Allman Brothersを採り上げた詩をみつけました。
Allman-Brothers’ BlueThanks a lot, Stella. Tags:#Duane Allman
Emily Dickinson
234 You're right—499 Those fair—fictitious People—822 This Consciousness that is aware Tags:#Emily Dickinson
昨日、ちょっと、山麓の方へ出かけてきました。四半世紀、通った県境を越えた山の料理を食べさせる店へ行ってきました。
一年ほど通っていないので、まさか、閉店していないんだろうなと若干、危惧しながら。ちゃんとやってました。 昔、休日は、女子高校生がお運びをしていたのですが、今は、立派な女将さんです。手伝っているのは、そのお子さんたち。 昨日、初めて、向こうから声をかけられたのでうれしかったですね。 標高1000mのあちら側です。建物は、昔の小学校の建物を移設したもので、昨日、聞いたら開業して28年だそうです。 このKPやAEで走り回っていた頃、沢山、バイクのツーリングの若者たちがいたし、この季節だと、道端に車を止めて、山菜採りをしている人たちも沢山いました。 どちらも、消えてしまいましたね。 世代が変わって、山菜を採る人たちがいなくなったようです。 今年は、山雪でしたが、想像以上に雪が残っているので驚きました。例年なら春分の日に残っているくらいの雪が、まだ道端にありました。 雪のせいで倒木も多くて。公共事業費削減は勝手にやればいいといいたいところですが、山の荒れ具合にも驚きました。 日本の山というのは、ごく一部の例外を除いて2,000年以上の間、人の手が加えられているのです。山が荒れるということは、海に元気がなくなるということなのですが。 昨日の感想は、ここまで。 ソニーの携帯音楽デバイスとそのソフトの悪口も止めます。他の携帯音楽デバイスで音楽を聞いたことがないので、比較できないのに、ソニーは音がいいとは、判断できないので、何も言いません。転送ソフトの操作性の比較もできません。但し、ソニーのソフトは、転送速度自体は改善されましたが、ソフトが重いのは相変わらず。 デバイスの音は、ハードディスクのやつからメモリー・スティック方式に変わって二世代目から、音が明らかに良くなりました。一番新しい世代のやつは、二段階以上音が良くなったと思います。大昔に、ビットレート64kbpsで取り込んだやつの音が向上しているので笑います。 すべて、錯覚なんでしょうけどね。 音が良くなった代わりに、操作性を悪くするという親切さがおまけでついてきます。 今日は、何を書こうと思ったのでしたっけ。 また、春になったので、検索キーワードに租税法の基本概念とかアメリカの詩人の名前が出だしました。 Emily Dickinson の詩の訳は、このブログにはありません。 大学の教師って、ディキンソンをテーマに上げルのはともかく、訳せというんでしょうか。まあ、リポートを書けといわれれば訳す必要があるのでしょうか。 外国語の詩を訳すなんて、素人の私にできるはずがありません。 良い翻訳と自分が原文を読んでわかったつもりになるということとの間には、数万光年の距離があります。 本題は、これからです。 Ann Sexton の詩の訳という検索キーワードがあったのですね。 この自殺した美人女流詩人について興味を持つなら、例え、それがリポート作成のためであったとしても、YouTube を検索してみるべきだと思います。 ディキンソンは、19世紀の人なのでともかく、20世紀のアメリカの詩人のリポートが宿題ででたら、YouTube をあたってみるということですね。
朝は、小雨でしたが、晴れてきました。風は、まだ少し冷たい。
木蓮は、誇らしげに咲き始めましたが、サクラは、まだチラホラ、一輪、二輪というあたりでしょうか。 去年、e.e. cummings の In Just- をひいている日があります。3月25日ですね。 そう思うと、今年は、3月以後、余り暖かくない。 ついでですから、カミングズの春の詩でも。 Spring is like a perhaps hand声に出して読んでみて、わかった気分に勝手になればいいのだと思います。 大文字、小文字の使い方は目で楽しむ?! こんなのもあります。 ygUDuhくだけた話し言葉を文字で書いてみたというところでしょうか。 それと、ここで表記されているしゃべり方というのは、どこの地方のどのような階層の人たちの言い方なのかって思います。北東部のインテリの話し方でないことだけは、確かで。 southern drawl、つまり、南部のゆっくりした口調でもないし。th の発音がdとなっていることや、語尾のg の音を落としていることに注目するということでしょうか。 それから、表記自体も、単語とか文法の区切り、無視してますからね。 ラップの早口は、さっぱりわからんので私は、苦手ですが。 今朝、目が覚め、Coleman Hinton Project を聞いていたら、Eddie Hinton が〔Sha-Na-Na-Boom-Boom)を歌っていて、いいなと思いました。 声が若いだけではなくて、力んでシャウトしていないのでとても好ましいのです。 というわけで、いま、Staples のStax Profile というコンピを聞いています。1969年から1972年にかけてのヒット曲を集めたもので、ほとんどが、The Muscle Shoals Sound Rythm Section にMemphis Horns が加わった演奏ですね。 当然、かの曲もやっております。 マスル・ショールズのレギュラーというと、Barry Becket, Jimmy Johnson, David Hood にRoger Hawkins ということになるわけですが、これにリード・ギタリストとしてEddie Hinton が加わっているという一番いいときですね。 