blow the wind, blow harder

北風が吹くので、また、例によって事務所のドアが自動ドア化しています。仕方がないので、中に人がいるのにロックしているのであります。

なぜか、12月になってから土曜に事務所にいるのは今日が初めてのような気がして。

適当にCDをつかんで聞いていたら、Willie The Pimpが聞こえてきて、?。
Glen Ross Campbellが、ペダル・スティールを弾いていたアメリカ出身のブリティッシュ・ブルーズ・ジャズ・ロック・フュージョン・バンドJuicy Lucyのセカンド・アルバムでした。
オリジナルにそっくりというか、知らなきゃ、デルタ・ブルーズの焼き直しだって思うような感じであります。
CBの不在を知らずにまた感じさせられて。

Trout Mask Replicaについて、私が評価を留保しているのは、あのアルバムをFZのレコーディング・キャリアの中できちんと位置づけた上でCBのアルバムとしての評価をすべきだと考えているからです。
もちろん、何も考えずにあれだけ採り上げて考えてもいいわけです。それができるのは、CBの圧倒的なパワーのおかげです。
ただ、留保をつけているのは、CBのパワーはあそこで全開だったのかどうか。全開だと思われる瞬間もあり、留保をつけたくなるときもあり、なんとなく聞き流すこともできないわけでもありません。
修行を積んだので、やっと聞き流すことができるようにはなりましたけれど。

'70年頃のFZの活動状況というのは、オリジナル・マザーズを解散し、Flo & Eddie Mothersを立ち上げたかどうかというあたりです。
Burnt Weeny Sandwichのような寄せ集め、パッチワーク、いい言葉で言うとコラージュのようなものを出している一方、例によって200 Motelsとか出来損ない映画を作ろうとしていたころです。
Uncle Meatなどに見られる、ドキュメンタリーとしてのレコーダーを回しっぱなしスタイルの中でTrout Mask Replicaは、生まれたわけで、あれはまず、CBを素材にしてFZがプロデュースしたものだという位置づけがなされるべきだと思ってるのですね。
そして、付け加えて言うなら、プロデューサー不在という意味でのプロデュースをしたというべきでしょうか。
CBとバンドにとっては、非常に実りの無い経験だったはずですし、逆にFZにとっては、大きなターニング・ポイントだったのじゃないかって思うのです。

Trout Mask Replicaが、平均より優れたロック・アルバムであるという評価を得ることができるとしたら、それは、なぜか。個人的には現時点において、私にとっては平均点以上のアルバムとして聞けることを認めます。FZ、CBどちらのアルバムとして位置づけるべきかということは、結論付けられないのですが、どちらが貢献したかという認識については、こんな感じかな。
少なくともザッパは自宅に当時としては非常に優れた録音設備を有していて、それをちゃんと利用して録音する術を知っていた。編集に関しても手を加えていないというか、手を加えるほどの分量のリハーサルも録音もザッパのコントロール下ででは行われていない。
CBとバンドの方から見ると最悪に近い状況の中で、即興的に曲を生み出すパワーがあり、そのための訓練もなされていた。ただし、そのパワーと訓練の成果が最大に発揮されるような条件は与えられていなかった。

もちろん、これは、当時の音楽業界におけるザッパとビーフハートの位置づけからすると望むべくも無いことなのであって、少なくともあのときのドキュメントが残ったということだけで充分に価値があるというべきなのかも知れません。ただ、金銭的にも音楽的にもあのレコーディングで得るものが多かったのは間違いなくザッパだったと思います。

60年代のMothersは、FZよりも音楽的素養やキャリアにおいてFZ以上のメンバーが半数以上を占めていて、その連中を使って自らのアイディアと彼らのアイディアを融合させながら、自分のスタイルをFZが作り出そうとしていたという側面を否定できません。
もちろん、基本的なアイディア、主導権はFZが握っていたことに疑いを挟む余地はありませんが。
Trout Mask Replicaの録音において、ザッパは同様の主導権を発揮できると思ったのかもしれないけれど、相手が悪すぎたというか、パワーが違いすぎたのですね。

