are yall talkin to me?

 一番、古い記憶って何かな。

 町内でとおりの向こう側4軒の家が全半焼したことがありました。家の前が騒がしいので、出てみると目もくらむような火でした。3歳くらいのときなのだと思いますね。そのとき家に誰がいたかということからの逆算です。
 父親は、出張か何かで不在。大事なときは、必ずいない人でした。
 同居していたというかこっちが同居したわけだけど、祖父母、母親。私には二人妹がいますが、上の妹を母がおぶっていた記憶があるのでしたの妹が生まれる前で妹が生まれた頃か。あと、当時まだ未婚だった叔母が二人いましたね。8人家族。下の妹が生まれたとき、9人家族だと学校で先生に話したことを記憶しているので。
 父親は、男3人、女5人の兄弟姉妹の長男でした。叔母のうちの二人は、戦前に小学校に上がる前に病気で亡くなったそうです。母親が家に嫁いできたときは、祖父母、叔父、叔母が3人、それに両親だから、やっぱり8人家族だったんですね。私が生まれて9人になったのか。9人家族の当時、仕事をしていたのは祖父、叔母、両親でした。

 家の中を、農業用水が通っているような田舎で、ちょっと雨が降ると直ぐに床上浸水したものです。家の中の用水(といっても幅40センチくらいですが)、タニシや泥鰌がいました。ノダじゃないです。

 昭和38年1月の豪雪のときは、屋根雪を下ろしたので家の前の道に雪が二階屋根の高さにまでなりました。

 どんな中学生だったかって話をしようと始めたのに、まだ小学校時代か。

 私の通っていた小学校の校舎は取り壊されてもうありません。中学、高校、大学、全部、取り壊されて跡形もない。何で古いものを残さないんでしょうかね。ちなみに、その小学校の校舎は大正時代に建てられたものでしたが、日本で一番古い鉄筋コンクリート三階建ての校舎でした。陸屋根の屋上があったのですが、雨漏りするので、屋上の上に屋根をかけてありました。正真正銘、屋上屋です。屋上は、屋根裏と化して、色んな学校行事用の物置になってましたね。暗くて恐くてなかなかいけませんでした。危ないから行ってはいけないという、お約束の禁止令もありましたし。そう思うと、小学校の頃は素直だったのですね。その屋上変じた屋根裏で遊んだ記憶がないのですから。
 職場にいる母に担任から電話があり、学校へ呼びつけられた中学校時代とは大違い。

 小学校のときのことで記憶に残っていることか。

 小学校一年生のとき、担任の先生、名前、思い出した、加藤先生だ。運動会の開会式のとき整列をしますよね、クラスごとに。私は背が低かったので(今もそうですが)、最前列にいました。加藤先生が隣のクラスの担任の先生に皆が整列したので、後ろへ行こうと言ったのですね。子供の列の前に離れて先生が並ぶというわけです。このやり取りが耳に入ったので、先生が後ろに下がるのと同時に、最前列の私は、校長の前まで歩いていってしまいました。
 一年生の思い出ってこれくらいかな。ぼんやり、一年に上がる前に図鑑を買ってもらって読んでたことを思い出しますが。
 二年生のとき、クラスが二階になった。
 三年生のときの思い出ね。勝手に小学校三年生のときにビートルズの来日公演をテレビで見たと思っていたのですが、明らかに記憶間違いでした。小学校三年生の年の11月23日の朝のことは、今でもよく覚えています。
 祝日だから休みです。ちょうど、太平洋を挟んで初めての日米間の衛星中継のある日でした。その最初のニュースがJFKが暗殺されたというニュースだったのですね。このニュースを小さな白黒テレビで見た記憶があります。
 アニメでなくて人間がかぶりものしてやった鉄腕アトムも、見た記憶があるな。
 ということですから、ビートルズの来日は1966年、つまり、私が小学校6年生のときに見たって言うことに成るんだと四半世紀ほどしてから気がつきました。ビートルズは、ラブ・ミー・ドゥーから聞いて知ってるのだけど、ビートルズ世代だと思ったことはないです。いわゆる洋楽を楽しみにして聞き出したのは1966年なのですけどね。ビートルズは古いとか思ってた。馬鹿ですね。ギターを叔母に買ってもらったのは、1966年の12月です。

