カテゴリ:租税論( 13 )

tobin who?

今月上旬は、むやみに寒くて、冬が来たかと思いましたが、先週あたりから、暖かい日が続いています。
風に枯葉が舞っている、秋空、風はやや冷たしですか。

枯葉が舞うのはいいですが、政権がふらふら舞うというのは、とほほ、です。

トービン・タックスについて、クルーグマン。
Op-Ed Columnist
Taxing the Speculators

By Paul krugman
Published: November 26, 2009

Should we use taxes to deter financial speculation? Yes, say top British officials, who oversee the City of London, one of the world’s two great banking centers. Other European governments agree — and they’re right.
http://www.nytimes.com/2009/11/27/opinion/27krugman.html
金融危機を防止するほど後からあるとは思えないけれど、効果はあるはずだと。

投機家に課税するってタイトルです。

株式市場等の証券市場や商品先物等で投機をするという行為は、合法化された博打ですよね。
博打が実物経済を振り回すということは、チューリップ・バブル以来起きているわけで、人間は忘れる動物ですから、同じことは必ず繰り返されるのでしょうね。

博打は、最後の手取りがいくらかということが問題ですから、課税しようするのなら、その課税を回避する手段も仕組まれることになるんでしょう。その手段自体がまた投機の対象になったりして。

クルーグマンがトービン・タックスに賛成するのは、まあ、彼の立っている位置からすると当然かなと思うわけです。ただ、彼は、医療保険制度の財源としての連邦レベルの付加価値税導入論を支持するのは、半分理解できますが、半分理解できません。彼は、基本的には、累進課税による所得税による所得再配分論者のはずですから。
だから、社会の所得差がない平等度高い国における、付加価値税論というのはわかるのですが、アメリカも日本もそうではないわけです。

昔からある、小話ですが、アメリカの民主党は付加価値税のような大型間接税に対して批判的であると。なぜなら、低所得者に対して負担を強いるシステムだから。共和党も付加価値税のような大型間接税に反対する。なぜなら、それは、簡単に税収増を見込めるので大きな政府につながるからと。
この話は、どちらも逆も言えるのですね。民主党は大きな政府を志向するから付加価値税導入、共和党は金持ちに高率の所得税を課すよりは水平的公平が保たれる(私がそう考えているわけではありません。)付加価値税に賛成だという具合に。

スウェーデンは高い税率の付加価値税のある国ですが、先進国の中では平等度の高い国だと思います。ただ、所得税における累進度は高くありません。基本的に二段階です。
租税制度において国際比較をするというのは、かなり、詳細に前提となる社会背景、国民意識を検討しないと駄目なのです。単純に税率論に走ってはだめです。

こういってはなんですが、アフリカ東部のごろつき以下の連中が政権を握っている国でも世界銀行の支援を受けるための前提として付加価値税を導入しているわけです。これらが実際のどの程度機能しているのかは、人質になる覚悟で行って調べてみないとわかりません。
役所へ行って人質になることはないでしょうが、租税賦課徴収の現場を見に行くということは、銃弾が飛んでいるところへ行くって事なのかもしれませんから。

きょうも、フェアポートを聞いています。
今朝も、早い目覚めで、McGUINN CLARK & HILLMAN を聞いていました。これも、最後まで聞いてしまって。バーズとビージーズを足したらこうなったのかな。イーグルス風味があって。

バーズのにおいがほとんどしないのが凄いというか何というか。ディスコの風は吹いているんですが。

1967年、1968年のフェアポートは、ウェスト・コーストの匂いがとても強いです。ジョー・ボイドに連れられて、あのゴールド・スター・スタジオへ行ったときは、みんな大喜びだったのだそうではあります。

イーグルスがいわゆるカントリー・ロック路線からハード・ロック路線へハンドルを切ったので、他のバンドもみな右へ習えになったような気がします。
よくわからんのですが、アメリカの中西部には、独自のハード・ロックの伝統とでもいうものがあったように思います。イーグルスの3人のギタリストはこの流れの人たちだった思うのですね。
彼らは、あまりゴールド・スターとかには興味があったようには思えないのですが。
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by nk24mdwst | 2009-11-27 15:17 | 租税論

who's glad to be in japan?

きょうは、朝から小雪がちらつき、寒いです。
今、ドカンと雷がなりました。PC使っているとぞっとします。飛行機で着陸時の落雷より、こっちの方が怖い。

ラップトップのデータを移行させているのですが、便利なソフトがあって速くて簡単、なれど、テキストはともかく、音楽が沢山あるので、それなりにというか、とても時間がかかっています。

PCや携帯音楽プレーヤーで音楽を聞くということは、いわゆるオーディオ・ブームを体験し、音場感などというものを求めた経験がある自分にとっては驚くべき方向転換なのです。しかし、MP3の不可逆性と同様、これも、この便利さに慣れると元へ戻れませんね。

アルバム単位で聞くのをやめた、アトランダムに流すか、特定の目的に沿ってプレイリストを作って聞くか、どちらかになりました。アナログだとやってられません。

そもそも録音された音楽なんて現実に演奏される音楽とはもともと違うんだから、割り切りなのだと思います。この割り切りというか見切りをつけたという意味で、Beatlesは偉い。
余計な一言で、Glen Gould もこのことを自覚していたのか。
商売人のカラヤンは自覚していたのでしょう。違う意味で。

FZは、わかっていて両方やろうとしたのだと思います。ただ、本来、ハリウッド・オールスターとロンドン・フィルを24時間体制で使うくらいのことを本人は望んだのでしょうが、中小企業の親父の悲しさ、ハリウッド超大作とは縁がなかった。

FZの支持政党は、民主党と共和党どちらか・・・中小企業の親父だから当然、共和党でしょうね。ブッシュ親子を支持したとは思えませんが、ゴアの奥さんを攻撃していたし宗教右翼は大嫌い。

昨日も、Clarence White を聞いていました。今日の仕事場は、H で始まる曲が続いています。なぜか、サザン・ロックが続くような気がします。と書いたところでClarence White のソロ・ギターが出てきました。

ここからは、備忘録です。読売の社説がわかったようなことを書いています。
税制法案付則 消費税論議を冷静に進めよ(1月24日付・読売社説)
 消費税率引き上げをめぐる“内紛”に一応、ピリオドが打たれた。自民党は、予算の早期成立に全力をあげる時だ。
 政府は23日、付則に消費税率引き上げ方針を盛り込んだ2009年度税制改正関連法案を閣議決定した。
 付則は「遅滞なく、段階的に、消費税を含む税制抜本改革を行うため、11年度までに必要な法制上の措置を講ずる」と明記した。
 政府の「中期プログラム」にあった「抜本改革を11年度より実施」という文言は削除された。
 だが、消費税率アップのために11年度までに法整備を行い、経済が好転するならば、その時は実施に移すということだろう。
 政府・与党は、この規定にのっとって、着実に、法制上の準備を進めていく必要がある。
 消費税問題は、昨年12月の与党税制改正大綱では、公明党が反対して、税率引き上げ時期などを盛り込むことができなかった。政府側は「中期プログラム」で巻き返したが、法制化をめぐって、自民党内で対立が再燃していた。
 税率引き上げ反対派は、「増税が独り歩きし、景気の足を引っ張る」「行政改革や無駄の排除が先だ」などと、引き上げ時期の明示に強く抵抗した。
 しかし、そもそも、税率の引き上げは、景気の回復が前提だ。
 行革なども、もちろん、重要だが、これらは、消費税率アップに向けた作業と並行して、推進していけばいいことだろう。
 結局、反対派も、実施日は別の法律で定めることで折れたが、付則の修辞で多くの時間を費やし、何を生んだと言えるのか。
 今回の騒動の最中、自民党内では、税制改正関連法案採決の際、「造反」することをにおわす衆院議員もいた。
 民主党は、消費税率引き上げの是非よりも、もっぱら政局の観点から、自民党内のさらなる混乱を待望したようだ。
 景気対策での財政出動や、これからの社会保障費の増大を考えると、いずれ消費増税は避けられないというのは、与野党の多数の議員が認識しているところだ。
 もちろん、昨今の景気の悪化をみれば、短期間のうちに経済が好転し、消費税率アップの環境が整うとは考えにくい。
 しかし、こうした経済情勢とは別に、税率引き上げに向けた準備は整えておかねばならない。
 選挙を前にしても、論議を避けることなく、与野党は、冷静に消費税を論じてもらいたい。
(2009年1月24日01時43分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090123-OYT1T01137.htm
結論だけは、賛成だとしておきましょう。もっと正確にいえば、選挙を前にしているからこそ、与野党は消費税だけではなく全ての税制に関して真面目に議論をする必要があるのだと思います。
そして、現下の経済状況は、これから一段と悪くなると思われるのでそれを念頭においてどうするかということです。

経済が好転すれば、増税するというか財政赤字を補填せざるをえないということでしょう。しかし、経済状況の好転は、政府がそう勝手に判断したときではないはずなのです。ただ、増税ありきの前提であれば、そう宣言したらおしまいというわけです。

