it's gonna fine

朝日が昇る前、遠くに山がきれいに見えました。
今日は、晴天、絶好の紅葉狩り日和。時間のある人は、山ろくへ集合でしょう。

私はいつもと変わらぬ日曜か。

Jason Isbelle がJapanese Tour Group のメンバーが固まってきたなんていうものだから、いつ来る予定かって聞いてしまったわけです。
ごめん、日本へは行かない、新しいバンドの名前なんだって。
しかし、考えてみたら、アメリカ南部の若者や中年の日本観光旅行団ってニュアンスにも取れるかな。

きょうは、GPのリプリーズ・コンプリート・ボックスを聞いてます。
ハーヴァード出身のカントリー・ロック系の人というとGPのほかにもう一人思いつくのがChris Chrstophersonですか。
クリストファスンの方は、ローズ・スカラーで英国留学までして、Janis Joplin のヒモになって、カントリーの大御所、映画スターになりましたな。
テレビ、映画の俳優に転進したロックの人ってアメリカにもいますね。
ぼんやり見てた映画、だから名前も失念していますが、ロビー・ロバートソンが出てきて驚いたことあり。

昨日は、ドラゴンズが勝って日本シリーズ進出を決めたようです。
ドラゴンズ・ファン45年だけど、最後まで見ていないのです。
一昨日は、決まるころかなと思ってみたら、阿部のホームランだけ見てしまいました。昨日は、チャンネルを回したら(もう回さないか)、8回で2点リード、寝る前に終わりそうと思ったら、同点にされるところを見てしまい、やっぱり私が見ていると、駄目だなと思って寝ました。
今年、ほとんど野球を見ていないのですが、ドラゴンズは失点の場面しか見たことがない。
縁起を担いだのです。

よるは、Al Kooper のI Stand Aloneを聞いていて、なかなか気が利いているなと。これが売れたんだから時代だったんだな。

Brodwin Pig のアルバムを今朝、さっきまで聞いていたのですが、これも結構イギリスで売れたのですね。
同時期のJethro Tull よりはっきりブルース・ジャズ・ロック・フュージョン・バンドの方向に舵を切ってます
フュージョンといっても軟弱じゃなくて、ブリティッシュ・ジャズの伝統の延長線上にいる。
Mick Abrahams は、ギタリストとしては、ジャズ、ブルーズの理解と技術においてクラプトンなんかのはるかに上だと思いますがね。
Mick Green の後釜としてJohnny Kid のPirates に加わる予定だったけど直前にキッドがなくなって没になった。というわけで、ロックンロールの理解も基本からできている。

Peter Green と同様、業界に嫌気がさして離れたのがもったいない。だけど、時代は、彼なんか求めていなかったのでしょう。
Mick Taylorも似たようなものですが、なまじストーンズなんて会社に就職したために人生台無しになった。

昨日は、仕事場で、Kip Hanrahanをずっと聞いてました。
Pete Brown と袂をわかった後のJack Bruce が一時期パートナーにしてた人物です。ラテン、ジャズ、クラシカル、アヴァンギャルドという範疇に収まりきらない独特の風味のある音楽を作り出します。
ハンラハンは、歌手、プレイヤーではなくて、構想、作曲、編曲、編集までする製作者というべき人物ですが。

ジャック・ブルースは、ハンラハンの作品の中に上手く融合しています。もちろん、ハンラハンは、ジャックをプレイヤー、シンガーとして使っているのですね。
ジャック・ブルースのアルバムでもハンラハンはいい仕事をしていると思います。
ハンラハンとジャックの興味、守備範囲に重なるところが大きいことは容易に理解できますが、本質的にはかなり違うようですね。
音楽的にはハンラハンのほうが左より?へんな言い方かな。
ジャック・ブルースの方がブルーズ、ロックにも重心があること、クラシカルに関してはよりオーセンティックであること、ジャズでもそうかなというわけで、ハンラハンより守備範囲は広いものの右よりか。
ジャック・ブルースは、1940年代をカナダ、アメリカで過ごしていますが、1950年代初めにスコットランドに戻り、非常に厳しい少年時代を送っています。
奨学金を貰って全寮制の王立スコットランド音楽院に入るわけですが、ズボンと靴が一つしかなかったとか、自前の楽器を持っていなかったので、備え付けてあったベースをやると申し出て、とりあえずチェロから始めようと言われたとか。
チェロから始めようと言ってくれたのが、王立スコットランド交響楽団の主席チェロ奏者兼任の担任教師だったわけです。

スコットランドへ戻ってきた理由は、アメリカで赤狩りが始まったからです。ジャック・ブルースの親父さんは組合運動家だったのです。帰国後もずっとそうです。金がないはずです。
アメリカのフォーク・リヴァイヴァルは、ハーヴァードなどのニュー・レフトが始めるわけで、Pete Segerのような活動家が中心になるわけですね。だから、ニューポートでディランのアンプの電源を切れなんて話になる。
アメリカのフォーク・リヴァイヴァルの影響を受けてブリティッシュ・フォーク・リヴァイヴァルと副産物としてのブリティッシュ・ブルーズ・ブームが起こります。
ここでも、当初中心的な位置にいたのは労働組合関係の人たちですね。 Ewan MacColl、A. L. Lloydといった人たちは運動家でしたから。
第二次大戦後のリヴァイヴァルの話をしています。
ジャック・ブルースがモチーフにしているフォーク・ソングの起源ってこの辺りにあるわけです。
Jimmy Pageのように第三世代から影響を受けたのとは違う。

クラプトンもペイジも好きじゃないのです。理由は解りませんが。
過大評価されているって感じるからでしょう。フリップもそう。

彼らの世代で一番評価されるべきは、John Renbourneなんじゃないかなどと。

しかし、GPが長生きしてたら・・・映画に出てたりして。
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by nk24mdwst | 2010-10-24 07:55 | 音楽


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