 親の職場の慰安旅行で野尻湖温泉に夜行列車で行ったのを覚えています。おそらく3年生くらいのときかな。いつかは、曖昧です。昔の汽車ですから、急行といっても駅で長い間、止まっていたりしました。酔っ払った親の同僚にからかわれていたと母からいわれたのですが、当の本人は、実に真剣そのものだったのです。
 ニワトリと卵、どっちが先か。延々1時間以上、ニワトリは、卵から。卵は、ニワトリからってやってたのを覚えてます。1時間以上というのは、母の記憶ですが。

 小学校の春の遠足は、市内の海岸まで歩いていくことでした。10キロほどでしょうか。私の住んでいるところは扇状地で、当時は、町の北端にある駅から向こう、海までは、集落が点在するもののずっと水田ばかりでした。今のように工業用水をくみ上げることもなかったので、道端のあちこちで、湧き水が自噴してましたね。
 町内にも井戸がありました。当時、周辺の集落は、皆井戸水を使ってたし、私の住んでいた市街地(人口3万弱でした)も水道でしたが、地下水をくみ上げたものでした。
 当時、県庁所在地に住んでた叔父や伯母の家に行って水を飲まされると、こんなカルキ臭くてまずいもの飲めるかと思ったものです。その頃、そのカルキ臭い水は全国の県庁所在地で一、二を争う美味しい水だって話だったのですが。

 まあ、音楽と本を読むのが好きな子供でしたね。親父が戦争映画と西部劇が好きだったので60年代のその類の映画は、かなり連れて行ってもらってみた記憶があります。日本映画は、連れて行ってもらえなかったというか親父が行かなかった。ヤクザ映画とかチャンバラ映画って旧作の放映をテレビで見た記憶しかないです。

 父親は、旧制中学のとき勤労動員で愛知県の工場へ行ってたそうです。だから例の大地震のことも知ってました。三州は、任侠のメッカですから、そのとき工場でお兄さんから仁義の切り方もちゃんと習っていて、その道に入ろうと思っていたのだそうです。

 親父の話か・・・親父のスクラップブックの一番最初のページには山本五十六元帥の写真がはってありましたね。典型的な軍国少年だったのかな。中学を繰上げ卒業して海軍に入営したのですが、その年に戦争が終わりました。「同期の桜」を嫌ってましたね。あれは、士官の歌で、水兵の歌じゃないって。

 親父の思い出話に、といきたいところですが、親父と息子というのは難しいものでまともに口をきいたことがないまま、逝ってしまいましたね。親父と反対のことをしようとして結局、根っ子は同じだって今頃わかるわけです。
 親父がああなったのも祖父のせいだってこともわかりますしね。

 ミュージック・ライフという雑誌があって、初めて本屋でそれを買ったのが1967年1月号だから、66年の12月なんですね。田舎にいたので、マイク・ブルームフィールドとかクリームって名前は音楽を聞く前にその本でしったのです。その号で。
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# by nk24mdwst | 2012-12-06 18:10 | 記憶

imaginary music all out

 タイヤの交換が遅れているので、明日の朝が心配。

 とりとめもなく、集めたアーティストの名前を列挙してみます。

 ヴァン・モリソンを忘れてました。
 ポール・バタフィールドとマイク・ブルームフィールド。
 
 何も、見ず、思いつくまま。

 夕べ、ダニー・オキーフを聞いてて、なぜ、彼のエポニマス・タイトルのアルバムがあるのか。完全に失念。今朝、調べてみたらマスル・ショールズで録音してるんですね。エディー・ヒントンをコンプリートしようと思って入手したのだと気づきました。覚えのある音だなと思ったはずです。