経済状況が好転したときには、税収は自然増収するはずです。ただ、そのためには、自然増収する仕組みを作らないと駄目です。現在の日本の税制では、景気がよくなり企業収益が増えても税収はそれほど伸びるわけではありません。
なぜなら、税収のほとんどを消費税と源泉所得税に頼っているからです。

課税ベースを広げて累進所得課税を行うような仕組みを放棄していれば、景気動向に対する税収弾性値が下がったという議論が正当化されるというわけです。ただ、国際化した企業や富裕層が国外に所得を移転することによって課税回避を図ることを避けられないこと自体は認めざるをえませんが。

読売の社説が、政府が閣議決定した付則案に関して一歩後退的だけど、11年度からやれないことはないと匂わしているのは正しいと思います。書いている本人が自覚しているかどうかはともかく。

繰返しですが、抜本的税制改革が前提となっていてそれは、11年度の前に法制化するという日程も決まっていて、その基本的な方向性自体に関しては、政府・自民党も民主党もたいした違いはないのだというのがわたしの認識です。

党利党略論は下らない。
母と、お昼に話していて驚いたのですが、「中福祉・中負担」という言葉は、定義を明確にしていないので便利なのですね。福祉が今より少しはよくなるのだとは母は、思っていました。
あの改革工程表をきちんと見た人なんていないのです。
日本は既に国民皆保険があるのに、それを維持せずにどうするのですか。

恐慌状態というべき状況で国民皆保険を目指さなければならない役割が本来あるはずの、アメリカの新政権とは状況が違います。
Stuck in the Muddle

By PAUL KRUGMAN
Published: January 22, 2009

On the other hand, Mr. Obama is, as his predecessor put it, the decider. And he’s going to have to make some big decisions very soon. In particular, he’s going to have to decide how bold to be in his moves to sustain the financial system, where the outlook has deteriorated so drastically that a surprising number of economists, not all of them especially liberal, now argue that resolving the crisis will require the temporary nationalization of some major banks.

So is Mr. Obama ready for that? Or were the platitudes in his Inaugural Address a sign that he’ll wait for the conventional wisdom to catch up with events? If so, his administration will find itself dangerously behind the curve.

And that’s not a place that we want the new team to be. The economic crisis grows worse, and harder to resolve, with each passing week. If we don’t get drastic action soon, we may find ourselves stuck in the muddle for a very long time.
http://www.nytimes.com/2009/01/23/opinion/23krugman.html?partner=permalink&exprod=permalink
クルーグマンはいわゆるリベラルというかケインズよりの立場ではない経済学者もアメリカの金融機関への更なる税金投入、ないし、一時的な国有化の必要性に触れだしていることを指摘し、減税に重きを置く政策以上の政府の財政出動を求めています。

さらに、バロー(Barro という名前がスペイン系なら、バーロですね。ロは、巻き舌で発音。)の戦争と経済状況の議論について再度反論しています。
January 23, 2009, 10:38 am
Spending in wartime
One of the small compensating benefits of the economic crisis is that people have suddenly realized that economic history is relevant. Unfortunately, some of the attempts to use that history are spectacularly off-base — such as the attempts by conservative economists to use experience during World War II to argue that the multiplier on government spending is low. I’ve written about this here and here. But I thought a bit more data might be instructive.
http://krugman.blogs.nytimes.com/2009/01/23/spending-in-wartime/
数式よりグラフの方がわかりやすいです。

もちろん、共和党の議員レベルでは、選挙公約よりも小さな減税だ、何の効果もないという論理ですし、NTU(全米納税者連盟)も無駄公共投資を止めろといっています。
For Immediate Release Jan 14, 2009
For Further Information, Contact:
Peter J. Sepp, Natasha Altamirano,
Taxpayer Watchdogs Offer List of "Ax-Ready" Programs as Alternative to Mayors' Pork Projects

(Alexandria, VA) -- The U.S. Conference of Mayors has sent Congress a $96.6 billion wish list of "shovel-ready" projects to allegedly create jobs and improve the nation's infrastructure, but the National Taxpayers Union (NTU) and the Council for Citizens Against Government Waste (CCAGW) are offering a different solution to stimulate the economy: an updated list of "ax-ready" programs and legislation that would reduce wasteful spending. Last October, NTU and CCAGW sent a letter to then-Presidential candidates John McCain and Barack Obama outlining ways to reduce federal outlays.

Among the mayors' " 'Ready to Go' Jobs and Infrastructure Projects" are well over $1 billion in projects involving sidewalks; $1 million for annual sewer rehabilitation in Casper, WY; $6.1 million for corporate hangars, parking lots, and a business apron at the Fayetteville, AR airport; 28 projects with the term "stadium" in them; and 117 projects mentioning landscaping and/or beautification efforts. The taxpayers should be most teed off at the 20 golf courses included in the list.

Some alternatives to the mayors' list could be found through NTU's research arm, the National Taxpayers Union Foundation (NTUF), which through its BillTally program has compiled a list of legislation that would reduce federal spending. NTUF also maintains a roster of 2,150 spending-cut bills introduced in the last nine Congresses that totaled over $9.5 trillion, only 69 of which were eventually signed into law (for a savings of $89.6 billion). Finally, NTU reviews data from the Bush Administration's Program Assessment Rating Tool, which found nearly 220 programs in 2007 that were ineffective or did not demonstrate results.
http://www.ntu.org/main/press.php?PressID=1083&org_name=NTU
馬鹿げた無駄遣いは、ブッシュ政権時代からあったようですね。
全米納税者連盟の価値観というのは、いわゆる普通の中間層のアメリカ人の価値観を反映しているのだと思います。

個人的にセップ氏の人柄も知っていますし、この団体の果たしている役割自体は意味があると思います。大きな意味が。しかし、合成の誤謬ではないですが、現下の経済状況かにおいてミクロ的に正しいことがマクロ的に正しいのかどうか、私には判断できません。

ただし、日本の二大政党と称する政党がどちらも基本的に同じ主張をしてい手、それがどう考えても普通の国民の利益にならないという状況の方が困ったものです。

日本でも課税強化、つまり執行における強化が行われるのでしょうか。
Guilty Plea in Tax Shelter Case

By LYNNLEY BROWNING
Published: January 23, 2009
A former investment adviser pleaded guilty on Thursday to helping the accounting firm Ernst & Young sell bogus tax shelters that illegally allowed scores of wealthy investors to evade taxes on billions of dollars in income.

The shelters in question, called C.D.S., for contingent deferred swaps, and C.D.S. add-on, involved financial trades that were carried out by the Bolton companies. In his plea agreement, Mr. Bolton said that he implemented dozens of the shelters involving billions of dollars in taxable gains and income.

Mr. Bolton also admitted to using the shelters to illegally shield from taxes $40 million in personal income in 2000 and 2001.
http://www.nytimes.com/2009/01/23/business/23account.html?partner=permalink&exprod=permalink
アーンスト&ヤングのメンフィス事務所のロバート・ボルトン氏が罪状を認めたということのようです。5年の実刑と引き換えのようですが。
アーンスト&ヤングもKPMGのようにI.R.S.に追い掛け回されているようです。C.D.S.を使ったタックス・シェルターの仕組みというのはどんなものなんでしょうね。

バブルがはじけたときに、詐欺やら脱税やらホワイト・カラーの不正がぞろぞろ出てくるのはどこも同じです。しかし、I.R.S.の言い分が、いつも通るとは限らないわけです。
I.R.S. Is Thwarted as Court Shields Textron Tax Papers

By LYNNLEY BROWNING
Published: January 22, 2009
The Internal Revenue Service suffered a setback late Wednesday in its crusade against corporate tax shelters when an appeals court ruled that Textron, the maker of Cessna airplanes, did not have to turn over internal papers detailing its use of aggressive tax shelters.

The appeals court upheld a lower-court ruling that the internal documents were protected by confidentiality rules and that Textron did not have to give them to the I.R.S.

