2008年 07月 20日 ( 1 )

jumpy gravy

梅雨があったのかどうかはわかりませんが、梅雨が明けたのだそうです。
とにかく、暑い。

今日は、月に一度の墓参りに行ってきました。お墓の暑さはまた格別、朝早めにいったのですが。

昨日の晩は、Tim Buckley などというものを聞いていたら、やっぱり眠れませんでした。Fred Neil なんかと同じ路線ですね。
Van Morrison のAstral Weeks とかDavid Crosby のByrds 以前のデモなんかと同じ根っこでしょう。ジャズ・コンボをバックにフォークをやるというコンセプトですね。
この流れとフォーク・ロックとは基本的には一致しないように思えます。
Judy Henskeなどのグリニッチ・ヴィレッジで歌っていたフォーク系の歌手は、当時の東海岸のインテリ学生の流れでジャズへの傾斜があったのだと思います。

それに対して、フォーク・ロックというのはブリティッシュ・インヴェイジョンに対するハリウッドの回答だったのだと思われます。だから、フォーク・ロック、そしておそらく、商品ないしプロジェクトとしてのサイケデリック・ロック、カントリー・ロックも同じ文脈で語ることができるのだと思いますが、これらは、看板として立てられているアーティストは、実演はやるとしても、レコーディングはきちんとプロフェッショナルが準備してやったものが基本でしょう。

サン・フランシスコのいわゆるサイケデリック・バンドというかヒッピー・バンドが大手レーベルと契約したあとみな燃え尽きたなんて言われるのは実は、正しくなくて、もともと演奏力、歌唱力、作曲能力等がなかったから自然淘汰されたというべきなのでしょう。

生き残った大物は、70年代半ばから80年代にかけて経済的に大成功します。

Chicago と呼ばれるバンドに関しては、まじめに聞いたことがないので何も言葉がありません。

ティム・バックリーは、ふらつき気味の高い声で、ラブ・ソング、コンガとジャズ・ギターとウッド・ベースにあまり上手くないギター。眠れるわけがないというわけです。
歌詞がまたぐだぐだ世迷言を並べていて。

Randy Newman の12 Songs に切り替えたら、三曲目を過ぎたあたりで記憶が途切れました。
このアルバムとは30数年来の付き合いです。
Ry Cooder のベスト・パフォーマンスはこのころだと思っています。
とにかくこれもオール・スター・セッションですから。

オーストラリアの電子申告について載せるつもりなのですが、元原稿が2004年なのでアップデートさせる必要があるのです。
これは、身内の研究会用で作ったものですから。

自分の書いたものであっても出版されているのと同じものをそのまま載せると出版権の問題が起こるのかな。
ただ、他人が書いたもののコピペじゃないので手を入れて違うものに仕立て直すことは可能ですが。

Dave Mason & Cass Elliot のデュエット版が再発されていて手元に来ました。トン・トン・マクートも再発されたのかな?

日本のアマゾンは不親切で、アメリカのアマゾンで発売を知り、版元が日本と確認するなんてこと少なからず。

本屋に出向くことがなくなったのですが、地方都市に住んでいるので郊外型の大型書店は、駐車場完備で過当競争気味にいくつもできているのですが、結局、私のような人間が読もうと思う本はないのですね。

Scott Turow は、日本で人気がなくなっちゃったのか邦訳が出ません。この数年の小説を何冊か買いました。
トゥロウは、独特の文学臭さがありますが、基本的には刑事事件を題材にしています。「推定無罪」における手続規定重視のアメリカの刑事訴訟描写以来、ファンになったのですけど。
それと、トゥロウの文学臭さというのは、彼自身が60年代後半にウェスト・コーストの大学生、院生だったことが反映されているので、当時の音楽に親しみを覚えれる私なぞが違和感を持たないという変なめぐり合わせであります。

アメリカの推理小説、サスペンス小説を書いている連中には現役の弁護士なんていうのがごろごろいるご時勢ですが、売れっ子はもちろんジョン・グリシャムですよね。
トム・クルーズが主演だったと思いますが映画化された「法律事務所」というのは、実に渋く、アメリカの法律事務所の収益源が、なにであるかを描いていました。

あの「法律事務所」の舞台となった事務所は、組織犯罪の資金洗浄をすることを裏の稼業というか本業としていたわけですが、現実の法律事務所の仕事も似たようなところでしょうね。
租税回避、タックス・シェルター関連の租税サービスに収益源があるわけです。もちろん「違法」であってはならないわけですが、「合法」と「違法」の境目の方が広いというのが現実ですから。

