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capital loss 2

東京地裁平成20年2月14日判決の続きです。出典は、TAINS Z888—1313です。
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3-1より続く

第3 争点に対する判断
 1 租税法規の遡及適用と租税法律主義
 (1) 平成16年2月26日に本件各土地及び本件各建物の代金残額を受領し、これをもって平成16年において本件譲渡によって収入すべき金額に当たることについては、当事者間に争いがないところ、原告らは、当該譲渡に伴う譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額を所得税法69条1項に従い他の各種所得の金額から控除することができる(損益通算をすることができる)と信じ、かかる信頼の下ですべての取引を完了していたのであって、それにもかかわらず、改正措置法31条1項後段の規定を本件譲渡について適用するとすれば、本件譲渡時における租税法規に従って課税が行われるものと信じた納税者の信頼を著しく裏切り、その経済生活における予測可能性や法的安定性を甚だしく損なうことから、本件改正附則27条1項は租税法律主義を定めた憲法84条、30条に違反すると主張する。
 (2) 確かに、行政法規をその公布の前に終結した過去の事実に適用することは、一般国民の生活における予測を裏切り、法的安定性を害するものであることを否定することができず、これをむやみに行うことは許されないというべきである。このことは、国民の納税義務を定め、これにより国民の財産権への侵害を根拠付ける法規である租税法規の場合にはより一層妥当するものである。したがって、租税法規を遡及して適用することは、それが納税者に利益をもたらす場合は格別、過去の事実や取引を課税要件とする新たな租税を創設し、あるいは過去の事実や取引から生ずる納税義務の内容を納税者の不利益に変更するなど、それによって納税者が不利益を被る場合、現在の法規に従って課税が行われるとの一般国民の信頼を裏切り、その経済生活における予測可能性や法的安定性を損なうものとして、憲法84条、30条から導かれる租税法律主義に反し、違憲となることがあるものと解される。
 しかし、遡及処罰を禁止している憲法39条とは異なり、同法84条、30条は、租税法規を遡及して適用することを明示的に禁止するものではないから、納税者に不利益な租税法規の遡及適用が一律に租税法律主義に反して違憲となるものと解することはできない。「租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の課税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである」(最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁)。したがって、課税要件等に限らず、租税法規を納税者に不利益に遡及適用することについても、上記の諸般の事情の下、その合理的な必要性が認められるときは、租税法律主義に反しないものとして許容される余地があるものと解される。そして、この場合、納税者に不利益な遡及適用が租税法律主義に反しないものといえるかどうかは、その遡及適用によって不利益に変更される納税者の納税義務の性質、その内容を不利益に変更する程度、及びこれを変更することによって保護される公益の性質などを総合的に勘案し、その変更が合理的なものとして容認されるべきものであるかどうかによって判断すべきである財産権の遡及的制約に関する最高裁昭和53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁参照)。
 以下、この見地から検討する。
 2 本件改正附則27条1項についての具体的検討
 (1) まず、所得税納税義務の性質及び改正措置法31条1項後段の規定を遡及適用することによって納税者が不利益を被る程度についてみる。
 所得税はいわゆる期間税であり、これを納付する義務(納税義務)は、国税通則法15条2項1号の規定により暦年の終了の時に成立し、また、その年分の納付すべき税額は、原則として所得税法120条の規定により確定申告の手続によって確定するところ、譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額を各種所得の金額から控除する(損益通算する)ことは、所得税の納税義務が成立した後の納付すべき税額を確定する段階で初めて行うものであり、個々の譲渡の段階で行うものではない。そして、所得税に関する法規が暦年の途中に改正され、これがその年分の所得税について適用される場合、暦年の最初から当該改正法の施行までの間に行われた個々の取引についてみれば、当該改正法が遡及して適用されるとみることができるものの、所得税の納税義務が成立するのはその暦年の終了の時であって、その時点では当該改正法が既に施行されているのであるから、納税義務の成立及びその内容という観点からみれば、当該改正法が遡及して適用されその変更をもたらすものであるということはできない。