 ディランか・・アナザー・サイドまでの曲は、レコードじゃなくて譜面で覚えたという不幸なガキで。

 ディレイニー&ボニー、リオン・ラッセルというあたりは、なぜ、1970年前後に彼らがイギリスの連中と一緒にやるようになったかってことを知らずに集めてましたね。ブラインド・フェイスの前座をD&Bがやったというのがきっかけ。

 うーん、私の関心の中心は、ハリウッドとイギリス、ナッシュヴィル、メンフィス、アラバマの音楽シーンがお互いに影響しあっているということあたりでしょうか。中心はハリウッドで、あと、ナッシュビルの存在って日本人が思っている以上なのですね。

 最近は、アラバマ周辺の人たちに関心が移っていて。ブルーグラスとブルースの両方やるゲリー・ニコルズと、ベッカ・ブラムレットが贔屓。このあたりは、ミーハーです。

 集めているものって他になにあったかな。
 
 有名どころで全く手を出してない人っていうのがかなりたくさんあって、まあ、そんなのは私も忘れているので。
 ライ・クーダーは全部あるのかな。ソロはそろっても、セッションは全部そろえられない。彼のギター・スタイルに影響を受けたのは16歳のときで、その頃に比べたら、今は、関心の中心からは遠いな。

 ジョン・フレンチの本を読んだからだろうな。

 クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスとかエアプレーンって似てるようで、かなり違うような。エアプレーンのライブの下手さっていうのもなかなかのものだったわけで。

 宿題からの逃避はおしまい
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# by nk24mdwst | 2012-12-06 14:14 | 音楽

lack of languages

 毎朝、フェイスブックでその日の気分と天気の話を書くだけで30分かけているのが、ブログなんか書けない理由ですね。天気は日々変わるといっても、単に季節がゆっくりと過ぎていくだけ、気分や近況といっても当たり障りのないことしか書きませんから直ぐに終わってもよさそうなものだけど。逆に、毎日、同じことを、すこし違う文章で書くというのも大変、だということにしておきましょう。

 もう直ぐ、風呂に入るので、書こうかと思っていることを順不同で。

 ザッパとデッドとビーフハートの音楽、あの時代。
 あの時代・・・いつなんだ・・

 音楽と映画か

 音楽だとしたら、21世紀になって発見したキング・クリムゾンというバンドについてかな。

 まあ、やたらと音源はあるのだけど、バンドでコンプリートしようとしたもの、アーティストでコンプリートしようとしたものについては、やっぱり書いてみる必要はあるんでしょう。

 上記の他、まあ、デュアン・オールマンかな。オールマンズだけならともかく、セッションに参加したものをかなりあさりましたからね。これは、アラバマの音楽を勉強するといういい経験になりました。
 ということで、マスル・ショールズ、シェフィールド周辺の音楽の話。

 オールマンズも基本的にコンプリートしているのかな。ウォーレン・へインズとデレク・トラックスもそうだけど。

 エディー・ヒントンもソロは押えたし、こっちもセッションをコンプリートしようとした。ダン・ペンもそうですね。

 ジム・ゴードンとジム・ケルトナーは、私なぞが書くべきではないのですが、大変好きなドラマーであります。

 コンプリートしたけど、書きづらいのがザ・バンド。ソロも嫌いなロビー・ロバートソン以外は全部、あるはずだけど、難しいな。自分の中できちんと位置づけができなくなった。21世紀になって、以前と全然違う見方になってしまったもので。

 クラプトンとジョン・メイオールは嫌いだけど、ジャック・ブルースもほとんどあるはずです。ブリティッシュ・ジャズのセッションものでもれているのがありますが。彼については、ベーシストとしてではなく、作曲家、歌手としてかな。
 
