orignal lost souther white soul

今日も、朝の9時には32度を超えていて、昼間の街中は、35度。夜は、一晩中、エアコンをつけてないと眠れない。

眠れない夜、ゆうべは、The Box Topsを聞いてました。車の中では、Byrds のTurn!Turn!Turn!。今、聞こえているのは、Dead の1989年のライブ。

夕べ、ボックス・トップスを聞いたのは、Big StarのベーシストだったAndy Hummelが亡くなったことを知ったので、Big Star のオリジナル・メンバーだった故Alex Chiltonがいたボックス・トップスにまで遡ってみようと思ったのですね。

The LetterがDan Penn のプロデュースによって生まれてチャート・トッパーになりました。
まだティーンネイジャーのチルトンのヴォーカルは、ソウルフルで心がこもっていると思いますね。Greg Allman の方が年上で、デヴューは後になるのですが、10代のチルトンに負けてます。
いい曲は、少なからずあります。"I'm Your Puppet" 、"Cry Like A Baby"、"I Met Her in Church"といったSpooner Oldham, Dan Pennコンビのものですね。
この手のサザン・ホワイト・ソウル風のものと、Harpers Bizarre風のサンシャイン・ポップが混在しています。
チルトンの意思に反して、ポップス・グループ扱いされたのは、彼らの不幸でしょうか。

バックの演奏は、リズム・セクションは、タイトです。American Sound Studioのハウス・バンドが基本的にやっているわけですから。
ドラムが、Gene Chrisman、ベースが、Mike Leech、ギターは、Reggie Young、Bobby Womack、キーボードがBobby Emmonsという人たちですから。
このリズムセクションのアレンジと演奏は、悪くないのですが、ホーンとストリングスは、無惨ですね。アレンジはハリウッドの真似てるけど出来損ない、演奏は高校のブラス・バンドの方がましというくらいのものです。
それから、全体に、バック・トラックとヴォーカルとの間に緊張感が感じられないのですね。チルトンは、歌だけのダビングには向かない人だったのかもしれません。
スモール・コンボで一発録音でやってたら、なんて思います。

1960年代後半のボックス・トップスのThe Letterを、直後にJoe Cocker がMad Dogs & Englishmenでヒットさせるわけです。サザン・ソウルの本場で、もともと、James PurifyとかをFame Studio で手がけていた、Dan Penn の仕事だということを今考えると、ちょっと、これでよかったのかい?!とおもうわけです。
もっと、サザン・ソウル風味たっぷりにできなかったのか。そうするのなら、歌い手をブラック・サザン・ソウル・シンガーにすればよく、チルトンでは敵いません。

1967年のThe Letterは、Martin Luther King, Jr.暗殺の前ですが、既に南部における人種間の対立は極限に達していたわけですね。そういう中で、南部の中産階級の良い子であるBox Tops が、サザン・ソウルそのままのスタイルでやることは、状況が許さなかったのだと思います。
ボックス・トップスの甘いポップ・ソングは、同じ頃、ハリウッドでHourglass名義で出した、グレグ・オールマンの歌を思わせます。出来を比べると、アワーグラスの方がまだましですね。やっつけ仕事でも、ハリウッドのプロの方が対していい曲じゃなくても(グレグの自作)それなりに完成品にしますから。

Rick Hall のFame Studio から結局二つの分派ができたのですね。Chips Momanのアメリカン・サウンド・スタジオとJimmy Johnson たちのマスル・ショールズ・サウンド・スタジオ。

チルトンは、Chris BellたちとBig Starを作るわけですが、このバンドの配給権を持っていたのがStax で、おまけに既にスタックスは、CBS傘下になっていて、プロモートしてもらえなかった。
この辺りのつきのなさというのは、Capricornの破綻とEddie Hinton を思い起こさせます。

Lost Southern White Soul Will Last・・・ブリティッシュ・インヴェイジョンに触発されてバンドを始めたチルトン、オールマン兄弟、Dickey Betts、エディー・ヒントンといったアメリカ南東部出身のホワイト・ボーイズは、浮き沈みが激しいですね。
生き残っているのは・・・
これに、ワーキング・クラスの代表選手としてのLynyrd Skynyrd の話かなあ。

ボックス・トップスがハリウッドへ行っていたら成功したか?!そんな簡単な話じゃないですよね。
突然、関係ないことを思い出しました。King Crimsonのリユニオン・インタヴューを聞いていたら、アメリカ・ツアー中にコンサートの看板がクリムゾンじゃなくて、King Curtis になっていたってフリップが笑って話していました。そりゃ、そうです。1969年だったら、スターはキング・カーティス。
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by nk24mdwst | 2010-07-21 18:06 | 音楽


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