ヒントンが通常、この時期のレギュラー・リード・ギタリストなのですが、リズム・セクションのメンバーの中には入れられていないことが多い理由は、何なのでしょうね。 オーナーシップの観点から言えば、ジミー・ジョンソンたちがスタジオ設備を持っていたと言えますけれど。 もちろん、このメンバーで最初に録音したBoz Scaggs のファースト・アルバムがコケ、その次のCher のもコケ、スタジオの共同所有者になっていたジミー・ジョンソンたちは破産寸前だったのを救ったのが、Wilson Pickett のHey Jude!のヒットとDuane Allman の出現ということなのですが。 この頃のデュアン・オールマンは、バンドの生活費稼ぎのためにスタジオに突然現れたわけですね。ボズのアルバムは録音順に入っていて(Layla と同じだ。)、最初の二曲ではエディーがリードです。 高校時代からのなじみだったので、エディは特に嫌がった様子もなく楽しそうにプレイしています。 恐らく生前のデュアンより、同時期のエディの方がはるかに稼いでいたはずです。セッションの仕事は、マスル・ショールズ・スタジオが有名になってからは順調でしたから。 Rick Hall のフェイム・スタジオのレギュラーが独立したのが、このメンバーだというわけです。デュアン・オールマンはフェイム時代にセッション・プレイヤーとして契約をしていたのですね。Phil Waldenから契約を買ったわけです。デュアンを中心とした南部版Cream を作ろうとしたら、デュアンは結果的に南部版Grateful Dead を作ったということでしょうか。ツイン・リード、ツイン・ドラムにキーボード、ベースだから同じコンセプトですね。 エディー・ヒントンは、ステイプルズとの仕事が人生で一番楽しかったって語っています。 エディー・ヒントンのソロとかバンドの演奏はほとんどおさえました。数は少ないですから。彼のセッション・ワークをたどるというのは、かなり、難しいです。 60年代の最後あたりから、70年代初頭にかけてのサザン・ソウルとマスル・ショールズ周辺のレコーディングを総ざらいしてみないとわからないでしょう。誰も、そんなことやってない。 Dan Penn を探せ、あるいは、まだ知られていないデュアンのセッション・ワークを探せというのと重なる部分があるのでそれなりに楽しそうですが。 '80年代に再発見されてからのセッションはともかく、マスル・ショールズ時代のものを特定していくのは、かなりきつい。 前も紹介したのですが、コールマン・ヒントン・プロジェクトの音源は、ジョン・コールマンのサイトで落とせます。 コールマンとヒントンが交互にリード・ヴォーカルを取っています。コールマンとヒントンのギターも悪くないです。 ジム・コールマンはかなり宗教色が強い感じなのですね。いわゆるホワイト・ゴスペルと呼ばれるものに近づいていったのでしょう。 Poco にいたRitchie Furay なんかも自分の教会作っちゃてますからね。 まあ、いずれにしろ、エディ・ヒントンについてメモを作り始めてはいるのですが。三年前から。 Kent のコンピーレーションにTake Me To The River というシリーズがありますが、川の水に全身を浸からせて洗礼するというバプティストのイメージですね。 Southern Music/American Music という本を最近、入手しました。サザン・ミュージックがアメリカ音楽のルーツだというコンセプトです。 このコンセプト自体には異論が多数あるところでしょうし、私も、それを正しいというつもりなぞ毛頭ありません。日本の田舎ものが言うことか?! この本が採り上げているサザン・ミュージックというのは、50年代、60年代が中心ではなく、さらにもっと古い時代、つまり1900年代から30年代にかけてのものです。 そして、その後のR&B,soul 時代を経て、現代に至るという構成ですが、この本に出てくるディスコグラフィは、ワシントンの議会図書館にある録音とか、アラン・ロマックスの録音だというところに、この本の本質をみるという話になります。 この本を起点にして、例えばロックンロールの生成へということを考えたくて買ったのではありません。サザン・バプティストの源流を探り、FDR連合を経て、公民権運動、レーガン・デモクラットを経て現代のアメリカ社会の背景を探る・・・大風呂敷ですね。 そして、こちらの宿題である給付付き税額控除とは何かという資料にしようという、余人には真似のできない、そして私の能力を超えた、単なる誇大妄想的ひらめきによっているというお粗末。 アメリカ社会の大きな変化に伴う政治的な思潮の変遷とそれが起こした税制上の変化を追う資料にしようということです。資料になるかどうかはともかく、どちらも私の興味のある点だということです。 現実には、ワシントンのロビーストが税制や政策を牛耳っているのですが、社会的背景の変化を考える必要があるでしょうし、そのためのツールの一つとして音楽を考える。 音楽を社会的に位置づけるというのは堕落したやり方で、音楽そのものを聞けばいいだけです。だから、音楽そのものをしっかり聞かないと。 給付付き税額控除というのは本質的にまやかしの部分があるはずなのですね。南部におけるリベラルなインテリ富裕層、対抗する強固な右派、低所得の一般白人層の保守的な考え方と宗教観、与えられたものであるキリスト教を独自の文化として再構築したアフロ・アメリカンの社会ですね。アフロ・アフリカン社会自体も階層分化していますし。 それから、南部にあるけど、他のデルタの各州やテキサスなどとは明らかに違うルイジアナ、特にニューオーリンズの文化的な位置づけでしょうか。 エディ・ヒントンについては、ちょっとお勉強したいなって夕べ考えていたら眠れなくなりそうだったのでPaul Butterfield Blues Band のライブを聞いて寝ました。 それと、どうせ解らないんだから、アメリカの連邦財政じゃなくて地方財政の方の切抜きを作っておくのもいいんじゃないかとか。 全部、ここへ持ち込んだら収拾がつかなくなりますけど。 大体、カミングズの詩で始まって、ステイプルズを経由して、何で現代アメリカの地方財政の話になるのかということですが・・・こういう飛躍をするのが、私の思考回路なのでしょうがない。