But it also said that a lower court should decide whether Textron had waived that confidentiality when it gave the internal documents to Ernst & Young, its outside auditor, and whether Textron should now be forced to turn over the related Ernst & Young documents.
http://www.nytimes.com/2009/01/23/business/23tax.html?partner=permalink&exprod=permalink
テクストロン社はセスナ機を作っている会社だそうです。
同社が行ったS.I.L.O.スキーム(いわゆる航空機リース・スキーム)というタックス・シェルターに関する内部資料の提出をI.R.S.が要求したのに対し、同社は拒否、一審では、負けたのですが、上訴審では一転勝訴となっています。

連邦巡回裁判所の判断では、I.R.S.が提出要求している書類は守秘義務によって守られているので提出義務無しという論理です。ただし、下級審において同社がその内部資料を監査法人であるアーンスト&ヤングに渡した時点で守秘性を放棄したのか、さらに関連するアーンスト&ヤングの書類を引き渡すよう強制されるべきか判断すべきと言っているので、事は簡単ではないようです。

事実関係等、判決文そのものを追いかけないとわかりません。

Greg Allman のHourglass時代の曲が出てくると、実に奇妙な感じです。ジョージアに戻らなければ、運が良ければ一発かに初ヒット曲が出たかもしれないかなと。
そんなことはありえませんが。

ハリウッドのスリックな演奏で、おとなしい歌声、エンディング近くで鋭いギター・ソロが場違いに登場なのです。
既にDuane Allman はスタイルを完成させつつありますね。
しかし、金を出して買うだけの価値のあるものではないです。
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by nk24mdwst | 2009-01-24 17:18 | 租税論

on the road again,

東京は晴天です。しかし、風が冷たい。
朝一番に起きて出てきたときは、うっすら雪化粧していました。午前6時半でもまだ暗く、ライトを点灯。
シャーベット状の雪のある高速は、怖いです。富士山が実にきれいでした。

昔、ある国家試験の受験校で受験指導をアルバイトでしていたことがあります。
不況になると国家公務員を目指す人がまた増えるのでしょうね。それから、国家資格等の資格を取って自立を目指す人も増えるのでしょうか。

誰がいったのか知りませんが、こんな言葉がありました。
曰く「〇〇資格というのは、足の裏についたご飯粒と同じだ。取らないと食えない。取ったからといって食えるものではない。」
弁護士等の資格がないと弁護士は、できません。しかし、司法試験に合格し、司法修習所を経て弁護士登録したところで、それで飯を食えるということが保障されているわけではないというのはそのとおりなのですね。

これは、あらゆる資格を要件とする職業についていえることでしょう。ただし、法が、特定の業務に関して一定の資格を持つものにしかその業務を行うことを規制している仕事というのは少なくありません。
しかし、その法に触れない範囲というと変ですが、資格がなくてもその特定の業務に隣接した範囲の職域において営業的に成功する人というのはいるものです。
いわゆる業法と業法違反の線引き、つまり無資格者の問題については深く言及しないことにします。

さて、受験校で講師をしていた頃の話に戻ります。
当たり前の話ですが、ある日、みなは思い立ち、その資格を取ろうと思い受験校の門をたたくわけですね。当然、半年とか一年分の受講料と教材費を納め、受講初日に臨みます。

受講生が一番多いのは受講初日です。期間の半分を過ぎたあたりで受講生は半分になります、といいたいのですが、三分の一になりますね。最初の一ヶ月で半分になります。
講師が悪かったからということは別にして、教材を手にし授業が始まって、自分が向いていない、あるいは、ついていけない、勉強する時間が無い等のことに気づくのでしょう。

とにかく、最初の講義の日が全てなので風呂敷を広げます。

みなさん、これから私が合格三原則をお教えします。これさえできれば、合格、絶対間違いありません、などというのです。
必要充分条件としての合格三原則なのですがね。

合格三原則その一は、まず、受験の願書を出すことです。

ここでたいてい大きな笑いが起きます。何を馬鹿なことをいうのだというわけですね。いわゆる「つかみ」としてはべたですが。
しかし、一年間以上も一所懸命、勉強してきていたにもかかわらず、うっかりして願書を出し忘れたという話は現実にあるのですね。それも少なからず。願書には当然締切日がありますし。
いずれにしろ、願書を出さなければ試験は受けられない。

原則、その二は、試験日に会場へ行って受験することです。
また、たいてい笑いが起きます。
受講初日ですから当然ですが、現実には次回の講義以後来なくなる人もたくさんいるはずです。もちろん、自学自習で受験すればよいのでそれはよいのですが、この受験しないというのもあるのですね。
合格レベルに達していても、当日何が起こるかわかりません。遅刻すれば受験できません。

いずれにしろ、上記の二つは試験に合格するための必要充分条件であるのは間違いないのです。そして、それができない人が少なからずいるのも間違いない話です。

さて、合格絶対三条件、その三は、試験で「合格答案を書くことです。」と締めくくるのです。まあ、サービスでその合格答案の書き方はこれから試験までに私がみなさんに伝授します、くらいのほらは吹きますが。

合格答案の書き方の伝授を私ができるかどうかは別の話ですが、合格答案が書ければ、合格します。

受験までの時間や受験者の能力にはみな限界がありますから、できるだけ効率的に合格答案を書けるようになりませんが、その合格答案がなにかということがわからなければ書けるはずがありません。

問題は、合格答案とは何かということです。

答えは簡単でそのときのその試験で合格点を超える点数を獲得する答案です。笑う人半分、白ける人半分ですね。当然でしょう。

ただ、合格答案は、循環論法ですが合格する答案としかいえません。試験委員をやったことがないので本当のことはわかりませんが、いくつか確実に指摘できることがあります。

まず、受験者が無意識に目標としているであろう満点答案と合格答案は違うということです。点数でいうなら、不合格者で最高点の人より1点多い答案が合格答案です。

運転免許試験のように受験者の答案を採点し一定の点数を超えた人を合格するような試験もあります。しかし、試験の目的が受験者の能力を見ることだけではなく、合格者の数はあらかじめ決まっており、選別をする、つまり上位10%を採る試験だとしたら合格答案の意味は違ってきます。

上位10%に入る答案が合格答案です。もちろん、満点は入るでしょうが、私が受験指導をしていた資格試験は満点はおろか、時間内に全ての回答をすることも不可能であるような試験でした。

逆説的ですが、この場合の合格答案では、誰も解けない難しい問題に正解することに大きな意味はなくなります。
時間的に解ける問題を取捨選択し、棄てる問題を作る必要があります。出題者も意地が悪いので、従来出たことのない問題を必ず出してきたりしますが、これは満点者を出さないためくらいに割り切ることが必要です。

要するに合格レベルにあると思われる人が正解を書くであろう問題を速やかにみつけだし、それら全てに関しては時間内に正解を書くということが必要になります。

受験技術論ですね。ただ、少なくとも、どの問題は誰でもでき、どの問題はほとんどの人ができるか、そしてどの問題が合格レベルの人が必ずできる問題家ということすばやく判断し、時間配分を決め答案作成にかかる必要があります。

受験者のレベルは毎年、変わるはずなのですが、合格率がある一定率であるという結果から見ると採点がどのように行われるかの想像はつきます。

問題のレベルを見極めることは自分でそれなりに勉強しないと当然できませんけれど。

税理士試験とその試験は呼ばれています。

この試験の受験者の中にはかなり多くの税理士事務所勤務者が含まれています。経験者も含みます。
この人たちは、実務と試験は違うという切り替えが必要です。実務でやっていることと試験の正解が違うということが往々にしてあります。それ以前に、実務では問題とされない枝葉末節が試験では重要になってきます。
逆に実務では金額の桁間違いなどすれば致命的ですが、試験はそんなことありません。

税理士試験は、思考力を問うというよりは、暗記力と短時間の計算能力、判断能力、筆記能力が問われます。
ここでいう判断能力というのはどの問題を棄てるか、それから、文意をどうすばやく読み取るかということです。税法科目の計算問題であれば、どの通達が問題となっているのかということをすばやく判断する能力です。
どの通達かということまで知っている必要があるかどうかも不要かもしれません。受験テキストのどのパターンか、自分はそれが解けるか、解くのにどれくらい時間がかかるか、他の人は解けるか、どれくらい時間がかかるか、棄てるかどうか、という判断です。

この税理士試験のシステムは非常によくできていて、受験生の思考能力を奪う試験問題スタイルです。とにかく分量が多いので、計算問題を解きながら、論文問題という名の条文の丸写し問題の構成を考える必要があるくらいですから。

日本の試験問題一般にいえることですが、基本的に正解があります。少なくとも出題者が想定している正解はあり、通常、受験者にもそれはわかります。つまり、法令や通達の条件のどれに当てはまるかの判断をすればよいのかというレベルだからです。

しかし、現実の社会は全く違います。法令、通達を全てそらんじていたとしてもそれで現実に全て対処できるわけではありません。
試験においては事実は明示されていてそれに関してどのような処理が必要かという判断ができるどうかを試されているだけだからです。それに対し、現実社会においては、行われた、あるいは行われようとしている一定の経済的取引が法令等の要件に適合しているかどうか自体が判断の対象となるからです。
さらに、法令等の条文自体の解釈の問題も生じます。
試験では、条文を知っているかどうかを問われるだけです。

常に正解がどこかにあるはずだという考え方で受験し、合格したとしても現実はそうではないのですね。そのときに、自分で判断する能力があるかどうかということですが、税理士試験を通り抜けてくるときにその能力を一度棄て去る必要があるのですね。
自分でその能力を捨て去ったという意識がないとどうなるかというと、権威のある人、役所に質問をする、あるいは、とまれの線の100メートル手前で止まるというようなことが起きないわけではないのですね。

いわゆるセンター試験スタイル導入以後、社会全体に正解をどこかから探してくるという風潮が強まったように思います。

このような空気は、小学校において既に充満していて、結果的にそれが不登校やいじめにつながっているような気がするのですけれど。

最後のところは、途中省略で飛躍くしているのですけれど。
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by nk24mdwst | 2008-12-27 15:06 | 租税論

day 13, where's rain gone?

