end of empieres

通りのサクラがようやく咲き始めました。
三分咲きというところでしょうか。
近くの水田では、早いところは田起こしを始めているところもあります。

破綻した会社の悪口はいってもしょうがないのですが、モバイルの方はウィルコムのPHSを使っているのですが、ちょっと動作が不安定です。
電波の強弱は仕方がないのですが、メール受信が上手く行かないことが少なからず生じています。
添付ファイルが重いということならまだ解るのですが、必ずしもそういうことが原因ではないようで。
ノートンとの相性が悪いのか。
いつも機嫌が悪ければ、変えてしまうのですが、気紛れなのです。
ウェブサイト閲覧に関しては、問題ないのに。

ジャック・ブルースの本を読んで再確認したのですが、イギリスのブルーズ・マニアにとって1950年代から60年代初めは幸せな時期だったのだと。
John MayallとかAlexis Kornerたちだけではなく、ミック・ジャガーやキース・リチャーズは、レコード・コレクターでアメリカのブルーズやR&Bのレコードを収集し、それを聞いてブルーズに目覚め、音楽を真似たわけです。
エリック・クラプトンもやっぱりそうなんですね。レコードで覚えた。
彼らは、基本的に、イギリスの当時の社会におけるいわゆるミドル・クラスなのですね。
それに比べると、ジャック・ブルースは奨学金をもらってスコットランドの音楽学校へ行くことになりはしたもののワーキング・クラス出身です。
別にイギリスの階級システムについて物申したいわけではなく、アメリカのカリフォルニアの砂漠でやはりレコードでブルーズやR&Bに目覚めた、Original Magic Band のメンバー、ザッパ、ビーフハートは、ジューク・ボックスのお下がりの中古シングルを安売り店で買い集めることによってレコード収集、ブルーズへの傾倒が始まるのですね。
15~35ドルだったと書いてあったと記憶しています。

さらに、ディープ・サウスでは、あの手の音楽を聞くなという人種隔離政策が徹底したわけですし。

Duane Allman の世代になると少し微妙で、特に興味を持った若者たち以外は、ストーンズなどのブリティッシュ・インヴェイジョン・バンドを経由してアメリカのブラック・ミュージックをしるという遠回りが必要になってくるわけです。

なぜ、イギリス人がアメリカ大衆音楽のレコード収集ができたのか。北アイルランド出身のヴァン・モリソンなんかも父親がレコード・マニアだったというのが原点です。

ニクソン・ショック、プラザ合意、バブル崩壊、クリントン時代の人為的円高政策による日本だけのデフレを経験した今では忘れてしまっていましたが、私が初めてジミヘンを聞いた頃って、まだ、1ドル360円の固定相場制で、ポンドは1,000円くらいでした。
調べてみたら、リフレ政策が行き詰まったイギリスは、1964年と1967年にそれぞれポンドを切り下げているのですね。
最初のポンド切下げまでの間、ドルとポンドの為替レートは、1ポンド=2.8ドルで固定されていました。
これ、1ドル360円に対応させると、1ポンドは1008円になるのですね。

要するに、イギリスではアメリカのレコードが6分の1くらいの値段で買えたということのようですね。

逆に、イギリスでサーキットしたMuddy Waters とかHowlin' Wolf といった人たちは、いい稼ぎになったのでしょう。
Sonny Boy Williamson がブルックス・ブラザーズでスーツを作ったというのも頷けます。

イギリスの社会福祉政策について、1944年にハイエクが「隷従への道」で罵倒していますが、そんな政策がなければビートルズとか誕生しなかったとも思います。
それじゃ、サッチャーが何をしたかって話なんですが、結局、金融バブル、カジノ資本主義を生成させ、それが崩壊したのが、現在の世界ですか?!

というのを前振りにして、クルーグマンの為替政策論でも並べるといいのでしょうか。
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by nk24mdwst | 2010-04-05 15:07 | 音楽


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