本の経済復興は、大企業に対する政府の税制、金融面での積極的な優遇政策が背景にあると思いますが、物言わぬ農民は、村落共同体から切り離され、会社社会という別の共同体幻想の中に組み込まれたのですね。

当然、都市の大企業とその正社員と地方の農家の間で所得格差が生じます。中選挙区制度の下で地方の保守層を基盤とする自民党政権は、大企業から献金を受け、官僚システムと三位一体体制をとり、地方においては、選挙基盤である農家から集票するための政策を行うのですね。日本の農業がアメリカの意向でその競争力、あるいは自給能力を失います。
農業では食えなくなった農民は、今度は公共事業による所得分配にあずかれるよう小さな土木建築業者に転業していくのですね。

これらのシステムをすべて破壊したのがこの20年余りなのでしょうか。

などということを昨日、「ブラック・レイン」を見ながら思いました。何度も見ていますが、リドリー・スコットのこの映画は、いつも小さな発見がありますね。

恥ずかしながら、タイトル・ロールのBlack Rain が縦書きで出てくるのにははじめて気づきました。20年前なので日本が世界制覇をする勢いがあったころですね。「ブレード・ランナー」の後に撮られています。うどんのシーンを繰り返しているのに笑いました。
ブレード・ランナーの前編というような位置づけなんでしょうか。フジ・カラーではなくテクニ・カラーで見える日本ですね。この日本は、その後見事に、連中に破壊されましたけどね。
破壊したのが連中の手先だというのは、この前の戦争のときと同じかな。

黒い雨というのは、世界で一度だけなのですね。1945年8月6日。若山富三郎扮する、日本の組織の親分がこの雨のことに触れます。ということは、彼が体現しているものは、小林旭の「日本一の顔役」の登場人物かい?!と。
by nk24mdwst | 2009-05-04 06:48 | 音楽


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