きょうも、相変わらず、快晴、青空がきれいです。
足は、少なくとも悪くはなっていないです。というか、歩くと色々辛いです。

青空がきれいだというのは正確ではありません。雲はほとんどなく、9月中頃くらいの気温で日差しを浴びると暑いくらいに感じるのです。
ただ、そらは、うっすらと春霞がかかったような感じです。乾燥注意報が出ているのですが。
天気予報なんて当てにならないから、本当は湿気があるのかという話ですが、からからに乾燥しているのは事実で、にもかかわらず、真っ青な空が見えない。
大陸からの黄砂プラスアルファのせいだと思います。遠くの山はもちろん、5キロ先の里山もボンヤリとしか見えません。

歩くと辛いというのは、怪我のせいというよりは、長年の運動不足のつけが回ってきているというべきでしょうか。

夕べの晩は、GP在籍時代のFlying Burrito Brothersを聞いておりました。
感想、多々あれど、ちゃんと最後まで聞き通したということで、やっぱり、聞いていて眠くなるようなものではないということですね。
仕事場では、Al Wilson なんて人の歌が流れています。Johnny Rivers がプロデュースしてSoul City から1968年に出た'Searching for the Dolphins'のボーナストラック付きです。
いきなりFred Neil が出てくるわけですが、CCRの’Lodi'のカバーも入っています。
なぜ、この人のCDを買ったのかが思い出せない。
バックの皆さんがおなじみさんだったからでしょうか。

今日(2008年10月20日)の日本経済新聞の経済教室欄に、早稲田大学の大村敬一教授が寄稿しています。曰く、公的資金投入のみで問題解決せずと。
今回の世界的金融経済危機を単純に日本におけるバブル崩壊後の不況と政府の対応とを比較することに異を唱えています。
背景が大きく違うと。
きちんと過去の事象を検証し現状と比較し納得のいく結論を導いていると感じました。

まず第一の論点として、90年代末の二度の大手銀行への公的資金投入の効果に関しては、「公的資金の投入が全く貢献しなかったとはいわないが、大きな景気循環の中で回復局面にさしかかっていたのが正しい。」とし、公的資金注入は銀行経営の規律を強めるために役立ったとしています。
現状のアメリカその他の国のように、景気後退局面における公的資金投入は効果的かどうか疑問だという結論が導かれるわけです。
日本の金融資産保有者は金利非感応的な高齢世帯が多いのに対して、アメリカの富裕層はそうではないという背景の違いも指摘しています。

第二の論点として、金融機関の株式資本について検討し、米国の主要金融機関がそれぞれ巨額の増資をしたにもかかわらずその株価が下げ止まらないことに注目しています。
株式の価値は本来企業価値に依拠するわけですが、金融機関において見られるようなレバレッジファイナンスでは、株式資本が企業価値に影響する点を指摘しています。要するに循環するというわけです。ですから、株価上昇局面ではこれがプラスに作用し、バブル生成要因になるのに対し、下降局面においては負の連鎖(スパイラル現象)が起きるとしています。

アメリカにおける1933年のグラス・スティーガル法による銀行と証券の分離が99年のグラム・リーチ・ブライマリー法により事実上撤廃されたことの結果として、シティ・グループやJPモルガン・チェースのような商業銀行が投資業務に参入して攻勢を強めたことに対抗して、ゴールドマン・サックスのような投資銀行が株式公開を行ったことをあせりと評価しています。結果として、投資銀行(日本でいう証券会社)が結果的に投資ファンド化してしまったというわけです。

投資ファンドは目先の利益を追求するわけですから、投資銀行が投資ファンドと変わらない存在になったときに危機が既に芽生えていたと結論付けています。

最後の一文だけ引用させていただきます。「だが次の熱狂ダンスを誘うイノベーションの音を聞くまでにそう時間はかからない」と結ばれています。

この一連の論述は、先に引いた竹中平蔵氏の自画自賛の一文よりはるかに説得力を持っています。また、ノーベル経済学賞受賞コラムニストよりも冷静な観察眼によっていると感じました。

1987年7月から2006年1月まで、FRB議長としてダンスの指揮棒を振るっていたのがアラン・グリーンスパンですね。
周知のことですが、かれは、クラリネット(サックス)奏者としてセミプロ活動をしていた経験があり、ジュリアードに通っていました。自伝によると、下級生にこいつには叶わないと言うやつがいたのでプロになるのを諦めたのだそうです。
その下級生というのが、スタン・ゲッツです。

グリーンスパンがスタン・ゲッツに会っていなかったら、金融の世界なんかに首を突っ込まず、今回のバブルなんか起きなかった、なんてことはないわけですが、スタン・ゲッツの方が上手いと彼は思ったわけですね。

スタン・ゲッツって、いわゆるジャズの巨人と呼ばれる人ではないですね。ジャズの巨人がどれほどのものかって話もありますし。
まあ、ジャズが好きか、仮に好きだとしたらどんなジャズがというか誰のどの時期が好きかという話に帰結してしまうのかなと。
マイルス・デヴィスも半年ほどジュリアードに通って勉強することがなくなったって自伝に書いていましたが。

グローバル・タックス研究会 ~Study Group On Global Tax~というのを見つけました。
「貧困のない、公正かつ持続可能なグローバリゼーションのための「グローバル・タックス」を提言する、市民研究グループ」だそうです。
本家は、Global Policy Forum Monitors Policy Making at the United Nationsなのでしょうか。
     
Global Taxes

Global taxes can address serious global problems while at the same time raising revenue for development. A tax on carbon emissions could help slow global climate change, while a tax on currency trading could dampen dangerous instability in the foreign exchange markets. The revenue from these taxes could support major programs to reduce poverty and hunger, ensure primary schooling for all children, and reverse the spread of HIV/AIDS, malaria and other major diseases. Unreliable donations from rich countries will not fill this need, estimated by the UN to cost tens of billions per year. A global system of revenue-raising must be put in place to fund genuinely international initiatives.

While proposals for global taxes have met fierce opposition from the US government, more and more politicians, scholars, international organizations and NGOs support the idea. In 2004, the presidents of Brazil, France and Chile launched an initiative to promote international taxes to finance development. Since then, the leaders of Spain, Germany, Algeria and South Africa have joined the process. This and other recent proposals have focused on the revenue side of global taxes, disregarding their role as policy shaping instruments. By 2005, the group had narrowed down its tax proposals to a “solidarity contribution” (tax) on plane tickets to finance a global health fund.

This page explores the different ways global taxes can be implemented, the need for democratic oversight and control, the policy shaping and distributive effects, and the possible use of such taxes to fund development and the UN, and its Specialized Agencies, Programmes and Funds.
http://www.globalpolicy.org/socecon/glotax/index.htm
には、いわゆる環境税レベルでは先進国の強い反対があるので代替案を提示していますね。
航空券に課税するという提案に落ち着いたというのもなんというか。
金融取引に対する課税論にも議論が及んでいるようです。

この国際連帯税的なものが必要であるということの論拠となる論文を書いたのが今年のノーベル経済学賞受賞者ですね。
正確にいえば、彼の国際貿易論に関する論文が示したとおりのことが国際経済市場において起きたということです。彼は、それに対する処方箋としての国際連帯税なんてものを提唱をしてはいません。
ただ、自由な市場における国際貿易が富の偏在、膨大な貧困層を世界に生み出してきているのは事実ですから、そのための処方箋として国際連帯税のようなものを考えるというのも一つのやり方ではあるのでしょう。

先進国とそうでない国との間の富の格差、さらに先進国、発展途上国内部における富の従来よりはるかに大きな偏在の問題は座視することはできません。それに対して、強力な警察力等に夜関し・管理国家体制をとることによって対処するというのは対症療法としても最悪のやり方でしょう。
何らかの処方箋が必要だとおもいます。国際連帯税的な考え方もあるのだなとは思いますが、実際にどのように制度構築し、機能させるのかというのは難しい問題だと考えます。

先進諸国の低所得階層は、根源的に開発途上国における一般労働者と利害相反するという問題をどう解決するかということだと思うのですが、これに対する答えはおそらくただ一つでしょう。
見果てぬ夢ですが、それを提唱した人は実際にいます。60年以上前に暗殺されましたが。

「国際連帯税」東京シンポジウム2008~日本での実現をめざして!~が2008年11月23日に東京税理士会館で開かれるようです。
シンポジウムの参加メンバー、呼びかけ人の方々の名前を拝見する限り、興味を惹かれます。
東京近郊にいればちょっと行ってみようかと思うわけですが、田舎にいると躊躇しますね。
個人的には、ちょうどスケジュールが微妙というか非常にタイトな時期なので、特に。
余程面白いか、つまらないかのどちらかだったりして。
面白い、つまらないという判断自体は私の関心との関連においてという意味です。

良い税、悪い税に関して、新しい税金は全て悪い税だなんて言い方をします。だれだって、今までより負担が増えるのを望みませんから。
私の判断基準は実に単純で、自分の払う税が悪い税、そうでないものが良い税という非常に利己的なものです。
偉そうに、あるべき税制論を語っている振りをしながら、実に姑息な本音であります。

ただし、自分の払う税と自分が負担している税は同じかという議論も成り立つわけです。俗物ですから自分の懐から税金を払うのは少ない方が良いに決まっていると感じるのですが、少しは、租税に関する知識もあるので、私が個人的に申告納税する税金、あるいは賦課課税される税金=財布から出て行く税金=本来的に私が負担すべき税金であるかどうかというところが自明ではないことを痛感するわけです。

しかし、やたらとあちこちでかけて話を聞くより、腰を落ち着けて本を読んだり、音楽を聞いたりするほうが大事かなと思います。PCも捨ててみるのがいいのかもしれません。
The Real Plumbers of Ohio

By Paul Krugman

Published: October 20, 2008

Forty years ago, Richard Nixon made a remarkable marketing discovery. By exploiting America’s divisions — divisions over Vietnam, divisions over cultural change and, above all, racial divisions — he was able to reinvent the Republican brand. The party of plutocrats was repackaged as the party of the “silent majority,” the regular guys — white guys, it went without saying — who didn’t like the social changes taking place.
・・・・・
Maybe there are plumbers out there who earn that much, or who would end up suffering from Mr. Obama’s proposed modest increases in taxes on dividends and capital gains — America is a big country, and there’s probably a high-income plumber with a huge stock market portfolio out there somewhere. But the typical plumber would pay lower, not higher, taxes under an Obama administration, and would have a much better chance of getting health insurance.