 リオ・コトキ。ハリウッド、ナッシュビルにはギターの上手い人がぞろぞろいるので、彼については特異な奏法の話にしかならないのでしょう。
 歌は嫌いじゃないけど、ナッシュヴィルのセッション・ギタリストに彼の歌は駄目だっていわれたし。

 バーズとその一派。60年代のハリウッドの音楽全般という話になるわけで、映画でいえばAIPのようなB級作品としてのザッパという位置づけが解ってきました。というか、そう位置づけないとだめ。大会社の中の中小零細の親父。

 イギリス勢か。フェアポート、サンディ・デニー、リチャード・トンプソン、スティーライ・スパン系列とバート・ジャンチ、ジョン・レンボーンのペンタングルの位置づけ。
 ブリティッシュ・フォーク・リヴァイヴァル、ブルース・ブームとアメリカ東海岸との相互関係という話になるのかな。
 フェアポート・コンヴェンションに関してはアメリカのサーフ・ミュージックを含めた西海岸の音楽の影響を無視できない。同様に、モッズのバンド。フーは、つまらないと思うけどスモールフェイシズとスティーヴ・マリオットは、好きでこれも集めましたね。
 フェアポートとキンクスの接点なんていうのは、私には荷が重い。

 あと、ブルーズかな。アメリカの白人青少年がどのようにブルーズを受け入れたかというのはとても大きな話で。これ、今年のアメリカ大統領選挙における二つに分かれたアメリカにつながる。

 税金の話と、個人的な生活の話も書こうと思うとたくさんあるのですね。

 さて、風呂。
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# by nk24mdwst | 2012-12-02 16:53 | 音楽

dead fiascograhpy

 ザッパのリマスターがどさっと出ました。まあ、ゲイル・ザッパの振り込め詐欺みたいな話もあったりするのだけど、そんなのはどうでもよくて、このところ、ザッパをずっと聞いてます。久しぶりです。年代順に聞くのは面倒くさいので、アルファベット・オーダーで聞いてますが。

 80年代のバンド編成でのスタジオ録音ものについて、ちょっと、見方が変わりました。歌詞の同時代性、レゲエを取り入れすぎているのが却って、古びた感じがすると思っていたのだけど、見直しました。
 デニー・ウォーリーは、凄い。

 デッドの80年代ものは、一つも持ってないのだけど、「デッドのコンサートチケットが取れないの。あたし、悲しい」っていうところからザッパの80年代は、始まるのかな。

 車の中では、FAME録音物ばかり聞いてます。デュアン・オールマンってFAMEじゃ、結局、ナンバー3くらいの位置づけですね。しかし、あれくらいの飛び入り演奏でバンド維持ができたわけで、ショールズのスタジオじゃ、結構みな稼げたって話です。エディー・ヒントンもセッション・プレイヤー時代は、下手なロック・スターより稼いでた。1970年の10万ドルは悪くないでしょ。
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# by nk24mdwst | 2012-12-02 07:19 | 音楽

zappa fiascography

 ある人から、毎日、天気の話から始めるのは、イギリス人と同じだと指摘され、そういえば、昔フェアポート・コンヴェンション、そのまえ、ジャイルズ・ジャイルズ・フリップで歌っていた方も、毎日、天気と鳥、飼っている犬の話をしてます。
 時差があるので、今頃、朝の話を書いてるんでしょ。
 そんなことを私に言った人は、イギリス滞在期間がかなり長かった方で。
 何で、こんなこと書き出したのかな。というか、こういう書き出しになったのだろう。最初の文章を書き終える途中で電話がかかってきて、JVの収益計上時期と消費税の課税の話を15分ほどしてたので、書き出した意図は失念したのです。まあ、何でも忘れるのだけど。

 ザッパをタイトルに持ってきているから、ザッパのことを書くつもりじゃなかったことだけは確か。音楽の話書こうと夕べ布団の中で思ったことは思い出した。最近、寝つきがよくて、熟睡もでき(毛布一枚出してきたら、夜中に目が覚めなくなった)、朝までぐっすり眠っているので。

