ndo, ndo, don

梅雨のような雨のそぼ降る一日、なんとなく頭が重い。
5月になって、なぜ、眠いのか。今朝、理由に思い当たりました。
新しいウォークマンのせいです。

音が良くなったので、真剣に聞いてしまい、睡眠導入剤にならないのですね、音楽が。
気に触らないように、馴染みの音楽を聞くのですが、かえって、色んな違いを見つけてしまい気になってしょうがない。

音が良くなったというのは、具体的には、音の解像度が増したということです。前よりもはっきり、音が聞こえるようになった。
これは、必ずしもいいことではなくて、圧縮音源のひずみを強調することにもつながるので、疲れます。ウォークマンの音の鳴らせ方については、好みもあるし、書きません。

解像度が増したというのは、例えば、Byrds の初期のアルバムでは、複数の12弦ギター、ないし、ギター(エレキとアコギ)が重ねられているわけですが、4本目のギターの音がより正確に聞こえるようになったという感じでしょうか。いつも、4本目のギターがいるわけじゃないですけど。

そういうのを気にしなければいいのですが、気になるものは、しょうがない。
バーズでいえば、コーラスもあるわけで、声も聞き分けやすくなっているのですが、そっちは、気にならないのですから。

というわけで、きょうも眠い、だけど、5月の半ばを過ぎ、色々、諸事忙しいというか、まじめに仕事しろよなというわけです。

昨日も、下らないものを最後まで聞いてしまいました。

Duane Allman とGreg Allman は、1967年にスカウトされてロスへ行きます。The Hour Glass というバンドとしてです。Duane Allman(Guitar)、Gregg Allman(Organ, Vocals)、Paul Hornsby(Keyboards, Guitar, Vocals)、Pete Carr(Bass, Guitar, Vocals)、Johnny Sandlin (Drums)というメンバーですね。
ダンヒルでダラス・スミスがプロデュースをして、エポニマス・デヴュー(1967)、Power Of Love(1968)という二枚のLPを出すのですが、当然、ポシャリます。
この後、GP二世で売り出そうとされていたグレグ・オールマンが契約を果たすために、曲を書いて歌だけ歌ったレコーディングがあって、これは、'90年代になってから、Southbound としてCDになります。

昨日、聞いていたのは、最初の二枚収録曲を一枚に収めたThe Hour Glass 1967-1969 というアルバムです。
歌は、当然、全曲グレグ・オールマンが歌っています。それから、全曲、Duane Allman がギターも弾いてます。まあ、23曲中、デュアンらしい音が聞けるのは数曲ですが。
他のメンバーがレコーディングに参加しているかどうかという点ですが、コーラスで参加しているかもしれません。もっとも、ほとんど、女性のバック・コーラスがついているのですが。
演奏は、当然、セッション・マンです。
ファーストとセカンドがCDではつながっていますが、聞いていると「パワー・オブ・ラブ」の方のバックの方がはるかに水準が高いことは解ります。ファーストは、ドラムが下手な人がやっているのと上手くない人がやっているのとがあります。
セカンド・アルバムは、ドラマーが全部同一人物か確信はありませんが、数曲、知っている人だなと思います。

ハリウッド製のポップ・ロックに時代を感じさせるサイケ風味(デュアンのファズの効いたギター)、上品な女性コーラスつきでありまして、金を出して聞く価値は無いのですが、なぜか最後まで聞いたのですね。それから、二曲ほど、グレグと掛け合いの男性ヴォーカルが登場するのですが、Danny Hutton あたりじゃなかろうか、と。
Eddie Hinton のDown In Texas をやっているのですが、この後辺りからの曲が、ドラム、ベース、キーボードがしゃんとしていて聞いてしまいました。サザン・ソウル・バラード風の曲が出てきて、グレグの声が若いけど悪くないなと思ったりするわけです。ところが、次にインストでNorwegian Wood が登場、腰が抜けるのですよ。

人生、限られた時間しかないのに、こんなものを聞いている余裕は無いのだと思った辺りで、眠ったかな?!

グレグ・オールマンの書いた曲は、他のトップ40グループなら捨てるような代物、バックの演奏は、時間いくらのお仕事という感じでしょうか。それでも、ハード・ヒットをするドラマーが登場してからは、聞き入ってしまったのですね。オールマン兄弟なんかどうでもいいわけで。
もっとも、ハリウッドの音楽業界を蛇蝎のごとく嫌ったCaptain Beefheart に比べると、実に見事にショービズに嵌められた南部のお兄ちゃんたちがオールマン兄弟とその一党だったかなと思いますが。
1967、8年ごろにバンドのメンバーが実際に楽器を持って演奏するなんて極めて稀なことだったのはご承知のとおりですから。

Dr. John の話に突然、なるのですが、彼もハリウッドでセッション・マンをやっていたわけで、Iron Butterfly もやったって言ってましたっけ。

Cream のスタジオ・アルバムを酷評したことがありますが、ジャック・ブルースの自伝を読むと、アメリカ公演中は、毎日、移動しながらライブの繰り返しだったそうで、スタジオに4日以上続けていたことはなかったと。ライブは、ライブで、設営もひどくて、ジャック・ブルースは、マネージャーにDead のPAと同じものが欲しいと言ったのだそうです。

King Crimson がアメリカ・ツアーのあと、空中分解して本当に音楽的創造性のあるメンバー、要するに、Rober Fripp以外のみなさんが、辞めると言ったのもむべなるかな。69年から71年にかけてのABBのスケジュールも似たようなものでした。ジミヘンもそうだし。
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by nk24mdwst | 2010-05-19 17:48 | 音楽


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