 そうすると、暦年の最初から当該改正法の施行までの間に行われた個々の取引についてみれば、譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額の多寡に応じた不利益を被るということも想定できるが、本件改正附則27条1項により改正措置法31条1項後段の規定を平成16年1月1日から同年3月31日までに行われた譲渡について適用したとしても、納税者の平成16年分所得税納税義務の内容自体について着目するならば、さかのぼって不利益に変更されたということはできない。
 (2) さらに、遡及適用によって保護される公益の性質につき、原告らは、納税者の予測可能性や法的安定性を犠牲にしても、改正措置法31条1項後段の定める土地等又は建物等の譲渡損失の損益通算の禁止の措置をあえて平成16年1月1日に遡及して適用しなければならない合理的理由を認めることができず、本件改正附則27条1項は違憲、無効であると主張する。
  確かに、平成16年1月1日から同年3月31日までの間に土地等又は建物等の譲渡をした者が、当該譲渡時に公布・施行されていなかった改正措置法31条1項後段の規定の適用を受けることとなれば、上記(1)でも指摘したとおり、当該譲渡時には存在した損益通算の制度を利用できなくなることによる一定の不利益を受け得ることは否定することができない。そうすると、このような不利益が上記(1)で論じたように納税義務の内容自体の不利益変更には該当しないとしても、改正措置法31条1項後段の規定の適用時期を平成16年1月1日以後としたことに何ら合理性がないものであれば、本件改正附則27条1項が租税法律主義に違反し、違憲となる余地があるといわざるを得ない。
 そこで、以下においては、本件改正附則27条1項の合理性の有無について検討することとする。
 ア 所得税は、納税者の各暦年に生じた所得を10種類の所得に区分して把握し、さらに、これを総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額に区分し、最終的にはこれを総合した上で課税負担させようとしている(所得税法21条1項)。そうすると、ある所得に損失が生じた場合には、これを他の所得から控除して課税対象となるべき所得の金額を確定させるのが、適正な課税負担の考え方に合致することになる。
  しかしながら、所得の性質からみて、ある所得の損失を他の所得から控除するのが相当ではないとするものもあり、これらのものについては、損益通算の対象外とされている(措置法41条の4、37条の10第1項、41条の14第1項)。
  譲渡所得については、種々の特別措置が設けられているところ、土地等又は建物等の譲渡所得については、土地政策等の観点から所得税法本則による課税方法によらず、租税特別措置として、他の所得と区分して本則の負担よりある部分は軽課し、ある部分は重課する仕組みをとることが相当とされることから、分離課税(総合所得税制度の下において、特定の種類の所得を他の種類の所得と合算せず、分離して課税すること)とされている(措置法28条の4、31条、32条)。また、平成16年度の税制改正前における土地等又は建物等の長期譲渡所得に対する課税制度は、利益が生じた場合には、26パーセント(うち地方税6パーセント)の比例税率による分離課税を行い、他方、損失が生じた場合には、最高税率50パーセントで総合課税の対象となる他の所得の金額から控除が認められることとなるというものであり、これが不均衡であり、適正な租税負担の要請を損なうおそれがあるとの指摘がされていた。
 そうすると、土地等又は建物等の長期譲渡所得について損益通算制度を廃止することは、同所得に分離課税方式が採られていたこととの整合性を図り、かつ、損益通算がされることによる不均衡を解消して適正な租税負担の要請にこたえ得るものとして合理性があったということができる。
 そして、平成16年度税制改正における譲渡所得についての損益通算の廃止は、長期譲渡所得の特別控除の廃止及び税率の引き下げ(改正措置法31条、32条)と相まって、使用収益に応じた適切な価格による土地取引を促進し、特に、収益性の高い土地の流動性を高め、土地市場を活性化させる目的を有しており、これにより土地価格の下落に歯止めがかかることを期待してされたものである(乙6、14)。したがって、これらの措置を全体として早急に実施する必要性があったことも肯定することができる。
  他方、改正措置法31条1項後段の規定の適用を平成17年分所得税以降とするならば、その適用となる平成17年1月1日までの間に、節税目的で、すなわち損益通算を目的として、土地等又は建物等が大量に安価で売却され、土地価格の下落に歯止めを掛けようとした上記政策目的を阻害することが予想された(乙6、14)。このことも、本件改正附則27条1項により改正措置法31条1項後段の規定の適用時期を平成16年1月1日以後としたことの合理性を基礎付けるものといえる。