 昨日、布団の中で、トム・ウルフのこと考えてたな。思い出した。きちんと、筋を組み立てて、書くなんていうことはしたくないし。資料をそろえて書くこともしたくない。ウェブがあるので、正しいつづり、正しい名前とか記憶が曖昧なところは調べられるのだけれど、そういうことを利用して書くのも手ではあるのは認めても、記憶でものを書けないということ自体が悲しい。
 昔、昔、記憶力だけはよかったという時代があったのです。

 読書とか音楽を聴くことによって新たな知識や経験を仕入れると、自分の中の世界観、歴史観を部分的に補修したり、全面改訂したりしてた時期がありました。ウェブがあるので、細かいところまで調べることが簡単になった反面、全体像を自分の中で構築するということができなくなったような気がします。小さな事柄をメモにして全体像を組み立てるやり方、あるいはノートを使うやり方があることは知ってますが、いまどき、そんなのやっている人いるのかな。PCの中にメモをとったりしていないわけじゃないけれど、紙のメモと違うのは、書いた内容が頭の中に残らないことですかね。

 さて、ここで、また、別の電話。

 延滞税の話をした。どこへ話を持っていこうとしていたのか、そもそも方向性があったのか忘れてしまったのであります。
 記憶に何の意味があるのだって、今朝言われたなあ、そういえば。

 意味なく、記憶がよみがえってきた。海外でインディペンデントとして音楽やっている人の自作曲をこちらで販売したらどうなるかっていうような話は、自分にとってどんな意味があるのかなって考えてたんだ。昨日の話。一昨日かもしれない。

 地元で同業者と勉強会を20年ほどやっているのですが、そこで、ある同業者が自分の関与先が、ウェブでインディー・アーティストの曲を聞いて、流行りそうだと思う人と契約して、日本でCDを出して利益がでてるという話がありました。それで思いついたのですね。勉強会での話題は、どんな音楽家ということではなく、卑怯従者に対するロイヤルティの支払いと源泉徴収義務、さらに、租税条約の関係という実に、税理士オタクなれど、現実的には非常に難しい(判断、処理、金銭的いずれの面でも)問題だと思って聞いてましたが。
 私が、そんなことをしようと思っても駄目だろうなと思いましたね。インディーでやっている音楽家は、何人か知ってます。彼らは私の好きなタイプの音楽をやっているのだけれど、日本で売れて商売になるとは思えない。一座を組んでべニュー・スタイルでやるなんていうのは素人のやるこっちゃないし。

 同業者の関与先は、ウェブで知った海外アーティストとちゃんと契約してロイヤリティ払ってるって言うんで、実は、驚いた次第。ブートじゃないんだって。

 ロイヤルティ、ロイヤリティどっちが正しい、日本語として。

 
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# by nk24mdwst | 2012-11-28 17:56 | 音楽

lazy Sunday

 今週は、週末の疲れが出てしまいました。
 土曜は、仲間内の勉強会。日曜は、最近、何もしないことにしているのですが、運転手兼ガイド、たまにギター弾くなんてやったものですから。

 FBで一昨年、知り合ったジョージアの人の奥さんが隣県の出身なのです。今月の初めから、その人は仕事の関係でタイへ行き、帰りに奥さんの実家へ息子を連れて寄ったという次第。近くだから、こっちへ来たら、顔見たいなんてやり取りしてたら、こっちへお越しになったという次第。お昼前に落ち合い、私の車でご一行をご案内。お昼を一緒にとり、ちょっと紅葉見物に参りました。あいにくの雨でありましたが。

