when feat was feat

きょうも、お墓参りです。

昨日の晩は、ちゃんと、Little Featを聞きました。
エポニマス・デヴューが一番、好きなので、これをまず聞いたのです。Ritchie Haywardのドラムはいまひとつ、不安定だなと思わないでもないですが、ハウリン・ウルフスタイルで不協和音の入ったオーケストレーション付の曲をやろうというLowell Georggeの意図があのだみ声で、よく伝わります。
模型飛行機だかを作っていて手を怪我して、ギターを弾けなくなり、Willin' ほかでは、Ry Cooderに代役をさせています。Little FeatのSafe As Milk になってしまった。
あまり手間隙かけていないのだということが今なら分かります。すでにあった素材、ライブでやっていた演奏がほとんどストレートに出てます。リッチーは、ハイ・トーンのハーモニー・ヴォーカルで貢献しているのだと思いましたし。
Sailin' Shoesを聞かずに、Raw Tomatoes, Ripe Tomatoes というそれぞれ二枚組みのライブCDを聴きました。Waiting For Columbus とは異なり、荒削りというか生のままの素材でライブやデモ音源が提示されていて、私の好みであります。
Dixie Chicken が高く評価される理由も分かりますが、本気で出した最初の二枚が売れず、金にならず、こんなのどうって感じで、ある意味時代を意識したものを出したら評判がよかったりしたので、ロウェルはすねたのかもしれません。ほかの連中は、金が入れば、満足ってあたりでしょうかね。
いや、だからといっても現在に至るまで演奏活動を続けている連中をけなすつもりはないですが。

ロウェル没後、すぐに出て、今じゃ忘れられているHoy! Hoy!という未発表ライブ、デモを含むコンピが一番、彼らのまとめていたなと思います。Rhino が出した、Hot Cakes, Out Takesもよくできてますけれど、いろんなヴァージョンのフィートが混在していていることの評価が難しい。
ザッパと違うのでヴァージョンごとに違った魅力があるなんてわけにはならないのですね。
達者な演奏をするバンドだなって感じで終わっちまいます。

ロウェル・ジョージはザッパの周りをうろついていた取りまきだったわけです。Ray Collinsが抜けたので、埋められない穴埋め要員としてMothers Of Inventionに参加した。いや、雇われた。
'60年代末にザッパは、それまでのMOIを清算しようとして解散したので、Feat の結成になるわけです。
Bill Payne もマザーズの取り巻きの一人でしたが、ロウェルのようにバンドに入れてもらえなかったというところで明確な線引きがなされているのですね。Paul Barrereは、Featの取り巻きだったわけです。バンドに入れてもらいたくて仕方がなかった。
Ritchie Haywardは、Feat以前からロウェル、ザッパの知り合いでありました。Fraternity of Men なんてバンドをやってたわけです。
Roy Estradaについては、言わずもがな。
要するに力関係、才能がバンド結成当時どうだったかという話です。

Leon Russellが仕掛けたのだろうと思ういわゆる「スワンプ・ロック」というプロジェクトの流れの中心的ヴィークルだった、Delaney & Bonnieにいた二人を加えて、Featは、金を稼げるようになるのですが、これは、炉ウェルの本意図するところじゃなかったのだと思います。
まあ、薬と酒が最大の問題でしょうけどね。

クレイグ・フラーのいた、ピュア・プレイリー・リーグは、悪くないカントリー・ブルーグラス・ロック・バンドでひいきです。
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by nk24mdwst | 2010-08-14 06:56 | 音楽


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