  原告らは、上記のような節税目的での安売りといった事態が発生するおそれは抽象的なものにすぎず、具体的な経済分析が行われていないから、本件改正附則27条1項の立法事実としての具体性や客観性を欠いていると主張する。しかし、証拠(乙24の1〜3、25、26)及び弁論の全趣旨によれば、平成15年12月に平成16年度税制改正の概要が公表された直後、同月中に土地等又は建物等を売却するよう強く勧める不動産会社、税理士等が少なからず存在していたことが認められ、このことからすれば、改正措置法31条1項後段の規定の適用時期が遅くなればなるほど、それまでの間に含み損を抱えた不動産の安値での売却が促進される具体的な危険があったと認めることができるから、その危険が抽象的で根拠がないとする上記原告らの主張には理由がない。
 イ また、原告らは、仮に改正措置法31条1項後段の規定を早期に適用する必要性があったとしても、これが施行された平成16年4月1日以降の土地等又は建物等の譲渡について適用すれば足り、同年1月1日までさかのぼって適用することはやはり違憲であると主張する。
  しかし、所得税のような期間税にあっては、期間計算を乱すことは納税申告事務及び徴収事務を混乱させるおそれがあり、また、同じ暦年において取扱いが異なることにより不平等が発生するという問題もあるので、暦年の途中から新たな措置を実施することが望ましいものとはいえない。したがって、そのような不利益を上回る必要性が認められない限り、暦年の途中から取扱いを変更する措置を採ることを回避することに合理性が認められるというべきである。そして、前記アにおいて検討したところによれば、改正措置法31条1項後段の規定を暦年の途中である平成16年4月1日から適用することについて、上記のような不利益を上回る必要性を見いだすことはできない。よって、原告らの上記主張も採用することはできない。
 (3) 最後に、平成16年1月1日以降の土地等又は建物等の譲渡につき損益通算ができなくなることに関する納税者の予測可能性の点について検討する。
 ア 証拠(甲2ないし5、乙7ないし14、18)によれば、改正措置法が施行されるまでの経過は以下のとおりであったことが認められる。
 (ア) 政府税制調査会は、平成15年12月15日、「平成16年度の税制改正に関する答申」を公表したが、そこには、土地等又は建物等の長期譲渡所得について損益通算を廃止することは盛り込まれていなかった。
 (イ) 与党である自由民主党は、同月17日、平成16年度税制改正大綱を決定し、その要旨は翌18日の日本経済新聞に掲載されたところ、そこには土地等又は建物等の長期譲渡所得について損益通算を廃止することが記載されていた。
 (ウ) 同月19日に財務省が決定した平成16年税制改正の大綱及び平成16年1月16日の閣議において決定された平成16年度の税制改正の要綱においても、土地等又は建物等の長期譲渡所得について損益通算を廃止することが盛り込まれ、その内容が所得税法等の一部を改正する法律案となり、前記前提事実(5)のとおり国会での審議を経て、同年3月31日、平成16年法律第14号として公布された。
 イ 上記ア(ア)ないし(ウ)の事実によれば、遅くとも、自由民主党の決定した平成16年度税制改正大綱が日本経済新聞に掲載された平成15年12月18日には、その周知の程度は完全ではないにしても、平成16年分所得税から土地等又は建物等の長期譲渡所得について損益通算制度が適用されなくなることを納税者において予測することができる状態になったということができる。したがって、確かにかなり切迫した時点ではあったにせよ、平成16年1月1日以降の土地等又は建物等の譲渡について損益通算ができなくなることを納税者においてあらかじめ予測できる可能性がなかったとまではいえない。
 (4) 以上の検討によれば、本件改正附則27条1項により改正措置法31条1項後段の規定を平成16年1月1日から同年3月31日までの間に行われた土地等又は建物等の譲渡について適用することは、その個々の譲渡についてみれば納税者が一定の不利益を受け得ることは否定できないものの、納税者の平成16年分所得税の納税義務の内容自体を不利益に変更するものではなく、遡及適用をすることに合理的な必要性が認められ、かつ、納税者においても、既に平成15年12月の時点においてその適用を予測できる可能性がなかったとまではいえないのであるから、これらの事情を総合的に勘案すると、当該変更は合理的なものとして容認されるべきものである。したがって、本件改正附則27条1項が租税法律主義に反するということはできない。
 3 まとめ
 以上のとおり、本件改正附則27条1項は憲法84条、30条から導かれる租税法律主義に反しないから、原告らの平成16年分の所得税を算定するに当たり、本件譲渡に伴う長期譲渡所得の計算上生じた損失額については、改正措置法31条1項後段の規定が適用され、これが発生しなかったものとみなされるので、上記規定が適用されないことを理由にした原告らの更正の請求につき、更正をすべき理由がないとした本件各通知処分はいずれも適法である。
第4 結論
 よって、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成19年11月13日)
(東京地方裁判所民事第2部 裁判長裁判官 大門匡 裁判官 倉地康弘 裁判官 小島清二)

3-3に続く
by nk24mdwst | 2009-02-14 05:29 | 租税法(日本)


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