2008年 07月 31日 ( 1 )

a mother pickup

Fairport Convention の歌、二曲、テーマに共通性ありや

     Who Knows Where The Time Goes?

Across the evening sky, all the birds are leaving
But how can they know it's time for them to go?
Before the winter fire, I will still be dreaming
I have no thought of time
For who knows where the time goes?
Who knows where the time goes?
Sad, deserted shore, your fickle friends are leaving
Ah, but then you know it's time for them to go
But I will still be here, I have no thought of leaving
I do not count the time
For who knows where the time goes?
Who knows where the time goes?
And I am not alone while my love is near me
I know it will be so until it's time to go
So come the storms of winter and then the birds in spring again
I have no fear of time
For who knows how my love grows?
And who knows where the time goes?

こちらは、Sandy Denny が歌っています。

     Time Will Show The Wiser

My mind keeps on telling me that this is no good
And my heart is aching, that tells me I should
But only time will show the wiser
I've fallen in love with a girl that's not mine
If I take her it will hurt him, a very best friend of mine
But I know that I need someone, to hold, to love
And my mind says I shouldn't but my heart says I should
And I don't know which to go by, my mind or my heart
And this is so confusing, it's tearing me apart
Time, it will show the wiser
Well, I wish someone would help me, this decision is mine
And my morals and emotions are hard to combine
And there is no easy way out to limit the time
That it takes till she finds out for the love that I hide
And I don't know which to go by, my mind or my heart
And this is so confusing, it's tearing me apart
Time, it will show the wiser
Time, it will show the wiser
Time, it will show the wiser

こっちは、歌詞からわかるように女性ではなくて、Iain Mathews が音程ふらつきながら歌っています。マシューズとJudy Dyble の音程ふらつきコンビのバックが若いくせにしゃんとしているのが不思議です。

昨日、一昨日とLeo Kottke を聞いて寝ました。
ギターが上手い下手、歌が好き嫌い、色々ありましょうが、彼だけワン・ジャンルというくくりでしょうね。
Tacoma ギタリストということでJohn Fahy のスタイルが元になっているかというと、結果的に似たような指向性を持っているとしても、スタンスは180度違うと思うわけです。

Eight Miles High は、リオ・コトキーのヴァージョンが一番好きです。

ウェブ上に編集者も校正者もいません。垂れ流しの情報があるだけです。
情報の正確性を確認する術も大概、ありません。

紙媒体においても編集者のレベルは下がってしまい、下がったものはあがらないでしょう。
同業者でも、紙媒体を全部スキャンしてPCに取り込み検索ソフトを入れてキーワードで検索するなんてことを自慢する人がいます。
「読む」という営為が知的鍛錬になるのだということが理解できないのでしょう。

私は、ウェブでは垂れ流し続けている一人でしょう。日常生活においてそうであるように素の自分がいるだけです。
もちろん、「素の自分」を装った素の自分ですけれど、透けて見えるのは本当の素の自分です。

時に感情が溢れ出し、あるいは論理的でない理屈を並べ、日本語にならない文章を書き連ねる。
身辺整理レベルが幼稚園児なのに戯言を書き綴っているという次第。

重要性の原則からいうと、一番重要でないところから日課が始まる。現実逃避をしたいですからね。

Simon Nichol が大物なのだと最近思います。

勝手にどこへでも顔を出し、いいたいことを適当にぶちかまして立ち去る私のような人間とは正反対の人間性を感じます。

ウェブを使い、添付ファイルやウェブ上のファイルを使って何人かで編集作業のようなことをしようと思ってもなかなか上手くことは運びません。
会議のときに誰かが人数分のコピーをとる手間が省けるだけです。
遠距離にいて必要最低限の打ち合わせはできますが、つまり、日程調整くらいはできますが、それ以上のことは難しいですね。

出版するような本の構成、編集、校正をしようということになると文章全体の流れから、一字一句が適当かどうか、法律や判例が関係してくれば、その法律や判例の引用が正しいか、あるいは解釈が正しいか・・・解釈は、自由ですが、少なくとも一般的には項であり、それに対し、自分はこう考えるという形式になっているかどうかというように点検すべき綱目は山ほどあります。

このようなことは、とても一人ではできません。

名人芸のコラムもおそらく一流の編集者無しには成立しないのでしょう。

そんなコラムや短評が消えていくのだとしたら、それは編集者がいないからということ丸でしょうし、それを読もうとする読者がいないからでしょう。

一旦絶滅してしまった生物は復活しません。

ただ、違う時代と場所に全く違った形態に見えるかもしれませんが、本質的には同じ機能を果たす、あるいは、同じ生態を有する生物が誕生するのでしょう。

直前の数行で、私は例によって訳のわからない飛躍をしています。

さて、回覧板はできたし、他の方の書いた現行の見直しも担当分は終わったし、今月のルーティンも一応目処がつき、明後日用の報告原稿に取り掛からないと。

なぜ一ヶ月前からわかっているのに直前でないと取り掛からないのか。

馬鹿だからです。
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by nk24mdwst | 2008-07-31 10:11 | 音楽