so comes as used to be

人間、生きてないと駄目ですね。死んだらお終い。

とはいうものの、生命反応があれば生きているといえるか。健康で文化的な生活を元気に送る。できたらいいなです。
リンダ・ロンシュタットは、小学生の頃、ストーン・ポニーズの写真をミュージック・ライフを見た記憶があります。
1970年代半ばにFENで毎日のようにかかっていた一連の曲は、なぜかアレルギー反応が出てしまいます。下宿は二階だったのですが、夏の日に開け放った窓から飛んで進入してきたゴキブリの思い出と結びつくのかなあ。
図書館、映画館、野球場、下宿をぐるぐる回っていただけの学生時代でしたが。
エーっと、今、リンダ・ロンシュタットを朝からずっと聞いてるから、それだけのことですが。

昨日は、夕方、身内が体調悪いと電話してきて、それから、ばたばたして。
まあ、大したことなく終わりましたが、月末締切の仕事は、早めに終わらしておくに超した事は無い。先月よりも今月のほうが仕事の進捗は早かったのですが。

昨日の晩、何を聞いたのか、これがまた、思い出せない。デッドのAoxomoxoaを聞いたのは一昨日か。
ローラ・ニーロ、聞いたのかな。彼女の最初の頃のスタジオ録音盤は、いいなと思いました。
曲とアレンジ、演奏がいい。ローラ・ニーロの歌がもっと上手かったらなと無いものねだり。
いや、ドラムとベースそれに上手なリズム・ギターがいたら充分なのです。

ジャッキー・デシャノン、一応、ファンです。でもまあ、歌手としての方向付けが自分でできてないと言うか、時流に合わせようとしても合わせられない能力の限界を感じるわけです。ピッチが悪いわけじゃないけど、美声じゃない。普通に歌えばいいんだけど、美声の歌の上手い人みたいに歌おうとすると無理がある。
ダン・ペンの歌、フーン、こんな解釈ありかって思いましたし。もとネタ知らなきゃ、彼女の自作かと思うでしょう。

こんなことしている時間は、無いのだ。締め切りすぎた仕事が沢山残っている。
締切を過ぎたからといって延滞税が出るとか、損害賠償ということはないけれど、年末までほったらかしにしておいていいものではないけれど。
対価を得られると言うのが仕事の要件だとしたら、それには該当しないんですけどね。

ローラ・ニーロは、バックの演奏に耳を凝らして眠れないと思ったのでJudee Sillのアサイラム・コンピを聞いていたら眠れたのを思い出した。
リンダ・ロンシュタットをぼんやり聞いてたら、ジュディー・シルをカヴァーしているので、これまた驚き。
危なげない歌い方。ジュディ・シルは、歌詞がちょっと危ない。いやザッパ的に危ないということじゃないです。1人でコーラスを重ねるところは偏執的に思えるくらいです。ピッチは正確だけど。
ギターとピアノはほんとに上手い。
同時代、同世代の人たちの録音に比べると、ドラムとベースが非常に控え目なのが際立つ。ハーモニーを重視していたのがわかるけど。

アメリカ南部の音楽をも一度、きちんと復習というか、考えようと思ったら、ナッシュヴィルのカントリーをちゃんと聞かないと駄目だなって思うわけです。ただ、お金と時間がもう余りないし。
忘れっぽくなったせいか、理由は、不明だけど、繰り返し聞いていたはずの音楽、曲に、今でもはっとすることがあるわけで。
誰とかジャンルに関わらずです。
沢山音楽を聞いて耳が肥えたのか、忘れてしまっても一度驚いているのか。
後者である可能性が大きいことを否定できないのが悲しい。

やることいっぱい、いっぱいあるけど、忘れているから、毎晩眠れる。全部覚えていたら心配で眠れない。と言うような性格は幸せですね。
朝、目が覚めたときに、パッと全部思い出して、段取り手順や、解決策を考え付く。仕事場に着くと、それを忘れている。
車の運転に集中しているから。

車の中が一番、昔風のステレオを聞いてる感じがします。別に、張り込んで高いシステムを乗っけているわけじゃなくて、標準装備のもので聞いているだけですが、右と左から違う音がするという懐かしい感覚です。
仕事場のボーズのセットは安物だから、ラジオの音量を上げているだけというか、拡声器の延長線上です。
音場感とか、高音が、低音が、なんてことはどうでもよくて、一応、ちゃんと音楽が聞こえるからそれで充分。
部屋との相性がいい。リノリウムの床と相性がいいのでしょうか。

このブログ、広告が、会計ソフトだったりするのが鬱陶しい。
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by nk24mdwst | 2010-09-30 13:35 | 音楽


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