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shot loop

ボリス・ヴィアンの「北京の秋」に習って、内容と全く関係のないタイトルをこの数ヶ月続けていますが、馬鹿なことをしたものです。
タイトルで中身がわからない。一番、困るのは自分。

三晩連続でSeatrain を聞きながら寝ました。
牽強付会を承知でブルーグラスをやるSteely Dan だという感覚の出所が判ったような気がします。
Richard Green のフィドル(ワウワウは、やめて欲しい)以外は、ほとんどセッション・プレーヤーでスティーリー・ダンと共通しているからだけではないかという考えが思い浮かびました。

Andy Kulberg は、フルートをやめ、ベースはあんなに上手く弾けるはずがないのでヴォーカルに専念、Blues Project を引きずるブルースっぽい歌い方。
Peter Rowan の方は、Jerry Garcia たちと本格的にブルーグラスをやりだすわけで、完全にブルーグラススタイルの歌い方。この二人のデュエットだからへんてこりんです。

スティーリー・ダンとの共通点という話なのですが、ブルース・プロジェクトが分裂してもう一方の片割れがAl Kooper、Steve Katz のBlood Seat &Tears となるわけです。このBSTのファースト・アルバムは、初期のスティーリー・ダンと非常に共通性があるように感じています。

Walter Becker, Donald Fagen とアル・クーパーやアンディ・カルバーグは、その音楽嗜好に共通点があるのだろうと思ったのです。ただ、世代的な違いが少しあるのかなと。

Duhks などという現代のブルーグラス・バンドを聞いてます。ちゃんと音楽教育を受けたみなさんで歴史を学び、世界の色んな音楽を聞き、卓越した技能できちんと整合性のある演奏をしています。
下手な西洋古典音楽よりもしゃんとしています。

ブルーグラス・ブームが続いていてアメリカのブルーグラスの演奏水準は非常に上がっています。

それに比べると、Seatrain は、時代が生んだブルーグラス・フュージョン・バンドでへんてこりんなものです。
ニュー・オーリンズのケイジャン風の曲もやっているのですが、ヨーデルが出てきたりしまして。ケイジャンにヨーデルがあったかちょっと探してみないと。
ピアノを弾いている人物についてはおおよそ推測はついているのですが。

どちらの時代がよかったか。

久しぶりにポール・クルーグマンを読んだら、相変わらず一貫した主張をしていて見直しました。自身の十代を振り返りあのアメリカはなんだったのかと。
今のアメリカは何なのかということです。
'The Conscience of a Liberal'は、クルーグマンのリベラル宣言です。日本に対して評価が甘いと思いますが。邦訳も出ていますが、読みやすい文章を書く人ですし、肝心のアメリカの制度等の問題点に関する記述が邦訳では切られているので、読みやすい訳だと思いますが、原著の方が良いと思いました。

クルーグマンの最近のエッセイはNew York Times で読めます。
古いものは、こちらです。

どちらの時代がよかったかのあとに、唐突にクルーグマンが出てくるのが私の悪いくせです。

よくできた映画だったと思いますが、ジョージ・クルーニーが主演した「オー・ブラザー」という1930年代の大不況時代の南部を舞台にした作品がありました。
あの中で、南部の白人のワーキング・クラスの中でのブルーグラスとかカントリーの位置づけというのがわかるようにできています。
少なくともあの映画に代表されるようにアメリカでは相変わらずのブルーグラス・ブームです。このブルーグラスの流行は、一面、ホワイト・ゴスペルなんていうのとも結びついていて、南部(とは限りませんが)のキリスト教宗教右派(といってもこれが大勢を占めつつあるのです。)の影響力の拡大と結びついているように思えます。

Poco のRitcie Furay なんか自分で教会作って、宗教色の強い歌をやっていたりします。いい加減にしてくれって感じです。

1930年代にルーズベルト連合ができたわけで1970年代の初めに共和党のニクソンでさえ、われわれはみなケインジアンだと発言するわけです。
ミュルダールとハイエクがノーベル経済学賞を受賞した年にです。

このあと、カーター政権時代の水面下で始まり、レーガン政権においてアメリカのあからさまな右旋回が起こります。

クルーグマンはこの右旋回に対して異を唱えているわけですが、少なくとも私が好む音楽というのはこの右旋回が始まった後のものではないということです。
しかし、アメリカの歴史において現在のような政治姿勢そのものは、例外なのではなく、第二次大戦後から1970年代半ばくらいまでの間の政治姿勢の方が例外的だったとクルーグマンは指摘しています。

アメリカのアメリカらしい大衆文化に私は、個人的に、小学生のときから惹かれて今日に至っています。私を惹き付けたアメリカ文化というのは、1920年代までの金ぴか時代のものでもなければ、1980年代以後の右旋回以後のものでもありません。

クルーグマンはアメリカにおける所得の階層分化の激化について論じていて、日本はアメリカほどではないと述べています。
日本の場合においても、先の大戦による戦時体制が結果的に高度成長という形でそれまでも平等度の高い日本を作り上げたのだと1980年代の野口・榊原論文が述べているとおりだと思います。

クルーグマンの本を読んでいて一種、デジャヴュ感を覚えたのですが、ケリー・フィッシャー・ローのFZの評伝を思い出したからです。

Walt Whitman が考える理想のアメリカをもたらすのはリンカーンだと考えていたのでしょうかね。
ホイットマンの理想のアメリカ像って何か、リンカーンは何者か、何ゆえあのような最期を遂げたかについて、それぞれ個々に検証が必要ですけれど。

      Abraham Lincoln, Born Feb. 12, 1809

To-day, from each and all, a breath of prayer—a pulse of thought,
To memory of Him—to birth of Him.

Vachel Lindsay がこの詩で述べているように世間が簡単ならブルースなんて誕生しなかったし、ブルーグラスもなかったはずです。

      Lincoln

Would I might rouse the Lincoln in you all,
That which is gendered in the wilderness
From lonely prairies and God's tenderness.
Imperial soul, star of a weedy stream,
Born where the ghosts of buffaloes still dream,
Whose spirit hoof-beats storm above his grave,
Above that breast of earth and prairie-fire —
Fire that freed the slave.
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by nk24mdwst | 2008-07-11 10:49 | その他

flour punk

身内の会報作りにやたらと時間を取られてしまいました。
ワードに写真を貼り込んだり、色をつけたり、レイアウトしたり、それこそ本当のワード・プロセサーとしての働きをさせるのに時間がかかりました。
書式は前任からまわってきたのですが、どうしてあんなに色をつけたり、枠を作ったりするんでしょうかね。
ビジュアルじゃないと見てくれないという思いがあるのでしょうか。

先週三日間、仲間内の研究会で原稿の検討会をしたのですが、図はとても立派なのだけど、肝心の結論がない。そもそも、問題が提起されていないから結論がないというのを読むのも疲れます。

Fleetwood Mac でPeter Green がLove In Vain を歌うのが仕事場に流れています。Blue Horizon のBox Set は、かなり繰り返し聞いています。

昔、よく聞いていたのに、聞かなくなった人というとRy Cooder です。Into The Purple Valley は、大好きで今でも全部空で歌えますし、ギターも一所懸命コピーしました。
聞きたいと思わないのは、なぜかなと思うのですが。

一流のリズム・セクション、選曲も渋く、ライのギターも冴えている。録音もいい。
リード・シンガーが気に入らないんでしょうか。
Little Feat のセカンド’Sailin' Shoes' でライとLowell Georgeが一緒にやっているHowlin' Wolf の歌をピーター・グリーンが歌い始めました。
アレンジ基本的に同じで、グリーンのハープがオーヴァー・ダブされています。
How many more years ・・・ というところを「アウ・メニー・・・」と歌うのがご愛嬌。ブルース・シンガーは、thの発音がいい加減ですが、グリーンはイギリスのワーキング・クラス出身らしく冒頭のH音を落としているのですね。