 ギターのチューニングしとけなんて指示があったので、ギターを持っていったのです。食事のあと、ジョージア氏が、ギター抱えて歌いだしたのが、Shake Your Money Makerでありました。自作も、歌ってくれましたが。
 "Baby, Please Don't Go"を歌いだしたので、思わず私も一緒に歌ってしまいました。私は、この曲、最初に聞いたのはゼム時代のヴァン・モリソンなので、そう言ったらキョトンとされました。ビッグ・ビル・ブルーンジーで覚えたって。ヴァンは知ってるけど、ゼムは、知らない。私より5歳年下のアメリカ南部生まれなので、ブリティッシュ・インヴェイジョンのバンド、つまり、ストーンズとかヤードバーズでブルースの洗礼を受けた世代とは違うのですね。1940年代半ば生まれの南部の連中は、カントリーはともかく、ブルースは、ノー、ノーだったわけで。
 Dixie Lullabyを書いたRick Kempと同世代だから、なるほどなって思いました。

 ニューポート・フォーク・フェスティヴァルは、いわゆる東海岸のリベラルないしニュー・レフトのみなさんが始めてて、当時の公民権運動と表裏一体のところがあったのですね。だから、彼らは、シカゴ・ブルースのモダン・アーバン・ブルースじゃなくて、レコードからカントリー・ブルースを「発見」し、南部へサン・ハウスとかロバート・ジョンソンを探しに行ったわけです。当時、ハーバードの学生で、後にエレクトラのイギリス駐在としてプロデュースを始めるジョー・ボイドは、サン・ハウスを探しに行った中にいたそうです。
 ジョー・ボイドがプロデュースしたバンドというとインクレディブル・ストリング・バンド、フェアポート・コンヴェンションというあたりですが、最初にプロデュースしたのがWhat's Shakin' というコンピレーションですね。
 ジョージア氏の話がジョー・ボイドの話になってきました。ボイドの話はまた今度。いや、要するにブリティッシュ・ブルース・ブーム、フォーク・リヴァイヴァルとアメリカとの関係の話というのは、私の関心のあるところなので。

 ビッグ・ビル・ブルーンジーは、プロだからイギリスへ渡ったとき、カントリー・ブルース風に生ギターでプレイしましたし、彼の後に渡ったソニー・テリーたちもそうです。だけど、当時、彼らはアメリカの自分たちのサーキットではエレキでプレイしていたモダンな人だったなんて話はいずれまた。

 日曜のお昼、私もちょっとだけギター、弾いてみました。ヘナチョコ・ロバート・ジョンソン風・・・

 しかし、年をとったのだなって思いました。12年前に、セントルイスのワシントン大学でとてもお世話になった大学教授が来日し、北海道と四国を見たいという話になり、運転手兼通訳がいないから来いといわれ、北海道で4日、四国で4日、レンタカー借りて運転手をしたときのことを思うと、昔は若かった。全然知らない、北海道と四国の道をカタコト英語しゃべりながら運転してたのだから。
 日曜の場合は、かって知ったる地元を自分の車で半日、移動しただけで疲れるというのも。

 エーット、ホントは、南部の共和党支持者と民主党支持者、南部人と北部人の違いとかって、勝手な感想書こうと思ったのだけど、力が尽きてきました。

 ジョージア氏(ジョージアという名前じゃなくてジョージアから来たからですよ)は、中小企業の経営者です。まあ、家族企業ですが。ビジネスが解ってるのはロムニーだからロムニーに投票したって言ってました。彼の説明を聞くとなるほどと思うところも少なからずあり。私が感じたのは、何だ、私がいつもお付き合いしている地元の中小企業の親父連中とちっとも変わらないじゃないかってことでしたね。リスクを冒してでも、自分のアイディアで勝負する。でないと大企業に負ける。

 アメリカの南部は、低賃金労働の供給地であった、繊維産業があったけれど日本からの輸出品で繊維産業が壊滅した。壊滅させた繊維産業は当地辺りが中心だったのだけど、当地の繊維産業も中国、ベトナムにやられてしまってる。原発が身近にあるとか、考えると、キリスト教を除くと共通点、多いのだと最近感じてます。
 当地も、浄土真宗が盛ん(でした)から、田舎の地縁、血縁社会というのもよく解る。

 車の中では、サザン・ロック、サザン・ソウルにカントリー、ブルーグラスをかけてました。私の音楽嗜好については、知ってたはずですが、やっぱり変わってるなって言われました。

 最大の発見は、白人男性でも酒に弱い人がいるということを知ったことですかね。
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# by nk24mdwst | 2012-11-22 18:17 | 音楽

how many words?

