don't wanna come

 今日は、叱られました。叱られるだけの理由があり、やるべきことをやらない私が悪い。さて、だとしたら、こんなこと書き始めないで、やるべきことをやれという話か。

 どこから始めるか。再開するべきか。中学時代を振り返る?

 私が初めて、自分の戸籍謄本を見たのは、高校1年の入学式の前、入学手続のために提出するものを見たときですね。私の兄弟、両親、両親の祖父母が誰かということが記載されているわけで、当時は手書きでしたね。まあ、その中身を見て驚いてしまい、そのことについては、20年近く、尋ねることができませんでした。なぜ、そのような記載が行われていたのかは、大学時代の民法の親族法の講義の最初の方で、なんとなく理解しましたが、まあ、真の理由はそれ以上のものだったようで。具体的に書いても別にかまわないのだけど、残念なことに、当時の事情を母より詳しく知っていたはずの伯母が鬼籍に入ってしまい、真相は憶測でしかありません。

 昭和一桁時代のころの話なので、現在の民法とは違うのだという前提があるので、母よりも私の方が事情については推測がつくのですけどね。家督相続制度だったからしようがなかったのだと理解しています。

 母方の祖父は、写真しか知りませんが、亡くなったのは、昭和11年2月28日だったようです。2.26事件の年です。私の一家は田舎なので、東京とは関係ないはずですけどね。

 この祖父の名前をグーグルで検索してたら、似た名前をみつけました。県立図書館蔵書で、県史をきちんと調べればもう少し解るのだということを知りました。

 話は、変わりますが、昔の戸籍の出生届ってかなりいい加減だったようですね。亡くなった私の祖母は、12月28日生まれだということになっていますが、どうも生まれたのは1月であるようです。1月生まれだと丙午になるので、12月末で届けを出したのらしいですね。

 またまた話が変わるのですが、私の本籍の住所がどこかということはともかく、その住所を示す知名に使われている漢字、具体的には熟語ですが、これが、普通に使われるものと違っているのです。正しい熟語ではなく、当て字をしているだけならともかく、使割れている漢字自体が、誤字なのです。漢和辞典には存在しない寺です。明治時代に戸籍を手書きで作った人が、漢字を誤って書いてそれがそのまま残ったというわけです。

 一日(いちにち)と書くべきところを一旦と書いていちにちと読まそうとしているのです。さらに、旦と書けば、まだ漢字としては存在しているのに、旦の下にもう一本、線が引いてあるという具合でありまして。ワードでは出ない漢字です。

 何で、夜中にこんな意味のないことを書いているのか。戸籍の字が誤字だということぐらいはどうでもいいけど、戸籍に登場する人物の記載状態等をこんなところに書ける訳もなく。しかし、本当に親族法の講義を受けるまでは、かなり大きな誰にも言えない悩みでありました。

 そうだ、何で、小学校や中学校の先生は、生徒に質問するのか理由が、理解できなかったってはなしでもすればよかったですね。

 百科事典少年だったのはともかく、文学全集なんてものは読んでない方が良かったなって、今は、思います。13歳向きじゃないですから。

 デュマのダルタニアン物語から始めるべきでした。
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by nk24mdwst | 2012-12-08 02:21 | 記憶


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