しかし、そう思うと、Whiz Kid だったライは、当時、あの若さであの面子をそろえて売れなくても構わないレコードを作るだけの金があったのですね。
セッション・ワークのおかげですね。
ライのセッション・ワークは星の数ほどありますが、私が個人的に好きなのはRandy Newmanとやっているときですね。オールスター・セッションだから当然ですが。

しかし、ライはやはりハリウッドという音楽文化の中心にいたというのが強みですね。ピーター・グリーンはやっぱりイギリスという音楽的には辺境にいたので、いつまでもブルース・ブーム・スタイルを引きずっている。

イギリスものでも、明治以来の小学校唱歌のおかげで、イギリスやアイルランドの民謡には郷愁を覚えるというのが日本人の不思議なところです。
ただ、純粋にイギリスのワーキング・クラスっぽいやつは拒否反応が出ることがあります。
ハリウッドのミュージカル・スターや音楽家にもイギリス出身者は少なからずいるわけですが、My Fairlady は、ちょっとねと思うわけです。ジーン・ケリーの方がいい。
もちろん、ハリウッドというところは「っぽい」ものを作るのが専売特許ですから、イギリスの下町っぽいハリウッド物に拒否反応、同様に本当のイギリスのワーキング・クラスのものもちょっと難しいです。

パンクは、どうか。音楽としてのパンク・ロックは、好き嫌い良し悪しは別にして、ファッションだと思います。

ブリティッシュ・トラッドなどというものも、それをやろうと始めた人たちは伝承として伝えてきた皆さんではなくて1950年代半ばのイギリスの労働運動家と密接な関係があったりして、このあたりの、インテリ(とは限りませんが)の伝統探求主義は、アメリカでいえばPete Segerr やPPMなんかに通ずるところがあります。

でも音楽というのは、楽しい、聞いて気持ちがよいのが一番で、主義主張、「べき」論的(ピュアリストなんていうと聞こえはいいですが)にあるべき伝統音楽なんて存在しないものを追求すると、足をすくわれます。
上手に足をすくったのが、Bob Dylan という人でしょう。大体、Woody Guthrie だって訳のわからん人ですから。
替え歌名人ですよね。彼の詩を一つ。

      All You Fascists

I’m gonna tell you fascists
You may be surprised
The people in this world
Are getting organized
You’re bound to lose
You fascists bound to lose

Race hatred cannot stop us
This one thing we know
Your poll tax and Jim Crow
And greed has got to go
You’re bound to lose
You fascists bound to lose.

All of you fascists bound to lose:
I said, all of you fascists bound to lose:
Yes sir, all of you fascists bound to lose:
You’re bound to lose! You fascists:
Bound to lose!

People of every color
Marching side to side
Marching ‘cross these fields
Where a million fascists dies
You’re bound to lose
You fascists bound to lose!

I’m going into this battle
And take my union gun
We’ll end this world of slavery
Before this battle’s won
You’re bound to lose
You fascists bound to lose!

私の疑問
Do fascists dream of the poll tax and Jim Crow?

東京なんて夜行列車で行くところだと思っていた田舎の子供が、前後の知識も何もなくある日突然、Purple Haze にであったわけです。同じNHK のAM放送の洋楽番組で聞いたのが’Summer Time Blues'です。
こっちもびっくりしました。エディ・コクランでもザ・フーでもなくBlue Cheer だったりするのです。

お馬鹿な田舎のガキは小学校の卒業文集の寄せ書きにミュージック・ライフでFrank Zappa の発言として読んだ「模倣は創造の母である」なんて言葉を粋がって書いたのです。

mothers of invention をもじって、invention を imitation にしただけだと今では直ぐわかりますし、こんな発言の元ネタを未だに確認できません。
でも、ローマ字しか習っていない小学校6年生だったわけで。

久しぶりにallan James saywell さんでも引っ張り出しましょう。
一時、非常に立腹されていたご様子でしたが。

     Red Rock

When the heat from the desert
Blew over the sacred Red Rock
The rock that stand alone
In a barren landscape
The Sacred Red Rock
Where spirit of a ancient people dwell
The ear of the rock
Listen to the cry of the Dingo
Who call the spirit
Who dwell in the rock
The water that be on the rock
Is consumed by the spirit
For an eternity past and since

この詩に出てくるRed Rock というのは、Uluru (Ayers Rock)ですね。
Jesse Ed Davis のセカンド・アルバムはUluluというタイトルですが。

ECのベスト・プレイはジェシ・エドのファースト辺りかなと個人的には思っています。遠慮してジェシはギター、バックでしか弾いてませんから。
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by nk24mdwst | 2008-07-10 13:29 | 音楽

absolutely ugly

夕べは、Seatrain を聞きました。

久しぶりに聞いてみたら、思ったとおり、完全に感じが違いました。
このバンドは、基本的にはAl Kooper, Tommy Flanders, Steve Katz といったメンバーが抜けた Blues Project の残党バンドがマリン・カウンティに引っ越したということなのですね。ただ、キー・パーソンのフルート兼ベースの Andy Kulberg とドラマーの Roy Blumenfeld が残っているので、残党はどっちだともいえますが。
Jim Kweskin Jug Band, Flat & Scruggs でやってたヴァイオリンのRichard Green などが加わるのですね。
ブルース・プロジェクトは、LPも持っていますが、モンタレー・ポップでアンディ・カルバーグ(発音不明)が長々とフルート・ソロをやっていたのを記憶しています。

このバンドは、1969年のファーストと1970年のセカンドがどちらも’Seatrain' というタイトルで混乱します。前者はサックスまでいて、ロック、フォーク、ブルーグラス、ブルースにジャズ風味まで振りかけていてこれが絶妙の味わいになって・・・いません。
時代だったんだなとしかいいようがないですね。奇妙な味の小説なんていい方が昔ありました。ボリス・ヴィアンとかですが、これは褒め言葉ですけど、褒め言葉でなく奇妙な味のバンドです。
奇妙な味でもブレンドが拙い、上手い人もいるし、セッション・プレーヤーの関与も感じられるのですが、曲もへんてこりん、演奏もレベルが落ちます。

セカンドの方は、Peter Rowan がギターで加わったりするのですが、George Martin がBeatles 以後初めてロックのプロデュースをしたものなのだそうです。前にも書きましたが、私はビートルズのよい聞き手ではないのでジョージ・マーティンのプロデュースについて何ともいう言葉がないのです。

ただ、このセカンドの方は、リズム・セクションやギターがおなじみのハリウッドの音がしまして安心して聞けます。
ブルーグラス風味のカントリー・ロック+若干フュージョンというあたりでしょうか。
Steely Dan がブルーグラス色の強いカントリー・ロックをやっているという感じです。ピーター・ローワンがヨーデルやりますし、リチャード・グリーンのフィドルもあります。
しかし、今聞くと、ファズをかけたり、ワウワウを使って一瞬サックスかと聞き間違えるようなところは時代だったんだとしか言えないかなあ。

全体のアレンジというか和声の使い方はオーソドックスなハリウッドのスタイルではないところがあるので、それがジョージ・マーティンの仕事なんでしょうかね。
同時期のスティーリー・ダンやEagles、Doobie Brothers なんかに比べるとはるかにモダンというと変ですが、2年ほど音を先取りしている感じです。
コーラスの用い方なんかがそうなのですね。
ただ、スティーリー・ダンでフィドルが活躍し、ヨーデルが聞こえる、ドラムとベースはビしばし決めている1970年のバンドというのは、やはり売れなかったでしょう。

