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so down not like this before

天気晴朗なれど、財布と気持ちが晴れません。
Deficits and the Future
By PAUL KRUGMAN
Published: December 1, 2008

Right now there’s intense debate about how aggressive the United States government should be in its attempts to turn the economy around. Many economists, myself included, are calling for a very large fiscal expansion to keep the economy from going into free fall. Others, however, worry about the burden that large budget deficits will place on future generations.
財政赤字は将来世代への借金だ論について論じています。政府が財政出動を行わずに手をこまぬいているとどうなるかとの二者択一論かということですね。
The idea that tight fiscal policy when the economy is depressed actually reduces private investment isn’t just a hypothetical argument: it’s exactly what happened in two important episodes in history.

The first took place in 1937, when Franklin Roosevelt mistakenly heeded the advice of his own era’s deficit worriers. He sharply reduced government spending, among other things cutting the Works Progress Administration in half, and also raised taxes. The result was a severe recession, and a steep fall in private investment.

The second episode took place 60 years later, in Japan. In 1996-97 the Japanese government tried to balance its budget, cutting spending and raising taxes. And again the recession that followed led to a steep fall in private investment.
財政均衡論者に対して、過去の事例を引いています。
一つは、1937年のFDRの引締め政策です。FDRは、政府支出を急激に削減し、増税までしたのですね。結果は、厳しい不況に再突入、民間資本投資もなくなった。
民間投資の話が出てくるのは、政府の資本投資が民間投資を圧迫するという議論に反論しているわけです。
もう一つが1996-97(橋本政権下)の日本における引締め政策です。FDRと同じ過ちを繰り返したことはわれわれが経験したとおりです。
But right now we have a fundamental shortfall in private spending: consumers are rediscovering the virtues of saving at the same moment that businesses, burned by past excesses and hamstrung by the troubles of the financial system, are cutting back on investment. That gap will eventually close, but until it does, government spending must take up the slack. Otherwise, private investment, and the economy as a whole, will plunge even more.

The bottom line, then, is that people who think that fiscal expansion today is bad for future generations have got it exactly wrong. The best course of action, both for today’s workers and for their children, is to do whatever it takes to get this economy on the road to recovery.
http://www.nytimes.com/2008/12/01/opinion/01krugman.html?partner=permalink&exprod=permalink
現状については、消費者が財布の紐を引締め、企業の投資意欲もなくなり、需給ギャップが拡大している以上、政府による財政出動以外にこれをすくう手立てはないという結論です。

最後に、現時点での財政支出拡大が将来世代のためにならないというのは、誤りであり、現在の労働者とその子供との両方のためには、景気回復のためにいかなる方策であっても取るべきだと結論づけています。

などと一応、数式などを使って説明して見せるのが経済学者の腕の見せ所なのでしょうね。クルーグマンはブログで伊藤清京大名誉教授の訃報に触れています。かのブラック=ショールズ組も伊藤教授の方程式がなければノーベル経済学賞はもらえなかったでしょう・・・などということになるのでしょうが、私には、皆目検討がつきません。

一応、高校で微分とか積分をやって数学の試験を受けた記憶はあるのですが、今は、はっきりいって因数分解も怪しいです。二次方程式が解ける自信もありません。

電卓で計算する能力を身につけたおかげで、足し算引き算も覚束なくなりました。昔は、珠算をやっていたわけではありませんが二桁の掛け算、割り算が暗算でできたような記憶がありますが、今は一桁の加算減算でも電卓を入れないと間違えます。
使わない能力は見事に退化しますね。
漢字も全く書けなくなりました。

昔は譜面も読めたのに。タブラチャーなんてものとは縁がなく、11歳のときにギターの教則本の譜面を見ながらギターを弾きだしました。中学3年のときには、なぜか、ボサ・ノヴァ・ギターの教則本を買って練習しました。手は小さいほうではないですが、ガット・ギターでオーグメントだのディミニッシュだのというコードをガット・ギターで押えるのはきつかったですね。
一応、コード・プログレッションとか代替コードとかは、わかったつもりになったのですが、楽をする方へ方向転換してボトル・ネックをやりだした次第。
ベンザのビンで始めました。音は悪くないのですが、フィンガリングするには骨が折れました。