I don’t want to suggest that everyone would be better off under the Obama tax plan. Joe the plumber would almost certainly be better off, but Richie the hedge fund manager would take a serious hit.

But that’s the point. Whatever today’s G.O.P. is, it isn’t the party of working Americans.
http://www.nytimes.com/2008/10/20/opinion/20krugman.html?partner=permalink&exprod=permalink
ノーベル賞受賞予定者は、相変わらず悪口をいい続けています。

このコラムの冒頭部分は、何のことはないFZが、例えば'Brown Shoes Don't Make It’などが典型ですが、その音楽生活全体を通じて訴えていたことと同じで笑えますが、現実なので笑えないというべきでしょうか。

このコラムニストは民主党支持を明確に表明しているわけですが、中小企業の親父であるFZは、基本的には共和党支持だったのだろうと思います。
元来、共和党というのは、中小企業経営者、自営業者をその支持基盤としていたのですが、レーガン以後明らかになりますが、ニクソン時代を契機として方向転換をしだすのですね。

彼はアメリカにおける、医療保険制度、所得課税における増税、特にキャピタル・ゲイン課税(株式譲渡益課税)について重点を置いて語っています。
アメリカは国民皆保険ではありません。レーガン税制以来、色々な形で高額所得者優遇税制改正が行われてきています。
挙句の果てがバブルの崩壊。これも結局、どこへつけを回すかということですね。

日本においては、西欧のような高福祉国家になる前に、財政が破綻したとされ、負担の増加、福祉等の受益の削減、都市から地方への援助をドラスティックに打ち切る措置が採られてきていて、この方向性が間違いであると私は考えますが、大きな流れが変わりつつあるのかどうか。

分断して統治せよ、民は知らしむべからず、よらしむべし、官僚は国民の牧民官たれの社会は、部分的に転換しているように思えるのですが、その方向性は、反対に向かっていると感じます。
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by nk24mdwst | 2008-10-20 10:43 | 租税論

nobody knows where's any net

もう日付が変わってしまいましたが、昨日の午後の研究会での話は、久しぶりに刺激を受けました。

日本の社会保障と医療制度について、普通の人よりは少しは知っているつもりでしたが、目から鱗でした。
部分的には知っていて全体がわかった気持ちになっていたのですが、日本の社会保障制度全般についてその歴史と国際比較をわかり易く説き起こしてもらえて糸口がわかったとはいいませんが、何となく基本的にどう考えるべきなのかという出発点がわかったような気がしました。

社会保障関係論を専門とされるある大学教授のお話を聞いたのです。その先生の書かれたものを少し読んで仕入れナイトと思いました。

アメリカの話は一切出なかったのは当然ですが、欠落していたアメリカの社会保障制度論のうち医療保障に関しては、クルーグマンの本を読んでいたので、辻褄が合いました。

その先生は、スティグマという言葉を用いて説明をされたのですが、私は、フィリップ・K・ディックの「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」のことをなぜか思い出しました。
ディックのこの小説は、筋立てだけ見ると下手な三流SFにも劣るようにも見えるのですが、ディックの多数の長編の中でもターニング・ポイントとなるものの一つだと思っています。

ディックの小説の主演を現在のカリフォルニア州知事が演じるなんていうのは、笑止千万と捉えるか、ぴったりなのだと捉えるか。ハリソン・フォードのおなじみのいつも何か不安そうな困ったような表情が相応しいのかどうかも良くわかりませんけれど。


クルーグマンが今回のバブルの戦犯を名指ししています。
October 11, 2008, 9:08 am
Greenspan’s bubbles

A chart from a project I’m working on. PE ratio for S&P 500, from Shiller (10-year moving average of earnings, on right scale.) Real house prices from Case-Shiller, left scale.
http://krugman.blogs.nytimes.com/2008/10/11/greenspans-bubbles/
戦犯の名前自体は、別に驚くものではありません。

この記事に対する最初のレスですが、アメリカがなぜハイパー・インフレにならなかったか不思議だという疑問が呈されています。
この一般物価の上昇を伴わない資産価格の上昇、つまりバブルとその崩壊については、日本、日本人、大蔵省、日銀はいやというほど知っているはずです。
グリーンスパンだって知っているはずで、根拠なき熱狂などと口先だけ警告しながら実際の金融政策は反対のことをやって板のわけですね。
このグラフと私の数日前の書き込みに引用したクルーグマンのグラフを重ねてみるということですね。

おそらく、グリーンスパンは、資産インフレをコントロールできると考えていたのだと思います。日本の大蔵官僚も日本のバブルを生み出したこと自体は自覚していて、それは一般物価のインフレを招かず、かつ、コントロールが可能だと考えていたのです。
この点に関しては、当時の大蔵省首脳だった人が失敗をしてしまったことを認めたという発言したと聞いています。
信頼できる人から聞きましたし、その人がその大蔵省交換からそういう発言を聞きうる立場にある人だったことも事実です。
しかし、伝聞でしかありませんから、真偽のほどはわかりませんが、私は、本当だと思っています。

日本の失敗を充分学んでいて、日本の財務省も警告をしたはずなのに、なぜこんなことになったかというのが疑問として残るわけです。

この点に関しては、少なくとも日本の財務省の意見をグリーンスパンが聞き入れるということは、その意見の当否を問わずありえないはずだと思います。
私は、そもそも、アメリカの投資バブルの源泉は日本のゼロ金利政策だったと確信していますから、その意味で、日本の財務省には意見を言うどころか主導権は全く無かったと思います。
それがどのような結果に陥るかということは、橋本行革以来の構造改革路線、金融立国路線をとろうとしていたわけで、意識をしていた、あるいは、共謀剤が成立するかどうかは別にして、日本の金融当局にも責任があるのだと思います。

グリーンスパンは、非常に頭の切れる人だとは思いますが、アメリカで一番偉い人ではないわけですから、一番偉い人の言うことをやっぱり聞かざるを得なかったのだろうと思います。

アメリカで一番えらいのは、もちろん主権者である一般のアメリカ国民すべてであります。ということなら、話は簡単ですね。
大統領だということに一応しておきます。

クルーグマンのグラフは、株と不動産の二つのバブルが存在したことを示していますが、コメントの中に、時系列をもう少しさかのぼるべきだというものがあります。
1982年までさかのぼれというわけです。
レーガン政権下における、ドル高政策とその後のS&L危機が抜けているというわけです。そのとおりだと思います。
しかし、やはり、アメリカ人はドルがすべてだと思っているのでプラザ合意の意義も見落としがちのようです。

冷戦末期、米ソはどちらもガス切れ寸前だったわけです。底から荷物を背負って全力疾走を両方でやってみたら先に旧ソ連がこけたのは事実ですが、アメリカ経済事態も過酷な消耗をしてしまったというのも事実ですね。
それを解消するためにプラザ合意をやって、一度借金をチャラにしようとしたというか、借金をよその国に付け替えた。
そのあともアメリカは、時刻の経済が下降しそうになるとよそへ付回しをしてきたわけですね。

具体的には、アジア通貨危機だの日本の失われた10年というわけです。

もう一つ、グリーンスパンがFRB議長だった時代の大統領は、どちらも国内的に非常に脆弱な基盤の上に立っていて、それに対する攻撃をかわす必要があったのだと思います。

クリントン政権のスキャンダル、ブッシュ政権における大統領選挙そのものの正当性の問題ですね。そこへ、景気が下降局面に入りそうになったとしたら、何とか目を外にそらす必然が生まれるのだと思います。

今回の危機において、目を外にそらさせるということが可能かどうか。
最大のケインズ政策としての戦争の有効性という意味です。その意味で虚構としての冷戦は、違う評価をすることが可能であるのだと思います。