最初のアルバムでは、アンディ・カルバーグのフルートや、サックスがかなり使われていたのですが、二作目ではそれらが影を潜めています。

ドラムとベースが安心して聞けるアルバムとそうでないものがあるということですね。

この手の音がすると、安心して眠れるわけです。

Captain Beefheart だって、ブルー・アイド・ソウルとして聞かせることができるのが当時のプロダクションの能力だったのだと思います。

Trout Mask Replica に話が飛ぶのですが、あれは、FZのアルバムなのだと思います。Lumpy Gravy と対をなすような感じで、ビーフハートのアドリブを8時間録音して、繋ぎ合わせたのはFZですね。
ビーフハートとFZが仲違いしたのも当然だと最近、感じます。
物好きな私も、トラウト・マスク・レプリカは願い下げです。

この二人は、高校が一緒だったわけですが同じカテゴリーに入れるのは違うのだと思います。
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by nk24mdwst | 2008-07-09 10:36 | 音楽

what's the prettiest part of your body?

一昨日の晩も昨日の晩もQuicksilver Messenger Service を聞いていました。
’Lost Gold And Silver’というタイトルででている二枚組セットで一枚目がLIVE FROM 1968、二枚目がRARE & UNRELEASED BONUS DISC STUDIO という中身です。
クィックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスにしては、演奏が暗いなと思いますが。
いずれにしろ、どちらも最初の数曲で寝ちゃったので何ともいいようがないです。ただ、音がどうしようもなく悪いとか、ギターのチューニングが狂っているとかいうこともなく、特に気にすることなく、つまらんなと思ったとたんに眠ったというわけです。

この手のカスをつかませるのがAmazonは上手です。もっとも、QSMの場合は、もっと本当のゴミをつかまされた経験があるのでこれはまだましです。もちろん、基本的に手を出してはいけない代物だと思います。

仕事場では、昨日からJoe Cocker が流れています。Mad Dogs & The Englishmen, Jamaica Say You Well あたりまでは付き合えますが、70年代半ばを過ぎるともういいですって感じですね。

Gene Clark の真性中毒者でも、あるいはByrds の真性中毒者でも絶対に手を出してはいけないのがこれです。

The Byrds: The Alternative Takes(The Byrds: Mr. Tambourine Man, The Byrds: It's All In Your Eyesというタイトルででているものも基本的に同じです。)という代物です。別テイクといっても他人がやってたら違うだろうという話です。
1.Mr. Tambourine Man (the Byrds でないことは確かな正体不明バンド)
2、All I Really Want to Do (正体不明バンド)
3.Turn! Turn! Turn! (正体不明バンド)
4.Eight Miles High (正体不明バンド)
5.Love's a Loaded Word (Clark and Robinson)
6.Boyfriends, Girlfriends (Clark and Robinson)
7.Quicksand (Clark and Robinson)
8.Tell It Like It Is (Clark and Robinson)
9.As If We Didn't Know (Clark and Robinson)
10.Dangerous Games (Clark and Robinson)
11.The Panther (Clark and Robinson)
12.Dragon's Eye (Clark and Robinson)
13.Slip Away (Clark and Robinson)
14.My Marie (Clark and Robinson)、15.WashingtonSquare (Clark and Robinson)、16.Prisoner of Time (Clark and Robinson)
17.You Better Move On (Clark and Robinson)、18.Medley (Mr. Tambourine Man, Turn! Turn! Turn!, Time and Place, It Won't Be Wrong) (正体不明バンド)

ジーン・クラークは、80年代半ばにPat Robinson, John York 達と一緒に組んでThe Byrds を名乗ってツアー、レコーディングをしたことがあります。基本的には、そのときのセッションの残り物だと思われます。
このGene Clark、Michael Clarke といういってみれば、オリジナル・バーズから最も縁が薄いというべきメンバーがThe Byrds を名乗って活動した行為自体は、他の元バーズ・メンバーから訴訟を起こされ、当然、負けたという話です。

バーズは、70年代に入ってから、オリジナル・メンバーでリユニオンしています。当然、バーズを名乗っています。
Roger McGuinn, Gene Clark, Chris Hillman でバンドを組んだときは名前の羅列でした。レコーディングでは基本的にほとんど参加していないマイケル・クラークは別にいてもいなくても関係ないわけですが、この三人が集まってもバーズとは名乗れなかったのですね。要するにDavid Crosby がいないだけなのですけど。

バーズは、最後はオリジナル・メンバーがロジャー・マギンだけになってしまうのですが、それでもバーズ。オリジナル・メンバーが三人集まってもバーズじゃない。どこがどうなのか。

この中のいくつかの録音は、確かにクラーク、ロビンソンのレコーディングなのですが、明らかにどこの誰だかわからない連中の演奏がByrds という名義で入っているのです。
それも、誰でも知ってるナンバーに限って。
クラーク・ロビンソン・バンドのものでもないので要注意です。
入手して聞き出し、おなじみの曲から始まるのですが、リード・ヴォーカルもコーラスも聞いた事がない声だし、バックも心当たりがあるような演奏ではありません。

真性ジーン・クラーク病にかかった人で、金と棚に余裕のある人は別にして、絶対に手を出してはいけない代物です。
上記の条件のうち、私は金と棚に余裕がないので怒っています。それから、かっこ書きした別タイトルのものも、基本的には同じものなので要注意です。

途中でジーン・クラークがヴォーカルをやっている曲もあったりするので、他の曲はなんだって一生懸命考えるのですが、どこの誰だかわからないという結論です。

New Christy Minstrels 時代にまで遡って聞きましたが、基本的にはバーズ時代のジーン・クラーク以上のものはありません。
ソロ・アルバムやDillards あるいはTextones, Carla Olsen とのプロジェクト、それから、未発表でも音源まで漁りましたけれど。Flying Burrito Brothers にゲスト参加しているものなんかもありますけど。
ジーンが加わっているブリートスがブリートスかという議論自体が成り立ちうるとは思いますけれど。
個人的には、ソロやディラーズと一緒のものに思い入れはあるのですが。

この時代のジーンのレコーディングは、バックがちゃんとしているのでその意味で悪くないです。しかし、既に、ジーンの声の調子は衰えを見せているというか、出来不出来があります。
作曲能力に秀でているというか、自作にそれほどバリエーションを持たせることができる人ではないので、万人向けとはいえません。

まあ、今聞こえている、80年代のふやけたジョー・コッカーよりましかな。

The Allman Brothers Band のLive Album を整理してみました。

THE ALLMAN BROTHERS BAND: Fillmore East 2/70, Recorded live at the Fillmore East, New York, NY, February 1970.

THE ALLMAN BROTHERS BAND:Live At Ludlow Garage 1970, Recorded live at Ludlow Garage, Cincinnati, OH. on April 4 , 1970

THE ALLMAN BROTHERS BAND: Live At The Atlanta International Pop Festival, Recorded live 2nd Atlanta International Pop Festival, Byron, GA on July 3 & 5, 1970.

THE ALLMAN BROTHERS BAND: American University 12/13/70, Recorded live at American University, Leonard Gym, Washington, D.C., December 13, 1970.

THE ALLMAN BROTHERS BAND:At Fillmore East,
Recorded live at the Fillmore East, New York, NY, March 12 & 13, 1971.

THE ALLMAN BROTHERS BAND:The Fillmore Concerts, Recorded live at the Fillmore East, New York, NY, March 12 & 13, 1971 and recorded live at the Fillmore East, New York, NY, June 27, 1971.