Emily Dickinson の、詩です。
Her final summer was it,誰も、明日のことなぞ解りはしません。 全能の神になった気分の人もいるのかな。 Fear Strikes Out気の重い、春の雨の日です。 ディキンソンとクルーグマンを一緒に並べるな。 Tags:#Emily Dickinson
今朝方、少し、淡雪が車の上に残っていましたが、それも溶け、暖房をいれずにいたのに、今頃気がつくという1月下旬の今日この頃、みなさん、いかがお過ごしでしょうか。
大きなお世話ですね。 昨日1976年の主な出来事というやつを、まあ、安直にウィキペディアから引っ張り出してみたわけです。 ラモーンズとかセックス・ピストルズが登場する年に、イーグルスのホテル・カリフォルニアが発売されたというわけでした。 当時は、ビル・ブラッドショー率いるピッツバーグ・スティーラーズの全盛時代だったななどと思い出したりしたわけです。 「タクシー・ドライバー」も見たけど、「屋根の上のバイオリン弾き」も、池袋の文芸座で見た年ですね。400円くらいでしたかね。小銭がなくて、1万円札を出しておつりをもらい、ジーンズの後ろのポケットに9000円入れていたのですが、都バスに乗ろうと思ってポケットに手を入れてみると、無くなってました。 道で金を拾ったことも無いのですが、人生最大の落し物でありました。 虎の子の9000円を落として、意気消沈して帰ったことを覚えています。 バスを止めて、山手線を使って帰ることにしました。歩く距離が長くなるのでしたが。 1966年をテーマにした、1966 (A Monologue)というDavid Barlow の詩があります。 この記事を書いたとき、エキサイトのブログでは、当時、たのサイトではできたYouTubeの画像の貼付けができませんでした。 全部を再確認してはいないのですが、ミュージシャンの名前のところは、YouTubeを検索して、できるだけ、当時の映像に近いものをリンクしてみたのですが、道半ばで、挫折、ほったらかしです。 一部だけ抜き出すと To set the scene in January 1966 Harold Wilson is Prime Minister, Lyndon B. Johnson is President, the Vietnam War is raging. Carnaby Street in London is the place to be seen and to get the latest World leading Fashions. Mary Quant is Queen, Twiggy Models and George Harrison gets Married.という感じですね。 ビートルズがこの年、ライブ活動中止を宣言しているのですね。そこで、イギリスでのロックのライブ市場に大きな穴が開いたわけです。 それを埋めるためというか、チャンスだ知っていたチャズ・チャンドラーは、ジミ・ヘンドリクスをニューヨークから拉致してくるのですね。 クリームがこの年に誕生するのも偶然ではないのだと思います。 ちなみに、この詩を書いた人物はイギリス人なので、チャートは当然、NMEかMMでしょうか。 イギリスでワールド・カップがあってイングランドが優勝した年でもあります。 1966年の私の思い出・・・・梅雨に大雨が降って床上浸水したことかな。当時は、ちょっと雨が降ると直ぐに浸水しました。 一階の畳を全てめくり、その下の板を外し、消毒の石灰をまき、二階で寝るというのが当たり前でした。 いま、思うと6畳間に、親子5人もよく寝たものだと。
きぶんは、晴れず。
疲れか。頭の疲れ、目の疲れ、左足の小指のつめがはがれて痛い、全部、全部、わたしのせい。 久しぶりに、allan james saywell でも。 Those Who Dont Write Poetryもうひとつ。 Moon River On The Moon気分が晴れたか。 税金の詩なんか、引っ張り出す気力も無ければ、ディキンソンやブコウスキーを出す元気もなし。 ただ、日は、昇り、日は沈む。来年になるのを待っているだけ。まあ、生きて待っていられれば上等か。 Tags:#allan james saywell
Bowery Blues
by Jack Kerouac The story of man Makes me sick Inside, outside, I don't know why Something so conditional And all talk Should hurt me so. I am hurt I am scared I want to live I want to die I don't know Where to turn In the Void And when To cut Out For no Church told me No Guru holds me No advice Just stone Of New York And on the cafeteria We hear The saxophone O dead Ruby Died of Shot In Thirty Two, Sounding like old times And de bombed Empty decapitated Murder by the clock. And I see Shadows Dancing into Doom In love, holding TIght the lovely