secret word for today

mad shark is tonite's secret word saying fz.

けさは、久しぶりに雨が降り、日中も昨日に続いて曇っています。

Flo & Eddie ことヴォルマンとケイランがマッド・シャークをステージで繰り返して歌っているのをバックにシアトルのモーテルを舞台にしたマッド・シャーク話をFZがしているのが聞こえます。Vanilla Fudge が云々と。
Mothers のFilmore Live が聞こえているというわけです。

FZがこのモーテルの従業員から話を聞いているインタヴュー自体も200Motels か何かの中にあったはずです。

タミ・テレルは、マーヴィン・ゲイとのデュエットで売れたのですが、脳腫瘍のせいで24歳で亡くなってしまいました。昨日、今日と、2人のデュエット・コンピを繰り返し聞いていて、いや、悪くないなって思ってます。

モータウンのヒット曲の録音が、デトロイトで行われたのか、ハリウッド録音されたものがあるのかという点に関しては、ハリウッド録音のものがあること自体については、それを認める記述が少なからず見られます。
問題は、どちらの録音が多かったかということですよね。
いわゆるファンク・ブラザーズ伝説をどう考えるかって話になってしまうので、一種の偶像破壊話になるのは、承知しています。

誰のどの録音がどうだということを決め付けることは、私の知見と所有している音源等のレベルでは難しいのです。ただ、アプローチの仕方については、二通りあるのではないかと、今朝、思ったということです。
一つは、同時期の典型的なハリウッド録音だと分かっているものとモータウンのレコーディングを比較するというやり方ですね。
もう一つ、モータウンがデトロイトを拠点として活動を始めたこと自体は疑いのないところなので、モータウンと同時代、あるいは、それ以前のノーザン・ソウルといわれるもののバックのサウンドの特質を分析して、デトロイトで行われたであろう演奏スタイルというものを見極めるというアプローチがあるのかなと思った次第。
ノーザン・ソウルってあいまいですけど、要するに、メンフィスやマスル・ショールズのような南部じゃなくて、シカゴ、ニューヨーク、フィラデルフィアなどでの'50年代から'60年代にかけての演奏スタイルってどんなだったかと考えるアプローチですね。それらとモータウン・サウンドはどの程度の均質性があり、違いは何だったのかということです。

逆に、'60年代までサザン・ソウルの中心だったメンフィス、マスル・ショールズが、'70年代になり、アフロ・アメリカン・ミュージックの録音拠点ではなく、ウェスト・コーストやイギリスのアーティストの録音拠点とならざるを得なかったこと。そうなったこと自体は、一時的に、これらのスタジオにとって非常に資金的に恵まれた状況を作り出したのだけれども、'70年代半ば以後、カプリコーンの破綻が典型なのですが、一気にその存在感をなくしてしまうことの背景とその影響。
ナッシュヴィルの音楽の変質(本質は変わらず、スタイルが変わったという意味)は、サザン・ソウルのバック・トラックをやっていたミュージシャンが流れ込んできたことがその理由の一つなのか。
もちろん、カントリー・ロックがメイン・ストリームに躍り出てきたので、カントリーがロックよりに方向転換したということがあるわけですけれど。

ディスコの隆盛と南部におけるレーガン・デモクラットの出現をきちんと分析することが今日のアメリカを理解する一助になるのかどうか。
ディスコなんて、聞かないし、AORとしてくくられる一群の音楽も大半は、私の守備範囲の外にあるので、風呂敷は広げたものの、私にできることではないわけです。

月末、仕事はたまる、そういうときに限って、現実逃避をしたくなる。本を読みたくなる。
昔の試験の直前と同じですね。

Flo & Eddie がHappy Together を歌い始めました。このMothers ヴァージョンの「ハッピー・とげザー」は、いつ聞いても感心します。

クルーグマンはデフレ・スパイラルと流動性のわなについて、1人で叫んでいるんだけど、みなに反論されているというのがアメリカの現状のようです。若干被害妄想気味と思えるくらいにクルーグマンはなってますが。
なんで、話がクルーグマンになるのか、ご勘弁。クルーグマンの主張をこの後にぶら下げないことにしますので。
仕事しないと。
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by nk24mdwst | 2010-07-30 16:26 | 音楽


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