THE ALLMAN BROTHERS BAND: Eat A Peach (Deluxe Edition), Recorded live March 12/13, 1971 at Fillmore East, New York, NY.(Eat A Peach収録)、Bonus CD: Recorded live June 27, 1971 at Fillmore East, New York, NY.

THE ALLMAN BROTHERS BAND: Boston Common 8/17/71, Recorded live at Boston Common, Boston, MA, August 17, 1971.

THE ALLMAN BROTHERS BAND: S.U.N.Y. At Stonybrook 9/19/71, Recorded live at the State University of New York, Stonybrook, NY, September 19, 1971.

THE ALLMAN BROTHERS BAND: MACON CITY AUDITORIUM 02/11/72, (CD), Recorded Live at the Macon City Auditorium, Macon, GA, 02-11-1972
Duane 没後、オリジナル5人の演奏です。

THE ALLMAN BROTHERS BAND: NASSAU COLISEUM 05/01/73, (CD), Recorded Live at the Nassau Coliseum Uniondale, NY.,05-01-1973
Berry Oakley 没後、Chuck Leavell, Lamar Williamsが加わった編成です。

1970年2月のフィルモア・ライブは、強力な疾走感があります。

Duane Allmanは、ABBにおける唯一絶対的なリーダーだったわけですが、ステージの真ん中に立つことはありませんでした。ライブで曲の紹介をやっているちょっと間延びしたような高い声は、常に彼です。
’S.U.N.Y. At Stonybrook 9/19/71’では、おなじみのセットをやっているわけですが、’Done Somebody Wrong’曲紹介で、「去年もこの曲は楽しくやったし、今年もやった、来年もそうなるっぺ」といって始めるのですが、一ヶ月余り後に、それが敵わなくなるなどとは夢にも思っていなかったのでしょう。

Eat A Peach の録音途中だったわけで、新曲をいくつかやっています。Dickey Betts がBlue Sky を歌います。Filmore Last Concert のときは、かなり上がり気味でしたが。

収録曲等は、こちらです。
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by nk24mdwst | 2008-07-08 10:24 | その他

barry, you're a priest

ブログを自分で始めて良かったことは、Amazon を覗かなくなったことですね。
amazon.co.jp, amazon.co.uk, amazon.com を三つ並べて開いて見ることが無くなりました。

よそ様のブログを拝見して、それに触発されて新たなCD等を購入することが無くなりました。あの、アマゾンの売りつけシステムは実に上手く構築されていて、何か一つ買うと、その商品を購入した他の人の購入履歴がデータ・ベース化されていて、それを並べて、いかがですかと来るわけですよね。

昔は、おすすめ商品は100ほどだったのですが、データベースの容量が上がったせいだと思いますけど、500も600も薦めてきます。前に出てきたやつが後からまた出てきたりします。
それから、購入履歴データベースの利用だけならいいのですが、それに自分のところの在庫状況を反映させて在庫処分をしたいものも押し付け売りしようとするのですね。

新譜や、リマスター盤が出るときは、予約させますし。こちらの方は予約しないと入手できない、予約しても入手できない、予約して購入したあと在庫処分で安売りされる、色んなパターンがありますね。

未発表音源なんかの発売に関しては、お奨めをいくら探していても出てこなくて、定期的に気になるアーティストに関して検索かけるとかという方法の方がはるかに有効ですね。

音源に関しても、書籍に関しても、自分の人生に残された時間とそれらを聞いたり、読んだりする時間の兼ね合いを考えると既にリミットを超えているような気がします。
結局、アマゾンにはまると膨大なゴミの山を築くだけで、結局、二度三度と繰り返し聞けるものや、再読に耐えるものは限られるわけです。

などとわかった風なことを書いた後で、舌の根も乾かぬうちにですが、中毒症状が治ったのかどうかについては、まだ結論がでていません。

このブログも同様ですね。
私の生活の中における優先順位からするともっと後に位置づけるべきなのでしょうが。

John Leroy Maxwell の詩です。

      Spam I Am

Hello, Ma'am my name is Spam, and I thought I'd just sneak in..
And by the time I finish, and leave your site, your patience
will have worn very thin..
Right now I'm selling insurance, it's Life and Accident too..
No medical exam, no waiting period, and no agent will ever call you..
How about a trip to China, a country that's very nice.. All I need
is your credit card number.. So enjoy, but don't eat the rice..
Donate your car to a worthy cause, you can deduct it from
your tax.. But first clean it out, we don't want your junk..
But leave the spare and the jack.. Marijuana Reform for the sick
and depressed.. It's a High priority cause, if you openly get
my point.. Your name will never be used at all..
Heck, we'll even send you a joint..

I Spy なんてテレビ映画がありましたね。昔の話ですが。

FZの歌にでてくるのは、I'm a slime ・・・ です。テレビからスライムがでてくるというのは気持ちのいい話ではありませんが、テレビから垂れ流されているものの中にスライムがないということを言い切ることができるか。
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by nk24mdwst | 2008-07-07 10:03 | その他

bow tie paddy

昨日の「違法支出の損金性」云々について書いたのは、羽田の出発ロビーで忘れないうちにと思ってなのです。
昨日の会議室は、ネットにつながらずいらいらしていたこともありますが、この問題について、忘れないうちに書いておかないとと思ったのです。
飛行機に乗ってからも自宅に帰ってからも、なぜか腹の虫が治まらずにいました。単に意見の相違なのに、不思議だったのです。

この理由は、今朝の日経の書評欄をながめていてわかりました。

今朝の日経の書評欄に、アメリカ音楽に関する本の書評が載っています。その本自体は、読んでいないので、コメントできませんが、少なくとも評者のアメリカ音楽(ゴスペル、ポピュラー音楽)に対する考え方はうかがえるわけで、それについて大きな違和感を覚えました。
どのような違和感かということは、その本とも関係するのですが、まあ、読むときっと腹が立つだろうなと思うのでこの違和感についても触れません。

なぜ、昨日むかっ腹が立ったかの理由が、わかったのです。
違法支出の損金性を日本の租税訴訟等において問題にするときに、日本の税法に適切な規定がないので、無理やりアメリカの内国歳入法典とアメリカの判例を引用してくるのです。

先日、出されたワシントンD.C. における銃規制法が違憲だという連邦最高裁判決をきっかけにして、ここ最近、アメリカにおけるコモン・ローないし、判例の法的拘束力について考えていたところなのですが、租税法領域という異なる分野ですが、アメリカと法体系の異なる日本へアメリカにおける判例法によって確立された論理を持ち込むことに対する疑問を持ったのです。

なぜ、むかっ腹が立ったかについて、昨日は思い出せなかったのですが、かつて私が違法支出の損金性について書いたとき、昨日と同じ人が注文をつけたことに思い当たったわけです。

ここまでは、内輪の話なので、どうでもよいのですが。結局、日本における違法支出の損金性否定の問題を議論するときに公序の理論を用いることの可否についてのネタ元は後掲の金子宏「租税法」なのですね。
しかし、この金子「租税法」の記述に関して、きちんと検討しなければならないと考えています。

さらに、この概念を含めたアメリカの所得課税における必要経費概念についての研究というと碓井光明教授による「米国連邦所得税における必要経費の研究(1)~(5・完)」(法協93・4・505、5・728、7・1093、8・1243、94・4・494)以後、碓井教授の論文が参考になります。

コモン・ロー、判例法の体系と実際の米国租税訴訟判決、内国歳入法典を直接調べたこともない人に、自分の書いたものを切り捨てられたことがあり、それが原因で腹が立ったということに思い至ったという次第です。

