snowing down here

当地は、今日も雪がぱらついています。
税務署は、確定申告対応のために納税者が申告書記載できるよう、借り物の机を搬入していたり、申告シーズンの到来を感じます。

一昨日の晩の不眠がたたり、午後から、車を運転していて、眠気を振り払うのに、一苦労。事務所に帰ってからも、目を開いていられず、1時間余り居眠りしてしまいました。夢の中にアンコール・トムが出てくるくらいの熟睡と言うのは、正しい日本語か。

不思議な感覚です。海外旅行自体は、何度も経験しているのだけれど、帰国後、ルーティンに戻っても、何か、現実ではないような感覚です。ルーティンといっても、この経済状況なので、単に確定申告シーズンが始まるというようなことではなく、かなりシリアスな問題もあり、それぞれ人の生活そのものに関わるレベルなのです。ただ、ベトナムの異常な活気、カンボジアの失われた大きな文明とその後の悲劇、強烈な太陽と優しい人々、今日を生きるのに必死な子供たちの姿が目に焼き付き、日本の現実が非現実的に思える。
新聞を1週間ぶりに見ると、与謝野馨が出てきて、例の麻生政権における所得税等改正する法律104条を持ち出してきていたのですね。自民党が、それはおかしいなんて言ってるから笑止千万。解っているのは財務省当局と与謝野氏。それから、この法律における附則104条廃止しないと、連中のマニュフェストに反することになるとこのブログでは書いてきたのですが、それをしなかったことの重要性ですね。
つまり、財務省は、廃止させることをさせなかった。昨年の国会の状況なら廃止できたはずなのです。民主党にその気があれば。知識不足でできなかったということも事実でしょう。解っていて、これを廃止しなかったという人もいるはずです。参議院選挙での大敗を予想しない状況においてですけどね。

平成23年度税制改正大綱を検討して、手続法と実体法の双方についてですけど、適当に感想、批判する・・・まあ、麻生政権へタイム・スリップしたのだという感じでしかないんだけど・・・そんなことをしてを本当はするべきかもしれないです。本来ならしていたでしょう。
バーズをまた繰り返し聞いたので、バーズを振り返る、ジム・ゴードンを振り返るなんてしてもいいのでしょう。

でも、あのベトナム、カンボジアでの1週間の体験が頭の中に強烈に残っていて、できません。車を転がして、赤信号で止まり、眠気で目を閉じ、クラクションで目を開けたとき、一瞬、自分がどこにいるのか解らなくなっていました。回りの雪を見て、アンコール・トムではないのに気がついた。

ウェブで、こんなことを書いていることに何の意味があるのか。

1994年にアメリカへ行き、日本の税務行政というか税理士って商売のつまらなさ、閉塞感を打ち破る何かは存在しうるって思い、その後、この商売をやることに意義を見出してきたのですが、今の日本の閉塞状況、沈む船で、船底に穴をあけようとしている政治と官僚システム、それを直視しないマスコミと国民、カンボジアの観光地と化した遺跡の前で、裸足で記念写真の10枚セットを「いちどる、いちどる!!!」と叫ぶ小学生くらいの裸足の少女たちの姿が、頭の中で渾然一体となって、朦朧状態。息の長い酷い文章ですね。
ウォルター・ホートンのMojo Workinが聞こえてきて目が覚めた。Paul Butterfieldとやっている。

ここまで朦朧と、書き連ねてきていたんだけど、目を覚ましてくれたのが、ウォルター・ホートンの声か。

Cowboy が昨年12月に、リユニオン・コンサートをやっていて、CDを出す予定だって、Tommy Taltonさんからメッセージをフェイスブックで貰っていたのですが、Scott Boyerさんからも、数日前、同様のメッセージが来ていました。
フェイスブックって不思議なツールです。
マスル・ショールズの音楽プロデューサーから、突然、立命館大学卒業生を紹介されました。フェイスブックで友達がいないから、友達になってやってくれと。その卒業生の友達はそのプロデューサーだけなのですね、今のところ。立命館とのかかわりが何でできたのって聞いたら、甥が留学していたって。その人は、奥様が日本人なので留学していたのは日本人でマスル・ショールズ出身者じゃないですが。
紹介された立命館OBは隣の県の高校出身で、今は、私と同じ県に住んでいるようです。

カンボジアでは、アンコール・ワット近くのホテルでは、完全WiFi 完備だったりするので、底で世界中とつながることもウェブ上では可能です。カンボジアにいたときは、ウェブにつなぎませんでした。
ハノイではフェイスブックやGmailにつながらなかった。他は大丈夫でしたけどね。ホーチミンでは特に違和感感じずに、ウェブにアクセスできました。

日本がアジアと手を携えてとか、中国が脅威だとかなんて議論は違いますね。
アジアでは、中華文化が中心的存在であり、その辺縁国家として朝鮮半島、日本、ベトナム北部等は存在していた。東南アジア、旧南ベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、マレーシア、シンガポール、フィリピン、ミャンマーなどは、インド文明の流れを汲んだ違う文化圏ですね。音楽や文字に、あるいは人々の顔つきにそれが表れているようです。

宿題を片付け、ルーティンを片付けないと食っていけないんだけど、人生観を変える1週間だったような気がします。初めての訪米は、30代後半、それから20年弱経っているんですけれど。

整理がついたらここへ書きます。

ははは、この私に整理なぞつくはずがないので、思いが赴くままに書くでしょうから、支離滅裂、論理の飛躍が酷くなるばかりでしょうね。

忘れっぽくなったので記憶が新鮮なうちに、書かないと。メモワールを作る時間がないから、このブログを書いているときに思いついたことを前後の論理とは関係なく書き連ねるなんてことになるのでしょう。

東南アジアの食べログでも、紀行文ログでもこのブログはないわけで。音楽と租税論が等価値で存在しているのがこのブログ、その中において東南アジアの今を知識と経験の足りないことを承知で適当にぶち込むということになるかな。

同じことを繰り返して書いてますね。ちょっとボケ始めかもしれません。
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by nk24mdwst | 2011-01-20 18:08 | 音楽


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