まあ、誰も同調しないでしょうが、今日に至るいわゆる新自由主義ないし市場主義経済論理が世界を制覇したという論理が、その後の好況をもたらしたという考え方は誤りなのでしょう。
誰も同調しないでしょうが、冷戦崩壊後の新たな体制を生み出したわけではなく、単に、冷戦終結後の新たな体制が生まれるまでの緩慢な現代文明、現代経済のパラダイムの転換を咲き伸ばしていただけではないかと思います。
ですから、結局、バブルが崩壊し、世界的な金融恐慌の瀬戸際にあるということです。
October 11, 2008, 3:12 pm
Memories of the late 90s
The current global crisis and the Asian/Russian/Latin American crisis of the late 90s have a lot in common, although there are also some big differences. Some of my more wonkish readers might be interested in an Asian-crisis-model paper I wrote in 1999, which stressed balance sheets and leverage. Because I had Indonesia on my mind, the foreign exchange market, rather than the mortgage-backed-securities market, was at the heart of the story. But there’s a clear family resemblance. The paper (pdf) is here.
http://krugman.blogs.nytimes.com/2008/10/11/memories-of-the-late-90s/
90年代のアジア・ロシア金融危機と今回の危機の類似性について触れています。
October 11, 2008, 7:37 pm
Falling short
Wouldn’t it be nice if, just once, policy makers exceeded expectations instead of falling short? Actually, it would be more than nice: until that starts happening, policy will keep losing credibility.
But it’s apparently not to be. The IMF ministers have endorsed the G7.
http://krugman.blogs.nytimes.com/?scp=2&sq=paul%20krugman&st=cse
各国の財政首脳協議も明確な方針を出さないとクルーグマンは怒っています。
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by nk24mdwst | 2008-10-12 01:37 | 租税論

what's tax

Wats Riot では、なくてTax について、以下のように書いたものを見つけました。

Taxation is the means used to support a civilise society - it funds government goods and services which give meaning rights.

Oliver Wendell Holmes, Jr. の定義よりもよい定義だなと思いました。これを書いたのは、Michael D'Ascenzo 氏で肩書きは、 Commisioner of Taxation です。

Taxes are what we pay for civilized society. というのがホームズ判事の言い方です。
税制が社会をより良くするために使われると言っています。さらに租税国家がなすべきことに言及している点ではるかに洗練されていると感じます。

ホームズ判事の言葉について、the がcivilized society の前についていると勝手の思い込んでいろいろ、書いてきました。この点については、誤りを認めます。the があるとないとでは、解釈が異なるという意味においてです。
the がついていれば、civilized society は限定を受けることになり、それを前提とした解釈、批判は的が外れていたということです。

ただ、この問題の一言の出てきた判決、その背景、それもその事案の背景だけではなく、事案が起こった当時のアメリカ社会の背景、現在のアメリカのそれに非常に似通ったものだと私は考えますが、そこまでを深く検討してこの言葉の意味を検討しているのではありません。

ホームズ判事の父親が差別主義者であるということは事実だとしても、ホームズ判事の政治的立場、アメリカ法史上に占める地位等については、まだまだ不勉強なので、もう少し知見を深めてからこの言葉の意味について見当を重ねてみたいと考えています。

租税に関する定義というよりは、租税制度の意義と捉えるべきで単純に比較はできませんが、少なくとも pay for the civilzation という言い方と、support a civilise society という言い方の間にはかなり距離があります。後段の、租税の使途と政府の関係について述べている部分も大切だと思います。

ホームズ判事が差別主義者だったかどうかはわかりません、また、オーストラリアがかつては、白豪主義という差別政策を採っていたのも事実です。しかし、ホームズ判事の時代と現在を比較すると世界は福祉国家体制というものを経験していて、それ尾を抜きにした国家というものも、いかに市場原理主義を持ち込もうが存在し得ないと私は、考えます。

出所ですが、依然触れたことのある、オーストラリアのDuncan Bentley の Taxpayers Rights: Theory Origin and Implementation の巻頭言です。
Australian Taxation Office 長官が巻頭言を書いているわけです。

ホームズ判事の租税に関する一言に比べると、租税制度の本質についてはるかに洗練された言い方をしていると思います。

ベントリー教授の本は、先進国の納税者権利法制のベンチマークとなるであろうし、発展途上国が続くべきものというような言い方をしています。

納税者権利法制を明文化することが有用性と税務行政執行の円滑化に資する意味を持つこと、税務行政執行側からすべてに賛成できるわけではないことを断っていますが、日本の現状からすると考えられないような立場の人が巻頭言を書いているというわけです。

オーストラリア納税者連盟に言わせるとオーストラリアの税務当局、税理士は、納税者のことなぞ考えていないということでした。また、私がかつて、オーストラリアの税務オンブズマンが自ら、日本での研究体験を踏まえて、日本とオーストラリアの税制、税務行政の同質性を指摘していたことを考えると、感慨深いものがあります。

日本では、納税者権利保障論を振りかざすとそれだけで、色分けされてしまう現実がないわけではないように感じますが、お世辞にしろ、その国の税務行政のトップが巻頭言を書いているということの意義は大きいと思います。

オーストラリア国税庁は、植民地時代の名残で非常に強い権限を持っていて、形式的には、アメリカのIRSや日本の国税庁以上の権限を有しているのです。

要するに、納税者権利保障法制を整備すること、それも明文化した形で立法すること自体は、納税者にとっても税務行政を執行する側にとっても有意であるということは、間違いのない事実だと考えるわけです。

ただし、日本の場合においては、納税者、納税義務者、納税の義務のあるものの三者があり、原則として大多数の給与所得者は、この納税者というカテゴリーから外れるという問題があります。

これは、所得税の制度設計自体の問題なので、権利保障論とは、別個に論じる必要があるでしょうし、実現可能性、あるいは、国民経済全体における便益を考慮しなければならないとは考えますが、サラリーマンが納税者の地位を与えられていない現実を論じること自体が、日本の納税者権利保障法制を考えるときの論点のひとつになるのだと思います。

逆に、日本においては、地方税法、あるいは濃く見年金法その他の社会保険関連法において、その徴収手続に関して、国税徴収法を準用する形で法が規定されています。
その意味で、国税レベルにおける納税者権利保障を論じつることは、地方税、社会保険料における納税者、保険者、被保険者等の権利と権限を論じることに結果的につながるはずだと考えます。

社会保険料をも含んだ意味における租税に関しては、その税額の確定(申告納税制度か賦課課税制度かという問題は二次的です。)、調査、不服申立て、訴訟等がすぐに日本の場合は問題とされますが、最終的には、税額の徴収という形で租税債務に関する政府と国民の債権債務関係は解消されることになります。
そして、各国の歴史を見ていると、この最後の徴収の場面におて、さまざまなトラブルが起きたことが権利保障法制制定のきっかけとなっているという不幸な事実があることを念頭に置かなければいかないと思います。

夕べの晩は、Flo & Eddie Mothers のおしゃべりを聞いているうちに寝てしまいました。

1970年代前半までは、FZは、その楽曲のストーリー、あるいは自分のギター・ソロのためのビークルとしてドゥーワップを用いていたことがよくわかります。
70年代後半以後は、レゲェをビークルとして用いるようになるのですね。

'Playground Psychotics’は、喋りが延々続き、途切れ途切れに出てくる演奏は、非常に良いと思います。
このアルバムは、Flo & Eddie 時代のMothers のFilmore East Live とJust Another Band From LAという二つのライブ・アルバムの補遺という位置づけでしょうか。
それと、あとからThe Grand Wazoo とかOrchestral Favarite 、Sleep Dirt に断片として登場する、FZが当時企画していて、例によって没になったオペラの曲の一部が登場したりします。

おしゃべりでは、Jeff Simmons が200 Motels の台本を練習していてほかのメンバーに笑われているところとか、Mad Shark の元となるエピソードをシアトルのホテル従業員に聞いているところとか、マニアックというか資料的な価値はあると思います。

200 Motels の設定自体がそうなのですが、ツアー・ロック・バンドの日常とグルーピーの話について、FZは、異常なこだわりを持っているように思えますが、それが一般大衆の興味を引くものであるかどうかは別の話でしょう。

私小説的日常を映画にするというのであれば、それはそれで違うアプローチがありえたのかなと思うのです

まあ、FZの音楽は、関心のない人は無視していれば、それでいいのだと思いますが、彼の音楽をライブ音源を中心に俯瞰する視点というのはやはりひとつ重要なポイントかなと感じます。
だから、変なかすみたいなものではなくて、ZFTは、コンサートを丸ごと編集しないで出すという姿勢でやってほしいなというのが偽らざる感想です。
オリジナル・マザーズのメンバーが生きているうちに出すべきものはあると思いますね。
ZPZなんかはサイド・プロジェクトだと。

いずれにしろ、'Playground Psychotics’は、1960年代のMothers のスタジオ時代の曲を軽々とステージでやって見せ、かつ、ワーナーの頚木から逃れてからFZが発表しだす曲の原型を提示しているという意味で重要なものでしょう。

普通のリスナーに親切なやり方としては、移動中の数々のおしゃべりや、インタヴューの録音の部分を除いて、リアル・タイムで出た2枚のライブ・アルバムとセットにして当時のマザーズのライブをストレートに表現するものになっていればよかったのかなとは思います。
雑談は、一度聞けば十分ですから。