違法支出の損金性をめぐる問題点について、少し書いてみます。

法人税の計算において、違法支出の損金算入についての二つの考え方があります。損金算入を認める考え方と認めない考え方があります。
例えば金子宏「租税法第13版」301頁(成文堂、2008年)では、
「アメリカには、その控除を認めると公序(public policy)に反する結果が生ずるような支出の控除は、認められないとする法原理(公序理論)が存在するが、(略)、ただ、わが国では、損金に算入できない制裁や罰金を限定列挙する制度をとっているから、たとえその控除が政策目的を減殺するものであっても、列挙からもれている場合は、控除を認めざるを得ない。」
としていて、法人税法や所得税法に損金算入(必要経費算入)を認めない規定が存在しないものは、損金算入を認めるという考え方です。
さらに、違法や不法な取引から得られた収益も益金(総収入金額)を構成するわけですから、それらの収益を得るために必要な支出も控除を認めるべきであるという議論も成り立ちます。
例えていえば、違法である麻薬等の売却収益を獲得するためには、麻薬等の仕入れが必要であるからその仕入れに要した支出を損金(必要経費)として認めるかどうかということです。

それに対して、損金算入を否定する考え方があります。
この考え方は、租税法以外の法律が禁止している行為に係る支出については、税法においても統一的に考えるべきであって、税法解釈にも公序の理論を用いるべきだというものです。

この考え方によれば、租税法令に損金不算入(必要経費として認めない)とする規定がない場合であっても、つまり税法上の名文上の規定がなくとも租税法律主義には反しないとすることになります。

この考え方に基づく判例は少なくありません。
例えば、特殊浴場業者等が暴力団組織に支出した営業の違法な妨害をしないことの対価に
「公序良俗に反する支出というべきであるから、法人税法上損金として認める余地はない」
と、法人税法上の規定に根拠を認めず、公序良俗の観点から損金算入を否認した事例が多くあるのです(東京地判平元12.5、東京地判平元12.8、東京地判平元12.12他)。
個人的には、このような判決の論旨に賛成しかねます。

なお、平成18年度税制改正により法人税法55条に「不正行為等にかかる費用等の損金不算入」の規定が設けられました(所得税法は、同法45条に賄賂等の規定が追加され、隠ぺい仮装行為は規定されていません。)。
この規定が設けられた趣旨に関して、平成18年「改正税法のすべて」351頁は、
これは、平成15年に国連で採択され、第164通常国会で批准された「腐敗の防止に関する国際連合条約12条4項の賄賂等の支出に関する税の控除の定めを受けて、①刑法198条(贈賄) に規定する賄賂、②不正競争防止法18条1項(外国公務員等に対する不正の利益の供与等の禁止)に規定する供与利益額の合計額相当の費用又は損失の額の損金不算入が規定されたものです(法法55⑤)。併せて、賄賂以外の違法支出の損金算入を許容するものではないことを明確化するものとして、租税負担の減少を目的とする事実の隠ぺい・仮装行為に係る費用又は損失の損金不算入(法法55①②)、さらに、改正前の同法36条から法人税等と切り離して附帯税等、罰課金、科料等の損金不算入規定を移して「不正行為等にかかる費用等の損金不算入」とされたものです(法法55③④)。
と解説しています。

上記のような判決においては、公序の理論を論拠とするわけなのですが、それについては、わが国の実定法上に明確な条文が存在しないので法人税法22条4項の「公正処理基準」に依拠して、違法支出の損金不算入の根拠とする傾向が見られます。
この論理には、明らかに飛躍があると考えます。

アメリカにおける「公序の理論」の契機となったといわれることもあるリリー判決においては、
「たとえ倫理に反する性質の支出であっても、不法又は、連邦若しくは州の政策に反しない限り控除性を失うものではない」
と判示したのです。つまり、公序と納税者の予測可能性の調和がなされる必要があるという考え方が基本にあるわけです。

リリー判決の概要は、以下のとおりです。なお、この概要は、判決文を私がまとめたものです。原告であるリリー夫妻は南部の数州で眼鏡商を営んでいた。当時、その地方の業界において確立しかつ広範に行われている慣行を反映した合意により、原告の顧客の眼鏡の処方箋を書いた眼科医に対して、眼鏡の小売価格の三分の一にあたる金額を支払っていた。これは、従来、その地方の眼科医が、眼鏡のレンズとフレームを仕入れて患者の目に適合する眼鏡を調整して売るという方法で利益を上げている慣行があったので、原告夫婦は、この利益に見合う金額として前記金額を眼科医に支払っていたものである。本件においては、当該支出の控除の可否が争われた。バートン判事は、
「本件支出が事業倫理又は公秩序に関わるものであると明言することはできない。」
として納税者の主張を認めた。なお、問題となった年度以後においてその地方における州法がそのような支出を禁ずるように改正されたことにも言及している。(Lilly v. Commissioner, 343 U.S. 90 (1952))

the ordinary and necessary expenses と公正処理基準、公序の理論については、上述の金子「租税法」が述べているほど簡単に結論が導けるものではないと考えますし、公序の理論を勝手に司法が租税訴訟において用いるのは、新たな立法を行うのと同然なのであり、抑制的であるべきだと考えます。

また、バートン判事の意見において、州法の改正が行われたことの意義をよく検討してみる必要があるのだと思います。
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by nk24mdwst | 2008-07-06 12:09 | 租税法(日本)

telephone compensation

国税通則法は、審査請求において、国税不服審判長が通達と異なる結果となる判断を下して裁決を下すときは、国税庁長官の許可を得ることを求めています。

この規定の存在自体が問題であるという点とは別に、通達とは何かということについてです。

通達は行政庁内部において、下部職員を拘束するものであり、納税者はそれに拘束されないという論議も別の議論です。

いわゆる基本通達ないし個別通達として公表されているものは、当然、上に言う通達に該当します。

その他、課税庁内部において外部には公表してはいないものの統一的課税実務の執行を行うために、事務連絡ないし、課税情報と呼ばれる形で内部に周知を図るために発せられている文書が存在します。

これらは、現実には解釈通達と同様の効果を持つので、通則法で言うところの通達に該当するものと考えられます。

ところで、国税庁のHPにおいては、通達は公開されているのは当然ですが、Q&Aという形で、一定の課税上の取扱いが公表されています。

これは、通達という表現をとっていないわけですが、その本質は何かということに疑問を持っています。
質疑応答スタイルで責任逃れをしているように外形上見えがちだということを問題にしているのではありません。
統一的見解として、通達とは呼ばないもののQ&Aとして公開しているからには、内部的には、上述の事務連絡ないし課税情報という形で文書が存在するのではないかと考えるわけです。
逆に、そうでなければおかしいのであって、課税庁職員も特定の取り扱いについてHPにアクセスして初めてわかるということであってはならないはずだからです。

そうすると、仮にQ&Aとは異なる解釈に基づく申告等を行った場合は、その事実を知った課税庁としては、Q&Aの解釈に沿った課税処分を当然行うことになるはずです。それは、Q&Aを根拠とするのではなく、課税情報等の通達に基づいたものでなければならないはずです。

結論として何を言いたいかというと、Q&Aと異なる解釈に基づく申告等を行い課税処分を受けた納税者については、異議申立、不服審査を行うことができますが、その段階における救済は、基本的に行われることはありえないことになるはずではないかという疑問なのです。
Q&Aの裏付けと位置づけられる課税情報等が内部にあるのだとしたら、それと異なる判断に基づく裁決を不服審判長は国税庁長官の許可なしに書くことはできません。