実は、昨日の朝、ぼんやりウォークマンを聞いていて、Statesboro BluesをAllman Brothers Bandと同じアレンジでやりながら、音は、Magic Band、歌は、CBより下手というのが出て来て、おい、これは誰だ。
答えは簡単で、Taj Mahal とそのバンドです。スライド・ギターを弾いているのはJesse Ed Davis。ABBとアレンジが同じなのは当然で、ABBがタジのバンドを真似たわけです。ジェシ・エド・デイヴィスとライ・クーダー(ジェシの前任者)を聞いてDuane Allmanはスライド・ギターを始めたわけです。
John French の本を読むと良くわかりますが同じ、南カリフォルニアの砂漠の中のバンド・コンテストで優勝するのはMagic Band で、タジ・マハールのバンドはいつも後塵を拝していました。タジは、大学で音楽を勉強したインテリで、音楽研究者的姿勢は、ライ・クーダーに受け継がれていくのですね。ハープ、ギター、キーボードをやりますが、Paul Butterfieldなんかにははるかに及ばないレベルです。歌もです。
ジェシ・エド・デイヴィスはオクラホマ出のリオン・ラッセルの子分ですが、彼も大学で音楽を勉強しているし、クラブで若い頃から演奏しています。
でもこの人たちは、優秀だけど、CBのような人並み外れた規格外の人物とは根本的に違います。

ライの演奏を見てCBは、バンドのメンバーにあいつが凄いって言ってますが、私は、アレックス・セント・クレアとジェフ・コットンの方がはるかに凄いギタリストだったと思ってます。誰もそんなこと言いませんが。

CBがMagic Bandに対して絶対的権力者として振る舞う様子を見て、FZはそういうやり方もあるのだと認識したのだと思います。70年代半ば以後の、Bozzio、O'hearn バンド以後のFZのバンドは完全に一つの楽器、ツールとしての扱われ方をしています。
それは、最終的には、'88年ツアー・バンドのライブ録音で集大成を見るのかな。

インデックスを作るというのは、上記のストーリーを検証するためにどうしても必要だと感じているということと言ってもいいかもしれません。

60年代から70年代の半ば辺りまでのザッパは、ほとんどギター・ソロをやらないし、やったときは、カウンター・メロディー連発のへんちくりんなソロをやるのですが、80年代になってから、ギターが上手くなってからは実に甘いブルーズ・ソロをやります。
少なくとも私にはそう聞こえます。

70年代半ば以後のCBとMagic Bandの演奏もスタジオはもちろん、暴れまくっているような印象を受けるライブでも、甘美に聞こえたりするようになってきたので変態度合いが酷くなってきているのでしょう。いや、私が、です。

どちらも譜面が完全に読めて譜面で作曲できるFZと自分の書いた歌の歌詞を忘れるCB。独学で何もないところから音楽を生み出して生きたことだけは事実です。
何もないというのは違いますね。二人とも、50年代、60年代のアメリカ音楽を非常によく聞いて反芻を繰り返した結果をあのような形で提示したというべきですね。
好きな人は好きだし、嫌いな人はそれでいい。どのレベルですきか、どの時期がすきか、これもその人それぞれでいいのでしょう。

ザッパに関していえば、Freak Out!は、'68年、13歳くらいのときに買いましたがちっともいいとは思いませんでした。ただ、こんな音楽を好きだというのが粋だと思っていたませたガキだっただけです。
実はDeadもそうなのですが、60年代の日本盤は音が悪くてどうしようもなかったのです。
輸入版を入手できるようになって良さがわかってきました。特にザッパの初期作品。後年のリマスターで、こんな音だったのかって思いましたし。
ただ、同時代、ないし、それ以前に出ていたフィル・スペクターの音楽などは当時の機材で充分いい音がしていたというか、それに合わせた音になっていたわけで、その意味では、エンジニア、アレンジャー・レベルでのザッパは先を行っていたのか遅れていたのか。
未熟だったんでしょう。

ACEレーベルのコンピを聞きながらだと仕事がはかどります。
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by nk24mdwst | 2010-12-25 16:55 | 音楽


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