この時代のマザーズでは、歌うのはフロー&エディー、それにTurtles OBでベースのJimmy Pons, FZは、ナレーションです。彼らが抜けた後はFZが前面に出て歌いだしますが。

演奏は、Aynsley Dunbar がドラム、Ian Underwood がリード及びキーボード、Don Preston がキーボードです。
FZのギターはブルース・ギター・ソロ風ではなく、控えめなアンサンブルによるバッキングの一員に徹しています。

この後のイギリス・ツアーでFZは、ステージから落とされ、車椅子生活を強いられ、その間ツアー等ができなくなり、フロー&エディーは宙ぶらりんな状態に置かれてしまい、最終的には分かれてしまうことになります。

例の火事の一件はともかく、いろんな意味でイギリスでの大怪我は、FZにとっては不運な出来事だったと思います。音楽的にもそうですが、彼の病気の遠因になったのではないかと思わないでもありません。
カリフォルニア東部の砂漠の町で1950年代を過ごしたということは、ネヴァダの核実験によるフォール・アウトをかぶった可能性が強いこと、骨折による大怪我でレントゲン写真を大量に取ったのではないかと思われること、それとタバコを食べるというほど吸いまくったこと、どれもが彼の病気の複合的な原因要素足りえます。

それとストレスかな、中小企業の親父としての。現代の作曲家は長生きして死なないなんて皮肉るから、自分にお鉢が回ってきた。
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by nk24mdwst | 2008-09-05 08:27 | 租税論

who knows where the wind blows

エキサイトもYoutubeを記事に貼れるようになったと投稿画面の横に赤字で大書してあります。
以前でも、リンクは可能だったわけですが、他のブログのように画面が貼れなかったので、苦情が多かったのでしょう。それが理由でエキサイト・ブログから抜ける人もいたんでしょうね。

7,8年前に都内の某大学で行われた電子取引と国際課税に関するセミナーに参加したときのことを考えると世の中は常に先を行きますね。

電子取引を想定しない場合における国際課税に関しては、各国の税法、あるいは租税条約によって基本的に規定がなされています。まあ、いろんな国、抜け道、抜け道を売ることを商売にしている租税専門家や投資会社等が数多いるので、これで問題が解決しているわけでは全く無いのですけれど。

予断ですが、昨年、IRS勤務経験のあるアメリカの租税法を専門とする弁護士の話を聞く機会があり、サモンズについて質問が出ました。その弁護士の言葉によると、基本的には極めて例外的に用いられるという返答でしたが、自身のIRS勤務時代においては、いつも懐に忍ばせていたと。ボストンの勤務で、バハマやケイマンのタックス・ヘイブンを使うごろつきを相手にしていたからねということでした。
racketeers という言葉はハードボイルド小説や、アクション映画ではおなじみですが、実際に聞いたのは初めてでした。

わき道から戻ると、国際課税におけるルールの基本は、居住者に該当するか否か、あるいは、恒久的施設を国内に有するか否かによって課税権をどの国が持つかということになります。永遠の旅人の話は、脇に起きます。
さらに付加価値税の課税の場合においては仕向地主義原産地主義のいずれを採るかという論点が加わります。この論点は、すべての国が付加価値税を有しているわけではないという意味において有意なのですが、これも、脇におきます。

電子的取引についてですが、代金決済が電磁的方法により行われる(行政手続オンライン化三法的表現を使ってみました。)ということと、取引対象物自体が電磁的取引がされるということの二つを含んでいるとします。

前者に関しては、個人的な見解ですが、電磁的記録に対する質問検査権の問題が一番重要なのであろうと思うわけですが、一般的にそのようなことに関する指摘は、この国では無いように思われます。

問題は、後者ですね。セミナー当時は、ソフトウェアのような知的財産権をネットを通じて取引した場合における所得課税、付加価値課税の課税権はどこにあるのかということが問題視されていました。

所得課税においては、恒久的施設をどう捉えるかという論点があるわけです。ネットワークのサーバーを恒久的施設と捉えうるかというようなことです。アメリカの業者・個人からフランスの個人・業者等に対してオンラインでソフトウェアの提供がされた場合、ウェブでは現実にはどこを通っているのか解らないわけですね。アメリカの業者が売っているとしても、そのサーバーがアメリカにあるかどうかという問題もありますし。
いずれにしろ、ウェブ上の取引において、サーバーを恒久的施設として理解しうるかどうかということが論点となります。

アメリカの業者→インドのサーバー→フランスの個人と流れたと仮定した場合において、インド政府に課税権ありやなしやということです。付加価値税については、これに、原産国と消費国のどちらで課税するかという問題が加わります。
アメリカには連邦レベルの付加価値税が無いですからね。

脇道ですが、アメリカには基本的に州レベルの売上税(Sales Tax, Use Tax)がありますが、アマゾン・ドット・コムから日本で買い物をしても州税は課税されません。
もっともアマゾンの一番不思議なところは、日本は別ですが、Amazon.ComでもAmazon.UKでも、商品を購入するとフランクフルトにあるらしい商品センターから送ってくるということですが。
ネットで注文するというのも電子取引の範疇に入れるべきなんでしょうね。

電磁的方法により、無体財産を取引しその決済も同様の方法により行われた場合、課税権、調査権等は、どこの国が持つことになるのであろうかということですね。

ソフトウェアに関しては海外のサイトから有償ダウンロードできますが、今のところ、音楽ソフト等に関しては少なくともアメリカからはダウンロードできないように思います。

数年前に思ったことは、知財を電子取引により引渡し、その決済も電子取引よった場合においては、知的所有権を所轄する役所と課税当局がネットを電子的にパトロールというか監視するというのが将来像かなと。
まあ、監視は、最初から行われているとは思いますけれど、監視者が誰かは別にして。

しかし、こんな議論、もう無意味ですね。著作権、課税権云々は、ネットでシェアという考え方の前では旧石器時代の遺物。
正しくは、ネットでシェアという考え方が旧石器時代の考え方に近いというべきなのかもしれませんが。

昨日のAsylum Choir に関する書き込みは、どちらについてどう述べているか判別しがたい書き方になっているのは承知しています。

昨日の晩も、もう一度聞いていて、また、最初の疑念が頭をもたげてきました。特にⅡについて、です。

Look Inside の方は、おそらくJim GordonでⅡの方は、Jim Keltner +ドラム・ボックスかなとは思いますが。
アサイラム・クワイアⅡの方は、Leon Russell のeponymous アルバムあたりのデモ・テープ的要素が強いように思いました。

誰がやっているかということより、歌詞が面白いと思って昨晩は、聞いてました。
この三日間、頭の中では’Welcome To Hollywood'がなり続けているのです。

それから、Indian hippie という言葉が出てくるのですが、FZのflower punk を思い出してしまいました。リオンとFZの二人は同い年です。

しかし、Gary Lewis & The Playboys の方がAsylum Choir なぞに比べるとはるかに完成度が高くて良いですけどね。
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by nk24mdwst | 2008-08-23 07:44 | 租税論

Religion and politics do not mix

There are those who say, /Religion and politics do not mix./But those who pray for blessings.../Are hoping when they arrive, /They can avoid a tax applied.

政教分離は、日本だけではなく基本的には近代民主主義国家の基本姿勢だということです。
しかし、アメリカにおいては、非常に宗教勢力の力が強く、それは、如実に選挙に反映されているので、なかなか宗教団体に対して課税することができないのですね。

個別の宗教の宗教性を論ずるのは本意でもなければ、宗教論をするつもりはありません。

Frank Zappa は、1970年代後半のカーター政権時代に既に、pray(祈り
と prey (餌)を引っ掛けて皮肉っています。祈りを餌にする連中に対して課税するのは当然だと。

政教分離について、違憲判決が出ました。

<市長神社祝辞>1審変更し、違憲判断 名古屋高裁
4月7日22時6分配信 毎日新聞


石川県白山市の角光雄市長が地元神社の行事に出席し祝辞を述べたのは憲法違反だとして、行事に関連して支出した公費1万5800円を返還するよう求めた住民訴訟の控訴審判決が7日、名古屋高裁金沢支部であった。渡辺修明裁判長は「祝辞を述べた行為は宗教的意義を持ち、憲法20条の禁止する宗教的活動に当たる」として違憲と判断して1審判決を変更。角市長に対し、同行運転手の勤務手当2000円を返還するよう命じた。 

原告は同市内の男性市民。判決によると、角市長は05年6月25日、同市内のホールで開かれた神社の鎮座2100年記念の大祭に関連する「奉賛会発会式」に来賓として招かれ、祝辞を述べた。

渡辺裁判長は「津地鎮祭訴訟」最高裁判決(77年)に従い、目的に宗教的意義があるかなどを検討。奉賛会は神社中心に結成され、神社内に事務局を置く▽大祭は宗教心の醸成が目的--などから宗教活動であることは明らかで、奉賛会も宗教上の団体と認定した。

そのうえで、市長が来賓として出席し祝辞を述べたことは「宗教上の祭祀(し)である大祭を奉賛し、祝賀する趣旨を表明したものと解するのが相当」と判断。「市と神社のかかわり合いは社会的、文化的に相当な限度を超える」と述べた。