ですから、当然、そのような問題が起きたときには必然的に訴訟により裁判所の判断を仰ぐしかないことになります。

Q&Aは、事前に課税庁の判断を示しているということに異議を見出してもよいのですが、その本質は何なのかということについて明確にされる必要があると考えられます。

租税法の話であるのは同様なのですが、上記の国税通則法の問題ではなく実体法上の問題についてメモです。

今日、法人税所得課税計算における違法支出の損金性について議論になりました。
日本の法人税法、あるいは所得税法には違法支出を損金あるいは必要経費として認めないという条文は存在しません。
所得(収入)を獲得するための違法支出については、従来からの判例においては、基本的にその損金性、あるいは必要経費性を否定しています。

所得の源泉自体が違法であるという場合がまず考えられます。
例えば違法である麻薬(覚醒剤)等の売却益とか賭博、売春等所得の源泉となる行為自体が、他の法令によって違法とされている場合における支出に関して法人税における損金性、あるいは所得税における必要経費性を認めるかという問題が一つあります。

個別税法である法人税法、所得税法は所得の源泉が違法行為であっても所得がある場合においては、その所得に対して課税するという規定振りです。違法所得も課税するという言い方ではなく、源泉を問わないという規定の仕方ですが。

この問題に関しての議論も存在するのですが、所得自体は合法的行為の果実である場合において、必要に迫られて違法な支出をした場合、その支出を損金ないし必要経費として認めないとするなら、その根拠をどこに求めるかという議論です。

これらの点に関して、法人税法22条4項の公正処理基準とthe ordinary and necessary expenses という内国歳入法典の規定及びアメリカにおいて用いられている公序の理論を論拠として否定するということが行われているのですが、この論理展開は本質的に誤っているのだと考えるようになってきているので、議論になったのです。

というわけで山手線の中で聞いていたVan Morrison の歌でも紹介しましょう。

      Ordinary People

Ordinary people just don’t comprehend
Ordinary people just don’t seem to comprehend
The thing you feel they don’t even know about

Cut yourself, that never did you no good
You cut yourself, that never did you no good
Nobody watching you, you gotta take care of yourself
Real thing....

When I came down your avenue
Blew you every
Blew you every which way
When I came down your avenue
Bloo hoo hoo you ever which way
Nobody watching you, you gotta take care of yourself

Ordinary people they just don’t seem to comprehend
No they don’t
Ordinary, everyday people just don’t, just don’t seem to comprehend
No they don’t
Then you feel they don’t, they don’t, they don’t even
Even, even know, even know about..
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by nk24mdwst | 2008-07-05 09:04 | 租税法(日本)

dom & mad

忘れないうちに、昨晩はRobert Palmer のPressure Dropなどというアルバムを久しぶりに聞いていました。
この人がイギリス人だということは長らく知らず、MTV時代になってからヒット曲を出しているらしいことはちらりと見て知っていたような記憶がありますけど、もう一つのとあわせて手に入れたのは、今世紀になってからです。

大昔、ブルー・アイド・ソウルという言葉がありました。この人は、ブルー・アイド・ソウルの人なのだなと思ったのですが、同時代のR&Bは、Soul さらに Funk と変化を見せていたわけで、完全にファンク路線なのですね。

なぜ、大昔、ずっと無視していた人に手を出したかというと、この二作はLowell George が加わっていたからです。思えば、ジョージも当時、Little Feat にやる気をなくしていて色々セッションに参加していたわけです。セッショノグラフィーを頼りに蒐集するなどと今思うと馬鹿げたことをした時期がありました。

クレジットもちゃんとしていなくて、誰がやっているかよくわかりません。「プレッシャー・ドロップ」の方は、ベースが James Jamerson なんてクレジットがあったりするわけですが、まあ、あまり気にしないことにして。

リトル・フィートがバックでやっているということになっていますが、彼らが参加しているのは確かでしょうけど、どれくらい関与していたのか聞いてると、微妙ですね。
昔は、誰かのスライド・ギターが聞こえないかだけ考えて聞いてましたが、聞き方が完全に変わってしまっていて。
バック・ヴォーカルは、確かに連中とその周辺の声がします。

サウンドの方はというと、クレジットには、Mel Collins から Musle Shoals Horn Section まであって名前を書けばいいものじゃないだろうと思いました。特に感想を述べるほどのものではないというか、特に気になることもなくすんなり眠ってしまったというわけで、ちゃんとした人たちが演奏しているわけでしょう。

モータウン・ソウル風の曲が何曲かあります。これは、ストリングスが入ってドラムもピシッとして良いです。
ドラムは、同時期のSteely Dan と同じ人だろうなと。

レゲエのリズムになると拒否反応を起こすのだと再確認しました。
リトル・フィートの連中がやっているものが半分ほどあるように思えます。ただ、Bill Payne, Paul Barrere が中心のフィートですね。ジョージがちゃんとやっているかなと思うのは一曲くらい。

寝る前だから、モータウン・サウンドのところで寝ちゃったことを今朝再確認しました。

1970年代中頃のリトル・フィートのアルバム自体が煮詰まっていて、レコーディングもEarl Palmer が加わっていたり、クレジットはないけれど、Bonnie Raitt がスライドやっていたりするわけで、その皆さんがバック・バンドなんだから推して知るべしかなと。

ライブでは強力な演奏をやる気のあるときは見せ付けてますけどね、当時のリトル・フィートは。ただ、オリジナル4人組時代のライブがHot Cakes & Out Takes, Hot Tomatoes, Raw Tomatoes あたりで聞けますが、私はそちらが好みです。

King Crimson的な抱き合わせを止めて時系列でライブを出してい欲しいなとないものねだりをしたくなります。

まあ、今ではアルバムというフォーマットにとらわれずに自分でプレイ・リスト作って好きなものだけ聞くことが実に簡単ではありますが。

1970年代の中頃にすでに音楽は死んじゃっていたことを再確認しました。

Sam Cooke やOtis Redding が手本の時代のブルー・アイド・ソウルとR&Bがソウル→ファンクになっちゃうとブルー・アイド・ソウルが手本がなくなって困ったのでしょう。

Robert Palmer の Pressure Drop の歌詞です。かれは、ロウェル・ジョージの歌も取り上げていて、歌い方には、ジョージのメリスマに似た部分があるように感じます。

       Pressure Drop

mmmmmm, mmmmmmm, mmmmmmmm yeah, mmmmmmm, mmmmmmm, mmmmmmmm, yeah
It is you, oh yeah, oh yeah
It is you, oh oh, oh yeah
I said Pressure drop, whoa pressure yeah, pressure's gonna drop on you
I said Pressure drop, whoe pressure yeah, pressure's gonna drop on you
I said when it drops, you're gonna feel it, how it's been doin' you wrong
I said when it drops, you're gonna feel it, how it's been doin' you wrong
I said Pressure drop, whoa pressure yeah pressure's gonna drop on you
I said Pressure drop, whoa pressure yeah pressure's gonna drop on you
It is you, oh yeah,
It is you , oh yeah
mmmmm, nmmmmmmm, mmmmmm, yeah
mmmmm, mmmmmm, mmmmmm yeah
It is you, oh yeah,It is you, oh yeah,I say Pressure drop, whoa pressure yeah, pressure's gonna drop on you
I say Pressure drop, whoa pressure drop, pressure's gonna drop on you
Pressure, pressure,pressure, pressure's gonna drop on you
Pressure, pressure,pressure, pressure's gonna drop on you, you you you, yeah
Pressure, pressure, pressure's gonna drop on you,Pressure, pressure, pressure's gonna drop on you,Pressure drop whoa pressure yeah,hey pressure's gonna drop on you
Pressure drop hey pressure yeah,hey pressure's gonna drop on you
I said when it drops you're gonna feel it, how it's been doing you wrong
I said when it drops you're gonna feel it, how it's been doing you wrong
It is you, oh yeahIt is you, oh yeahPressure,pressure, pressure, pressure's pressure's gonna drop on you
Pressure,pressure, pressure, yeah pressure's gonna drop on you
Pressure drop, whoa pressure , yeah pressure's gonna drop on you
I said pressure drop, whoa pressure drop,whoa pressure's gonna drop on you
I said when it drops you're gonna feel it, how it's been doing you wrong
I said when it drops you're gonna feel it, how it's been doing you wrong
Pressure,pressure, pressure, pressure's pressure's gonna drop on you
Pressure,pressure, pressure, pressure's pressure's gonna drop on you
Pressure, pressure, pressure's pressure's gonna drop on you