Derek Trucks は10代初めからABBに飛び入りで演奏していたようですが、ボトル・ネックをやりだした原因は、指が痛かったからだそうです。そんなことをいうなら、ナショナル・スティールをステージ上でチューニング変えながら、フィンガー・ピッキングとスライドの両方聞かせていたRory Gallgher なんていうのは、ギター少年の鏡ですね。

オープンGは、いまひとつ苦手です。オープンDの方が弾き易いし、響きも好きです。

Pentangle, Cream, Humble Pie の共通点は、一見自然発生的に誕生したように見えるかもしれませんが、みんな既に音楽的なキャリアのある人たちを寄せてプロモーションしたグループだということでしょうか。
Pentangle のジャズ・フォーク風の演奏は、Tim Buckley とかFred Neil の延長線上かなと思います。それと、Bert Jansch のブルース趣味、コンテンポラリー・フォーク風味が重なる。John Renbourne は、おそらく相当に過小評価されたギタリストだったと思います。
彼の演奏が好みかどうかは別にして、非常にテクニカルで正確なギタリストであり、演奏の幅も広く、歌も決して悪くない。フラット気味のジャンチより音程は正確です。
ツイン・リード+ジャズ・ベーシスト+ジャズ・ドラマーがペンタングル。

ギターが一人だからオーヴァー・ダブを重ねているのがCream でバックのベースとドラムの本質はペンタングルと同じでしょう。ペンタングル組みの方が上だったりしまして。
クリームはJack Bruce のバンドだったのだと思います。プロジェクトとしてはEric Clapton を前面に出して売るつもりだったのかもしれませんが、少なくとも当時の彼にはフロント・マンとしてやっていけるだけの器量がなかった。ギタリスト、シンガーとしての技量論はやめます。

ジャック・ブルースは、個人的には腐れ縁だと思ってズーっと付き合っているので、ベースの何たるかのわからない人間だと私は言われるかもしれません。ただ、ジャック・ブルースは、ベーシスト、シンガー、作曲家として飯を食ってきたかもしれませんが、ジャズであれ、ロックであれベーシストたろうとしていたのかどうか不明です。
彼の生い立ちその他、彼のやってきたことの混沌ぶりを見ると、彼もコンプレックスの強い人間なのだと思っています。あの気取った歌い方が最初から癇に障る人が多いと思いますが。
クリームの太鼓打ちには、興味ありません。

ただ、ここで問題となるのは、Blind Faith というプロジェクトの存在ですね。ジャック・ブルースだけ外して、ユーティリティ・プレーヤーのRick Grech を入れ、若いけれど何から何まで人並みはずれた才能を発揮するSteve Winwood を加えた状態では、ECは茫然自失となるしかなかったのでしょう。唯一のアルバムのデラックス・ヴァージョンについているジャムの不毛さというのはないです。

忘れないうちに、1960年代前半にMuddy Waters をはじめとするシカゴのエレクトリック・ブルースのスターが何人も渡英します。このときに、Ian McLagan などもそうなのですが、イギリスの当時の一流バンド、つまり、自分たちだけで客を呼べるバンドではない素人に毛が生えた程度のバンドがバック・バンドとしてイギリス・ツアーをするのですね。
このことが、ブリティッシュ・ブルース・ブームの根底に流れているのだと思います。逆に、アメリカ、それも、メイソン・ディクソン・ラインの南側では異人種の同席さえ禁じられ続けていたわけです。
この状況は、1960年代に公民権法ができた後でもたいした違いはなかったようです。
だから、Allmans やEddie Hinton たちはブリティッシュ・インヴェイジョン・バンドのおかげでR&Bやブルースを発見するということになるのです。
5 Men-Its というバンドがありました。フロリダのジャクソンヴィルあたりをサーキットしていたバンドで、リード・シンガー、ギタリストはエディー・ヒントンです。Allman Joy などのライヴァルだったわけです。
彼らの当時の演奏を今聞くと、Dave Clark Five などを真剣にコピーしたのだとわかります。

ニューポート・フォーク・フェスティヴァルなどでは、マディたちが既にシカゴでエレクトリック・ブルースをやっていたにもかかわらず、Pete Seger のようなプロ・トラディショナリストの偏見のせいでアクースティックで演奏することを強いられていたりするのです。

このような状況の中でZimmerman 氏が、エレキを持って登場するのですね。
by nk24mdwst | 2008-12-02 12:14 | economics


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