それと、あの事務所は確か、グリシャムの故郷のミシシッピが舞台でしたが、同様に南部の貧しい州の法律家として成り上がったカップルがいますね。Mr. & Mrs. クリントン。

Phillip K. Dick も一時、アマゾンでほとんど絶版状態だったのが、長編三本まとめて一冊という感じで最近、引っかかるので死ぬ前に読んでおこうと思って何冊か買いました。

なぜか気になる allan James saywell の詩です。

     A Dark Cloud Without Rain Or Tragedy

What manner of Human Being would jump from a Golden Gate Bridge?
Where is the escape in death?
Is their a tragic play without rain my dear Hamlet?
If a Human Being is caught in a shower of rain
Will he be Baptised?
Why sleep in the night because of the darkness
Dont be afraid your fear cant cut you
Even in death someone is waiting

私は高いところが嫌いです。

私の世代は、いつも時代に乗り遅れていてというか、祭りに間に合わなくてベビー・ブーマーの食べ残しをあさっている気がします。

ロックやポップスをやっている連中でも1940年ごろに生まれた連中、レノン、ザッパ、ディラン等々と1945年以後に生まれたいわゆるベビー・ブーマーとは微妙に感覚が違うのではないかなどと思います。
ケネディが大統領になった1960年に20歳だったか、15歳だったかというのは大きな違いでしょう。

それから、1940年代以後に生まれたアメリカ男性にとって、1960年代は徴兵とベトナム行きをどう逃れるかというのが大きな問題だったわけですよね。

14年前に初めてアメリカへ行った時、色々、大学教授や法曹関係者に話を聞く機会がありましたが、彼らの履歴は必ず軍歴から始まっていました。

1940年生まれですがThe Band のLevon Helm はクリントンと同じアーカンソーの生まれですがカナダ国籍です。徴兵逃れのためカナダ人の未婚の子連れの女性と形だけの結婚をしています。
Gram Parsons はドラッグをやって検査をすり抜けたそうですし、Greg Allman は自分の足を拳銃で撃っています。

Jimi Hendrix は、軍隊帰り、Jerry Garcia もRobert Hunter も軍隊帰りだったと記憶しています。

The Prisoner もリメイクされたようですが、「それ行けスマート」もリメイクされたようですね。ドン・アダムズがおとぼけスパイ役で靴型の電話を使っていたのもちゃんと残っているようです。
元のテレビ・シリーズの原作者の一人は、メル・ブルックスだったと聞いて納得。
一時期、彼の映画をよく見たものでした。
確か奥さんは、アン・バンクロフトだったかと。映画「卒業」で、ダスティン・ホフマンの同級生の彼女の母親役で、つまり、Mrs. Robinson 役で、彼を誘惑する役回りでした。
この映画は、脚本がニール・サイモン、キャサリン・ロスも含めてユダヤ系の演劇、映画人勢ぞろいだったというわけですね。
ポール・サイモン、アート・ガーファンクルもユダヤ系だし。

アメリカの大手会計事務所というのは、イギリス資本(その実体は、ユダヤ系ですが)がアメリカへ進出したと基礎の運用状況を関し・報告するためにスコット・ランド系の連中が言ったというのが起源です。ユダヤ系の大手はトウシュ・ロス、現在のデロイト・ロス・トーマツくらいです。

今朝の日経に公認会計士と監査法人と日本の司法の問題が取り上げられていました。日本においては、特に金融や株式投資等に関しては、旧大蔵省による行政指導、それも明文化されたものではないものによるというのが暗黙の了解だったわけです。
それが、アメリカ流の会計監査による監視体制に移行する過程において長銀事件等は起こったわけですね。
日本で1980年代にバブルを作り、崩壊後、いわゆる失われた10年を作り出したのは、大蔵省そのものです。ただ、これらの自称の背景には、1985年のプラザ合意以後の急激な円高、ブラック・マンデー、アメリカの双子の赤字に対するファイナンス等、日本の事情だけでは説明できないというか、日本の自由にならなかった部分があるのだと思います。

1990年代にグリーンスパンの神の手の背後にあったのは、日本の失われた10年だったのだと思います。経済学は金融工学などというものを使ってゼロ・サム・ゲームに勝つ方法があるというような幻想を作り出しますが、すべて、経済取引は複式簿記に還元して考えれば、そんな方法がないことは自明です。