このアルバムの前のSneakin' Sally Through the Alleyは、New Orleans でレコーディングされたのだそうですが・・・

カリフォルニアのニュー・オーリンズでしょう、きっと。

ロウェルがこっちは、かなり本気でやっています。
Richie Hayward, Bill Payne, Kenny Gradney の関与はどれくらいなのでしょうかね。

スティーリー・ダンがリトル・フィート風にやっているという感じでしょうか。Donald Fagen は、声が気に入らない、メロディーが気に入らない、詞も大概気に入らない。

Alan Bown Set にいたらしいですね、パーマーは。
Peter Frampton とボウンは、The Herd なんてやっていたわけですが、ボウン自身はいわゆるブリティッシュ・ジャズ・ロックの人です。

リトル・フィート風でいまひとつ当たらず、ソウル、ファンク、レゲェ、色々やってみました、か。

ブルー・アイド・ソウル一直線で突き進むと、最後はSteve Marriott みたいに時代から取り残されるのですが、ロバート・パーマーは、80年台に時流を掴まえた=MTVですね。

ニュー・オーリンズっぽい音とか、モータウンっぽい、つまりデトロイトっぽい音がしますから、そこでは録音していないのでしょう。「っぽい」というのは、本物ではないということですから(悪い意味で使っていません。)他の場所ですね。

「っぽい」音を自由に作り出せるところは当時なら一箇所しかないわけで。
リッチー・ヘイワードは下手な人ではないですけど、これほど色々スタイルの変化をつけらるドラマーではないと考えています。

スティーリー・ダンほど複雑なコードを使っていない、ファンキーに聞こえるけど、正体は同じような感ですね。

Sly & Family Stone みたいなエレピも聞こえたりして。

とにかく、「みたいな」と「っぽい」ばかりです。Elkie Brooks イギリスでは一緒にやってたということですからとにかく起用なひとだったのですね。

Rikki Don' Lose The Number・・・・
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by nk24mdwst | 2008-07-04 08:42 | その他

compilation moon

7月の声を聞いたらとたんにエアコンを入れないと眠れないような暑い日に変わり、とてもじゃないけどついていけないです。

もう頭もぼけていて、会議の開始時間を間違え1時間半も早く来てしまいました。
朝一番の飛行機になんか乗る必要なかったのに。

ずっと続けてVan Morrison を聞いてます。最近は、原点回帰なのだと思いますが、カントリーや古いジャズ、ブルースを歌うことが多くなっているようですが、基本的に、若いときとスタイルが変わっていないので、聞いていて気持ちがいいです。

ちゃんと声が出るからいいですよね。歌手は、年齢を重ねると高い声が出なくなるし、声の艶もなくなるのですが、それを小手先でごまかさないのがいい。というか、最初からテクニックで歌ってない人だから、それしかないのですよね。

逆に、1967年のBrown Eyed Girl 時代にすでに年齢不相応の歌を書いていたといえるかもしれません。
ヴァンの詩は、単純なフレーズの繰り返し、ヴァン特有のクリシェの連発、あるいは、古今の歌手や詩人の名前の引用が多いのが特徴ですけど。
jelly roll なんてめったやたらと出てきます。
それをありがたがる人もいれば、同でも良いと思う人もいると思いますが。

あと、若いときの熱情的な愛情表現は、誰しもそういうときがあることは認めます。まあ、人生長くやっていると、色んなことがあって神秘主義的であったり、超絶的な絶対者に対する賛美に関する部分は、真宗大谷派のご先祖教徒には若干理解できないのも事実ですけれど。

1994年にニュー・ヨークへいったとき、ホテルの窓から夜、遠くに赤いネオン・サインでWatch Tower というのを眺めたときの印象は強烈に残っていますけど。

Philosopher Stone という2枚組CDは、時期の異なるヴァンの録音曲集で、同じ曲の違うヴァージョンがあったりして面白いです。全体の統一感がないからいいのかな。

しかし、Gloria と Astral Weeks とは音楽的にはかなり違うと思いますけれど、歌詞はそれほど距離があるのかどうか。

       Astral Weeks

If I ventured in the slipstream
Between the viaducts of your dream
Where immobile steel rims crack
And the ditch in the back roads stop
Could you find me?
Would you kiss-a my eyes?
To lay me down
In silence easy
To be born again
To be born again
From the far side of the ocean
If I put the wheels in motion
And I stand with my arms behind me
And I’m pushin’ on the door
Could you find me?
Would you kiss-a my eyes?
To lay me down
In silence easy
To be born again
To be born again
There you go
Standin’ with the look of avarice
Talkin’ to huddie ledbetter
Showin’ pictures on the wall
Whisperin’ in the hall
And pointin’ a finger at me
There you go, there you go
Standin’ in the sun darlin’
With your arms behind you
And your eyes before
There you go
Takin’ good care of your boy
Seein’ that he’s got clean clothes
Puttin’ on his little red shoes
I see you know he’s got clean clothes
A-puttin’ on his little red shoes
A-pointin’ a finger at me
And here I am
Standing in your sad arrest
Trying to do my very best
Lookin’ straight at you
Comin’ through, darlin’
Yeah, yeah, yeah
If I ventured in the slipstream
Between the viaducts of your dreams
Where immobile steel rims crack
And the ditch in the back roads stop
Could you find me
Would you kiss-a my eyes
Lay me down
In silence easy
To be born again
To be born again
To be born again
In another world
In another world
In another time
Got a home on high
Ain’t nothing but a stranger in this world
I’m nothing but a stranger in this world
I got a home on high
In another land
So far away
So far away
Way up in the heaven
Way up in the heaven
Way up in the heaven
Way up in the heaven
In another time
In another place
In another time
In another place
Way up in the heaven
Way up in the heaven
We are goin’ up to heaven
We are goin’ to heaven
In another time
In another place
In another time
In another place
In another face

私も半世紀も生きているわけで、35年以上前に聞いたとき程難しいことを言っていることではないように感じますね。
というか、50男が歌う歌詞じゃないかなと。

80年代になって、ヴァンもなぜか、同時代のものに新鮮味が薄れ、繰り返し60年代末から70年代初頭のアルバムばかり聞いていたことがあったのですけれど。

こちらが年齢を重ねることにより許容範囲が広くなるというか、ヴァンのように本質的には全く変わらず、自らが年齢を重ね手いることを素直に受け入れ、そのときそのときのありのままの姿を歌っている・・・すごいほめ方でほめすぎです・・・要するに変に若作りして無理していないというだけの話なのですが、その姿に私は共感できるところがあります。

ファナティックに神格化したいと感じたときもあったような記憶もあります。これは、私も若かったということでしょう。

The Who のチケットを買ったという友人に今日会いましたが、かの友人は、The Police も見に行き、Sex Pistols もいくのだとか言ってました。

地方に住んでいると、外国から誰かがやってくるなんてことは、全く興味の対象外でして。まして、ポリスだのセックス・ピストルズがまだ巡業しているとは、知りませんでした。

今晩は、FZ のバンドでSting が歌っているのを聞いてやろうかなと思っています。Sting とは関係なく、いい演奏なのです。
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by nk24mdwst | 2008-07-03 12:06 | 音楽

who needs the peach corps?