 タイトルに偽りなし、何字書かなきゃいけないか。

 700-800字程度のものを15本、だから、10000-12000字の宿題あり。
 単に、ワープロでその分量書くのなら、1時間余りだと、気づく。中身がね。関係者が見てないことを祈りつつ、興味が湧かない。

 税法関連で今、関心があるのは、まあ、実務的には改正通則法の問題が一点、現行消費税が抱える問題点については、このブログにも上げてあるのだけど、それを、すこしアップデートして書き直したのが先週の金曜。論点を抜き出しているだけという感じなので、個別の論点ごとに、きちんとまとめると10万字くらいになるのかな。
 少なくとも、全体のサマリーというような感じで2万字にはなりましたから。

 改正消費税法についての問題点、実務上、法律上の問題点、財政学的視点からの検討というのがもう一つ大きなテーマですね。
 International Value Added Tax BulletinとかBritish Tax Reviewから資料だけは集めているのだけど。

 消費税を他所の国の付加価値税と比較して検討するというのもやらないと。この比較税法的検討は、OECDの税制比較シリーズがあるので、これを、すこし、読んで考えてみたい。

 ビーチボーイズとザッパの関連、あるいは関連のなさについてバーズを間に挟んで検討するというのが一つ。
 サーフロック、フォークロック、そしてサイケデリックとザッパという時系列的な並び方にはなるのだけど。バーズとビートルズが相互に影響しあった時期というのもあるのじゃないかと思うところもあって。これは、ビートルズをもっと勉強しないと。
 ザッパのFreak Out!までの解説がここまでということなのかな。

 フェアポート・コンヴェンションの位置づけというのもきちんと押えたい。ブリティッシュ・フォーク・リヴァイヴァル、ブリティッシュ・ブルース・ブームは、例によって、アレクシス・コーナーとかをみな通るのですね。さらに、このイギリスの動きの背景には、ニューポート・フォーク・フェスティヴァルの存在と当時のアメリカのニューレフトの関係なんてのがあって、ぶり撤収・フォーク・リヴァイヴァルの背景にあるイギリスの労働運動との関係と似ていたりするのですね。

 フェアポートに一番近いバンドって、キンクスなんじゃないかと思うというとそころから紙つぶてが飛んで来るかな。

 何にも書いてないのと同じ。象とチューリップは似てる。その説明は、なし。そんな感じですから。

 ツイッターのせいで、書きながら考えが飛翔しなくなってきているのだな。
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# by nk24mdwst | 2012-11-10 16:21 | 租税法(日本)

can't get no pention like em

 久しぶりに、支部の定例会に出ました。改正国税通則法の研修があったので、ついでです。

 いや、昔と様変わり。10年前にに40人しかいなかったのが、いまや58人もいる。団塊の世代が税務署を退職して税理士開業というわけです。署長上がりの人が10数人もいるという異常な支部です。どんよりとした北陸の空に負けないくらい、よどんだ雰囲気で、気が滅入ります。

 しかし、考えたら、あのもと署長連中っていうのが、ザッパやジャック・ブルースよりも若いというんだから。

 脈絡なく、私はソニーのウォークマンをポータブル・オーディオ・プレイヤーとして使ってます。ビットレートが低くても音は悪くないと思います。というか、耳が慣らされてしまった。ソニーはATRACという独自のmp3を使ってて、持っているCD等のかなりをこれに変換したのです。普通のmp3も聞けるのですが、先のことを考えるとやっぱり、Flacだしなとか思ってたら、新製品はFlacも再生できるようです。もちろん、そんなもの買いませんが。