国際収支の赤字・黒字と二国間の投資・貯蓄割合(差額は消費)で説明できるわけですが、要するにこれは財務諸表で言う損益と貸借でしか過ぎないのですけれど。

公認会計士、ないし監査法人の重要性が叫ばれ、現実に公認会計士の増員が行われています。具体的には、公認会計士私見合格者を増やしているわけです。
以前は、税理士試験よりも難しいとされた公認会計士試験ですが、現在は公認会計士合格者の方が多い状況です。

公認会計士試験合格者がもくろみどおり公認会計士になったり、監査法人に入るかという問題なのですが、損害賠償責任論等とあいまって現実には税理士として仕事をするということが増えているわけです。
公認会計士、監査法人の世界というのはいまだに昔の徒弟制度が残っているわけで、親方会計士になれない限り、日当6万円の世界なのですね。要するにサラリーマンで寝ずに仕事をし、責任だけ押し付けられるわけですね。

だから、税理士になる。

公認会計士は税理士登録をすれば税理士業務をできます。すべての人がそうだとは言いませんが、公認会計士試験においては三次試験で法人税法が出題されるだけです。基本的に公認会計士は税法を知りません。

もちろん試験勉強と実務は違いますから、税理士試験で税法を勉強したことがすぐに役立つわけではありませんし、税務署に一定期間異常勤務した人には税理士資格が付与されます。

同様に弁護士も税理士登録すれば税理士業務ができます。六法といいますが、この中には税法は入っていません。

結局は個人の資質に帰するので一概に決め付けることはしませんが、公認会計士の人と話をしていると、法律的思考をする訓練がされていないことを感じます。大多数の税理士もそうですけれど。

日弁連も弁護士増員体制に疑問符を付け出しましたが、日本の制度は過渡期にあるように思えます。問題は、日本がモデルとしようとして来たアメリカのシステム自体に破綻の兆しが見えることですね。

伊藤義一氏は、国税不服審判署長を歴任され、TKCの役員などをされたそうですが、実際に裁決を書いたことがあるのでしょうか。
判例は、概要だけ読めば充分というのは簡単ですが、アメリカの判例におけるシラバスと日本の判例の概要は違います。
自分で判例の概要をつくろうとするとよくわかりますが、簡単にできるものではありません。
色んな意見があるということで、同氏の講演はよかったというものも紹介します。
租税判例研究会6月17日(金)AM10:-12:に参加しました!
6月17日(金)のAM10:-12:ホテルイン金沢で TKCの租税判例研究会が開催された。
最近は 忙しくて欠席が多かったが、麗澤大学大学院の客員教授もしておられた税理士の伊藤義一先生の お話が聞けるということで 久しぶりに出席した。
伊藤義一先生は、平成3年7月から関東信越国税不服審判所審判第二部長、平成4年6月から高松国税不服審判所長を務められ、平成5年9月に税理士登録されてから 平成6年12月から平成11年12月まで TKC取締役も務められた 国税の審理分野のエキスパートだ。
現職時代は、直接訴訟にタッチされていないが、審理の立場から判例を細かく研究され 多くの著書を書いておられる。今年の4月の 公認会計士協会の継続研修での講話は、税法条文の読み方について4時間、租税判例の見方・読み解き方について4時間の、CD-ROMにもなり会員職員の研修に活用されている。
http://takase-fp.at.webry.info/200507/article_18.html
まあ、私は、このTKCが出てくるとどうしてもバイアスのかかったものの見方をしてしまうので。

判決文に余分な一言が多すぎると批判した判事がいました。先の、自衛隊のインド洋上の活動に対する違憲判決も本論ではないところで違憲判断をし、かつ、判事自身は退官したと批判した週刊誌もあります。

確かに自衛隊の行為の違憲の当否とは別に、このやり方が正しいかどうかという問題自体は議論の余地があるでしょう。

しかし、余計な一言であっても、それが、政府や警察、あるいは課税当局に都合の良いものであったら構わないのでしょうか。
税務調査における質問検査権の条文における「必要があるとき」概念の根拠とされている最高裁決定の当該部分は、まさしくその余計な一言なのですけれど。

質問検査権については、いずれ、検討してみたいと思っています。

最高裁決定であって判決ではないということは、この事案が刑事事件だったということなのですね。
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by nk24mdwst | 2008-07-20 13:27 | その他