asses Of the little girls In love with sex Showing themselves In white undergarments At elevated windows Hoping for the Worst. I can't take it Anymore If I can't hold My little behind To me in my room Then it's goodbye Sangsara For me Besides Girls aren't as good As they look And Samadhi Is better Than you think When it starts in Hitting your head In with Buzz Of glittergold Heaven's Angels Wailing Saying We've been waiting for you Since Morning, Jack Why were you so long Dallying in the sooty room? This transcendental Brilliance Is the better part (of Nothingness I sing) Okay. Quit. Mad. Stop. Tags:#Jack Kerouac
昨日とはうって変わり、昼間から稲光と雷鳴、激しい雨と風の日です。
アメリカにおける中間層の重要性、逆にいえば中間層の消滅の危機に関して、それはそうだけど、それよりもと。 December 17, 2008, 4:01 pm何をもってミドル・クラスというかという定義の問題がありますが、こんなLaurence Overmire の詩もあります。 How Grand Hotel Perched on top an island hill The Mackinac Bridge gleaming in the distance Hearkens to Victorian time Horses pulling carriages Top hat footmen opening doors Black waiters, dressed in white (Imported from Jamaica now) All to serve the dollared dandies Who fancy themselves Dignified in coat and tie (No slacks allowed please ladies) Tea on white china linen silver spoon Oh the sunset is delightful, madam One lump or two Outside, the gate A gathered throng, middle lower class of People, gawking gaping Stopped By a stylish young woman Name-tagged business suit who Insists, in proper hotelier fashion For permission to enter the grounds A ten dollar fee is required A rare privilege it would seem To see, first-hand how Clocks turn back on themselves. なぜか、Chris Hillman の軌跡を辿るというモードにはいっていて、カントリー・ロック以前のブルー・グラス、カントリーを聴いています。 とはいっても軟弱な私は、ナッシュヴィルには到達せず、サザン・カリフォルニアのブルー・グラス、カントリーというところですが。 Kentuckey Colonels, Dillards あたりからですから。時代を下ってくるか、ハンドルを切ってテキサス、ニュー・オーリンズへと方向転換するか。 Gib Gilbeau 時代のBurritos をどう考えるか・・・GPのいないブリートスは無意味とは考えませんが・・・ただ、ギルボーは、Cajun フィドラー、シンガーとしてもメジャー・リーガーじゃないなという結論に達していまして。
きょうは、本当に雲ひとつ無い良い天気です。日の光に輝く山の頂がきれいです。
今年は、山沿いは、雪が降っているようです。 Charles Bukowski の詩です。 having the flu and with nothing else to do I read a book about John Dos Passos and according to the book once radical-communist John ended up in the Hollywood Hills living off investments and reading the Wall Street Journal this seems to happen all too often. what hardly ever happens is a man going from being a young conservative to becoming an old wild-ass radical however: young conservatives always seem to become old conservatives. it's a kind of lifelong mental vapor-lock. but when a young radical ends up an old radical the critics and the conservatives treat him as if he escaped from a mental institution. such is our politics and you can have it all. keep it. sail it up your ass. ドス・パソスを槍玉に挙げていますね。