 10年前に買ったハードディスクの20GBのやつが元気に動いてますし。問題は、SonicStageとかXアプリなどという新しい、アプリ用に変換したらこの古いウォークマンを認識しないのですね。メモリースティック仕様になってから、音質は格段によくなりました。

 時間ができたら、いや、時間を作って、のんびり、Flacでリップするかなと。

 頭がボケてて、ジョージアから友人が来るのが今週末、明日は、地元の勉強会、ダブってどうしようと思っていたら、ジョージアから来るのは、来週だと今朝、判明。私の記憶違いですが。夕方、地元の勉強会は、明日じゃなくて、来週だと判明。やっぱりダブる。でも、まあ、生きてりゃそれでいいわけで。

 宿題をやっつけましょう、明日は。
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# by nk24mdwst | 2012-11-09 17:39 | 租税法(日本)

comin here

11月になってから、とたんに北陸の初冬の天気になり、心も暗い、財布も寒い。連日、雲が低く垂れ込め、冷たい雨、木枯らし吹きすさび、朝と夕方、夜中に、稲妻が光り、雷鳴とどろく。PC使って仕事してると、いい気持ちではありません。

 FBで知り合ったジョージアの友人が週末にこちらの方へやってくるのです。ジョージアから対を経由して北陸へ来る。北陸へ来るのは、奥さんのお里が隣県だからです。私の役回りは、ギターの手配をすること。なんか、北海道の友人がこっちへ来るときもそうだなって思いました。
 シンガー・ソングライターって付き合うの大変。

 思っていたより11月は忙しくない・・・というか、先週は、とても忙しくて大変だったのですが、今週は余裕だと思ったのが大間違い。かみさんの持病が出てきて。寒くなったから仕方がないんだけど。長生きしてもらわないと、私、困るものですから。検査の結果、入院は、しないで様子を見ようということになったのだけど。岳父と同じ病気だからしょうがない。

 この流れで書いてきて、ザッパとジャック・ブルースの話をするわけにもいかず。我が家の財政状態と姪っ子の話も関係ないし。

 通則法の改正、本来こだわるべきではないところで引っかかり、肝心のところに対する関心がないというか、そこまで考えが及ばない。どっちも手探りでやるしかないので、解釈論やっててもしょうがないわけで。国税庁が出した、解釈通達と事務運営指針は、最初に出た通達案よりはるかにまともで、充分に使えるし、内部研修資料も情報公開法を使って公開されたものがタインズに掲載されているので、それを見ればもっとよくわかる。
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# by nk24mdwst | 2012-11-09 06:34 | 租税法(日本)

was it goof?

 消費税法を概論的に振り返ったレジュメは、一応、みなさんから特に、質問もなかったので良かったのだということにしよう。
 ウェブに署名入りでのっけてくれると言われた。盗まれるだけだって、某特任教授。まあ、別に盗まれてもかまわないのです。
 15000字ほどになったけれど、新しい判例等について触れ切れていない。最近の判例を入れて、比較税法部分を書き足して、2万字位か。概論のサマリーができたという感じになるのかな。
 改正法関連を足すともっと増える。

 参照すべき判例をもっと追加して(インデックス用に)して、5%時代を一応締めくくる。
 増税法の評価と諸外国の付加価値税との比較法的考察は、別物で一つ、自分でまとめを作らないと。ドイツ語、フランス語は読めないので、英、カナダ、オーストラリアの文献、法令、判例を集めてはいるのだけど。日税連の図書室より、絶対に充実している。International VAT BullettinとかBritish Tax Review あたりの論文も押えているのだけど。

 テーマがありすぎて困ると言うことですね。

 まあ、消費税が基幹税になるということだから、国際比較も含めて税法学的視点、財政学的視点で一応全体像を押えておかないと・・・実際は、増税になって実務処理で大変で手が回らず、金も回らなくなるだけだろうけど。
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# by nk24mdwst | 2012-11-04 09:32 | 租税法(日本)