dreaming of electric dogs

5月半ばなのに、暖房を入れてます。
真夏日を経験した後に、気温が15度以下になれば、寒いのは当然か。

車の中で、最近、聞いているのは一連のGoldwax のコンピレーションないし、James Carr とかSpencer Wiggins です。
まあ、Eddie Hinton を探せというわけではないですが、'60年代半ばから70年ごろにかけてのアラバマ・サウンド探訪です。
Tupelo Honey とかSt. Dominque's Preview あたりのVan Morrison を思わさせるフレーズやビートがあって、なんだヴァンの真似じゃないかと思うのです。もちろん、本当は、逆で、ヴァンがこのあたりをよく聞いていたのだなということなのでしょう。

昨日は、一日、John Hartford のAero Plane とMorning Bugle の2 in 1を聞いてました。'71年、'72年の作です。バックビートのあるブルーグラスだけど、同時期のDillards よりは、はるかにオーソドックス。
当時のディラーズよりも、今のコンテンポラリー・カントリーとかブルーグラスの方がはるかにロック・ビートが強いので、カントリー路線に方向転換したByrds とかFlying Burrito Brothers カントリー臭いといって売れなかった昔が嘘のようです。Pocoも同じ路線ですが、ちょっと、グレードが落ちるかな。

まあ、前も書きましたが、イーグルスが売れたということが決定的なんでしょうね。結果的にメイン・ストリーム・カントリーがロックよりになってきたので、イーグルスは、右旋回高左旋回だかわかりませんが、ハード・ロック路線に旋回、後に続くPoco 等々の有象無象もそろって、ロックよりにシフトせざるを得なかったというのが、Paul Cotton の言い分。有象無象には、それほど否定的な意味はなくて、単に私の記憶力が減退しているだけです。

昨日は、もう一つJBを聞いてました。James Brown じゃなくてJack Bruce 。
2006年、フランクフルトの Deutsches Jazzfestival でのビッグ・バンド・スタイルのライブ。さすがに声が衰えていて寂しいのですが、ジャック・ブルースにとって、思い入れのある曲が何かというのが良くわかります。
A Songs For A Taylor の一曲目のNever Tell Your Mother She's Out Of Tune から始まります。
Rope Ladder To The Moon、Spoonful、Smiles And Grins, Born Under The Bad Sign, Theme From An Imaginary Western と続くので、1970年か1971年のライブ・セットと同じでしょうね。
最後が、Sunshine Of Your Love です。

貧乏で奨学金を貰って音楽学校へ行ったジャック・ブルースが一番得意だったのは、エッセイだったと。全英コンクールで賞を貰ったのだそうで。
いやなに、JBとCBの違いを忘れないうちに書いておこうと思ったわけです。

Captain Beefheart が譜面も読めなければ、書けないし、自作曲の出だしもわからないだけじゃなくて、英語の読み書きも必ずしも上手でなかったとJohn French が書いていたのを思い出したのです。ビーフハートの音楽を作る才能を否定しているわけでは、ありません。読譜能力とか文法能力がなくても、他の人にないものを産み出す力があったのは、誰にも否定できません。産み出されたものが非常に独創的で素晴らしいものであったことも間違いないです。
ただ、ザッパとかビーフハートの業績は、全て彼ら個人に帰すかどうかという問題は残ります。マザーズやマジック・バンドのメンバーの貢献に関しては、もっともっと評価されていいのだということです。しかし、ザッパ、ビーフハートがいたから、メンバーの貢献も残ったのであって、逆はありえませんからね。ザッパ、ビーフハート抜きのマザーズ、マジック・バンドはガレージ・バンド以上のものにはなったかもしれないでしょうが、そこまででしょう。

いずれにしろ、JBとCBは、かなり似ていると思うということです。私くらいでしょうけど、そんなこというの。

きょうは、Rhino が出したDr. John のアンソロジーを繰り返し、繰り返し聞いています。
Gumbo を聞いたのは15歳のとき、つまり、出た当時に聞いてます。40年来の付き合いということなんですが。
ニューオーリーンズから出たミュージシャンは数知れないわけですけど、Doug Kershaw となんて違うのだと思いますね。
ダグ・カーショーは、カントリーに分類されるのでしょうが、はるかに明るいロックンローラー。Mac Rebbenack 氏のクールさには、感心します。
Leon Russell とJesse Ed Davis を真似ているなというか、その反対ですね。1970年頃の彼らのスタイルのもとは、ドクター・ジョンなのか。
ことは、まあ、それほど簡単ではなさそうですね。ドクター・ジョンにニューオーリンズ・スタイルでGumbo とかをやれと言ったのは、リオン・ラッセルなので。

ジェシ・デイヴィスは、歌手としてあるいは作曲家としての力量が不足しているのにスターになろうとしたけど、クスリでお終い。リオンの方は、プロの音楽家ですから、ちゃんと生き残っていて色んなスタイルをこなしているわけです。本当は、カントリーが好きなんでしょう。

ドクター・ジョンの演奏の話に戻ると、1970年ごろのSly & The Family Stone のRiot あたりのクールさをバックのリズム・セクションに感じます。それと、大したドラマーがいるのですね、John Boudreaux という。
久しぶりに聞いて感じたのは、彼のスタイルというかニューオーリンズの音楽スタイルに影響を受けていた人が以下に多かったかということかな。
それと、大概の場合は、本家の足元にも及ばない。

ミシシッピ川があるので、メキシコ湾と五大湖は一衣帯水だといつも思うのですが、カナダ出身の有名バンドのあのスタイルの下がどこにあるのかも直ぐにわかります。

Levon Helm の与太話。Hawks でオクラホマのバーで演奏していたけど、オーナーが金をくれない。頭に来たので、店に火をつけて車を飛ばして逃げた。店のオーナーはジャック・ルビーだった。店でピアノを非違いていたのは、リオン・ラッセルで、未成年で出入り禁止のところへ除きに着ていたのがジェシ・デイヴィスだった。
半分本当で、残りは、ホラ話でしょうが。
火をつけた云々は嘘でしょう。組織と係わり合いのある店で悪さをしたら、エリー湖に沈められますよ。
オクラホマのサーキットで知り合いだったという話は本当でしょう。ただ働きさせられた話も本当でしょう。金をくれといったら、ピストルで脅され逃げ帰ったという方が本当らしいのかもしれないし。
ジャック・ルビーの息のかかった店がオクラホマにあったというのも本当でしょう。
背景には真実があるのでしょうが、ストーリーは嘘が半分以上。

ケイジャンもオーキーも結局、ハリウッドにたどり着くわけです。

Flying Burrito Brothers が、GPやChris Hillman が抜けた後は、名前だけ騙っているという評価は、一面、正しいことを認めます。Gib Gilbeau という二流のケイジャン・フィドラーを中心にしたのじゃしょうがない。とはいうものの、Gilbeau & Parsons というGene Parsons とのデュオ時代も捨てがたいと思うのも事実でして。

このあとは、Champion Jack Dupree を聞くしかないですね。
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by nk24mdwst | 2010-05-14 14:59 | 音楽


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