ブコウスキーに指摘されるまでも無く、このタイプの人はわが国にも沢山いるわけですね。 戦後の日本の復興、高度成長をやった政治家や実業家に少なからず見られた傾向です。 団塊の世代では、個人を特定するというよりは、世代ごと、こうなったというべきでしょうか。 when a young radical ends up an old radical に当たるのは、今で言えば、ノーム・チョムスキーでしょうか。ドス・パソスと対比させるならハメットということになるのかな。 1968年より古い音楽がよいと思っている私なんかも、conservative ?! 二項対立的にものを考える時代は終わったと分裂思考の私にいう資格なぞあろうはずも無く。 ただ、日本でもアメリカでも、今、ゴリゴリ保守って立場の人って若いときは反対だったりします。 いつまでたっても大人にならないのがこの人かな。言葉が汚い。しかし、クルーグマンの危機感は当然だと思いますがね。E uropean Crass Warfare数十年に一度の大不況に直面しているものに、金利政策は、効果が無い(ゼロ以下には下げられませんから。)。だから、政府による大規模な財政出動が必要だと説くわけです。 No, I’m not talking about Bob Corker, the Senator from Nissan — I mean Tennessee — and his fellow Republicans, who torpedoed last week’s attempt to buy some time for the U.S. auto industry.ニッサンの代弁者のボブ・コーカー上院議員ではなく、ドイツのメルケル首相が問題だと。以下、EUの経済規模がアメリカと同様の大きさであること、共同歩調を採らないと、他の国の経済政策の効果を打ち消してしまうと述べています。 But you can’t have a coordinated European effort if Europe’s biggest economy not only refuses to go along, but heaps scorn on its neighbors’ attempts to contain the crisis.時間との競争だと、世界中で経済活動が縮小している中での。どれくらいの損害が出ればまともな政策的対応が出てくるのかというわけですが。 バブル生成期には、倫理的に問題のある人たちも沢山登場してきます。その後始末に出てくるのは、基本的には真面目な締り屋タイプなのでしょう。 真面目だからといって正しい政策を採るとは限らない。なにが、正しい政策なのかは、確かに議論のあるところですけれど。 そういえば、今朝の日経では、竹中平蔵氏が、日本の構造改革が進んでいないから不況がひときわ大きくなっているって恍けたことをいってましたね。 気分転換にブコウスキーをも一つ。 Show Biz I can't have it and you can't have it and we won't get it so don't bet on it or even think about it just get out of bed each morning wash shave clothe yourself and go out into it because outside of that all that's left is suicide and madness so you just can't expect too much you can't even expect so what you do is work from a modest minimal base like when you walk outside be glad your car might possibly be there and if it is- that the tires aren't flat then you get in and if it starts--you start. and it's the damndest movie you've ever seen because you're in it-- low budget and 4 billion critics and the longest run you ever hope for is one day. Show Biz Kid って歌、ありましたっけ。 ここでブコウスキーは、アメリカ人の日常生活の象徴として自動車を持ち出したのでしょうか。 タイヤが磨り減っていなくて、エンジンがかかれば、そいつを転がして低予算映画を見に行けばって。 低予算で40億人の厳しい評論家こと一般大衆が見るとして、その映画は、一日で上映打ち切りだろうか。 映画製作に対する投資促進税制なんてのもあったように記憶しています。タックス・シェルターとして映画製作に投資するスキームなんてのもあったように思います。 低予算映画、Grade B Movie Star なんて言葉もありましたっけ。普通の人間の人生なんて低予算映画以下のものかもしれませんが、でも、毎日、酸素を吸って二酸化炭素を吐いて、生きていくのですね。 Easy Rider なんて映画もロジャー・コーマンのAIPが得意にしていたバイク映画の延長線上にあったのですよね。 < 前のページ次のページ >
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