一昨日、昨日と仕事場では、Van Morrison をずっと流し続けていました。6割ほど終わったような感じです。
ヴァン個人の名義になっているものが420曲ほどフォルダーになっていて、他にGeorgie Fame 等との共演盤、それからThem が残っているという感じですね。

朝からFZのYCDTOSAM(You Can't Do That On Stage Anymore)のシリーズを聞いています。
1988~1992年にかけて2枚組みCDのセットが1~6集まで出されました。
足掛け5年間に12枚のCDがでたわけです。FZは、1988年に自伝を発表、CDに関しては、同期間にさらにGuitar, Make A Jazz Noise Here, Playground Psychotics をそれぞれ二枚組で出しています。
これらは、基本的にすべてライブ・アルバムですが、善意に解釈すれば、ある程度自分に残された時間を意識していたのかなと考えます。
1993年末に亡くなる訳ですから。

同時並行的に、まあFZの常ですが、やたらとプロジェクトを進行させていてもいます。

まあ、アメリカ大衆のコンシューマリズムは、FZの絶好の攻撃対象だったわけですが、このような形で生のライブ音源を提供することによって、ここの曲がどのような形でそれまで公表されたアルバム群の中に用いられたか、あるいは、どのような過程によってそのバリエーションが変貌していったかなどということを、馬鹿なFZフリークができるようにサービスしてくれているわけです。

コンシューマリズム批判なのか、逆手に取った金もうけなのか。

中小企業の親父の鏡だと思います。FZ死して、CDとテープ群を残す。

膨大なテープ群は、FZのビデオ等で垣間見ることができるのですが、未発表のそれらがどのような形で公表されるのが本来あるべき姿なのか。

いつも勝手に考え方の変わる私は、以前、ZFTの態度が傲慢だというFZファンの大勢と同様の意見でしたが、ZFTにどれほどの権限が与えられているのかと言う法的問題とは別に、これらのテープの公開に当たっては色んな考え方があるだろうと思うようになりましたし、トリビュート・バンドがFZの曲を演奏するということに関しても、若干の留保をつけるべきなのかという気もしてきました。

Scott Freeman の本は、後半、流し読みしました。ABBとドラッグの深い関係、それからくすりをめぐる裁判とメンバー間の軋轢、Cher の登場、タブロイドねたでかつ賞味期限切れと感じました。
Memory of Elizabeth Reed での二人のギタリストのインプロは、それぞれ、Miles Davis と John Coltrane に触発されたものだというような見解は、噴飯ものだなと。
ロックよりジャズが上位だという前提があるわけでしょうから。
どっちが好きかというのは、聞く人の好みだすからね。技術的に難易度が高いからよい音楽であるわけではないので。

まあ、例によって私のブログのスケープ・ゴートに登場してもらうことにすれば、オールマン&ベッツの方がオールマン&クラプトンより数段ましだという当然のことを再確認するだけです。

ABBの二人のドラマーがそれほど優秀だとは、個人的には思わないのですが。
ただ、南部のドラマーは、ハリウッドのスタジオ・プロとは違う感覚でそもそもやっているのではないかという気もします。

タイムの揺れがある、遅い(手数とは違います)という共通項があるのかなあと。

Warren Haynes の相方のMatt Abts はハード・ヒットをするし、正確なドラミングをすると思うのです。テクニックと体力では誰にも負けないと思いますが、やっぱりちょっと遅いかなと最近思います。

FZのギターは、昔聞いていたときは、非常にへんてこりんなフレーズを弾いている、訳のわからん難しそうなフレーズを連発しているけどと感じていたのですが、最近は、なぜかオーソドックスなブルース・ギターの系譜に連なるのではないかと感じていたりするわけでして。

まあ、Captain のTrout Mask Replica 以外は、普通のデルタ・ブルースだって言う具合に聞こえるようになっているので当てにはなりませんが。

テクニシャンで見かけによらず細かな表情に富むギターを弾くウォーレン・へインズは、FZの曲になると、お手上げですね。Steve Vai は、そっくりに弾きます。ただ、だからそれがどうなんだって思いますけど。
ヴァイは数少ないFZに対して、悪感情を持たずにバンドを抜けたプレイヤーでしょうね。

Don Preston は、FZよりかなり年上だったので、別格ですが。
Loeon Russell とつるんでいたもう一人のギタリスト・シンガーのDon Prestonは、Jesse Ed Davis なんかよりはるかに実力があるとジェシ・フリークの私は最近思っています。

オールマンが事故死してからベッツがスライド・ギターのパートをやらざるを得なくなるわけですが、彼は一夜漬けでやったわけではなくて、当然のことですがRobert Johnson を初めとするデルタ・ブルースのボトル・ネックは10代から弾いていたキャリアがあります。
逆に、オールマンの方は、Southern Fried というアルバムになるレコーディングのためにマスル・ショールズへやってきたJohn Hammond, Jr. にオープン・チューニングを習ったというわけで。

Barry Miles の’Zappa' かKevin Courrier の’ Dangerous Kitchen: The Subversive World of Zappa’のどちらかを出張るときに持って行こうかと考えています。
後者は、新版を最近入手したのです。
出先へ持ち出すには小さい本がよいので前者かな。

しかし、飛行機の移動は速いようで、実際は、一時間しか違わず、逆に移動時間中、何もできずに拘束荒れているだけの時間が多く、人生の無駄ですね。
読書はできますが、PCを使ったり、携帯音楽プレーヤーの使用を制限されますから、時間が長くてもなんでもできる・・・ゆっくり寝られる電車の方がましなようです。

昨日のニュースで、自民税調が動き出したという話でした。首相がどういおうとやはりメインのターゲットは消費税の問題なのでしょうね。
社会保障財源としての消費税の目的化を前提とした税率引き上げは国民的なコンセンサスがある程度できているのだそうです。
経済をどうしてそんなにスタティックに考えることができるのか・・・官僚も学者も大多数の議員も自分で商売したことがないからでしょうね。

独白ですが、なにか気晴らしになる税金がらみの勉強テーマを目ないといけないかななどと考えています。
tax the churches, tax the business owned by the churces なんてFZが宣言しています。

通則法と行政不服審査法改正の関連、租税専門裁判所創設について、質問検査権について、事業体課税論について、給与所得者課税についてあたりのうち、何かを選んで暇つぶし寝たとしての勉強材料にしないとぼけてしまいそうです。
納税者権利保障制度の国際比較とセットにするなら何がふさわしいかは自然と出て掃きますが。

自民税調は、ガソリン税の暫定税率を取っ払い、かつ、一般財源化するのと見返りに環境税の導入だなどと新聞に出ていました。
本丸の消費税の税率引上げをカモフラージュしたのでしょう。
社会保障国民会議の報告書が秋に出るので、福祉財源論と消費税の税率アップ論は必ずセットで持ち出されるという筋書きになっているわけです。

環境税を皮肉る詩は、こちらをごらんいただければと。
税金の詩の最近の流行は、この環境税批判ですね。

日本でも既に、県税のような地方税レベルの環境税的性格の税金、法定外目的税は存在しています。
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by nk24mdwst | 2008-07-02 05:21 | その他