市は「大祭は観光の一大イベントで、実行にかかわりがある立場だ」などと主張。昨年6月の1審・金沢地裁判決は男性側の請求を棄却した。


神社等の宗教法人に対する課税の問題と神社等に対する税金を原資とする公金支出の問題は表裏一体です。

問題となった神社は、白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)で、石川県白山市三宮町にあります。全国に2000社の白山神社の総本社、いわゆる白山信仰の総本社ですね。白山市長の言う観光資源であるのは間違いないところではありますが。
些少な金額を巡って最高裁まで上告するのでしょうかね。

この手の裁判費用は、負けたほうが負担ですから、白山市民が負担することになるのですが。
争っている金額とどちらが大きいのかなどと言ってはいけないのですけれど。

話は変わりますが、白山比咩神社は、女の神様なのでここへカップルで参拝すると嫉妬されて分かれるなんていわれたものですが。

白山を隔てて石川県側にあるのが白山ひめ神社、福井県側にあるのが、平泉寺の神社です。
白山信仰で二つで対なのでしょうね。平泉寺(へいせんじ)へ行くと、清水が沸いていて、境内の池に注いでいます。それから、苔に覆われた境内、杉の巨木は、心和みます。
このお宮さんの戦前の当主は皇国史観の権威であった東京帝大国史教授でしたけど。

わたしは、朝日を拝んでありがたい、大きな木を見て感動する、ごく自然なアニミズム的な日本経信者で、かみさんも仏さんも、仏像も神社仏閣も好きな在日日本人です。

jan oskar hansen の詩ですが、この詩に登場する an inspector of a tax office in
The town が想起させるのは、The Prisoner の村における監視システムです。


      The Tax Payer

The old lady, so small she almost disappears in the tall spring
grass, is 104 today. Quick on her feet this early morning she’s
letting the goats out of the barn, in her youth wolves roamed,
now there are people in vans trying to steal a goat or two.
Never married, looked after her parents who lived long, and
the few suitable men around here where of the lazy drinking
types, so there are no children to send her flowers and wish her
well, the goats don’t care as long as she’s there to let them in
at night. Her face has the colour of the brown rich soil around
here, where potatoes grow big and are suitable for baking; her
blue eyes are hazy by age and hold eternities peace; she never
asked for anything and now she has got it all. At a tax office in
The town an inspector looks up from his screen and says: “There
Is a lady in the valley, she 104 today and has never paid any tax.”

104歳になるまで、無申告で納税していない女性がいてそれを税務当局の調査官がコンピュータで発見、さて、これからどうなるのか・・・という感じではあります。

ところで、彼女はなぜ104歳なのでしょう?103歳とか105歳ではいけないのか?!

Form 1040(ten-forty)に引っ掛けているんでしょうね。このForm は、もっとも一般的な申告書の書式で、要するに給料と、配当、利子所得の合算申告をするための書式です。

One hudred today と発音するんじゃなくてten for to-day ってな感じでしょうか。





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by nk24mdwst | 2008-04-08 10:07 | 租税論

tax, the beauty of income tax?!

アメリカでは、宗教法人は、課税されません。
より正確にいうと、個々の宗教法人について、個別にIRSが課税団体か免税団体かを決定することになっています。
個々の宗教法人というのは、個々の教会ごとにという理解でよいと思います。

劇作家、詩人のLawrence S. Pertillar は、租税に関して詩をいくつも書いてますが、宗教法人に対する免税について怒っています。
宗教と政治の関連についてですね。政治的に正しい宗教、宗教的に正しい政治とはなにか。

アメリカは宗教国家であるといういい方をする人に先日会いました。会えて反論はしませんでしたが、より厳密にいうなら、ユダヤ・キリスト教的一神教のそれも原理主義的国家であるというべきでしょう。
カソリックは、旧来のオリエント、ヨーロッパの多神教的な部分を聖人という形で取り込むことによって世界宗教になりえたように感じます。

      Religiously Political


There are those who say,
Religion and politics do not mix.
But those who pray for blessings...
Are hoping when they arrive,
They can avoid a tax applied.
And any wish dreamed that comes...
Has a politician greeting you with a smile.
Knowing all the while...
Whatever you get,
The government is going to get lots of it!
And 'whatever' is claimed you own,
Eventually will be lifted!
Everyone pays a price...
Even to flaunt pretentions!
Leaving those teased,
With beliefs they can breathe freely.

イギリスでは、Brian 'Peza' Perrins が労働党とGordon Brown に噛み付いています。

      Stealth Tax


Hey Gordon Brown I’ve got something to say
Your stealth taxes are crippling the country today

You think that you’re smart by pillaging the workers
Collecting your taxes and paying out shirkers

You inherited a comfortable working class Britain
Let me tell you there’s nothing like a working class smitten

The good folk of Britain have less day by day
It seems you’re detached and have lost your way

It’s a fact we have less and less disposable income
All we seem to do is pay tax on tax and then some

New Labour’s arrived I hear Tony say
More like Labour of old, spend and tax peoples pay

People are working harder to make ends meet
Whilst you have a smug look sitting there in your seat

I suggest you take note and then start to listen
Otherwise you and your party will not be running Britain

税金の詩は、面白いです。税制理解、納税者の感情を理解するのに有用だと思います。金子租税法13版が手元に来ましたが。

金子本は、12版から横組みになり、インデックス性が強まりました。

夕べは、Gene Clark 抜きの the Gosidin Brothers を聞いてました。面子は同じですが、こっちがはるかによいです。ジーン・クラーク・ファンの私が言うのもなんですが。

1968年の"Sounds of Goodbye"がそれです。Clarence White., Jim Gordon も頑張っています。ジーン・クラークに比べるとはるかに安定感があります、歌声に。カントリー・ロック初期の佳作だと思います。Gilbeau & Parsons あたりよりも歌がしっかりしています。
ゴスディン兄弟は、Byrds 参加以前にChris Hillman と一緒にブルー・グラス・バンドのHillmen のメンバーでした。
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by nk24mdwst | 2008-04-07 10:35 | 租税論

Tax and Seasons

税金と季節感という話になると、12月は、年末調整です。

日本は非常に精緻な源泉徴収制度年末調整制度を持っているのが特徴です。消費税と源泉所得税が日本の国税の基幹税です。

*いわゆる地方への税源移譲に伴い、地方税、国保税等の公的年金等からの特別徴収体制への移行の動きも、取れるところから取るシステムですね。死ぬ人は、勝手に死ねって路線です。

給与所得者に対する源泉徴収制度自体は、アメリカやドイツ、イギリスにもある制度ですが、年末調整制度がこれほど完備しているのは日本だけです。源泉徴収と年末調整を組み合わせた制度によって、大多数の日本の給与所得者は、納税者の地位を与えられていないのです。

*2008.2.5 付記
源泉徴収制度だけを取り上げて日本の特殊性を論じることには全く意味はありません。withholding system は、申告制度であろうと賦課課税制度であろうと基本的には全ての主要国にあります。アメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン等みなそうです。
ただし、決定的な違いは、年末調整制度によって課税当局の手を経ること無しに源泉徴収義務者=給与等の支払者レベルにおいて、課税関係が完結する年末調整制度は、日本独自のものです。他の国は、基本的には還付申告が多いわけですが、個人が自己の責任において確定申告等により年税額を確定させる方式をとっているのです。
ちなみに、日本の源泉徴収制度と年末調整制度の創設は、戦時下の昭和15年、1940年に遡ります。戦時特例法だったのです。

消費税、源泉所得税、どちらもそれを負担しているとしている国民から見えない税金が基幹税であるというのは、政府にとっては非常に好都合ではありますけれど。

しかし、アメリカが1980年代に社会の経済構造、雇用環境が大きく変貌しIRSは、その組織自体を1998年改革法によって改変せざるを得なくなりました。現在の日本は、おそらくそれと同様のことが起こっているのだと考えています。

IRSの組織再編の背景には、当然当時のアメリカにおける産業構造、雇用構造の変化があったわけです。
IRSは、1998年改正法制定前は、日本と同様、地域ごとに別れた分権的組織でした。すなわち、申告書を収受するサービス・センターがあり、それとは別に、現在の日本の国税組織のように局、署、事務所というよう地域ごとに階層化されていました。
分権的組織だったという意味は、それぞれの地域ごとに審理部門、不服審査部門等の部門が存在し、管轄によって異なる判断を下していたという実情がありました。

改正法制定後のIRS再編によって、納税者の態様別の組織に改変されたわけです。

*IRSは、組織再編によって、W&!(給与・投資所得者部門)、SBSE(小規模・自営事業者部門)、LMSB(大中規模企業部門)、TE(非課税免税団体部門)というように、マーケティング理論に基づき、納税者の態様別組織に変わりました。

従前の組織が、新しいアメリカの経済状況、雇用状況にそぐわなくなったからです。つまり、従来のように、定期雇用されている人が大多数を占めるような社会で亡くなったということが前提にあるわけです。
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by nk24mdwst | 2007-12-19 17:06 | 租税論